傷害事件(4)
カメリア子爵家はゲイル様の要求を呑むしか無かった。格下の子爵家側が不貞を働いたという醜聞が流れてしまえば、それが真であれ偽であれ、カメリアの領民の生活にまで影響が出てしまう。それを示唆されてしまっては、この土地を治める者として太刀打ち出来なかった。
だから不貞なんて働いていないが……私を差し出す形で騒動なんて何も無かった事にしてしまう方が、話が早かった。
お父様が要求を呑んだと同時に、ゲイル様は私の喉元に当てていた剣を地面に捨てた。ひとまず命の危機は去ったのだろうか? 周りの使用人たちがほっと息をついたのが手にとるように分かった。しかしお父様や兵たちは警戒を全く解かない。
「さすがカメリア子爵、私達軍の前線で戦う者の事はよくご存知のようで。私兵への教育も行き届いている」
「ええ、武神は武器が無くとも、腕力だけで私達を楽に殺せますからね。あと貴方は普段から服の中にも武器をお持ちでしょう?指揮する側の人間ですから、ある程度把握はしてます。勿論、貴方の性格の事も。」
先ほどまで剣を握っていた手には、どこから取り出したのかいつの間にか短剣が握られており、再び喉元に刃を添えられた。後方から「もうやめてよ……」と小さく呟いて啜り泣くリラお姉様の声が聞こえてくる。気の強いリラお姉様まで泣かせてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
「剣を捨てた私に襲いかかってくるようなら、契約を履行する気が無かっただろうと責めて、あといくつか要求を増やそうかと思っていたのだが……まぁいい。カメリア子爵相手にここまで引き出せたなら十分だ」
「貴方はある程度思った通りに動いてくれたのに……アルエット。まさか不貞疑惑が出てくるなんて思ってもみなかった。本当に隠し事はしていないのか? お父様に、言えないことがあるのでは無いのかい?」
お父様が厳しい目で私を見つめる。いつもは暖かみを感じるラベンダーのようなその紫の瞳は、今は宝石のように冷たい。
「ごめんなさいお父様……私、本当に不貞なんて働いてません。信じてください……」
……必死で訴えるが、きっと信じてもらえないのだろう。大好きなお父様に、不貞を働くような娘だと思われてしまったのがどうしようもなく悲しい。
ゲイル様に嫌われて、お父様にもダメな娘だと思われて……頬を涙が伝うが、それを拭うための手すら自由にならない。いっそ、喉元に押し当てられているこの短剣の刃先を突き立てて、私の喉を切り裂いて欲しかった。
「うん……アルエットのお父様は私だからね。愛する娘の言葉だけは、信じたいよ」
そう妙な言い回しで呟いたお父様は、厳しい目を緩めて……悲しそうな笑顔を作った。
「お父様……?」
「親子の時間はそこまでだ。その言葉が真か偽か、ゆっくりと私に説明してもらおうか?」
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