04
イルマ様はグラス片手にソファーに寝ころび、ワインを飲みながら私に言った。
「この世界には娯楽というものが存在しないのじゃよ。何百年もの間、魔族と人間との争いが続いたため、人々は戦いに明け暮れ、心を解放し楽しませるものを生み出す余裕がなかった」
「はあー、そうですか。まあ、どこの世界でも戦時中は娯楽を楽しむ余裕なんてないでしょうね」
「お前さんの世界は違うのかい?」
「私のいた世界はエンタメで溢れていましたよ。歌や芝居や漫画や小説や映画やゲームやテレビやラジオやネット……」
突然、イルマ様は身を乗り出した。
「そのエンタメとは何じゃ!?」
「エ、エンターテインメント!人々を楽しませる娯楽です」
「おお!それじゃ!それじゃ!お前さんの知ってるそのエンターテインメントを儂に見せておくれ!」
「わ、私が娯楽を教える!?無理ですよ。私なんて陰キャのコミュ障の引きこもりだったもの」
「そういえばお前さん、前世ではどんな仕事をしていたのじゃ?」
「し、仕事ですか!?えーと、私はずっと自宅警備員をしておりました」
「警備員?衛兵か?どのようなことをしておった?」
「えーとですねぇ、毎日ネットの世界を巡回したり、社会の敵を見つけて攻撃したり…」
「ほほう!よくはわからんが立派な仕事ではないか」
「えへへ。それほどでも…」
「お前さんのいた世界の面白い話を聞かせておくれ」
「えッー!私の話なんてちっとも面白くないですよ!」
「嫌ならお前さんの身体、チリに戻すぞ!」
イルマ様が私を睨みつけて言った。
この目は本気みたいだ。
せっかく転生して、この世界にも慣れたところなのにまた死ぬのは真っ平ごめんだった。
何より生殺与奪の権を他人に握らせるなと誰かも言っていた。
「――私の今の状況ってアレですね。あの物語みたい。えーと、あれ?どんな話だったかしら?子供の頃に読んだんだけどなあ」
「忘れじの魔法!」
イルマ様が呪文を唱えると、キラキラと光の粉が私の頭上に降り注いだ。
「な、何ですか!?私に何をしたんです!?」
「記憶を蘇らせる魔法じゃ。一度見聞きした物なら完璧に思い出せる」
「ほ、本当だわ!思い出しました!『千夜一夜物語』です!」
「『千夜一夜物語』とな!」
「はい!昔々、ペルシャの国にシャフリヤールという王様がいました。ある時王は妻の不貞を知り、妻と相手の間男の首をはねて殺したの。すっかり女性不信となった王様は、街の娘たちを宮殿に呼んで一夜を過ごしたら翌朝にはその首をはねて殺すようになったの。街からは次々と若い女性がいなくなっていったわ。すると大臣の娘シェヘラザードが自ら名乗り出て王の元に嫁いだの。シェヘラザードは毎夜毎夜、王様が興味を抱く面白い物語を語ったの。物語は毎回クライマックスで打ち切られたわ。『それでは続きは、また明日!明日はもっと面白いわよ』ってね。王様は話の続きが聞きたくてシェヘラザードを生かし続けて、遂に王様は反省して娘たちを殺すのを止めたのでした。めでたしめでたし」
「ほほう!お前さんのいた世界ではそんな悪王がいたのじゃな」
「いえ!これはフィクションですよ。架空の人物!本当にあったことではない創作の物語です」
「嘘の話なのか!?お前さんのいた世界ではどうしてそんなウソ話を創るのじゃ?」
「その方が面白いからですよ」
「なるほどのう!お前さんのいた世界は人々を楽しませるための文化が発展しておるのじゃな。もっと儂に面白い話を聞かせておくれ」
「困ったなあ!そんなこと言われても、私、対人恐怖症なんですよ。今だって、これ以上イルマ様に見つめられたら緊張で声が震えて目の前真っ白になっちゃいます!」
「だったらお前さんは一人で自分の部屋で何か面白い見世物をしておくれ。儂はこうして居間でソファーに寝ころび、ワインを飲みながら壁のモニター越しにその様子を見ておる。それなら大丈夫じゃろう」
「いきなり言われても無理です。準備が必要です!」
「よし!それなら一日だけ猶予をあげよう」
「一日だけですか!?」
「明日の朝、儂に面白い見世物を見せておくれ!」
「うーん……」
「嫌ならクビをはねるぞ!」
「そ、それでは続きはまた明日!明日はもっと面白い……かな?」