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 いくつか問題があったが、何とか無事に会社に到着。


 問題があったとは、メリアが見るもの聞くもの全てに関心を示したからだ。電車を見た時に新手の魔物かと警戒した時には、本気でそこに置いていこうかと思った。


 矢継ぎ早に来る質問を『後で説明してやる』の一言だけで受け切ったのは俺の実力だ。


 まあ、仕事を頼む以上最低限の事は覚えてもらわなければならないのは本当だ。ただ、一刻を争う状況下で説明するべきではない。


 会社に入ると、今にも死にそうなほど憔悴した顔があちこちに見受けられる。いつもの光景だな。


「会社って、何をするところか分かるか?」


「商人ギルドがあったから、なんとなくは…あ、でも私の認識と違うかもしれないから後でしっかり説明してほしいかも」


 分からないことはしっかり分からないと言う辺り、コイツのポテンシャルの高さが垣間見える。


「で、ここは何をしている所なの?」


「うちは広告業、銀行業、基本的に何でもやってるな。その時の時流に合わせて業種を変えていく、合理的企業だ」


「合理的の割に、働いている人達の顔が死んでるんだけど…」


「軟弱な奴らだからな。ちょっと残業させただけですぐに音を上げるんだ。この前、体力に自信があるとか宣う奴が居たが、三日で倒れやがった。実に忌々しいな」


「それ、労働環境の方に問題があるんじゃないの?」


「まさか。ウチは至って健全だ。労働時間はたったの16時間、週休一日、アットホームで楽しい職場だ」


 労働基準法とやらではそう言うのをブラック企業と呼ぶらしいが、そんな自覚はないし改善するつもりもない。むしろ社員はこんな好環境に感謝するべきだ。


「と、言うわけでお前にはここで皆の手伝いをしてほしいんだ。今日も軟弱な奴が一人、逃げ出してな」


「構わないけど、来たばかりの私が出来ることなんて限られてるんじゃない?」


「大丈夫。このフロアは手足が付いてれば出来る仕事ばっかりだから。専門的な仕事は違う階でやってるんだ」


「手足が付いてればって……………それいったいどういう」


「社長ォ〜〜〜〜〜!」


 横合いから声がかかり、一人の男が飛び込んでくる。大川田だ。見事なまでの土下座を披露してくる。


「申し訳ございません! 私が居ながら、退職(うらぎり)を許してしまうなんて!」


 一応言っておくと、退職者の数が問題なのではない。


 『退職者が出る』と言う事実が問題なのだ。


 退職者が出てしまうと、虚弱貧弱無知無能な労働者共に『何かあった時にすぐに逃げられる』と言う思いを産ませてしまうのだ。逃げたくても逃げられない、もしくは逃げたとしても未来はない、と労働者に思い込ませる必要がある。


