1番好き(8)
「ゲイル様の嘘つき……」
返事をくれると約束したのに、あれから何度も出した手紙に返事が来ることは無く、季節は移ろい晩秋となる。
愛が行きすぎて憎くなるとはまさにこの事。クレセントの夏は短く、半袖を着る期間は少ししかなかった。ゲイル様が仕立ててくれた半袖のドレスはすぐに着られなくなり、私がカメリアから持ってきた長袖の秋物のドレスになる。身の回りに感じられるゲイル様の気配が少しずつ薄くなっていき、それが寂しさや喪失感を倍増させていった。
夏のうちは街に出かけることも多かったが、そのうち体調や気分が優れない日が多くなり、最近は部屋に篭もりがちになっている。食べ物も喉を通らなくなり、ストレスのせいか嘔吐する事さえあった。
「お嬢様、クレセント伯爵にお会いできなくて悲しいのは分かりますが……僅かでもいいので胃に納めないと」
メアリが私の好きな柑橘系の果実を勧めてくるが、どうにも食べる気がしない。私って、ゲイル様に会えないだけでこんな風になってしまう豆腐メンタルだったかしら?……あ、醤油をかけた豆腐なら食べられる気がする。と言っても豆腐も醤油もこの世界には無いのだけど。
「……このままじゃだめだわ」
もしかすると……私の命の終わりが近いのかもしれない。ちらついた考えを、全く良くならない体調が肯定してくれているように思う。
ゲイル様に生命力を分け与え過ぎたのかな?せめて結婚するまでは持って欲しかったのに、と愁嘆で頭をいっぱいにして。それでも、ふらふらとしながら久しぶりに街に出た。名目は気分転換としてのバードウォッチング。双眼鏡を持って、後ろからついてくる護衛に心配されつつ、足を進める。
早く王都に帰る手段を探さなければならないのに、体が思うようにならず、気持ちだけが焦ってしまう。今日こそは何か情報を掴みたい。調子が悪くて引きこもっている間に、この街の疑問点に気がついたので、ひとまずそれを調べに行こうと、街中をうろうろする。
「若奥様こんにちは! 久しぶりですね、うちで取れた甘い無花果食べませんか?」
「あの案山子とても役に立ってるよ。お陰で今年は収穫量が違うわ」
街の人が次々と声をかけてくれる。調子は悪いが、人と喋っていると幾分か気分はマシになった。
ウロウロしていると、以前ゲイル様が親しそうに話をしていたアクセサリーの露天商がいたので、声をかける。
「久しぶりだな! よかったら今日もうちの家内のミルクティー飲んでいくか?」
以前と同じように気さくに話しかけてくれる店主。
「今日は大丈夫。あのね、今探し物してて……」
「若奥様のご希望だったら、街の者が何でも用意しますよ! 何たって今では伯爵様よりも人気者だから!」
そう言ってガハハと笑う様子を見て安心する。よかった、彼なら……嘘が下手そうだ。
「あのね、本が欲しいの」
「本? 若いお嬢さんが好きそうな恋愛小説とかか? あんまりそんなの読んでると、あの伯爵様は嫉妬する……って違うのか」
首を横に振る私を見て、キョトンとされる。
「じゃあ何の……」
「ゴシップ誌や経済誌、新聞があれば1番いいのだけど、世の中の情報が分かる物が欲しいの」
私の言葉を聞いて、明らかにマズいという顔をする店主。
「この街、本屋さんがないの。本は教育面でも経済面でも大切な役割を果たしていると思うのだけど、どうして無いのかしら? 前は有ったように思うのだけど」
「あー……確かに、この街に本屋は無いんだ。今度仕入れに行ったときに持ってくるから」
目線を私から逸らし明後日の方向を向きながら返事をされる。
予想は徐々に確信に変わる。このクレセント伯爵家の足元にある城下町とも言えるこの街は……いや、伯爵家はこの街をも巻き込んで、私に隠し事をしている。
ずっとおかしいとは思っていた。外部の情報がこの街には一切入ってこない。初めは王都から距離があるせいかと思っていたが、それにしても浮世離れした感じが拭えない。
それに街並みを観察していると時々違和感を感じていた、立ち並んだ商店の合間にある意味深な空白の土地。ゲイル様と初めて街を歩いた時には、こんなの無かった。最近になって意図的に潰されたと思われる幾つかの店は、きっと外部からの情報が入る場所。
隠す理由なんて、きっと1つしかない。
確信を持って伯爵家に帰った私は、その夜行動を起こすのだった。
――絶対に、何か起こっている。
きっと王都で反乱が始まったのだ。だからゲイル様は来られないし手紙の返事もくれない。そして私がここを飛び出して行かないように、その事実を皆でひた隠しにしているのだろう。ロバート様を問い詰めようと思ったが、最近忙しいのかあまり姿をお見かけしていない。ロバート様の専属執事を捕まえて話を聞いたが、論文の締め切りが近く部屋に篭っていらっしゃるとのこと。……王都で反乱が起こっているのに論文? と疑問に思ったが、会えないのであればしょうがない。
「アルエットお嬢様、今日はちゃんと夕食を食べられたみたいで安心しました。」
「今日は街に出て久しぶりに皆とお話しできたおかげかな? だけど、少し疲れちゃった。今日はよく眠れそう」
ベッドに座りわざとらしく大きな欠伸をする私を見て、くすくすと笑いながら休む準備をしてくれるメアリ。ゲイル様が来なくなって落ち込む私を、1番近くで1番心配してくれている。そんな彼女を……裏切ってしまう事に、私の良心がチクチクと痛む。心の中でずっと謝罪しながら、もう最後になるかもしれない彼女への、感謝の気持ちを伝えた。
「メアリ、いつもありがとう。またいつかお礼させてね」
「あら。私にはお嬢様が笑って元気に過ごして下さるのが、1番のお礼になるのですよ」
そう言いながらぎゅっと私を抱きしめてくれる。まるで母のような温もり。ずっと何があっても、彼女だけは私の側にいてくれた。いつも怒っているイメージがあるけど、それも私を愛してくれていたから。
「うん……ありがとう。大好きよ、メアリ」
――そして、ごめんなさい。
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