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2話 すごい夢を見てしまった

※夢の中&未遂ではありますが主人公が乱暴されかけるシーンがあります。

 アルマは今年で17歳になる。


 このお城に連れられてきた時は、まだ11歳になったばかりのことだったので、6年もこの部屋で過ごしていたのかと思うと、不思議な感じがした。


 この国を出て行くことには惜しい気持ちは、いまやほとんどない。むしろ、せいせいする。1週間などと言わず、すぐにでも出ていきたかったほどだ。


 唯一、心配なことは国から援助を受けていた生まれ育った村のことだったが、アルマがこの国から出て行くことを条件に、けして悪いようにはしないと国王が誓ってくれた。


 なんでも、支援の一環で買い上げた村伝統の織物を、市場で流通させてみたところ、国内外でとても人気が出ていて、そのパイプを断つのは惜しいとのことだ。

 温情だと言われるよりも、利益のためだと、そう言われた方が信用はしやすかった。


 王太子の国外追放宣告からもう3日も経っていた。

 部屋の外には監視の兵士がいる。自由に王宮内を歩くことは許されないようだった。

 そうなると、やることといったら荷物の整理くらいしかない。6年もここで暮らしてきて、増えた持ち物はというと、ほとんど王太子からのプレゼントだった。


 大きなルビーのネックレスとか、シルクのパジャマとか、やたら嵩張る派手なドレスだとか。宝石類は持ち出せば換金しやすいから持っていこうかなと思う。ああ、王太子様ったら、こんなにいろんなものをくださっていたのねと感傷にひたることは一切なかった。お金になるか、ならないか基準だけでぽんぽん選別していった。


 アルマも、私ったらひどいやつだなぁとは思わなくもない。でも、こんなに贈り物を送って猛アピールで婚約した相手を偽者呼ばわりで、国外追放するやつの方がひどいに決まってる。


 やることがこんなことくらいしかないので、作業はすぐに終わってしまった。


 ──これからどうしよう。


 寝台に仰向けに転がって、目を閉じた。

 小さく開けた窓からは冷たい風が吹いてきていて、虫の鳴き声が耳に響いた。日が沈み、空が暗くなり始めていた。


 冷たい風も虫の声も今のアルマには、とても心地よかった。


 閉ざした瞳の暗闇の中、思い耽る。これからのことを。


(……)


 いつしか、アルマは眠りに落ちていた。



 ◆ ◆ ◆


 馬車が揺れる。北の国境が近づいてくるにつれて、景色は変わっていき、気がつけばあたり一面は白銀の世界になっていた。


「じきに国境だ。我が国もこれで見納めだ、心残りのないようにしっかり目に焼き付けておくんだな!」


 我が国……と言われても、すでに馴染みのある景色ではない。王宮があったマルルウェイデンの首都も、故郷の村も滅多に雪なんて降らなかった。


 監視兼護衛の男は兵士の中でもガラが悪いと評判の大男だった。

 馬車の中で、離れた位置に座っているものの時折下卑た笑みを浮かべて、舌なめずりをするのが気持ち悪い。


 ガタ、と大きく揺れて、馬車の車輪がストップした。

 どうやら、国境に到着したようだ。


「お話は伺っております。どうぞ、お通りください」


 御者が検問所に駐在している職員と軽くやりとりをして、またすぐに馬車は動き出す。


 一番近くの街までは送ってくれる、という話だった。そう遠くないところにあるのだろうか。アルマには、国外の地理はまるでわからなかった。


 しばらく馬車が走っていると、ガタガタと車輪の音と、揺れがひどくなってきた。どうも、整備された道から外れてきている。


 おかしい。


 違和感を覚えた。街へ向かうなら、検問所から最寄りの街までの道は続いているはずである。検問所から出る時に馬車の小窓から、遠くの方まで整備された道が続いているのを見ていた。

