06
「えー、毎度バカバカしいお話をおひとつ」
異世界に転生する主人公ときたら、元々の世界ではもひとつパッとしない、どちらかと言えばダメ人間と相場が決まっております。
この物語の主人公の私、朝比奈朋絵、27歳もそんな落ちこぼれの一人でした。
私が不登校になったのは小学校5年生の春。
給食に出たピーマンが食べられなくて先生に叱られ、クラスメートに笑われ、それっきり家に引きこもってしまったのです。
両親はそのうち学校に行くだろうと放任していたら、あれよあれよという間には私は高校3年生になっていました。
高校と言ってもお金さえ出せば高卒の資格をくれる名ばかりの学校で、ほとんど授業に出たことがありませんでした。
そんな私の引きこもりが原因で両親は離婚し、私は母親の実家に引き取られたのです。
その後私は十年間、一人で部屋に閉じこもり、他人と接する機会もなく、すっかり対人恐怖症になっていました。
ある日、唯一私を世話をしてくれている優しい祖母が、私に千円札を一枚渡して言いました。
「トモちゃん。今夜はママは仕事で忙しいから帰りが遅くなるって電話があったよ。トモちゃん、このお金でコンビニで晩御飯を買ってきておくれ」
「ええ~ッ!?おばあちゃんが買ってきてよ」
「おばあちゃん、今日は膝が痛くて歩けないんだよ。お願いだからトモちゃんと私、二人分のお弁当を買ってきておくれ」
「でも……」
祖母は私の手を握って、真剣な顔つきで言いました。
「トモちゃんが外に出るのが怖いのはわかってるよ。でもね、いつまでもそんなじゃダメだよ。これはちょうどいい社会勉強だよ。頑張って一人で買い物してきておくれ」
「だって、無理だよ……」
「大丈夫、大丈夫。お店に行ったらお弁当を二つ選んで、レジにもって行くだけだよ。店員さんがお弁当を温めますか訊いてくるからお願いしますって言えばいいのさ」
私は外に一人で出かけると考えただけで心臓がバクバクと音を立てて鳴り出しました。
「怖い…………」
「他人と話すのが怖かったら、頭の中で#寿限無__じゅげむ__#を唱えなさい」
「寿限無……」
「そうさ。あの落語に出てくる寿限無」
「いつもおばあちゃんが聞かせてくれた落語の文句……」
「そうそう!あんた、おばあちゃんの落語、大好きだったろ。小さい頃、あんたに子守歌代わりにいろんな落語を話して聞かせてあげただろ」
「寿限無寿限無、五劫のすり切り。海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末…」
私は必死に思い出しながら言った。
そうすると心臓の高鳴りがスーッと収まってきた。
私は大好きなおばあちゃんの言う通り、生まれて初めて一人で近所のコンビニへと旅立ったのだった。
私がコンビニに入ると、いきなり店内にいた店員達が一斉に「いらっしゃいませ!」と大声を張り上げた。
私は驚いてビクッと全身を震わせた。
(落ち着け、落ち着け…)
私は大きく深呼吸をすると、心で「寿限無」を唱えた。
(寿限無寿限無、五劫のすり切り…。海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末…)
たちまち、私の脈拍が落ち着いてきた。
(今のうちに買い物、すませちゃお!)
私は一目散に弁当売り場に向かった。