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17話 村のことは


 しばらく人気のない場所で過ごし、そろそろ村長の家の様子を見に行こうかと腰を上げたその頃。


「アルマ!」

「エルク!?」


 エルクが手を振りながら駆け寄ってきた。急いで来たようで、息があがっている。


「おじいちゃんは?」

「ブリックさんが見てくれてる。アルマがいなくなったら、ガクッと力尽きたみたい……」

「そっか……」


 ホッと胸を撫で下ろす。


「爺ちゃんが暴れたから、村のみんなも……アルマが帰ってきたってわかっちゃったみたい」

「うん……」

「でも、"聖女アルマはこれから死ぬ"んだよね?」


 エルクの深い紺色の瞳が、アルマの顔を覗き込んだ。エルクの瞳に映る自身を見つめながら、アルマは頷いた。


「そういうことにするよ。アルマだったら、生き霊でも亡霊でもなんでもありそうだしね。爺ちゃんも最近ボケてきてたから……」

「エルク」

「誰かからなんと聞かれても、そうやって答えるよ。大丈夫」


 エルクは目を細め、優しく微笑んだ。


「……誰かは、アルマがここに来てたって噂を流しちゃうかもしれないけど、とにかく死んだんだってことにしとけば、変な噂で収まるよ。きっと」

「迷惑かけちゃってごめんね」

「ううん、僕はアルマに会えて嬉しかったよ。最後に、帰ってきてくれて……ありがとう」


 エルクの心遣いが、とてもありがたい。いたずらに噂が流れて、王太子たちにこの村のことが疑われたら面倒なことになるかもしれない。

 村長のことがなくても、アルマはそういう扱いにしてもらおうとお願いするつもりだったのだが、言わずとも聡いエルクは察してくれていたようだ。


 聖女アルマの死。エレナにはエレナの思惑があって、このシナリオを作ったのだろうが、案外とアルマにとっても都合が良い。


「……爺ちゃんのせいで、ごめんね、アルマ」

「……うん」


 エルクは、少し迷う素振りを見せたが、ぽつりと呟くように口を開いた。


「アルマ、ごめん。君が一番傷ついていたのに、僕はあんな時まで君に頼ろうとしていた」

「気にしないで。私も、身体がちゃんと動いたらよかったんだけど……」


 村長のことは、怖かったけれど、同時に心配だった。老体をあのように暴れさせて、何かがあっては大変だ。できることなら、静めてあげたかった。


「ごめん、あんな目にあったのに、こんなこと言うの良くないと思うんだけど……でもさ、僕はここが好きだし、爺ちゃんもアルマも家族だから……」


 エルクはなんと言っていいか、探りながら、ゆっくりと言葉を紡いでいった。


「……嫌な思い出で終わってほしくない……」


 絞り出した言葉だが、それもしっくりはきてないようで、言ってしまったとばかりに口を手で覆い隠し、エルクは眉間に皺を寄せた。


 いや、とこぼすように呟き、エルクはふるふると頭を振った。


「ごめん、アルマ。さよなら、だよね」


 エルクは昔から、賢い子どもだった。今もアルマに気を遣いながら、慎重に、丁寧に話してくれているのが良くわかる。


 村長がアルマを求めていたのは、村のためだろう。記憶より寂れていた村、アルマがいなくなってから実りの少なくなった畑、『大地の愛し子』であるアルマさえいればという想いが、パンクしてああなったのだろうと思う。


「私は、おじいちゃんが私にいて欲しかったって言ってくれたことだけ、覚えておくよ」


 エルクが言いたがっていることはわかる。村長はただただ、私にこの村にいて欲しかっただけなのだと。村長はアルマを求めていた。心から。

 アルマは村長から与えられた愛情を失う気はなかった。

 アルマを育ててくれた老人は、単なる老人ではない、ひとつの村の運命を背負った長である。彼が村のことを思うのは当然だ。


 それがゆえの、妄執。ずっと村長の頭の中であった『アルマがいれば』という想いが、今日弾けてしまったのだろう。


 ショックだったし、怖かったけれど、アルマは彼のことも村のことも嫌いになる気はなかった。


「ありがとう、アルマ。さようなら」

「ありがとう、エルク。これからのこと、よろしくね!」


 アルマは手を振る。エルクもそれに応えた。


 二人目が合って、笑い合う。すっかり大人の顔つきになったエルクだが、笑い顔は昔とちっとも変わらなかった。


(私も、昔と同じ顔で笑っているのかな)


