幸せの時
「……君にはこうなるって分かっていたのか?」
アイビーに覆われた墓石の下に眠る愛しい妻に向かって呟く。
カメリア子爵家の裏にある森の入り口に埋められた妻の亡骸。亡くなったのはもう十年以上も前なのに、娘達が絶えず花を手向けるから今でも花が絶えない。……しかしその娘も1人減ってしまった。強引に奪われる形で連れて行かれてしまったあの子は、今後里帰りどころか墓参りすらさせて貰えないかもしれないなと、男の執着ぶりを振り返り考える。
娘達は何故早くに母が亡くなってしまったのか知らない。娘達の中の母は、どうか清らかに花を愛でる聖母の姿のままで。純粋に家族を愛した母の姿のままで。……残酷な真実は私だけが知っていればいい。
「アルエットも、君と同じ道を辿らなければならないのか?」
花の産地であるカメリア子爵家の娘なのに、妻はあえて三女にだけ鳥の名前を付けた。『神様からのギフト』である能力を持った子だと、天からの授かり物という鳥言葉にひっそりと真実を載せて。
それ以外の意味もあったのかもしれないが、チラついたその影は考えたくも無かった。
そして、血を継いで母に似てしまったアルエット。人に恋をしないようずっと鳥だけを見つめさせてきたのに……ここまできてそれを知ってしまうだなんて。しかも、よりにもよって相手はクレセント伯爵家。
愛しい妻を奪ったあの家にだけは、どの娘であっても嫁がせたく無かった。特に鳥を愛して止まないアルエットは……母によく似た容姿のあの子だけは、渡したくなかったのに。
仕方がないから各方面に手を回し、火種燻る隣国と、しかもクレセント領に近い国境で騒ぎを起こさせたというのに……肝心のアルエットに予想外の動きをされてはどうしようもない。森の中に残されていた、鎖の切れたネックレスを墓石の前に置き、喪失感から地面にしゃがみ込む。
「私はあの一族に、どれだけの大切なものを奪われればいい?」
いくら問いかけても愛しい妻から返事が返ってくる事は無く。ただただ時間だけが過ぎていった。
「ゲイル様! もっと沢山摘んできて下さい!」
「これだけあればもう十分だろう……私はアルエットと2人きりでデートに来たのであってお使いに来たのでは無い。モモとボタンの2匹だけで一体どれだけ食べる気だ」
今日は休日。ゲイル様の要望通り王都にあるクレセント伯爵家に居候(?)して暮らすようになった私。いつぞやの約束通り、軍の食堂の奥様が焼いた大きなクッキーやサンドイッチ、レモネードを持ってゲイル様と一緒にピクニックにやってきた。
私が珍しい鳥探しに夢中になっている間に、籠半分程摘み取られたベリー類。笑うと怒られそうだが、体格の良いゲイル様が小さくなってちまちまとベリーと摘んでいる姿はとても面白かった。鳥の姿で想像すると物凄く可愛いのに!
「ゲイル様だってお好きでしょう? この前モモと取り合いしてたじゃないですか。3匹分です」
モモにとってのゲイル様は『喧嘩相手として存在を許すヤツ』くらいにはなった。つまり私は喧嘩する鳥2匹と、おしゃべりする鳥1匹の計3匹を並べて楽しめるようになったのである。両手に花ならぬ、両手に鳥。そして頭の上にも鳥。もう幸せすぎます!
「あれは私のをモモが横から持っていくからだ」
取られたのを思い出したのか、拗ねたようにゲイル様がプイッと顔を背けた。
モモが喧嘩を売るだけではなく、ゲイル様も鳥の姿の時は売られた喧嘩は必ず買うのでしょっちゅう喧嘩になる。私が仲介するとその後私の取り合いにまで発展するので、よっぽどの時以外は我関せずのボタンと一緒に大人しく見学する事にしている。
「だから後で、獣医様の所に持って行く為に作ったベリーのケーキを分けて差し上げたでしょう?今回は初めからゲイル様の人間用もご用意しますから、その分沢山取ってきて下さい」
今度は二人きりで食べさせ合いっこしましょう?と付け加えると、無言でまた摘みに行ってくれる。その顔が照れたようにほんのり赤く染まっていたのを私は見逃さなかった。
相変わらず男らしくて凛々しい、精悍なゲイル様は、私からぐいぐいと恋人らしい行為で攻めると時々ああやって照れてくれる。普段無遠慮にイチャイチャしてくるくせに……と思うが、怖い顔とのギャップで可愛さが倍増して、そういう所も大好き。子爵家から唯一クレセント伯爵家についてくる事を許されたメアリには、少しも理解できないという顔で呆れられたけど。
サァッと強めの風が吹いて、結っていないおろしたままの髪がなびく。重しは置いてあるが、ピクニックシートが飛んでいかないよう、上に座って空を見上げた。鳥は飛んでいない。
研究所で実験に参加するようになったが、私の能力の詳細はまだ判明していない。鳥に生命力を分け与えているのには変わりないが、人間の姿のゲイル様も対象になるのかとか、能力を制御できるのかとか……今後も様々な事を調べられる。
ゲイル様は私に「能力を制御して生命力を使わないようにし、自分の側に居続け共に生きる事」を望んでいるが、果してそれは可能なのだろうか?……現在もじわじわと寿命は縮まっているかもしれないのに。
今私は間違いなく幸福の中にいるが、いつまでこんな生活を送れるのだろう。ゲイル様と一緒におじいちゃんおばあちゃんになれるかな?孫の顔は見れるかな?そもそも子供を産める?……結婚式くらいまでは生きていられるよね?
