愛屋及烏
ゲイル様目線回です(*´꒳`*)
「坊っちゃま、アルエット様には知られていないと仰っていたのに何故? 私に事情がわかるように説明していただけますか?」
深夜。自室でアルエットに貰ったかすみ草の栞を手に取り眺めつつワイングラスを傾けていると、怒った口調で問い詰めてくる初老の執事。幼い頃から世話になっているこの執事が、怒らせると面倒なタイプだという事は……身をもって知っている。夕食時に何だかんだ美味しそうに鶏肉を頬張る姿や、口付けた時の感触や香り、こちらを見つめる潤んだ瞳を思い出しながら、ワインを楽しんでいたというのに。
しかもアルエットの生まれ年のワイン。婚約の届けを出したその足で、先月の軍からの給金を全て注ぎ込みアルエットの生まれ年の酒を買い漁った中の一本だ。
「セバス、今日の私はアルエットがこの屋敷に滞在しているという事実だけでもう感情が一杯で、お前の相手をする余裕は無い」
「また後でとおっしゃったのは貴方でしょう。あぁ、なんなら幼い頃にやらかした恥ずかしい失敗談をアルエット様にお話してきても良いのですよ? 幼い頃でなくとも最近の話題でも……そうですね、その歳になっても犬が怖い話とか。その顔でたかが犬が怖いなんて、アルエット様が知ったらどう思われるでしょうね? イメージダウンは間違いないでしょう」
笑顔で雇い主である伯爵を脅迫してくるのなんて、使用人達の中ではこのセバスくらいだ。父の代から屋敷を守り私の教育まで行ってきた執事には流石に敵わない。諦めてワイングラスと栞をテーブルに置く。
「どうしてもアルエットに花を渡したかった」
前回の茶会では、アルエットを帰してから気がついたのだ。……愛を告げていない事に。抱きしめて、唇まで奪っておいて、それを伝えていないとは情けない話だ。それくらい、愛おしい人を前にした私は動揺し切羽詰まっていた。
「では普通に贈ればよろしいでしょう。わざわざ……アルエット様が好きなモフモフの鳥に変化して運ぶ必要は無いはずです。まさかまだ体調が思わしく無く、自我と関係なく変化して?」
「いいや。体調に関しては全く問題ない」
証明するかのように、己の姿を変化させる。──アルエットが会いたがっていた『エナガっぽいモフモフの鳥』の姿に。
クレセント伯爵家に稀に生まれる、鳥に変化出来る特殊な力を持った子供。それが私だった。
私が軍で重宝され、功績を挙げることができた大きな理由の一つが、この変化だ。ただの軍人としてもそこそこの強さがあるとは自負しているが、鳥の姿になれるおかげで通常人間が入れないような場所にも入り込め、単身で相手の裏から攻撃を仕掛けることができる。なんなら暗殺だってお手の物。万が一危ない状況に陥っても、変化して飛んで逃げれば死にはしない。
「アルエットの看病の仕方が良かったのか、傷跡一つ残らなかったし、治りも早かった。流石に私もあの怪我は少々マズいなと思っていたのだが……」
鳥の姿のままセバスと会話する。
先日の極秘任務中、ちょっとした油断から深い傷を負い……自分の屋敷まで飛ぶだけの力も残っていなかった私が落ちたのが、カメリア領だった。
そしてそれを偶然見つけ介抱してくれたのがアルエットで……ただの鳥でしかない私を真剣に治療し、優しく微笑みかけてくれる姿に──恋をした。
飼っている鳥達と歌う聞き慣れない……しかしどこか懐かしい異国のメロディーと美しい歌声、羽が生えているかのように軽やかに踊る姿に──心奪われた。
肩に止まると、まるで愛おしい人にするかのように頬を寄せて愛を向けてくれる可愛い人。惹かれてしまったのがバレたのか、彼女がモモと呼ぶピンク色のインコには随分と警戒され威嚇された。逆にボタンと呼ばれる喋るインコの方には、アルエットの良さが分かる良いヤツという仲間意識を持たれてしまった。
「では何故? 鳥の姿になって花束を運べば、アルエット様に同一人物であると勘付かれててしまうではないですか。実際、アルエット様はクレセント家の鳥だと気が付かれました。坊っちゃまの能力はその有用性から、国によって昔から緘口令が敷かれているのをお忘れですか!」