 そうだったらいいな、とアルマは思った。




 ◆ ◆ ◆




 エルクと別れ、アルマとジェイドはグリフォンを待たせていた林まで移動した。


『グリフォンのところで待ち合わせしよう』


 ブリックからの伝言だった。伝えてくれたエルクは「グリフォン?」と怪訝な様子では合ったが、深く詮索はしてこなかった。

 馬につけた名前か何かだと思ってくれていたらいい。


「──アルマ!」


 二人が到着して、さほど待たずにブリックの声が響いてきた。


「すまん!」


 先程のジェイドと、ちょっとデジャヴだなとアルマは思った。ブリックもまた、開口一番にアルマへの謝罪を口にした。


「ついていかないにしても、近くまでは一緒に行くべきだったよな。いや、そもそもやっぱ信用ならねえってついていくべきだった」

「私が一人で行きたいのを行かせてくれただけじゃないですか!」

「いや……アルマの身内っていうからアレだったけどよ、なんか胡散臭え雰囲気してるとは思ったんだよな……」


 やっぱり信用ならない、胡散臭い、などとブリックはぶつぶつと言っているが、そんな風に思っていたのかとアルマはやや面食らった。


「……ブリックさんて、もしかして人間嫌いなんですか?」

「人間が嫌いっていうかよ、ここはなんか、胡散臭いだろ。そもそも、セコい損得勘定してお前を手放して城に放り込んだくせによ……あの爺さんが後悔してるだなんだ言い出したときブチギレるかとおもったぜ」


 その辺りは、過去に良いように使われてきた経験から嫌厭しているのだろう。我慢してくれていたのかとアルマは苦笑した。


「さっき二人きりになる時間ありましたけど、何もしてないですよね?」

「何にもしねーよ。あっちのエルクって奴はマトモそうだったし。余計なことはしねえ」


 力尽きた村長を寝床に寝かせて、そばで様子を見ていたらしい。事切れたかのように寝ていたと話すが、なにしろ老齢相手に洒落にならないのでやめてほしい。


「とにかく、嫌な目に遭わせてごめんな」

「そんな、謝らないでください」


 アルマが慌てて手を振ると、ブリックは「ん」と小さくこぼし、スッと頭を上げた。不服そうな顔はしているものの、ジェイドよりかはサッパリとしているのでホッとする。

 それにしても、今日は一体何度謝られるのだろうか。一生分の謝罪を聞いた気分だ。アルマはふう、と息を吐く。


「なんだか、今日は謝られてばっかりだわ……」


「「それだけ酷い目に遭ってるだろ」」


 ジェイドとブリックの声がハモった。

 え、とアルマが目を丸くしていると、なぜかブリックが大きなため息をつき、ジェイドも頷いていた。


「アルマ、お前はかわいいが、足りないものがある」

「え、えーと?」

「自尊心だ」


 ビッ、とブリックは人差し指を突きつける。


 自尊心。自分を誇らしく思う心。


 次いで、ジェイドもアルマを見ながら言った。


「自己肯定感といってもいい」

「よ、よくわかりませんが」

「鈍感でいいこともあるけどよ、傷つけられた時は怒ってもいいし、他人のせいにしてもいいんだぞ」

「おじいちゃんのは、まあショックでしたけど……」

「ジジイ許せん一生こんな村こねえって思っていいんだぞ」

「こんな目に遭うきっかけを作った俺のことを憎んでもおかしいことじゃない」

「い、いや、そんなふうには思わないですよ」


 さりげなく、ジェイドがまた己を卑下していた。

 ブリックもジェイドも呆れている雰囲気でアルマはなぜだか焦ってきた。


(わ、私がトンチンカンなの……?!)


「自分を大切にしろ」

「は、はい」


 なんだかよくわからないが、圧が強くてアルマはコクコクと頷いた。


 ここで長々と話をしていてもしょうがないとアルマが切り出して、三人はグリフォンの背に乗り込む。動物特有の暖かい体温が心地よい。

 グリフォンが空へと舞い上がると、トモル村から岩山を挟んで、青い海が見えた。


 岩山のせいで、こんなに近くに海があるのに、村にいた時にアルマは海を見たことがなかった。

 今日はよく晴れていて、水面は白く輝き、眩しかったが、アルマはそこから目が離せなかった。


 不思議と、清々しい気持ちだった。


(……来て、よかったな)


 アルマは大きな海を見下ろしながら、そう思うのだった。

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ツンツンしていた彼が私の大好きな婚約者になるまで

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