婚約破棄(1)
ゲイル目線回です(*'ω'*)
結論から言うと戦には勝利した。隣国による国境の侵略……周到に計画された物かと思いきやそうではなかった。
どうにもよく分からないのだが、こちらの国境の警備兵は「相手国の兵が突然攻撃を仕掛けて来た」と言うし、相手国は「そちらが先に攻めてきたのだ。防衛であり侵略の意思は無い」と主張しているらしい。国境の兵はクレセント領から多数配置されていることもあり、私としてはこちらの言い分を信用しているのだが、どうにも不可解な点が多い。
さっさと終わらせる為に、能力を使って相手国の指揮司令塔を狙い討ちしに行く事も考えたが、そんな事をしなくとも正攻法で正面から押し勝った点を考えると……違和感があり、それが逆に恐ろしい。
ここから先どう展開していくのかは分からないが、私にとって目下の課題はアルエットについてだ。戦に邪魔をされる形になってしまったが……今頃アルエットは何をしているのだろうか?
早急に王都にある屋敷に帰る為に姿を鳥に変化させ、軍とは別行動で上空を飛ぶ私の脳内は、アルエット一色だった。
もう一ヵ月以上姿を見ていないが、すっかり元気になっただろうか?
久しぶりに会った私に何と声を掛けてくれるだろう?
能力が判明してからの、アルエットに触れ合えず寂しさに耐える辛さ。それを花言葉に乗せたのだが……アルエットには伝わっただろうか?
……最後に会った夜に見せた、あの無理した笑みが、まるで細かい棘がささったかのように、心に引っ掛かかり続けていた。
王都に到着し、自分の屋敷の周りをぐるっと回ってから変化を解き屋敷に入る。
「セバス! アルエットはどうなった!」
ぐるっと回った時に確認していたのは、勿論アルエットの所在。婚約が決まった瞬間にオーダーしたアルエットが泊まる専用の部屋はもぬけの殻。きっと元気になってカメリアに帰ったのだろう。
「お帰りなさいませ。アルエット様は坊っちゃまが出ていかれた2日後にカメリア子爵と共にお帰りになられました」
想像通りだった事に安心する。ならば私が帰るべきなのはここでは無い。入ってきたばかりの自分の屋敷を滞在時間1分未満で出ていこうとするが。
「坊っちゃま! ……カメリア子爵から手紙を預かっております」
「何だ、急ぎの要件か?」
「恐らく逆鱗に触れる内容だと思いますよ」
何だそれは……と思いつつセバスから手紙を受け取り開封する。目に飛び込んでくるのは信じられない文字の羅列。
「婚約破棄の……申し入れ!?」
まさかと思いつつ何度も見返す。カメリア子爵とアルエット本人のサインが入ったそれは……間違いなく婚約破棄の申し入れだった。しかもご丁寧にカメリア子爵からの手紙まで付いている。研究所で実験に参加しつつ鳥と共に生きていくと。婚約は能力がクレセント伯爵家に与える影響も考え白紙に戻す、そうアルエット自身が自分の意思で決めたのだと。アルエットを心から愛しているのであれば、どうか意を汲んでやって欲しいと……。
『……最後にお話しに来てくれてありがとう』
そういうことか。あの夜にはもう破棄を心に決めていたのか。だから、クレセント家の鳥だと思っている鳥の姿をした私に別れを告げたのか。
──私から逃げられるとでも思ったのか……?
心の中を渦巻くドス黒い醜い感情。法律上成立した婚約を解消するにはお互いの同意が必須だ。法律を無視するとしても、慣習的には爵位の高い者の意見に従う。私が同意しない限り、アルエットは変わらず私のものだ。
絶対に手放したくない。逃すくらいなら……アルエットの命を自ら吸い尽くして、私の中だけで生きる存在にしてしまいたい。そうすればずっと一緒にいられる、死が二人を別つまで。
そんな……許されぬ妄想が駆け巡る。許されないと分かっているのに、それを望んでしまっている自分が恐ろしい。
……落ち着くんだ。1番優先させるべき事象は何だ? 勿論、アルエットの望みを叶える事だろう? 本当に愛しているのならば、自分の欲は押し殺してアルエットの望みを……叶えてやるべきだろう?
自分を律するように何度も心の中で繰り返す。それでも醜い感情はとぐろを巻いて居座り続け、上に立つ者としては相応しくない言動となり表に出てしまう。
「セバス、この手紙の内容を知っていただろう! 何故報告を怠った!?」
「前線で戦う主を動揺させてはならないと思い、あえて報告しませんでした。職務怠慢でございます、どうぞ私を解雇でも何でもなさって下さい……我が伯爵」
そんな事は分かっている。間違いなくセバスの判断が正しい。前線で他事に気を取られては……死ぬ。
「では何故アルエットを屋敷から出した!?」
「保護者であるカメリア子爵が連れて帰ると言うのですから、こちらには止め置くだけの理由がございません。それこそ無理に滞在させ続ければ、監禁になるかと」
間違いなくセバスの判断が正しい。未成年であるアルエットを無理に囲い続けカメリア子爵に訴えられでもしたら、正式な婚約者であっても裁判で勝てるかは五分五分だ。
セバスに当たってもしょうがない事は重々理解しているのに、大切なものが両手から零れ落ちていく感覚に耐えられなかった。抱いていないと行方知れずになってしまいそうな不安はこれを示唆していたのだろうか。……戦場でも感じたことの無いような脱力感に呑まれ、その場にへたり込む。
「……先に言っておきますが、怒りで柱を殴り倒すのはやめてくださいね。アルエット様は、坊っちゃまから婚約破棄されるのだと思い込んでいらっしゃいました」
「何故? 私がそんな事をする訳がないだろう!」
無理に迫った私が嫌がられるのならまだしも、こちらから婚約破棄なんてする訳がない。この戦が早く終わったのも、私の心の中にアルエットの存在があったからこそ。彼女だって、私がどれだけ熱心に愛していたか分かっているはずだ。
「メアリ殿曰く、能力があると分かった途端に避けられ始めたため、短命の嫁なんて不要なのだと思い込んで聞く耳も持たないと」
「……愛しているがこそだ」
だからこそ寂しさに耐え、近寄らなかった。逆効果だったか。
「そして、急に聞き馴れぬ男性名を呟くようになったそうで、ショックから幻覚を見ているのではと心配されていました。本当に……私達使用人から見ても、毎日お可哀想なくらい寂しそうな顔をされておりましたよ。本当に他の男性に恋されたのだとしても、これは坊っちゃまが悪いです」
──私に嫌われたと思い他の男に走った、というわけか。
他ならぬアルエットの望みならば、婚約破棄であっても叶えなければと思っていたが、前言撤回する。絶対に渡さない。アルエットは私の女だ。
アルエットの心を手に入れたその憎い男の名をセバスから聞き出し、強く拳を握りしめる。響き的には極東の国の男。……ならば、私がするべき事は1つだ。
──アルエットの心の中に巣食うその男の存在を消す。
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