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 電車を降りた所で、俺は面会が難しい事に気が付く。

 奴が逮捕されてからまだ一日も経っていない。ならば、まだ取り調べの段階じゃないか?

 俺も警察に何度か因縁を付けられて不当な逮捕をされた事があるので分かるのだが、取り調べと言うのは基本一日では終わらない。しかもアイツの魔王だの勇者だのと言った訳の分からん話は、余計話をこじらせるだろう。


 ……よく考えたら無理じゃね。


 拘置所までの道のりで、俺はそんな事を考えていた。我ながら馬鹿な事をした。


「クソッ、電車賃と30分を無駄にした」


 毒づいて会社に戻ろうとしたその時、視界の端に見慣れた金髪が見えた。


「……何だ?」


 目を凝らすと、どこかで見たような顔の女がこちらに向かって歩いてくる。社会人経験のなさそうな、それでいて数多の修羅場を潜ってきたであろうあの顔はーーー


「勇、者…」


 そう。昨日俺に斬りかかり、器物損害と殺人未遂をやらかして捕まったあの勇者だ。警察に捕まると着替えさせられるはずだが、服は昨日と変わっていない。


 何でここに? いくら何でも一日弱で出てこられるほど警察の取り調べも温くはないだろう。まさかああ見えて、実は勲章持ちか?


