21話 かわいいと呪いと魔王と聖女
ジェイドの屋敷で暮らすようになってから、甘味を食する機会がほとんど無くなった。
特にそれで不満はなかったが、たまにジェイドが気を遣ってか飴玉をくれることがあって、二人で飴を舐めながら本を読んだりお茶を飲んだりしていて、それが唯一の甘味タイムであった。
城にいた頃には毎日おやつの時間があったし、お茶会だなんだと甘い物を口にすることは多かった。
村娘であったときにはもちろん甘いお菓子など食べられなかったので、城に連れてこられたばかりの頃はおやつの時間がいつも楽しみだった思い出がある。
「甘いものは好きなのか?」
「はい、小さい頃は憧れの食べ物でしたから」
そうか、と言いながら手元のショートケーキをつつくジェイドも、実は甘いものが好きなのではないのだろうか。ショートケーキの他にも、チーズタルトも頼んでいたし、飲み物はホットミルクを選んでいた。
(……牛の乳はうまい、ってそういえば仰ってたけど、牛乳がお好きなのかしら)
そんなことを考えながら、アルマもフルーツタルトを口にする。おいしい。タルト生地は甘過ぎないでサクサクだし、シロップ漬けになったフルーツは味だけでなく、見た目も綺麗だ。今が季節のオレンジが爽やかな甘さでいくらでも食べられそうだ。
「……ここでは、礼儀作法もないだろう。好きなだけ食べろ」
「とはいっても、一度にたくさんは食べられませんよ」
「そうか、じゃあ、また来よう」
「……お詫びは今日の一回だけでいいですからね?」
「──わかった」
なぜか間があったので、ジェイドにはまだ思うところがあるのだろうが、いい加減気にしないでいてほしい。
アルマも、実はケーキをもう一つ頼んでしまっていた。ガトーショコラだ。アルマはふわふわのスポンジ生地のケーキも好きだが、タルトやガトーショコラのようなズッシリ感のある生地が好きだった。
この店のガトーショコラは外側がかなりしっかりカリカリとしていて、アルマの好みに近かった。甘さもしつこすぎず、これまたいくらでも食べられそうだと思ってしまう。いくらでも食べられるぞと思って、際限なく食べると後で胸焼けするのはよくわかっているので実際には我慢である。いくらでも食べたい! もう少しで食べ終わってしまう! もっと食べたい! くらいの気持ちで食べている時が一番ケーキはおいしいのだ。
「……かわいいな」
「え!?」
ガトーショコラに夢中になっていたアルマは急な呟きにギョッとして前を向くと、ジェイドは口元に手をやり、軽く咳払いをして、目を伏せた。
(お、おもわず言っちゃうほど、私は面白い顔してケーキを食べていた……!?)
見るからにジェイドは言ってしまった、という雰囲気である。ややあって、ジェイドはぽつりと口を開いた。
「ブリックの奴の言うことは、一理ある……と思った」
もしかして、あの、グリフォンに乗っている時のことを言っているのだろうか? ブリックから「かわいいかわいい」の猛攻を受けていた時の、あのやりとりだ。
お前もアルマのことかわいいと言え! 引きこもって暮らしていくんだから、他の人から言われる機会は少なくなるのに身近なやつにかわいいって言われなかったらダメだろ!
──という、ブリックの謎理論のあれだ。
「い、い、今ですか?」
あの時からすでに、もう2週間も経ってしまった。
アルマ自身もそんなやりとりをしていたことはすっかり頭から抜け落ちていた。
「思っては、いたんだが。……あの場で言っては、流されて言っただけだと思われるかと思って、控えてしまった」
ビックリしてジェイドの顔を慌てて見上げると、白い耳がほんのりと赤くなっていた。目があうと、困ったようにジェイドは微笑した。
「全然脈絡のないときに言おうと思っていたんだ。アルマ、お前はかわいい」
「ありがとうございます……?」
「だが、脈絡がないときとは言っても、いきなりなんのきっかけもなく言い出すのも変かと悩んでいたんだが……」
まさか、この2週間、タイミングを図り続けていたのではないだろうなとアルマは訝しんだ。
「お前は人の世を捨てて、俺と一緒にいることを選んでくれたんだ。お前が自覚を持ち続けられるように、定期的にかわいいと言おう」
「定期的!?」
それはちょっと、機械的というか、ビジネス的な『かわいい』なのでは? という気がする。
ジェイドの整った顔立ちと涼しげな声で囁かれれば、どうしてもドキッとはしてしまうが、本当にかわいいと思ってくれているのだろうか。
いや、別に本心ではかわいいとは思っていなくても構わないし、むしろ、『かわいい』と言われなくてもよいのだが。