 しかし、今、小さな窓から見える景色は木々ばかりの森の中であった。


 疑惑を持って、目の前に座る兵士に目線をやるのと、馬車が急に止まったのはほぼ同時だった。

 ガタンと大きな音と共に、馬車が揺れる。馬のいななきを聞きながら、アルマは覆い被さる男を睨みあげた。


「へへっ、おっと、さすがに気づいたか?」


 馬車が大きく揺れて、体制を崩したアルマを、大柄な兵士が組み敷いていた。

 両手の手首を、男の大きな手のひらが掴んでいる。


「……ッ、誰か……!」


 絞り出した声をかき消すかのように、男は大声で笑い声をあげた。


 こんなところで、大声を出したとしても、誰も来ない。そして、今ここにいるもう一人の人物、馬の手綱を握り、この場所へと馬車を走らせた御者、彼もこの男の共犯者だ。

 助けてくれるわけがない。


 御者には、人気のない所まで馬車を走らせるのと、口封じのために金を渡してあると男は言った。


「アイツも混ざるか誘ったんだが、丁重に断られちまったぜ。魔族と繋がりのあるかもしれない元聖女サマなんて、おっかなすぎるってな!」


 ガハハ、と男は唾を飛ばしながら、笑う。


「……もうここは国外だ、つまり……わかるな?」


 二度と国内には戻れない、国外追放された女を国外の領地で犯した。このまま森に置き去りにして自分たちだけ国内に帰ってさえしまえば、罪に問われることはない、ということだ。

 もしも運が良く、この領地の人間が現場を抑えてさえくれれば助かるかもしれないが、鬱蒼とした森の中では期待できないだろう。


 無骨な手のひらがアルマの口をふさぐ。ぐふふ、と男は興奮しているのを隠さず、下品に笑った。


 アルマの聖女の力は、魔族相手にのみ発動するわけではない。アルマに害するもの、アルマが拒みたいと思ったものであれば、触れられても力で弾き返すことができるはずなのに。


「ハハッ、アンタ。『契約』を受けたんだろ?」


 男の手が服に伸び、胸元がはだける。そこには、追放されるときに刻まれた刻印がハッキリと残っていた。


「アンタが受けた『契約』は、二度と祖国に帰れないってだけじゃない。アンタの力もぜぇーんぶ封じてあるんだよ!」


 思わず、目が見開く。


 幼い頃、この力でお城に連れてこられて、以来この力だけで生きてきたのに、その力が使えなくなってしまっている?


 それじゃあ、今の私は、何も持っていないじゃないか。


「アンタのことは前からよぅく見てたんだよ。気の強そうな美人は好みなんでね。そのキレイなお顔をどうにかしてやりてえな……ってな」


 頬が撫でられる。吐きつけられる吐息はじっとりとしていて、気持ちが悪い。無駄な抵抗とわかりながら、狭い馬車の中で身を捩るアルマを男はにやにやと見下ろしていた。


「しかし、アンタは聖女サマだし、ましてや王太子のお姫様にまさか手ぇ出すわけにはいかねぇからな。いやはや、いいお役目が回ってきたもんだぜ!」


 まさか、こんな男にいいようにされて、そのままこの森に打ち捨てられて、聖女の力も封じられて、どうやってこれから生きていけばいいというのだろうか。何も持たないボロボロの女が、知らぬ土地で生き抜いていく術など、あるだろうか。


 アルマは目の前が真っ暗になった。国を出る前はとにかく、国の全てに呆れ果てていて、もうどうでもいいと思っていたはずのだが、どうやらそれ以上に、落っこちるところがあったらしい。


 今は、絶望で自棄になってしまっていた。


「──俺の花嫁に何をする気だ?」


 突然の涼しげな声に、ハッと我にかえる。


「テメェ! なにもんだ、どこから現れた!?」

「先に質問をしたのは俺だ。答える気がないのなら……」


 黒い男。艶やかな黒髪は烏の濡れ羽のようで、木漏れ日にあたると不思議に煌めいた。長い前髪だ、そこから覗く瞳は翡翠の色をしていた。黒いマントがキザらしいが、長身痩躯でスタイルのいい男には、よく似合っている。


