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「んで契約取ってこれねえんだよ!」
俺が営業部の前を通ると、橋本営業部長が社員に向かってブチ切れていた。
「このままじゃノルマ未達! 俺達全員終わりだぞぉぉ!」
奴は指揮能力はそこそこあるが、志気を上げるのは苦手だ。よし、ちょっと手助けしてやろう。俺の持つ取っておきのスキルを見せてやる。
「橋本、ちゃんとやってるか?」
入ってきた俺の顔を見て、橋本の顔が軽く引きつった。
「あ、社長。え、ええもちろん。しっかり売り込んでますよ。社長に言った『ノルマの3倍』、きちんと達成してみせます」
「そうか、それならいい」
言いながら、俺は橋本に近づく。
さあ、スキル発動だ。
「そう言えば橋本、お前うちの商品買ったことあったよな? どうだった?」
その一言で、橋本は俺が何を求めているか察する。頭の回転は早いのだ。
「はい。自分で自社の商品を買うことで、商品の良し悪しが分かり、顧客に営業を掛けやすくなりました」
「ほう。ところで、その購入した分はちゃんと一本の契約として本数にカウントしたか?」
「はい、させていただきました」
「そうか。ならいい。じゃあ俺はこの辺で。皆、期限までに『ノルマの3倍』、頑張ってくれ」
そう言って俺は営業部を去る。
クク、何がステータスだ。何がスキルだ。
こう言うのを、本当のスキルっていうんだよ。
スキル【自爆営業への誘導】
これで契約が取れず、追い詰められた何人かは『自爆営業』(自分で自社の商品を買うこと)を行うだろう。
営業部全体で『買わなければならない空気』を作り出すことで、これはより絶大になる。『自爆営業』した奴を過剰に褒め称えるのも一つの手だ。
ちなみに、『自爆営業』は強要するとふつうに法律に抵触してしまうので、うちのように評判を気にしない会社以外はやらない方がいいし、仮にやるとしても今のように遠回しに伝えることが必要だ。
まあ法律に抵触するとは言っても労働基準法なので、既に違反しまくってるこちらとしては痛くも痒くもないけどな。
それに、社員だって強要されるよりも自分で買ったほうが気分がいいに違いない。
さて、他の部にも葉っぱを掛けに行くとするか。
他の部署にも葉っぱを掛け、二つの会社との取引を終える。会社に戻った時、既に日は暮れていた。
ティッシュを配り終え戻ってきたメリアとともに、会社を出る。
「さて、飯にでもするか」
「ねえ、まだ中にたくさん人が居たわよ。私達だけ帰っちゃっていいの?」
「何言ってるんだ。上司が先に帰ったほうが部下ものびのびと仕事が出来るんだよ。それに、あいつらは仕事が遅いから残業してるんだ。全く、無能な奴を部下にすると上は困る」
最も、有能かつ効率的な人間でも仕事を終わらせるのに終電ギリギリまで掛かるのだが。
「ねえ、やっぱり労働環境に問題があるんじゃない? 皆酷い顔をしてたわよ」
「いいや、問題ない。これが普通の会社だぞ。お前はこっちの世界に来て日が浅いから分からないかもしれないが、俺の会社は至ってクリーンな方だ」
「…本当に?」
「ああ、本当だとも。ちなみに俺は労働環境をもっと良くして『産業革命時のヨーロッパ』になるように日々管理している」
「『サンギョウカクメイジノヨーロッパ』? 何だか良さそうな響きね」
気をよくするメリア。本当にちょろい女だ。
「さて、今日はどこかで飯でも食うとするか。何か食べたいものあるか?」
「うーん、そう言われてもそもそもどんな食べ物があるかすら分からないのよね……」
「何でも良いぞ。今日は気分がいい」
そう言って歩いていると、ポケットに入れてあった携帯が鳴った。相手は三春。
『今仕事終わったところなんだけど、一緒にご飯でもどう? 良ければ電話下さーい』
「飯か…」
物凄くいいタイミングだ。俺は電話を掛けようと着信ボタンを押す。
呼び出し音が鳴り始めた時、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、そこにはスーツに身を包んだ三春の姿が。
「へへ、待ちきれなくて来ちゃった」
「お、三春。ちょうど今電話を掛けた所だったんだけどな」
電話を切り、俺は三春に向き直る。
「ごめんね、今日はどうしても咲間くんと食べたくって。愚痴、聞いてよ」
「いいぜ。俺も今自分の会社がどれだけ凄いか自慢したかったところだから」
三春と話していると、横から服の袖を引っ張られた。勇者が困惑した表情で俺を見ている。
「ね、ねえ魔王。この女の人は一体何者なの?」
「コイツか? 石原三春。俺の高校時代の同級生にして、今は大手に勤めてる女だよ。あ、三春、コイツはメリア。勇者を自称する痛い女だが、乗ってやってくれ」
「ちょっと! 誰が痛い女よ! それに自称じゃなくてれっきとした勇者なんですけど!」