 そんな事を考えていたからだろうか。俺は、勇者が目の前に迫ってくるまで気が付かなかった。


「魔王!」


「うおっ!?」


 飛んでくる拳に気づき、ギリギリのところで回避する。拳を突き出した勇者は憤怒の表情でこちらを見ていた。


「まさか仲間を近くで待機させていたとはね。迂闊だったわ」


 仲間、ねえ。


 どちらかと言えば敵なのだが。


「どうやってあそこから出てきた。まさか皆殺しか?」


「いくら魔王の手先とは言え、あの人数相手にそんな事はしないわよ。全員に記憶改ざんの魔法を掛けて逃げてきたのよ」


 記憶改ざん? まーた訳の分からない事を言い出したな。


 まあいい。本題はそこじゃない。


「で、これからどうするんだ?」


「もちろん、貴方を倒すのよ!」


 そう言って、俺を指さしてくる。剣を出さないのは、ここが人通りのある場所だからか、はたまた逮捕された時に取られたままだからか。


「繰り返しになるんだが、俺は魔王じゃない。そこら辺の誤解を解きたいんだが、どうしたらいい?」


「誤解? 何を言ってるの、貴方からはーーー」


「お前、確か勇者とか言ってたよな? 勇者様が無関係な一般人嬲り殺しにして良いのかよ?」


 そう言うと、彼女は一瞬たじろいだ。


「え? そ、それはーーー」


 その隙を突いて、俺は逆ギレに転じる。


「勝手に魔王だって疑って? 決闘申し込んでぶち殺して? お咎めなしってかぁ? 勇者様ってのは良い身分だなぁオイ!」


「え、えっと…」


「ふざけてんのかテメェ! 人の命を何だと思ってるんだ、アァ! お前みたいな善意を傘に着たクズが居るから、冤罪なんてもんが産まれるんじゃねえのかなぁ!」


 ここで大事なのは言葉の中身ではない。迫力だ。ブチギレた演技をすることで、相手に罪悪感を植え付ける。この手の技は俺の十八番だ。


「え、そ、その…」


 案の定、勇者様は反論できない。


 恐らくコイツは、自分を正義の味方か何かと勘違いしているタイプ。ならば、その正義に反することは出来ないはず。


「おーい! 助けてくれ! 民間人を魔王と称してぶっ殺すイカレ『勇者様』がここに居るぞ!」


「ちょ、ちょっと!」


 急に騒ぎ始めた俺を見て、勇者が慌てる。


「大変だー! 正義の味方であろう『勇者』が! ここに居る善良な民間人を殺そうとしているんだ!」


 ここまで露骨で芝居がかっていると、周りを歩いている人達は信用しないだろう。だが、目の前の女には効果抜群。


「わ、分かったわよ! 話し合いましょう!」


 よし、ひとまず俺の命は守られた。






 場所を移し、少し離れたカフェへ。


「まず、お前の正体から聞こうか」


 コーヒーを注文するなり、俺は勇者に言った。ただでさえ金髪な上に変な鎧まで着込んで居る勇者は目立ち過ぎる。さっさと会話を始めたい。


「私の名前はメリア・ヴァレンシュタイン。こことは違う世界から来た勇者よ」


 こことは違う世界、か。まあそんな気はしていたが。


 あの智音ですら分からない空間転移を使うような奴が、同じ地球の人間とはそうそう思えないからだ。


 最も、根拠はそれだけなので半信半疑ではあるが。


「私の世界にも魔王の軍勢ーーー魔王軍が居てね。でもそっちとは停戦協定が結ばれていて、少しの間戦いは起こらないの」


 コイツ、説明能力ねえな。


 言っていることは分かるが、はっきりとは伝わってこない。もう少しわかりやすく説明してくれ。そもそも魔王ってなんだ。RPGに出てくるラスボス的な奴の認識で良いのか?


 色々突っ込みたくなったが、話を二転三転させたくないのでグッと堪える。これが社会人経験7年で培った対人スキルだ。


「それで?」


「でもね、大占い師のお婆さんによると、別の世界にも魔王が居るみたいなの。だから、魔王と停戦している間に倒しておこうって事になって…」


「それで俺ってわけか」


 それならコイツが焦っていたのも頷ける。本命との停戦期間が終了するまでに、別世界にいる未知数の戦闘力の魔王を倒さなければならないのだ。


 まあ、こっちからしたら溜まったものではないが。


 ここまでを一旦まとめよう。


 ①このメリアとか言うのは異世界の勇者で、その世界の魔王を倒すべく行動をしている。


 ②しかし向こうの世界の魔王とは現在停戦協定(期間は不明)を結んでおり、しばらくは戦わずに済む。


 ③そんな中、この世界にも魔王(俺の事らしい)が居ることが発覚。停戦が終わるまでに俺を討伐しておきたい。



 うーむ、分からん。


 と言うか分かりたくない。何でそんな面倒事に俺が巻き込まれなければならないのか。


「とりあえず、俺から言えることは一言」


「う、うん」


「俺は魔王じゃない。その大占い師とやらがどんな物か知らないが、それだけは間違いない」 


 そう、たとえコイツの言った言葉が全て本当だったとしても、それだけは揺るがない事実だ。


 「おかしいな…確かに貴方が魔王だと思ったんだけど…ねえ、ちょっと【ステータスオープン】やってもらっていい?」


「何だそれ?」


「自分の持つ能力を数値化して映し出す能力よ。見ててね…【ステータスオープン】!」


 メリアが言うと、空中に一枚の画面が映し出される。RPG系のゲームによくあるステータス表示そっくりだ。確かステータスウィンドウとか言うんだったか。


 …コイツは異世界とゲームの世界、どっちから来たんだ?


 メリア・ヴァレンシュタイン ステータス


    知力 B

    魔力 A

  身体能力 S

 魔法抵抗力 S

   倫理観 A

 スキル 勇者の加護LvX 全属性耐性LvX 剣術Lv8 魔法LvⅩ…………

 

