6話 聖女
聖女とは何か。
幼い頃、王宮に連れて行かれる馬車の中で、聞いたことがある。
いままで村で暮らしていて、『聖女』だなんて呼ばれたことはなかった。絵本や、老婆の昔話でしか聞いたことがない。
「聖なる力を持った者のことですよ」
王様に会っても、大臣に会っても、城の中では誰もがアルマを『聖女』と呼んだ。
この国は魔族の脅威が外国と比べても多いのだと。どうか、この国を守ってほしいと。
王の申し出はお願いであったが、アルマには選択肢は無かった。
「村の人間からは了承を得ている」
帰ってこなくてもよいと言われてしまった。
当時のアルマはそう思った。しばらくは村が恋しくて泣いて過ごした。
「あなたが聖女か!」
王太子と会った。
王太子は明るく、美しい顔立ちをしていた。村娘のアルマが知らないことを多く知っていて、話をしていると楽しくて気が紛れた。
王太子から婚姻を申し込まれた。
王の間で、もじもじとしている王太子とそれをにこやかに見守る王と王妃の姿は今でも覚えている。
故郷の村にも、婚約の礼として手厚い支援をしようと言われ、アルマはそれを受け入れた。
王都にはたびたび魔族の襲撃があった。アルマが祈ると、ほとんどの魔族は撤退していき、まれに逃げない魔族もいたが、アルマが風を操り刃を作ればなんてこともなく死んでいった。
故郷の村でも、魔族が現れることがたまにあった。その時もアルマは魔族を追い払っていた。いつからそんなことができていたのかは、よく覚えていない。
アルマには、祈れば魔族を弾き返せるのも、風を操れるのも、火の玉が出せるのも、当たり前のことだった。
不思議な夢を見て、魔族が来ることや、台風の訪れを知ることもあった。
今では聖女と呼ばれることにも慣れたが、村にいたときはそうとは呼ばれていなかった。
「アルマは、大地の愛し子なのね」
母に撫でられながら、そう言われたことをアルマは覚えている。物心ついてすぐに亡くなった母との数少ない思い出だ。
村のみんなはアルマのことを、『大地の愛し子』とそう呼んだ。
神様が人々を守るために力を与えて生まれてきた子のことを、そういうらしい。
だから、王宮から迎えにきた人たちが『聖女』と呼んでくることにアルマは違和感を覚えたのだった。
アルマが知っている物語の聖女は、アルマよりももっと不思議な力を使っていた。それこそ、神の奇跡のような。
私が聖女と呼ばれていいのかな? と思っていた。
でも、みんなはアルマの力を『奇跡』と思っているようだから、それでアルマを『聖女』と呼ぶのだろうと理解してからは、納得して受け入れた。
また、アルマは自分が他の呼び名でも呼ばれることを知っていた。
幼い頃、村にいた時、そして王宮にきてから。この呼び名だけは、どの場所にいても共通だった。
『魔族』
あれほどの力を持つ人間がいるだろうか?
本当は魔族の子だったのではないか?
そう呼ばれることがあるのを、アルマは知っていた。
◆ ◆ ◆
(懐かしい夢を、見たわね)
まるで、走馬灯のようだった。
アルマは窓から差し込む日の光で目を覚ました。
ジェイドの屋敷の周りは木がないから、森の中でも日が入るらしい。
アルマが使わせてもらった部屋はベッドと机と箪笥がひとつだけ置かれているこじんまりとした部屋だった。
飾りっけのない部屋だが、今のアルマにはそれくらいのそっけなさがちょうどいいと感じられた。
聖女と呼ばれてきた王宮を離れ、アルマは今、魔族の男の屋敷にいる。
(私はここでは、なんと呼ばれるんだろう)
長い夢をみた気がしたが、まだ、朝だった。眠りに落ちた時間を考えると、実はあまり長くは寝ていなかったようだ。
アルマはベッドから降りて、伸びをした。
ジェイドはどこにいるのだろうか。そういえば朝ごはんはどうしたらいいんだろうかなどと考える。
軽く身支度をして、とりあえずアルマは部屋を出た。