相手の裏をかくには、私のような特殊な能力は秘密裏に運用されるべきだ。そのため私の能力を知るのはごく一部の人間だけ。
変化できると分かった三歳の頃から、将来的に軍で運用する為に厳しい訓練を受けてきた。伯爵家の長男で爵位を継ぐ予定であったのに軍に属したのはその為だ。伯爵家の後継である私に危険な行為をさせる代償に、クレセント領は税制的にもかなり優遇されてきた。何か不都合が起これば他の領より優先して対応もしてもらえる。その為、私の能力が分かって以降、クレセント領はただの辺境の地であったにも関わらず急成長を遂げた。私が鍛錬を重ね軍で功績を残すほど、我が領は優遇される。爵位を継いでも軍人であり続けるのは、私なりの領主としてのやり方。先代伯爵の父とは違い頭がキレるタイプではない私には、こちらの方が性に合っていた。
「忘れてはいない。……何も考えていなかった。ただアルエットに自ら花を渡したくて、花を受け取ったらどのような顔をするのか自分の目で見たくて、気が付いたら変化して運んでいた」
恋は盲目、とはよく言ったものだ。と笑うと、「笑い話ではありませんよ……」とうんざりした顔をされる。
「幼い頃からむさ苦しい軍で鍛え上げられ初恋すら知らなかったのが、この歳になってやっと想い人が出来て、そこからの行動は全く自重無し。極端すぎます」
そんな事を言われても、歯止めが効かないのだからしょうがない。気がつけばアルエットの事ばかり考えてしまう。彼女の部屋で飼われているペットの鳥達にすら嫉妬してしまう程だ。毎日一緒に暮らしているとか羨ましすぎる。変わって欲しい。
「しかもお相手はあの一部界隈では有名なアルエット・カメリア嬢。クレセント伯爵はそういう趣味だったのかと、正式に婚約してからは世間の噂話の的。坊っちゃまだってご存知でしょう?」
「勝手にさせておけ。私はアルエットにしか興味が無いのだから、何も問題はないはずだ」
侍女との会話から名前は分かっていたので、怪我が治り屋敷に戻ってきて直ぐに婚約を申し入れた。もう少しあの心地よい空間に滞在していたくて後ろ髪を引かれるような気持ちもあったのだが、彼女は一部界隈では人気があると……小耳に挟んだ事があり知っていたので、焦っていた。十七歳になったのを機に花嫁修行を始めた彼女には実は一定数の申し込みが既に来ており、父親であるカメリア子爵がまともな人間を選り分けるのに苦労しているとも……軍経由で聞いたことがあった。
そろそろ姿を戻し、アルエットが作った栞でも眺めながらワインの続きでも楽しむかと思ったのだが。ふと、今宵はアルエットがこの屋敷内にいた事を思い出す。
「セバスの小言は聞き飽きたから、アルエットの寝顔でも見てくるか……」
私の怪我を心配し、一晩中横に付き添ってくれていた頃のアルエットの姿を思い出す。疲れの見える顔で机に突っ伏して浅い眠りをしていたアルエットが、ちゃんとベッドで健康的に休んでいる姿を一目見てみたかった。
「だから少しは自重なさいませ! レディーのお休みになっている部屋に入るなんて、坊っちゃまはいい加減に……!」
「大丈夫だ。今の私はただの鳥でしかない。アルエットに見つかったって、それはただのモフモフのエナガっぽい鳥だ」
翼を広げ、窓に向かって飛ぶ。私の部屋の窓ガラスは一枚だけ特殊な加工をしてあり、内外どちらからでもくぐれるフラップドアのようになっている。おかげで鳥の姿のままで出入り自由になっており、アルエットに貸している部屋も天窓の一枚が同じ作りになっているため楽に侵入できる。
「坊っちゃま!!」
「セバス、怒りすぎだ。もう初老なのだからそう怒っていると血管が切れる」
煩い執事をスルーし窓ガラスを通り抜け、アルエットが泊まっているはずの部屋に向かって羽ばたいた。
いつも読んでくださる皆様ありがとうございます(*´꒳`*)♡
閲覧数と評価を励みに、糖度高めハッピーエンドを目指し日々執筆頑張ります(๑˃̵ᴗ˂̵)♪