 ここでメリアは俺の顔を見る。


「こんな感じの表が出るはずよ。ちょっとやってみて」


「こうか? 【ステータスオープン】!」


 言われた通り、メリアと同じような動きをして手をかざす。しかし、何も起こらなかった。


「…おい、何も出ないぞ」


「こうよ、こう。こうやって、手をもう5度くらい傾けて、丹田に意識を集中させるの。慣れてくると、意識を集中させなくても叫ぶだけで出来るようになるわよ」


「【ステータスオープン】」


 言われた通りやると、俺の目の前に半透明の画面が出現した。




 舞黒 咲間 ステータス


    知力 C

    魔力 B

  身体能力 A

 魔法抵抗力 B

   倫理観 E



「…おい、何だこれ」


「うわ、これは微妙ね。悪くはないけどよくもない。倫理観を除けば、そこら辺の民間人と何ら変わりないわ」


 俺のステータスウィンドウを覗き込んだメリアが顔をしかめる。


「おい、知力がお前より低いってどういう事だよ。俺はこう見えても高校時代、政治経済の教科で全国模試1位をキープし続けた男だぞ」


「知力は色んな情報を統合して算出されるからね。例えば学歴とか。他にも学生時代の成績とか、あと何かの研究とかで賞をもらったりしても反映されるわね」


「………」


 最終学歴は高卒、政治経済以外の成績は赤点どころか全教科留年ギリギリだった俺は何も言えない。


「まあひらめきとか、見えないデータの割合が低いから手放しには信用できないんだけどね。私の知り合いの学者にも、Sでもおかしくない能力持ってるのに実績がないからB止まりの人居るし……どうしたの黙っちゃって?」


 俺の顔を覗き込んでくるメリア。だがそんな事は気にならない。



 俺が…負けただと?



 この脳筋でまともに社会に出ていなそうな女に、俺が? 魔法関連や身体能力ならまだしも、知能で負けた!?


「運営はどこだ。苦情のメールを入れてやる!」


「運営してるのは【ステータス管理委員会】って所なんだけど、この世界にはないわよ。私達の世界の地下深くで公正中立を掲げて日々頑張ってるわ」


「どこが公正中立だ! こんな頭が空っぽそうな女に知力Bを付けておいて!」


「あ、頭が空っぽですって!? よくも言ってくれたわねこの魔王!? 表に出なさい! 剣の錆にしてくれるわ!」

 

