尽きる命(4)
――嘘だ。
ゲイル様が死ぬなんて、嘘に決まっている。だって、あんなに強くて武神と崇められる彼が、負ける訳ない。
だってゲイル様は約束してくれたもの。私と一緒に幸せになるんだって。
深酒もしないで手紙も書いて、私に愛を注いでくれるんだって、約束してくれたもの。
……手紙の返事は来なかった。約束したのに。
深酒は、どうだったのかな? セバスに確認しなくっちゃ。
愛は、沢山くれた。目の下にクマを作ってまで、毎週のように私に会いに来てくれた。
――ねぇ、ゲイル様? 今どちらにいらっしゃるのですか?
気がつけば、私の前にはソマーズ侯爵家次男、タンクレット様がいた。
「ほら、もう大丈夫。貴女を害するクレセントは死んだよ。安心して?」
私の周りには沢山の小鳥。通常の精神状態なら、大喜びだったに違いない。マメルリハにコザクラインコ、ヨウムにセキセイインコ。沢山の小鳥達が飼われた部屋。まるで部屋の主人を恐るかのように、鳴きもせずただじっとこちらの様子を伺っている。そして、床に座り込んでずっと動けないでいる私の隣には、数日間ずっとタンクレット様が張り付いていた。
「……嬉しくないの? ここに来てもう何日も経つのに、全然話してくれない」
タンクレット様が赤色の瞳を揺らしながら、私の顔を下から覗き込む。目を合わせたくも無かった私は……ただ黙って瞳を閉じた。
「あの憎きクレセント。如何にして神出鬼没な動きをしているのかと思っていたら……鳥好きな貴女だから、あの姿で脅され囚われていたのでしょう? やっと純粋な貴女が奴と共にいた理由が理解出来たし、死んでくれて清々した」
可愛くしようか、と俯いた私の髪を手に取り勝手に編み込まれる。ゲイル様と全く同じことをされているのに、心は全く動かない。
「……どうしてゲイル様を殺したの」
暗い口調で、数日ぶりに声を出した私。目は閉じたまま、問いかける。
「やっと話してくれたのに、話題はそれなんだ?」と不満気に言いながらも、タンクレット様は答えた。
「私が殺したんじゃないよ? 殺したのはマリオン兄上だ。敵は全て抹殺しなければ、こちらが死んでしまう。しょうがないんだ」
「……酷い」
ぴたりと私の髪を編む手が止まる。それに合わせて私は閉じたままにしておきたかった瞼を上げた。
「酷い? 貴女を身勝手に扱ったのはクレセントの方。私はずっと貴女を助け出して差し上げたかったのに、必ず誰か息の掛かった者に邪魔される。生きている間も相当鬱陶しかったが、死しても尚邪魔してくるなんて、執念深い奴。」
身勝手なんかじゃない。ゲイル様はいつだって優しかった。嫉妬深かったけど、私の事を心から愛してくれていた。タンクレット様の自分勝手な言葉に虫唾が走り、奥歯を強く噛み締める。
「貴女があの辺境の地から自ら出て来てくれたおかげで、滅ぼす手前が省けた。老いたとは言え、あの12年前の戦で敵国に最も近い地として戦場になった領地で生き残ったロバート・クレセントと、あの地の鍛えられた兵を相手にするのは、我がソマーズにとっても骨が折れるからね」
タンクレット様は私の編みかけの髪を引っ張って無理矢理立ち上がらせる。そしてそれを手綱のようにして私を引いたままベッドの方に歩いて行き、まるで投げつけるかのようにしてベッドに向かって放り投げた。
ベッドとは言えぶつかった衝撃で倒れ込んで起き上がれない……寧ろ起き上がる気力すら無い私の上にタンクレット様が馬乗りになり、首を絞められる。気管を避け左右の頸動脈に食い込む指。息は出来るため苦しくはないが、圧迫感のせいか意識がふわりと浮くような感覚に陥る。
「貴女が気に病む必要なんて少しも無いんだ。だって、マリオン兄様は奴は幸せな死に方をしたと言っていたよ」
「……幸せ?」
声がちゃんと出たかどうか分からないが、ぼやけて見えるタンクレット様の表情が、少し笑ったような気がした。
「見れば分かるよ。後でマリオン兄上を連れて来てあげる。だから今は私を見て。その穢れ無い黒の瞳に私だけを写して、私だけに笑いかけて? 」
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