紙1枚で(2)
「……アルエット。そもそも今日お父様はね、国の下した判断の書類を持ってきたんだよ」
テーブルの上にスッと差し出される一枚の書類。なんだ、お父様にはもう報告が来ていたのか。これがあればもうここに滞在し続ける理由は無い。書類に書かれた細かい字を上から順番に読んでいく。
「……あの、お父様? 私には、2つの選択肢が示されているように思えるのですが?」
書かれていたのは、私の処遇について。珍しい能力の為研究所で能力の研究実験に参加するか、組み合わせ的に有用と思われる他の能力者とペアを組み共に暮らすか。どちらか好きな方を選ばせてくれるらしい。
「そうだよ。アルエットの好きな方を選ぶといい」
選べと言われても情報が少なすぎる。噂に聞く給与が貰えるのかとか、鳥を飼ってもいいかとか、他にも色々聞きたいことがある。
「選べと言われても、これじゃあ内容が良く分かりません」
「ふふっ、そうだね。どちらでも鳥は飼えると思うよ」
さすがお父様、私が一番気にする点は熟知されています! とにかく鳥が飼えるかどうかが最重要。他の問題はどうにでもなる。
「じゃあ正直どっちでもいいですけど……他の能力者の方とは?」
「アルエットは鳥に生命力を分ける能力だからね……相手は鳥関係の能力の人になるんじゃないかな? 鳥に変化する能力の人とかね。鳥を洗脳する能力なんて人も聞いたことがあるな」
そんな羨ましい能力を持った人がいるなんて! 鳥に変化できるのなら言葉も理解できるのかしら? 食事は人間の食事を取るのかしら? 気になるポイントが山のようにある! 是非お知り合いになりたいものだ。
「どちらでもいいのなら、お父様は研究に参加の方がいいと思う。……相手に生命力を吸われてアルエットが死んでしまったらと考えると、とても恐ろしいから。研究所なら、能力を使うことはあっても、管理下での実験で死ぬような事態はないと思う」
「あ……」
そうだった。お父様の言いたいことはとてもよく分かる。リスクの高い選択肢なんて、取って欲しくないだろう。子を持つ親なら当然の考えだ。
「……ちなみに、その能力の方と共に暮らすということは、私はその人と結婚しなければならないということですか? あれ、女性の可能性もあるから……その場合結婚しなくて良いということ?」
「相手が私の知っている人物になるのであれば、若い男性だよ」
──はい、僅かに見えかけた希望は打ち砕かれました。
「では、早くに死ぬ令嬢と結婚させられるのはその方が可哀想なので辞めておきたいです。研究所ならどのような生活になるのでしょう?」
「研究所の施設内で暮らすことになる。中での暮らしはある程度自由だし、王都に住むなら施設外に家族を持ち一緒に暮らすこともできる。勿論、研究に参加するだけで給与が出るから結婚せずとも暮らしていけるよ」
なんだ。そういうことならば、そもそも一択だ。
「じゃあ研究所の方がいいです」
「うん、そう言うと思ったよ。お父様が国とクレセント伯爵にそう報告しておくからね。アルエットは何も気にしなくていい」
お父様がソファーから立ち上がり、私の横に来て座り直す。ぽんぽんと子供にするように頭を撫で、懐からペンと書類をもう1枚出してくる。その紙に私のサインが必要だということなので、示された場所に言われるがまま名前を書いた。名前を書くと同時にその紙はさっさと仕舞われてしまったので全く内容は読んでいないが、きっと報告のためのお急ぎの書類なのだろう。
「執事のセバスに聞いたのだが、今日からクレセント伯爵は軍に出勤らしいね。どうやら国境付近で隣国とのいざこざがあったらしくて、数日は帰らないそうだ」
全然知らなかった。最近は全くお会いできなかったから、屋敷にいるのか居ないのかも分からない。セバスに聞いても「最近はお忙しいようでして」と申し訳なさそうに言われてしまう。その事実が、私の想像が正解だと告げている気がして……グサリと胸に刺さる。
『すまない』
会えなくなってから毎日のように……最後に聞いたその短い言葉が、何度も何度も脳内に繰り返し再生される。あれはきっと別れの言葉の意味だった。
「何があったのかお父様は知らないけれども、会うのは気まずいのだろう? 明日迎えにくるから一緒にカメリアに帰ろう。鬼の居ぬ間に逃げてしまえばいい。そしてその鬼には手紙を言伝ておくよ」
年下とは言え自分より爵位が上の相手を鬼と呼べてしまうのが凄い。いや、確かにそれくらい顔は怖いのだけれども。17歳になってまでお父様に頼ってしまうのは申し訳ないが……お父様の言う通りにするのが一番楽な気がした。
「そうします……お父様ごめんなさい」
「前にも言ったけれども、結婚するまでアルエットはカメリアの人間なのだから、守ってあげるのは父親である私の仕事だよ。早くに亡くなったお母様の分まで、娘全員私が守るつもりでいるんだから、遠慮しなくていいんだ。泣きたいのなら泣いていいんだよ」
そう言いながら抱きしめられる。ゲイル様とは違って逞しい訳ではないけれども、それでも私よりずっと大きくて広い胸。昔から何か悲しい事がある度に、お父様はこうやって慰めてくれた。ありがとうと小さく呟いて、小さな子のようにその胸に顔を擦り付ける。
「この婚約の事は全て忘れてしまうといい。……あ、涙はいいけど鼻水はやめて欲しいな。昔アルエットは面白がって、しょっちゅうシャツに鼻水擦り付けてきたから」
「失礼な、もうレディーですからそんな事はしません!」
もう子供じゃないんですよ! と膨れっ面をするが、まだまだお父様にとって私はお子様なのだろう。
「そうだったね。じゃあカメリアのレディーらしく、花のモチーフのネックレスでも買ってきてあげよう。無事に元気になったお祝いだ」
「本当ですか? 頂けるのなら、花よりも鳥モチーフの方がいいです!」
まるで魔法のように自然と笑顔を引き出されてしまう。
──私はカメリアの人間。早くこのクレセントの人達の事は忘れてしまおう。
そう決意して、お父様の腕の中から離れた。
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