 メリアが身を乗り出し掴み掛かってくる。負けじと俺もそれに応戦。周りの客の視線が痛い。


 五分ほど争った後、メリアがため息を吐き席に着く。


「……って、ステータスの方はいいのよ。私が知りたかったのはスキルの方よ。ほら、さっさとスキルのページを見せて」


「はいはい」


 いちいち反論するのも面倒なので、二つ返事でスキルの欄をタッチしてみる。表示されていた画面が瞬時に切り替わった。まるでウェブサイトだな。



 スキル


  甲種危険物取扱主任者 貸金業務取扱主任者 搾取LvX サジェスト汚染LvX  ハム・ソーセージ・ベーコン製造技能士2級 英検4級 漢検2級 魔王の素質



「ほぼ資格じゃねえか!」


 しかもそれ以外もひどい。【サジェスト汚染LvX】とか一体どこに使い道があるというのか。


「何だ、このスキルは?」


「タッチすれば、詳細がわかるわよ」


 試しに【サジェスト汚染】の項目をタッチしてみる。


【サジェスト汚染LvX】


 サジェスト汚染を一人で行える。


「使い道がものすごく限定されてるな…」


 ぼやきながら、他のスキルも見ていく。とは言え資格関連は調べても意味がないので、見るスキルは実質2つだ。


【搾取LvX】


 詐欺、言いがかり、給料未払い…etc。合法違法問わず金や物を搾り取れる。


【魔王の素質】


 魔王が死亡したとき、その能力を相続する事が出来る能力。


「魔王だ何だの言ってたのは、このスキルが原因か?」


 メリアの方に視線を戻すと、メリアは何故か目を見開いたまま固まっていた。


「おーい、どうした? 黙ってると胸揉むぞ?」


 そう言うと、メリアは我に返った。そして、殺意のこもった目をこちらに向けてくる。


「やっぱり、魔王……」


「落ち着け。これ以上暴れるようなら、こっちにも考えがある」


 腰を浮かせて今にも飛びかかって来そうなメリアに、俺は携帯電話を取り出し、三桁の番号を打ち込み牽制する。


「分かってるわよ。ここには人も居るしね」


 ガタン、と荒々しく席に着いたメリアは、苛立ちを抑えるようにコップの水を勢いよく飲み干した。


「落ち着いたところで、説明求む。文章を読む限りじゃ、まだ魔王の能力を持ってないんだろ? つーか素質ってどう言うことだよ」


「魔王って言うのはね、その素質を持つ者しかなる事ができないの。本来であれば、魔王の子供だけが持っているスキルよ」


 成程。つまり、このスキルを持っているものだけが魔王になれると。


「つまり、向こうの世界で魔王が死んだとき、俺に奴の能力が移動する可能性があると」


「ええ、そうよ。そうなればせっかく倒したのが水の泡。だから私達は、【魔王の素質】を持った人間も駆除対象に入れているの」


「『能力の相続』って書いてあるけど、相続税は掛からないのか?」


「は?」


「いや、何でもない」


 ふざけて言ってみたのだが、怪訝な反応をされてしまった。


 それにしても、魔王か。


 魔王と言われても、俺にはピンと来ない。あまりゲームとかはやらなかったからな。ファンタジー小説でいくつか読んだくらいか。


 どちらかと言えば、シューベルトの『魔王』の方がまだ馴染みがある。


「で、お前はこれからどうするんだ。この能力を持った俺を殺すのか? だとすれば、こっちにも考えがある」


 別に警察に逮捕してもらうだけが手段じゃない。目の前のコイツを倒す方法など、既に5つは思い付いている。


「そうしたい気持ちはやまやまなんだけど……その前に、どうして貴方にそのスキルが付与されたのかを調べないといけないわね」


 それは俺も知りたい。


「もし貴方が本当に魔王の親類縁者でないとしたら、その能力が与えられるのはおかしい。何かあるはずなのよ。それを調べないと、第二、第三の魔王候補が生まれてしまう」


 コイツ、馬鹿だと思っていたが意外に頭が回るらしい。


「とりあえず、貴方の身柄は私達が一時的に拘束するわ。不便を強いると思うけどーーー」


 その時、俺の携帯が鳴った。相手は大川田。すぐさま電話に出る。


「俺だ」


『社長、大変です。事務職から一人退職者(うらぎりもの)が出ました』


「何? 退職者(うらぎりもの)が!? どこのどいつだ?」


『入社3年目の会田です。入社した時から待遇改善を要求する反乱分子でしたが、まさか退職する(うらぎる)とは…………申し訳ございません、私の責任です』


「全くだ。とんだ事をしてくれたな大川田。まあいい、今から会社に戻る。処罰はそれからだ」


『は、はい!』


 俺は忌々しげに電話を切る。クソッ、なんて事だ。


 うちはただでさえ人手不足なので、一人抜けただけでもかなりのダメージになる。各部門を最少人数でやらせてるのが仇となったか。


「人員、人員か……」


「ねえ、聞いてる? これからゲートを開くから、人気のない所に移動するわよ」


 うるさい奴だな。こっちは今それどころじゃないんだよ。


 人員不足だ。一人、一人でいい。安月給で文句も言わず、それでいてすぐに逃げ出さない根性も有るーーー


「ちょっと、行くわよ?」


 人員が、人員ーーー


 ん?


「ねえ、何ボンヤリしてるのよ。こっちも暇じゃなーーー」


「居た」


「え?」


 突然の一言に、メリアは面食らう。すかさずその手を俺は掴んだ。


 安月給だろうと文句も言えず(この世界の常識が分からないため)、単身で魔王討伐しに来るくらいのメンタルの強さ。


 確証はないが、ほぼ間違いなく住所不定無職だろう。これほどいい人材、他に居るか? いや、居ない。


「力を貸してくれ。お前の力が必要だ」


「な、何よ唐突に。魔王の手伝いなんてすると思ってるの?」


「お前の助けがなければ、俺達は終わりだ。営業利益はガタ落ち、大量の失業者が出て何人もの人間が首を吊らなければならなくなる」


 もちろん大げさに盛っているだけだ。うちがいかに人員不足だったとしても、一人抜けたくらいで瓦解するほど柔な会社じゃない。


 だが、悩める人々をお救いなさる勇者様は、こう言われて断る勇気があるのか。


「わ、分かったわよ。力を貸してあげるわ」


 ないに決まってるよな。


「それで、何をすればいいの?」


「俺の会社に来てくれ。詳しい話はそこでしよう」


 勇者っていい人材だな。これからは積極的に雇っていこう。

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