「へー。貴方が咲間君が言ってた勇者さん! よろしくね!」
どこからどう見ても怪しいこの女に、笑顔で握手を求められるのはさすが三春といったところか。学生時代からコミュニケーション能力と学力はコイツに勝てる気がしない。
「よ、よろしく」
出された手をメリアは握り返す。二人が少し仲良くなったところで、俺は話を切り出す。
「で、どこに行く? 今日は気分がいいから俺が奢ってやるよ」
「え、ホント? じゃあ回らないお寿司屋さんにでも連れて行ってもらおうかな」
タダ飯と分かった瞬間高い物を選びやがった。やっぱり割り勘にしようかな。
「で、自称勇者様はどうする? 意見がないなら寿司屋で決定だが」
「アンタいい加減にしないと真っ二つにするわよ…あ、私はあれがいいわ」
そう言って勇者が指さした店を見て、自分の口元が自然に綻ぶのを感じた。
大手ファーストフード店。どんなに飯を食っても金額はたかが知れてる安心感がある。
「じゃあ今日はファーストフード店にすっか。三春とはもう何回も飯に行ってるしな。また今度でいいか?」
「いいけど、ちゃんと奢ってよ? 咲間君妙にケチ臭い所あるから信用ないんだよね」
「分かってるよ。ちゃんと誘うさ」
談笑しながら店の中へ。そこまで混んでいなかったので、すぐに席を取れた。
「じゃんけんで負けた奴が全員分買いに行く事にしよう。そっちの方が効率がいいだろ。おい勇者、じゃんけんって知ってるか?」
「馬鹿にしないで。それくらいは知ってるわよ」
「じゃあ行くよ、じゃんけん、ポン!」
結果、俺と三春がグーでメリアがチョキ。メリアの一人負けだ。
「嘘、私の一人負け!?」
「正当なルールに則った上で負けたんだから文句はないよな?」
「わ、分かってるわよ」
「じゃあ注文言うぞ。一回で覚えろよ」
俺は一万円札を渡しながら早口で注文する。三春がそんな俺に苦笑しながらゆっくりと注文すると、メリアは頷いてレジへ向かった。
残された俺は三春と見つめ合う。
「綺麗な人だね。主人公くんああいうのが好み?」
「馬鹿言え。あんな仕事の出来も悪ければ金もなさそうな女に惚れるわけ無いだろ」
「そ、そうなんだ…」
やや三春が引いている。
「それにしても、外食代って馬鹿にならないよな」
「ひょっとして毎日外食?」
「そうだな。自炊は一切しない」
コスパ的にいいのは分かっているんだが、それに時間をかける余裕は無い。一日はたったの24時間しか無いのだ。
「栄養が偏っちゃうよ。もうちょっと健康に気を使おう?」
「そうだな…」
それに関して異論はない。だが、時間がない。
「そう言えば高校時代は、三春が俺の分の弁当作ってくれてたよな。栄養状態がどうこう言って」
俺の言葉に、三春は苦笑した。
「当時からコンビニのおにぎりとかサンドイッチばっかりで、今にも体壊しそうな食事ばっかりだったからね。見てられなかったよ」
「なあ、また俺の為に弁当作ってくれないか? もちろん高校時代と同じように食材分の金は払う」
「え……」
「実際、健康状態はいずれどうにかしないとと思ってたんだよな。三春の作る物なら栄養バランス考えてあるし、高校時代からの信用もあるから安心できるんだ。どうだ? 何なら人件費、光熱費も付ける」
昔からの知り合いである三春なら毒を盛る可能性は限りなく低い。
「え、えーっと……」
三春が戸惑った顔をしている。一体何を考えているのだろうか。
相手の考えがわからない時は、とりあえず押して押して押しまくる。それが俺のやり方だ。
「どうした? やっぱり朝は忙しいか?」
「い、いや、そうじゃないんだけど…何だか愛妻弁当みたいだなって思って」
「愛妻弁当?」
「い、いや、ふと思っただけだよ! べ、別にそうだったらいいなとかそういう事を考えてる訳じゃないからね!」
そんな事は分かっている。むしろ、弁当からよくそこまで連想できたものだ。
そう言えばコイツ、結婚に焦ってたな。あんな大損あって利益なさそうな物を何故するのか俺には理解できないが、とりあえず三春はしたいらしい。
「なあ、何で結婚なんかするんだろうな」
「えっ、と、突然何の話?」
困惑された。そりゃそうだ。
「お待たせ。買えたわよ」
メリアがトレイを持って戻ってくる。そして俺の手に釣り銭を渡す。
「お前、言葉読めないのによく自分の分買えたな」
「『外の旗に載ってたヤツ1つください』って言ったら通じたわよ」
成程。言葉が読めないなりに工夫したわけだ。
「レシートが欲しい。紙みたいな物貰っただろ、見せてくれ」
メリアはトレイの上にある紙ナプキンを渡してくる。
「はい」
「違ぇよ! 変な手触りの薄い紙みたいなのあったろ! あれ出せあれ!」
「ああ、何だそれの事」
メリアがポケットからクシャクシャになったレシートを取り出す。
「金額は…合ってるか」
