19話 街に出よう①
「アルマ、今日は街に出よう」
◆ ◆ ◆
朝一番にそんなことを言ったジェイドは、半ば強引にアルマを連れ出した。
「あまり服を持ってこなかっただろう。服と、他にも生活に必要なものがあれば買うといい」
「えっ、あ、あの、いいんですか?」
「金ならある」
「お金なら私もあります! そうじゃなくて……」
私がそんな気軽に街中に出て良いのか? という疑問である。
ジェイドはなんだそんなことかとばかりにケロッとしていて、逆にアルマが気にしていることが不思議そうな様子だった。
「すでにお前は死んだことになっている。大丈夫だ」
「で、ですかね!?」
エレナが「聖女アルマは死んだことにする」と告げてから、もう二週間たっていた。
「……ほら、アレを見ろ。お前の喪に服して吟遊詩人が唄を歌っているぞ」
「喪に服すというか、私の死に便乗した金稼ぎって感じですが……」
たしかに、少し開けた噴水広場にできた人たちだかり、その中心にいる口髭を生やした吟遊詩人が私の死の物語を歌っていた。
〜王太子に見初められし聖なる乙女 国を護り続けたやさしき乙女 悪しき森の封印のため命を捧げた乙女 王太子の愛を胸に抱き命を落とした〜
「……」
"そういうシナリオ"になっているんだな、というのがよくわかる唄であった。
婚約破棄だの、真なる聖女だの、エレナとのゴタゴタが歌詞にないのは、その辺りのことは含めない方が民衆が受け入れやすいだろうという配慮かと思う。
「二番はエレナのことを語る唄に変わるみたいだな」
「そうですか……」
アルマはエレナの唄は興味がないので右から左に聞き流した。
「女性は髪型が変われば印象が変わるというじゃないか。きっとみんな、他人の空似程度にしか思わんさ」
そうだといいのだが。アルマは編み込んだ二つ結びの先をクルクルと指先で弄った。いわゆるおさげだ。こんな可愛らしい髪型はたしかにいままでしたことがなかった。
アルマは髪を伸ばしていた。理由はその方が髪を編みやすいからと、侍女から求められていたからだ。侍女たちは、聖女であり王太子の婚約者であるアルマの髪をそれは丁重に扱い、日々手入れを欠かさなかった。
城を出てからはすっかり手入れをほったらかしているが、それでもアルマの髪はきれいだと、アルマ自身でもそう思う。
「似合っている」
「……ありがとうございます……」
おさげ髪の自分を見つめながら言われるのが、なんだか気恥ずかしくてアルマは俯きながらお礼の言葉を告げた。
「ジェイド様も、森の外に出るんですね」
「もちろんだ、あそこだけでは生きていけない」
「てっきり引きこもっておられるのかと……」
そのための、畑と家畜かと思っていた。
「作物は勝手に生えてはこないだろう。苗や種は買いに行かなければならない。衣類もそうだ」
ごもっともである。
「小麦粉も買ったほうが絶対に楽だ」
ため息混じりにジェイドがぼやいた。今、畑で小麦を育ててはいるが、毎日の食事に使おうと思ったら、大した量にはならない。もっと大きな畑で作らなければいけないし、さらに収穫したものを加工する手間もある。
やってはみたものの、アレは失策だったとジェイドは語った。
ジェイド自身は『農業』と語るが、あの畑の規模は家庭菜園に毛が生えた程度というのが、正直なところだ。
一人ではアレが限界、しかし、今はアルマがいる。ジェイドは畑の拡張を計画しているようだった。
アルマが風を操り畑を耕し、魔力で水を操り一気に作物への水やりを済ませる。農作業についてはかなり効率化が進んだ。
今は主にアルマが畑の世話を、ジェイドが家畜の世話を分業していた。
「まさか、一生あの屋敷に引きこもって住み続けるつもりだったか?」
「……いやあ」
アルマは曖昧に笑って誤魔化した。
わりと、そのつもりだった。
「アルマは城下には詳しいのか?」
「いえ……ほとんど行ったことはありませんでした」
「では、俺の方が詳しいだろうな。服屋はあっちの並びだ。行こう」
城下町は賑わいを見せている。人混みをかき分けて、ジェイドはスタスタと歩いて行ってしまった。
そう、城下町。よりにもよって、あの因縁の王宮のお膝元だ。
ジェイドの住む西の森から一番近い街というと、そうなるわけなのだが、それにしても大胆すぎやしないか?とアルマは不安でしょうがない。
(それでも、もう、来ちゃったんだから、腹括らないとよね……!)
ずっとソワソワと落ち着かない様子を見せていては、連れ出してくれたジェイドにも悪い。
「アルマ、はぐれるぞ。ついてこい」
先を行っていたジェイドがくるりと踵を返し、歩みの遅いアルマの腕を引っ張った。
男性特有の大きな掌に掴まれて、アルマはどきりとする。指先は細く、綺麗な形をしているが、農作業をしてきたジェイドの手にはタコがあって、ゴツゴツとしていた。
──これは、少し、恥ずかしいのでは!?
ジェイドにその気はないのだろうが、思いの外ガッシリとした手のひらに異性を感じてしまって、アルマは不意に顔が熱くなる。
「とはいえ、俺も女性の服には疎いんだが」
「ま、まあ、日常的に着る服ですから、なんでも」
「……エレナを呼ぶべきだったか」
「それは絶対にやめてください」
ジェイドが言い切らないうちに、アルマは拒否の言葉を被せた。ふむ、とジェイドは首を傾げる。
「気になる店があれば遠慮なく言ってくれ」
「じゃあ、あそこの角のお店に……」
もうどこでもいいやと思って、アルマは適当に目についた店を指さした。
ジェイドは「そうか」と呟くと、掴んでいたアルマの腕を離してその店へと向かっていった。
強い力で掴まれていたわけではないのに、手首がじんじんとする感覚がした。