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鳥類万歳

「ス〜……ッ」


 ふわふわの小さな命。私を信頼し、その羽根に顔を埋めたって許してくれる。

 思いっきり鼻から息を吸い込むと、私の身体中を駆け巡る幸せ物質。晴れた日に干したお布団のような、魅惑の香り。


 ──それが、小鳥。


「……あぁああぁぁ、幸せ」


 一番仲良しなコザクラインコの『モモ』に頬擦りする。少し珍しい全身ピンクのカラーでラブリーな見た目。元々愛情深い品種であるコザクラインコなおかげか、こうやって吸い付くように匂いを嗅いでも許してくれる。


「ピッ!」

「なぁに? お歌聞きたいの? それとも撫でて欲しい?」


 顔を離してほっぺを人差し指で撫でてやると、モモは気持ちよさそうに目を細める。うっとりしているようなその仕草にきゅんとして、思わず再度頬擦りした。


「アルエットお嬢様。鳥吸いが終わりましたら、ちゃんと刺繍の練習してくださいね?」

「はぁい……」


 専属侍女のメアリに睨まれてしまったので渋々モモを鳥籠に戻し、途中になっていた刺繍に取り掛かる。



 素敵な恋愛に、ドラゴンと戦うような冒険。ほのぼのカフェ経営や、国をひっくり返すようなアイテム開発。『もし異世界転生したら何をしようかな』なんて考えながら、心身を擦り減らして会社勤めをしていたあの頃が懐かしい。

 今世での私の名前は「アルエット・カメリア」。運良く子爵令嬢として異世界転生した十七歳。


 そんな私が選んだ、異世界にて生きる道は……


『鳥を愛する事!!』


 異世界転生してまでする事か? と呆れられそうな話だが……私は前世からの生粋の鳥好き。それなのに前世では独身社員寮がある会社に入社してしまい、ペット禁止の生活で枯れたような生活を送ること約八年。鳥を飼いたいが為に、寮を出る為の偽装結婚まで計画していた矢先、偶然乗っていた飛行機がバードストライクで墜落。鳥好きが鳥関連の事故に巻き込まれるなんてと、むしろ運命という定めを感じた。


(だから私は、今世こそ穏やかに、鳥だけを愛でて生きる! そう決めたの!! 鳥類万歳っ!!)


「シシュウ、キラァイ……」


 おしゃべりが得意なオカメインコの『ボタン』が私の気持ちを代弁してくれる。こちらはいたって普通の見た目のオカメインコだ。普通のオカメインコだが、ほっぺの赤い部分が牡丹の花のようでとても可愛い。


 十七歳になった私は花嫁修行と称して様々な事を習わされている。所作やダンスなど元々社交に必要な事項は勿論の事、刺繍やお勉強など……特に裁縫なんて苦手だし、そもそもどこへも嫁ぎたくなど無い。しかし、五人も娘がいる子爵家の三女である私には、そんな我儘は許されない。行き遅れて鳥が飼えない修道院に入る羽目になったら……それこそ前世の二の舞。それだけは勘弁!


(あぁ、せめて鳥に囲まれて生きる事を許してくださる、お優しい方に嫁ぎたい。もしくは外に愛人を作って私になんて少しも興味を抱かず、放置してくれる人がいいわ)


 結婚を意識して考えれば考える程、憂鬱な気分が増す。布に針を三回刺せば一回は指ごと刺す腕前なので、刺繍をすれば指先が穴だらけになってしまい、布は血まみれスプラッタ。そもそもこんな令嬢、誰が貰ってくれるのだろう。


「……ケッコン、イヤァ」

「そうね。でも鳥と暮らしていく為には嫌でも結婚しないと」


 ボタンと会話しながら針箱に針を戻す。この世界は前世とは違い女性1人で生きていくには厳しい。外聞を意識せざるを得ない貴族令嬢なら尚更だった。

 

 侍女のメアリが花瓶の水を交換するため部屋の外に出たのを確認して椅子から立ち上がり、音を立てないように窓を開けた。春らしいポカポカした空気が部屋に入ってきて心地よい。


「コトリハ、スゴク、ウタガスキ〜」


 暖かい空気と、ボタンが歌う懐かしい歌に思わず笑みが溢れる。今では遠い異世界になってしまった前世の歌を真似して歌ってくれるのは、このボタンだけだ。

 窓の内側にぶら下げておいた双眼鏡を手に取って屋敷のすぐ裏手にある森の方を見る。お父様が誕生日プレゼントとして買ってくれた倍率十倍で軽量かつ防水の高級品で、私の宝物だ。


「シジュウカラ発見! あっちはエナガかな?」


 ちょこんと枝に留まったり、空中で虫をナイスキャッチしたり、番同士でくるくる回るように飛んだり……そんな鳥達の様子は何時間でも見ていられる。

(嫌な気分になった時はバードウォッチングに限るわ! 鳥を見ると心が洗われて幸福の絶頂に……って、あれ?)