「さっきも、お前が目の形を気にしていただろう。その時もかわいらしいのに何を気にしているんだと思ったんだが、他人もそこにいるのに、口説くようなことを言うのは気が引けて言えなかった」
「それは……ありがとうございます……?」
女性店員もいたことに配慮してくれたのはありがたいが、先程の至近距離で瞳を覗き込んでくるジェイドを思い返し、十分あれでも口説かれてる錯覚に陥ったのになとアルマは首を傾げた。
いや、そもそもなんでこんなに「かわいい」と言われるようになってしまったのだろうか。ブリックのせいだ。
「私、かわいいと言っていただくほどの容姿ではないのに、そんなにたくさん言っていただいても困ります」
「……アルマ、まだ会ったばかりの俺に言われてもピンとはこないだろうが、お前はもっと自分に自信を持っていい」
ジェイドは幼児に言い聞かせるようにゆっくりとアルマに語りかけた。
向かい合って座っているが、もしも隣にいたのなら頭を撫でられていたかもしれないという気分にすらなった。
「幼い頃から周囲に期待され、頼られてきたお前が身近な賞賛を得る体験に乏しいのはよくわかる。──……お前はもう解放されていいんだ」
「……解放……ですか?」
ジェイドの言わんすることがいまいちわからないアルマが問うと、ジェイドは「ああ」と頷き、そして真剣な眼差しでアルマを見つめた。
「──お前のそれは呪いだ。幼き頃から今に至るまで丹念にかけられた呪いだ。人間に飼い殺されるための呪いだ」
「そんな……私は……」
ジェイドの低い声が、アルマの身のうちを刺すようで、アルマは背筋がぞくりとした。美しい翡翠の瞳は鈍く輝いていた。
アルマは、これは私にだけに投げかけられた言葉ではないと感じた。もっと違う何かへのジェイドの個人的な嫌悪の気配があった。あるいは、ジェイド自身への言葉なのかもしれない。
「アルマ、お前はこれからは『アルマ』として生きるんだ。お前自身が自分のことをよく知り、受け入れていくべきだと俺は思う」
ふ、と笑うと、ジェイドはすでに穏やかな目をしていた。
『アルマ』として生きていく。ジェイドに与えられた言葉が、今度は胸に温かく響いた。
ジェイドはアルマを、『アルマ』として見てくれるし、そう呼んでくれるのだと思ったら、嬉しかった。
「……しかし、俺が思っているだけだから、そうしろとは言わん。俺たちが何を言おうと、それを否定するのもいいだろう」
「はい……」
気のせいだっただろうか、いや、そんなことはない。呪いだと言葉を吐くジェイドには、間違いなく何かへの嫌悪があった。
ジェイドの穏やかなところばかりを見てきたアルマは胸がざわついたが、本来であれば、彼は魔王だ。人間を害する気はないと語り、今のように人の街に降りて過ごすようにはなってはいるが、彼が魔王として生きてきたのであれば、苛烈さを有していてもおかしくはない。
──ここまで考えて、アルマはふと思った。
ジェイドも、『魔王』と呼ばれることで、かくあるべきという呪いをかけられていたのではないか。
だからこそ、『聖女』と呼ばれてきたアルマに対して、何かしらの同情をしているのではないか。
だから、この男は自分にこんなにも親切なのではないか──。
「そのうえで、俺はお前の容姿を可愛らしいと思うと伝えておく」
「……う、あ、あの……。……はい……」
思考の渦に浸りそうだったアルマを現実に引き戻したのは、ジェイドからのしつこい「かわいい」の話題だった。
まだ、ピンとは来ない。自分をかわいいとは思わない。ブリックとジェイドが優しいだけか、たまたま二人の好みだっただけなんじゃないかしらくらいにしか思わない。いや、好みなのかもなどとはだいぶ自意識過剰なのだが。
けれど、アルマは久々に鏡でゆっくり自分を見てみようかなという気にはなった。
せっかく、今日はかわいい服を着ているのだし。
◆ ◆ ◆
「は!? 服、一着しか買わなかったのかよ!? かわいいけど! めちゃ似合うけど!!! なんで!? ジェイドお前何やってたんだ!?」
後日、ジェイド邸を訪れたブリックが二人の買い物の成果を嘆き、そのままの勢いでアルマを街に連れ出して「かわいいかわいい」と日が暮れるまで着せ替え人形にして大量の服を買い込んだのは、また別のお話。
恋愛進行度10%(亀の歩み)
これで1章は完結です。
お読みくださったみなさまありがとうございました!
2章はアルマが追放されるはずだった北国の王子がやってきて、色々かき乱していく予定です。
ラブコメ度も上がる(当社比)はず……
評価やブクマなど、たくさん励まされてきました。初めて投稿した小説なので本当に嬉しかったです!ありがとうございました!