 故に『新たな人員を確保したからいいよね!』とはならない。


 やっている事はカルト宗教と同じだ。


「大川田。お前に管理を任せた俺が馬鹿だった」


「申し訳ございません! この罰は仕事でーーー」


「明日までに、社員どもを再教育(せんのう)しておけ。抜かるなよ? 今度こんな事があったら、温厚な俺も珍しく本気になっちまうかもしれない」


「は、はい!」


 大川田がすぐに跳ね起き、下の階へ向かっていく。一見するとただの胡麻すり野郎だが、あれで社員の教育能力は高いからな。


 適材適所、アイツはアイツで使えるところがある。


 さて、問題はメリアの方か。


 俺はメリアへ向き直る。


「じゃあまず、そこの机の上にある書類を読んでおいてくれ」


「いいけど、私文字読めないわよ?」


 …そうだった。


「じゃあこっちの書類にハンコを押してくれ。この枠の中にこのハンコを押すだけでいい。簡単だろ?」


「構わないけど、そう言うのって責任のある立場の人間がやるものじゃないの? いきなり来た私がやる仕事じゃないんじゃない?」


 ごもっともな意見に、俺は沈黙する。


「仕方ないな。ちょっと待ってろ」


 俺は二階下の倉庫まで行くと、ホコリを被ったダンボールを二箱持って戻ってくる。


「会社の外に出てティッシュ配りをしてきてくれ。通行人にこれを一つずつ渡せばいいだけだから簡単だろ」


 前からやろうと思って買ってはいたが、智音に「そんな事をするくらいなら君の会社なら普通に働かせたほうが十倍効率がいいよ」と言われ断念していた。だが、この際労働力は少しでもあったほうが良い。


「夕方までにこのダンボールの中のティッシュを全部配ってきてくれ。じゃあ任せた」


「わ、分かったわ」


 四の五の言わず、メリアはダンボールを持って外に出ていく。メリアの姿が見えなくなると、俺は野村課長を呼び出した。


「お呼びでしょうか、社長」


「大切な仲間が一人やめた。まだ仕事が残っているのに、だ」


 俺の言葉に、野村は身を硬くする。


「そこで、そいつが担当していた仕事を、お前の部署にやってもらう。お前の課16人で、相田がやるべきだった仕事を片付けろ」


 昨今、ワーク・シェアリングなるものが流行っているらしいが、これはその逆だ。

 

「お、お待ち下さい。うちの課はただでさえ精一杯やっています。これ以上働けば、流石に潰れてしまいます!」


「お前に与えられた返事は『はい』か『イエス』か『ヤー』か『ダー』だ。これ以外は認めない」


「そ、そんな…」


 野村が唾を飲む。あとひと押しだな。


「嫌か。なら仕方ない。おまーーー」


「精一杯、やらせていただきます!」


 野村が涙目になりながら頭を下げた。俺は満足そうに頷く。


「よろしい」


 逆らえばどうなるか分かっているから、野村は素直に従った。



 ここで、軽くウチの会社の指揮系統について説明しておこう。


 うちの会社の指揮系統は極めて単純だ。最高権力者が社長、つまりこの俺。その下に部長、課長が同列で並んでいる。副社長はお飾りとして据えているだけなので実質的な権力は皆無に等しい。


 何故こんな構造になっているかと言うと、人材の問題だ。この会社は辞めていった社員たちのネガキャンによって、ネット上の評価が最悪に近い。


 そのせいで、まともな求職者の大半はこの会社に寄り着かない。必然、どうしようもない人材の中から選んでいくしかなくなる訳だ。そしてそんな人材の中には、まともな読み書きや四則計算すら怪しい奴も多い。


 そんな奴らに向かって部長が偉いだの係長は課長よりしただのと論ずるのは時間の無駄だ。『役職についてなんか凄そう』、『社長は一番偉い』。このレベルの認識でいい。


 これを聞くと『労働者を馬鹿にしている』と言ってくる輩が居るが、それは馬鹿の生態を知らないからに他ならない。本物の馬鹿を知っていれば、こんな発言は出ないはずだ。


「オラァ! もっと働け!」


「休みたい? 死んだら永遠に休めるんだ! 今働かないでどうする⁉」


「数字が全てなんだよ! 数字取ってこれなきゃお前に価値はねえ!」


 部長連中の怒声を聞きながら、俺はふとそんな事を考えていた。


 この会社は実によく回っている。部下思いの上司、天才的頭脳を持ったアドバイザー、そしてそれを率いるこの俺。


 年々上がり続ける営業利益こそが、その総合的な能力の高さを物語っている。


 しかし、まだ足りない。


 この先、国内の大企業と、そして世界と戦っていくには『何か』が圧倒的に足りていない。


 労働環境の差などと言う些末事ではない。もっと別の何かだ。


 自社の弱さを知り、克服すべきだ。


 どんな企業と競争を行っても勝てるように、万全の準備をする必要があるな。


 活気にあふれた会社を見て、俺はそれを再認識させられた。

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