5話 出会い
男はやや警戒はしているものの、敵意はなさそうだった。
「……同胞ではないのか? 俺を知って、尋ねてきたのでは?」
同胞、とはつまり「魔族か?」と聞かれている。アルマは首を横に振った。
「では、人間なのか?」
男はわずかに目を大きくして驚きの表情を浮かべた。そして、なぜか肩を落として俯いてしまった。
彼の背が高いから、彼の顔を見上げる形になるせいで、俯いた表情も、アルマにはしっかり見えてしまっていた。
長いまつ毛が、翡翠の瞳にかかる。薄い唇が僅かに開き、憂鬱げだ。
(うわ、美形だ)
王太子もお顔だけは整っておいでだったが、またそれとは系統の違う美形だ。王太子は華やかなお顔立ちだったが、彼はどこか陰のある、涼しげな風貌だった。
言い伝えや絵画に残ってる魔族の姿は耳や歯が尖っていたりしたのだが、エレナも彼も、外見に人間との違いは見られない。
しかし、魔族というのは美形しかいないのだろうか? おそらく、彼こそがエレナの親族の人だろうから、単にエレナの一族が美形一族なのだろうか?
「……また、俺を、封印しにきたのか……?」
「封印?」
「違うのか?」
「よく分かりませんが……」
男と目線がチラ、と合った。……睨むように目を細められてしまった。
『封印』されるかもということにガックリきていたらしいが、否定されてもなお、男は訝しげな様子だった。
「お前のような、規格外の魔力を持った人間が俺の前に現れる理由が他には思い当たらない」
急いで城を飛び出して来てしまったが、やっぱり事前にエレナから口をきいてもらっておいたほうがよかっただろうか。
警戒し、困惑している目の前の魔族に対して、少し申し訳ない気持ちになってきた。
「えーっと、エレナさんのご親族の方……でよろしかったでしょうか」
「……エレナ? ……まさか……」
エレナから預かったブローチを手のひらに乗せて男に見せる。物憂げだった瞳を男は丸くした。
「……これは、たしかに。エレナのブローチだ」
「エレナに紹介されて来ました。アルマと申します」
「……アルマ、じゃあ、お前は、あの城に抱え込まれている聖女の……」
彼もアルマのことを知っているらしい。片眉を寄せて、怪訝な顔はしているものの、そうかと小さく呟き、なにやら合点したようだった。
「エレナに追い出されてしまった、というところか」
「まあ、そんな感じです」
「それは、俺の妹が迷惑をかけた。すまない」
「まあ、それはそうですね……い、いもうと!?」
「聞いてきたんじゃないのか?」
「い、いえ」
親族。六親等内の血族、配偶者及び三親等内の姻族を指す。兄妹の関係を指すのであれば、まあ間違いない。だが、ややこしい。兄妹なら、ハッキリそう言う方が通りがいいんじゃないかと思う。
エレナの人を茶化したニヤニヤ笑いが脳裏に浮かぶ。「ねえ、ビックリした? ビックリした? でもわたし、間違ったことは言ってないでしょ?」と鈴を転がすような笑い声まで聞こえてくる気がする。
「私、この国にはもう居場所がないんです。できることはなんでもしますから、あなたのそばに置いてもらえませんか?」
「……出会ったばかりの男にそんなことを言うものではない」
「働かせてください、という意味です!」
む、とした顔で大真面目に返されてしまった。慌てて補足をすると、なお不思議そうに首を傾げた。
「お前は働きたいのか?」
「その、食い扶持はもっておきたいので」
「働かざるもの食うべからず、か」
ふむ、と男は顎に手をやり、神妙な顔をした。
「その精神は嫌いではないが、働いても、働かなくても、どちらでもいい。妹が迷惑をかけた。俺にはその詫びがある。ほとぼりが冷めるまでは、ここで好きに過ごすといい」
「あ、ありがとうございます!」
思いのほか、穏やかな人物だ。
魔族と玄関前でこのようにのんびりと会話をするだなんて予想していなかった。もう少し、ピリピリしたやりとりになるんじゃないかと思っていたのだが。
「今は生きづらいだろうが、三世代ほど時代が変われば堂々と日の下で生きられるだろう」
「確かに、私を知っている人は誰もいなくなってそうだけど私もいなくなってる気が……」
「そうか?」
男は不思議そうに小首を傾げた。魔族には寿命という概念はないんだろうか? それにしても三世代は気長すぎる。
「中に入れ、いくつか部屋はある」
「ありがとうございます、ええと……」
「俺はジェイド。エレナの兄だ。ここで農業をしている」
のうぎょう。
暗くてよく見えないが、この畑たちのことだろうか。涼しげな顔をした魔族の男と農業がなかなか頭の中で結びついてくれなくて、頭の中に『農業』という響きがこだまする。
そしてやはり、名前も夢で見たあの黒い男と同じだった。夢の中でアルマを助け、キャッキャウフフとピンクの謎空間でクルクル回ったあの男と。
(……まあ、私のファンシーな部分の予知夢は当たらないからなあ)
「どうした、早く中に入れ。夜明けも近いが、少しでも寝るといい」
「あっ、はい!」
あてにならない夢のことを考えてもしょうがない。ジェイドに促され、アルマは屋敷の中に足を踏み入れた。
ひらけたロビーの正面には立派な大階段があった。建物自体は相当年季は入っているが、手入れはよくされているようだ。
「この部屋を使うといい。この間、客を泊めたばかりだから埃っぽくはないはずだ」
つくづく、親切な男だ。アルマはこれから自分は魔族の世話になるのだと気を張っていたはずなのに、毒気が抜かれてしまう。
バタンと部屋の扉が閉まる音を聞くと、アルマは猛烈な睡魔に襲われた。
慣れない道を歩いてきたし、時間も時間だ。疲労が限界に近いのは当然のことだった。
客を泊めたばかりで、たまたま手入れをしていたという寝具に倒れ込むと、ふわふわの布団がアルマを包み込んだ。気持ちいい。
まさか、魔族の屋敷を訪れて、こんなふうに、眠れるとは思っていなかった。アルマは穏やかな男に感謝をしながら、微睡んでいくのであった。
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