姫もしくは、お嬢と呼ぶこともある
翌日、日曜日。
母に金を渡され、お使いを頼まれた。
猫のトイレと、子猫用の餌、その他猫に必要な物を買ってくるように言われたのだ。
事前に調べて、ケージは高いということで結局兄の部屋が丸々子猫のために使われることが決定した。
兄には連絡したらしいが、怒らなかったのか気になるところだ。
現時点で、あたしや姉にはなんの連絡も来ていない。
もしかしたら、連絡を入れるだけ入れて、返事は来ていないのかもしれない。
自転車に乗って、片道30分かかるホームセンターへ向かう。
ちなみに母は母で菓子折を買いに行った。
「ねーねー、猫の名前なんにする??」
田んぼの中を真っ直ぐ走る整備された農道。
少し離れた場所にぽつんぽつんと、島のように村が点在している。
その中を風を切るように自転車を走らせながら、あたしは姉に聞いた。
「んー、真っ黒いから、クロとか?」
「えー、普通すぎない?」
「じゃあ、タマ?」
「The王道」
考える気があるのかないのか、姉は普通すぎる名前の候補を上げていく。
「そういうアンタはどんな名前がいいの??」
逆に聞かれ、少し考えて。
「ちっちゃいから、チビ」
そう答えた。
「それこそ、まんまじゃん」
「えー」
「それに今はちっちゃいけど、そのうち大きくなるでしょ」
姉の指摘に、あたしは頷いた。
「あー、たしかに。
じゃあ、神様とかそういうのにあやかって、白虎とか?」
漫画でみた四神からとってみた。
「黒いのに??」
姉が淡々と返してきた。
「えー、ダメ?」
「ダメじゃないけど
……真っ黒だし、コーヒー、カフェ、ココア、チョコ、モカとか。
ちなみに、昨日猫砂くれた人の家の猫は、呼び名がたくさんある。
にゃろっ子ちゃん、もしくはヤー君、ヤーちゃん、あ、【ちゃま】って付けて呼んでるとか聞いたな」
「え、にゃろっ子ちゃまとか呼んでるの?」
「そうそう」
「それで、ちゃんと反応するの?」
「呼べば来る、とは言ってたなぁ」
「へぇ。
どうでもいいけど、姉ちゃんの提案した名前、ほとんど飲み物じゃん」
「だって黒いし」
どうやら姉は色に因んだ名前を付けたいらしい。
「……黒ねぇ、あ、じゃあ【おコゲ】とかは?」
「コゲ??」
「石焼ビビンパとかでおコゲの部分食べるじゃん」
「ビビンバじゃないの?」
「同じ料理のことだよ。発音が複数あるだけらしい」
あたしが答えると、姉は関心したように呟いた。
「へぇ、そうなんだ」
そして、続けた。
「でも、石焼きビビンバのおコゲはあそこまで真っ黒じゃないでしょ」
「たしかに」
そこまで話した時には、すでに田んぼは終わり街中に入っていた。
信号機が赤だったので止まり、青になったので進む。
日曜だというのに、ほとんど歩行者がいない。
というか、ゼロだ。
と、ふと昔からある和菓子屋の看板が目に入った。
そこには、レギュラーメニューがいくつか羅列してある。
それをみて、あたしと姉は異口同音にこう呟いた。
「「おはぎ」」
いずれ大きくなるとはいえ、子猫の丸まった形がおはぎに似ている気がしたのだ。
「おはぎにしよう」
姉が言った。
あたしも特に反対意見は無かったので、同意した。
「うん、おはぎにしよう」
名前が決まったら、会話がやりやすくなった。
ホームセンターについてからは、二人して【おはぎ、おはぎ】と連呼しながら買い物を済ませた。
姉の自転車の後部に猫のトイレを括り付ける。
籠には猫砂にキャットフード、ほか細々したものがぎゅうぎゅう詰めになっている。
籠に入らない分は、あたしの自転車の後部に括りつけた。
そして、帰宅した。
帰宅した、あたし達が見たのは兄の車だった。
どうやら帰ってきたらしい。
たぶん、猫の件で帰ってきたのだろう。
部屋を猫に献上されて、怒ってないといいけど。
あたしと姉は家に入った。
すると、そこで見たものは、父親と子猫の取り合いをする兄の姿だった。
「ほら、おやつ食べろ~♡」
「こっちには玩具があるぞー♡」
かたや食べ物で釣る兄。
かたや玩具で釣る父。
それを見てイライラしている母親と言う図が拡がっていた。
ちなみに、兄があげているオヤツはCMでよく見るヤツだった。
買ってきたんだろうな、きっと。
父は自分から絶対金を出さないタイプだ。
現に、今買ってきた猫のトイレやら諸々は母の稼いだパート代から出ていると推測される。
「あ、おかえり」
兄があたし達に気づいて、そう声をかけてきた。
母も少し遅れて、おかえりを言ってくる。
「ただいま」
「ん、ただいま」
丁度おやつが無くなったのだろう、空になったスティックタイプのそれをゴミ箱に捨てて、兄がこちらにやってきた。
その後ろをトコトコとおはぎが追いかけてきた。
兄の足元を八の字にまわり、体を擦り付けつつ、おやつの追加を要求しているのか、ニャウニャウ鳴いている。
しかし、気が短いのか直ぐに鳴きながら、兄のズボンを上り始めた。
早くよこせ、すぐ寄越せと言っているようだ。
兄が苦笑して、おはぎの首根っこを掴むと、自分のズボンから剥がして抱っこし、撫でくり回し始めた。
「何買ってきたんだ?」
おはぎを撫でながら、兄が聞いてくる。
「いろいろ」
姉が淡々と答える。
あたしはもう少し詳しく答えた。
「おはぎの餌皿と、ノミ取り用のクシと、シャンプーと、あとキャットフードと猫砂と、色々」
買ってきたものを、兄がみる、すぐに母もチェックする。
そして、父も寄ってきて、3人で首を傾げた。
「「「おはぎ??」」」
姉がやはり淡々と返した。
「猫の名前」
母と兄が、納得する。
「あー、ちっちゃいし、たしかに丸くなると、おはぎっぽいかも」
父は、兄が撫でくり回し続けていたおはぎを奪うようにして抱っこすると、
「お前の名前おはぎだとさ」
などと言ってデレデレだった。
とりあえず、父はさっさと金を出した方がいい。
猫のための金を出した方がいい。
一方、【おはぎ】と名付けられた黒猫は喉をゴロゴロ鳴らして上機嫌だった。