 見たこともない男のはずだが、なぜかアルマはこの男の姿を見て心底ホッとしていた。


 黒い男はぎゃあぎゃあと喚き立てる兵士の男の頭頂部を鷲掴み、振り回して馬車の外に叩き出した。体格は兵士の方が良いのにだ。


「さて、何者かと聞いたな。俺は魔族の王、ジェイドだ」


 積もった雪に埋もれている兵士には、とうに聞こえてないだろうに、男は律儀に名乗ってみせる。


 格好いい──アルマは、見惚れていた。


「さて、平気だったかい? ハニー」

「うんっ、ありがとうっ。ダーリンっ」


 きゃっきゃっあははと彼に飛びつく。彼はアルマを抱きとめて、そして軽々と持ち上げた。そのままクルクルと回り出す。


 馬車の屋根、どこいった。気づけば、馬車も御者もない、背景がピンク色の謎空間に私はいた。


 ピンクとキラキラの世界の中でアルマと黒い彼はクルクル回る。笑い声を響かせて、永遠に。




 ◆ ◆ ◆


 ──夢だ。


 窓の外は暗くなっている。あれから、眠ってしまっていたのか。

 汗でぐしょぐしょになったシーツを握りしめながら、アルマはなんとか呼吸を落ち着かせた。


 だるい身体をなんとか起こし、部屋の隅に置かれた姿見に近づく。

 そして、頭髪をチェックした。


 ……白髪が、ある。


 ぶちっと、アルマはその白い毛を引き抜いた。

 夢を見て、起きた時に白髪があったら、その夢は予知夢だったということである。何かのエネルギーを消費しているのか、予知夢をすると、髪の毛が一本、必ず白くなる。


 そして、これは王太子から「お前はマトモな予知もできない」と言われてしまう所以なのだが、私の予知夢は、どうも、フワフワしているのだ。見たもの全てが正確ではない。


 今回の予知夢も途中までは生々しかったが、途中からファンシーになってしまった。

 推測にすぎないが、確定事項に近いことは鮮明だが、行動によって変わる不確定な要素についてはフワフワと、ファンシーな感じになってしまう……のだと思う。


 今回の夢の解釈をしてみよう。

 きっと、前半の国外追放されて監視役の男に乱暴されかけるのは確定事項に近いのだろう。それから先のファンシーな救出劇は、アルマの行動によってはそうなるかもしれない要素だ。


 見たそのままにはならない予知夢。このままでは、夢の前半のみが実際に起こる。後半の救出劇は起こらない。


(あの黒い男の人が助けてくれたけど……)


 男は魔族と名乗っていた。しかも、アルマを花嫁と呼んだ。アルマも彼をダーリンとかなんとか呼んでいた。

 夢の中だが、ハッキリと彼の容姿は頭に残っていた。


 黒く艶やかな髪、長めの前髪から覗く翡翠の瞳、すらりとした体躯。


(……格好よかったな……)


ファンシーになってしまったせいで、夢の最後の方が彼の顔の輪郭もフニャフニャになっていたけれど。


 ファンシーな部分はそれがそのまま現実になるわけではない。

 ハニーダーリン俺の花嫁はひとまず置いといて解釈するなら、最悪の事態を避けたいならあの男を頼れ、ということだろうか?

 それとも、あの男の登場はファンシー要素なだけで特に意味はなく、とりあえず、このままだとああいうことがあるから、このまま行かないほうがいいよ、というだけのことなんだろうか。


 どちらにせよ、このまま甘んじて『契約』されて、国外追放を受け入れるわけにはいかなくなった。


(魔族……魔族、ね……)


 ある決心をして、アルマは静かに体を起こして、部屋の扉に近づいた。


 魔族に、会いに行ってみようじゃないか。

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他連載のご紹介

他連載/完結済み中編作品、本作の没設定からサルベージして書いたものになります
『追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜』

他連載/完結済み中編作品です。

ツンツンしていた彼が私の大好きな婚約者になるまで

― 新着の感想 ―
[一言] この国滅んだほうが良いよ
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