──せめてゲイル様のお嫁さんになってから死にたい。
「……アルエット」
「ひゃっ!?」
ベリーを摘みにいったとばかり思っていたのに、急に後ろからゲイル様に抱きしめられ、驚きから心臓が飛び出そうだった。
「そんな顔で何を考えている? また……セン・パイか?」
「……だから、それは誤解ですって。セン・パイじゃなくて先輩」
何かにつけてゲイル様はこの話を持ち出してくる。何回も説明しているのだが、まだ不貞相手だと疑われている。
驚いた事に、私の喉元に傷が付くのを躊躇わず剣を当ててきたのは、このセン・パイに対する苛みからだった。『アルエットを愛する度に、傷跡を目にして苦しめばいい』という事だったらしい。
「名前がセン・パイではないとは理解した。しかしアルエットには先輩と呼ぶような親しい男性がいたというのだろう? そいつはどこにいるんだ。名前は? 歳は? 職業は? 髪の色は? 背丈は?」
また始まってしまった事情聴取大会。私は犯罪者ではないので取り調べするのはやめてほしいです。ゲイル様は来世警官にでもなるつもりだろうか。顔が怖すぎて犯人が即自供してしまいそうだ。
「……一緒にブラックコーヒーを飲みながら語り合って、私を最後まで守ろうとしてくれた優しい人です。先輩は、ゲイル様の事ですよ」
お互い願いが叶って転生した上に再度出会えるなんて、運命だと思う。神様は本当にいて、バードストライクによる飛行機事故で死んだ私達の願いを叶えてくれた。
「どういう意味だ? 私はアルエットの先輩であった事など無いが……」
「ふふっ、秘密です。前の時から貴方だけに恋してます、ゲイル様」
納得がいかないという顔のゲイル様の口に摘んできてもらったベリーを押し込み、口封じをするかのように自らの唇で塞ぐ。そのうちどちらの口内からか分からないが、ベリーが潰れて出た果汁が滴り落ちて、服に染みを作った。服に着くこの染みが血でないうちは、きっとまだ生きていられる。……血であったとしても、私の生命はゲイル様の中で生き続けてくれる。
だから、問題は先延ばしにして……幸福な時間を噛み締め過ごす。このベリーのように甘くて少し酸味のある、幸せの時間を。
「……今回は不問にするが、他の男の影が見えたら私は許さないからな。執念深く追って男は殺し、アルエットは一生クレセントの屋敷から一歩も出さない。あぁ、踊る姿を見られなくなるのは残念だが、念には念を入れて羽切りもしておこうか」
そろりとドレスの裾から手を差し入れられ、足首を撫でられる。向けられた鋭い瞳が……本気であると物語っている。
「私の足は羽根ではないのですから、切ると二度と生えてきませんよ?」
「逃げられなくて好都合だ。……勿論身も心も私の元にあるのならしない。前にも言ったが、守ってくれるのなら、ある程度我儘でも何でも許すつもりでいる。だから、本当は鳥籠に閉じ込めておきたいのを我慢して、平日の日中は研究所に送り出しているだろう?」
あれは我慢されていたのか、と平日の毎朝の光景を思い出す。まるで今生の別れかのような激しい抱擁や口付けを繰り返すのは、ただの心配性を拗らせたわけでは無かったようだ。
「──だから、頼む。ずっと私だけのアルエットで」
以前にも聞いたような言葉と共に、今日もこの身は捉われ、注がれるような寵愛を向けられる。
私を包む鳥籠は私を地面に縫いとめる杭でもある。自由に羽ばたけぬ鳥は不幸なのかと問われれば、それは正直その鳥の感性次第。
入れたての紅茶のように私を温めてくれて、砂糖菓子のように甘い。そして鉄板が入っているかのように強固なのに、真綿のように優しいこの鳥籠を愛して止まない私は、今日もこの杭に縫いとめられる事を望んでいる。
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