俺が釣り銭とレシートの金額を確認していると、メリアが三春の隣に腰を下ろした。
「そう言えば三春、聞きたいことがあるの」
「うん。何かな?」
初対面の人間を名前で呼び捨てにすんのかよ……変なところで度胸あるよなこの女。
「この世界では、労働者が今にも死にそうな顔になるまで働くらしいけど、本当?」
「え?」
三春の顔が固まる。
「あとあと、一日十六時間労働で週休一日で働くらしいんだけど、本当かしら。教えて三春!」
メリアの奴、俺のことを微塵も信用してねえな。
前情報もなしにここまで疑えるのは、俺に対する不信感からだろう。全くムカつくやつだ。
「え、えーっと…」
三春がこちらに視線をそらしてくる。俺は堂々と言い切った。
「本当だ。な、三春?」
「うるさい魔王。私は今、三春に聞いてるのよ」
どうなの? とメリアの目が正面から三春を見据える。
「え、ええと…」
目を逸らす三春。目が合った俺は、目で合図した。
「そ、そうなんだ〜。私も大変で、毎日ヘトヘトだよ〜」
「でもその割には疲れてないように見えるんだけど」
「私は疲れが顔に出にくいから、かな〜」
結局、三春は俺に話を合わせてくれた。メリアは「そう」と納得したのかしてないのか分からない返事をして顔を引っ込めた。
その後は、ダラダラ喋りながらの食事会が行われた。内容は主に、三春の愚痴と俺の有能さの自慢だ。
「それでね、先輩が『混ぜ物がないか調べろ。調べるまで帰れねえぞ』って脅してきてさ〜」
「『混ぜ物』って、警察みたいな言い方するなお前の会社は」
「ねえ魔王、警察って何?」
「帰ったら教えてやるよ」
食事が終わる頃、三春の携帯電話が鳴った。
「もしもし。…はい。はい、分かりました。すぐ向かいます」
電話を切ると、三春はそそくさと荷物をまとめる。
「何かあったのか?」
「先輩がすぐ来いって言ってるの。悪いけど、仕事戻るね」
「今から残業か? ちゃんと残業手当を付けてもらえよ」
「君はまず自分の会社の従業員に付けてあげなよ…」
三春は苦笑して、店を出る。
「じゃあね、咲間君。また今度」
「おう。またな」
三春が去っていったのを確認すると、俺はメリアに向き直った。
「ところでお前、今日泊まる場所あるのか?」
「ないけど」
「どうする気だ?」
「何も考えてなかったわ。未知数の相手を倒そうって時に宿の心配なんか出来ないわよ」
「そうか。なら、俺の家に来るか?」
「はぁ? 誰が魔おーーー」
「『誰が魔王と一日屋根の下で過ごすのよ』とでも言うつもりか?」
メリアの言葉に先んじて、俺は言う。
非効率的な会話は俺の嫌いなもののうちの一つだ。これが商談ならいくらでも時間を掛けるが、こんなイカれ女との会話にあまり時間を割きたくない。
「お前の選択肢は二つ。俺と一つ屋根の下で過ごすか、ここに置いていかれるかだ。分かってるだろうが俺は置いていくと決めたら本気で置き去りにする。慈悲はない」
「う……」
「野宿だろうとなんだろうと、好きにすればいい。ただお前のような美人がこんな都会に置き去りにされて、無事に明日を迎えられるとは思えないがな」
間違いなくナンパ師に捕まってお持ち帰りコースだろうな。
「…分かったわよ」
諦めたように、メリアは肩を落とした。
ネオンサインがギラギラ光る町並みを、メリアと並んで歩いていく。
「お前から見て、この街はどうだ?」
「見たことない物ばっかりよ。あと目がチカチカする」
「ハハッ、分かる」
俺はこの街が好きだ。
様々な企業が一箇所により集まって、朝も夜も金を得ようと奮闘している。
人々は眠っても、街そのものは眠らない。それが都会ってやつだ。
「気になるものばっかり。後でちゃんと説明してくれるのよね?」
「ああ、俺が知っていることなら何でも答えてやる」
「……初めて会った時から思ってたけど、何でそんなに態度が大きいのよ」
「悪いな。そういう性格なんだ」
そう言って誤魔化すが、本当の理由は分かっている。
三春、智音を始めとした十数人を除いて、俺は関わった人間を金蔓にしか見ていない。
大事なのはそいつがいくらの経済的価値を産み出すかであり、そいつ個人の事はどうでもいい。イコールどう思われてもいい相手。だから高圧的な態度だって取るし、使えないと分かれば罵倒する。
『客からも労働者からも搾取する』
これが俺の座右の銘だ。
無論、搾取の対象の中にはメリアも含まれている。別世界の勇者だか何だか知らないが、金になるのなら徹底的に利用するつもりだ。
だがそんな事は、メリアには言わない。言った所で俺にメリットはないからだ。
『そんな生き方だから、お前は恋愛の一つも出来ないんだよ』
「……チッ」
脳内をある人の言葉が過り、俺は舌打ちする。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
その後は、特に会話することもなく帰路に着いた。