「あの子……飛び方がおかしい」


 遠目でも分かる違和感。落ちるように飛び、その体はまだらに赤黒くて尻尾が長い。エナガ系列の鳥だろうか? 見たことのない種類の鳥の気がして双眼鏡で必死に追いかけたが、エナガは飛ぶのが早い種なので追い切れず見失ってしまう。こういう時、視野が狭くなる双眼鏡は不便だ。


「……怪我をしてるのかも」


 そう思うと居ても立ってもいられなかった。慌てて鳥を保護するための箱や保温用のタオルを引っ掴み、部屋から飛び出す。


「アルエットお嬢様!?」


 階段を降りようとした所でメアリに見つかってしまうが、それどころではない。


「ごめんなさい、命の危機かもしれないの! ちょっと森に行ってくるから!」

「お嬢様!? そんなお転婆で、命の危機……って、きゃぁッ危ない!!」


 最後の数段をジャンプして少しでもショートカットし、全力で屋敷の裏手の森へ向かって走る。メアリが鬼のように怒鳴る声が聞こえたが、鳥のためならば長時間のお説教コースも苦では無い。だから一度も振り返らず走る。

 屋敷の裏庭の古びた門をくぐれば、すぐに広がる大きな森。小さい頃からの遊び場である森の地理は完全に頭に入っている。小柄な私だからこそ通れるような茂みの隙間を通り、出来るだけ急いで目標地点を目指した。


「はっ……はぁ、はあ……確かこの辺り、のはず」


 例の鳥を見失った位置までノンストップで走り続けたせいで息が上がってしまった。結わずにいた長い髪が乱れて、汗で頬に張り付く。しかし休んでいる場合ではない。一羽の命がかかっているのだ。懸命に辺りを見渡して何処かにいないか探す。


「ここじゃないのかな……」


 もしくは偶然落ちるように飛んでいる風に見えただけだったのだろうか。


「チリ……」


 別の場所に移動しようとしたその時だった。耳を澄ませていなければ聞こえない程の、小さな鳴き声が聞こえた。シジュウカラよりも細い、エナガのような鳴き声。必死で目を凝らし辺りを探すと……


「──いた!」


 私でも手が届くような木の枝に一羽の鳥が止まっている。警戒されないように距離をとったまま様子を伺う。


 体の模様が赤黒く見えたのは──血だった。

 片手に収まるようなサイズの鳥があれほど出血しているのであれば大変危険だ。一歩ずつ、細心の注意を払いながら近寄るが、どうやらもう飛び立つ元気もないらしい。手を伸ばし、持ってきたタオルで包むようにして保護して、体に走った大きな傷口を圧迫して止血する。じわっとタオルが血に染まった。


「お願い、止まって……」


 祈るような気持ちで強めに圧迫する。それでも小鳥は鳴きもしない。


「ごめんね、痛いだろうけど我慢してね。大丈夫よ」


 必死に声をかければ、まるで返事をするかのように、瞑っていたつぶらな瞳が開いた。まんまるの可愛い黒い瞳と視線が交わる。それだけで私は心奪われてしまった。


(絶対にこの子を助けてみせるわ)


 邪魔になってしまった保護用の箱は放り出し、両手で小鳥の傷を圧迫しながら、来た道を駆けて引き返す。


「出来るだけ揺らさないようにするけど、少し我慢してね。私が助けてあげるからね」


 小鳥は安心したかのように目を細め、僅かにタオルに頬を寄せた。

久々に毎日更新復活しました、基本は20時更新ですが初めは数話一気に更新します٩(๑❛ᴗ❛๑)۶



いつも読んでくださる皆様ありがとうございます(*´꒳`*)♡

閲覧数と評価を励みに、糖度高めハッピーエンドを目指し日々執筆頑張ります(๑˃̵ᴗ˂̵)♪

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