8.
「陛下」
拝謁を願い出たエディーガの第一騎士を勤める青年を、
年齢よりだいぶ老いた王が見下ろす。
「来たか。キィーリス……。」
かつて、同じ謁見の間でこの日が来ることを恐れていたことがあった。
頭を下げたまま、微動だにしないキィーリスという若い騎士。
「エディーガ筆頭騎士……。」
呼びかけて、王はふと口もとの皺を深くして笑った。
「御前試合優勝騎士キィーリス。王の騎士。………私の騎士。」
息子エディーガの側近として仕えてはいるが、
王であるディゲールに剣を捧げ誓った男。いや、契約した男。
「頭を上げよ。」
キィーリスがゆっくりと上体を起こす。
「少し、痩せたか」
案じるような声音。
息子の側近として重用した、信用できる腹心の男である。
そして、臣下としてだけでなく。
エディーガの弟のように、自分の息子のようにその成長を眺めてきた。
珍しく、憂いを帯びた瞳が見上げる。
「いえ。陛下。」
言葉を取り繕う必要も感じず、キィーリスは一言尋ねる。
「……約束を覚えておいでですか。」
キィーリスの言葉にゆっくりと頷いた。
情報はより細かく入っている。そして、彼が動くのも時間の問題だろうと思っていた。
「エディーガか。苦労をかけるな。」
キィーリスは、苦笑する。
「陛下に捧げた剣に誓って、約定を違えることはございません。」
微笑んだ。
どうか、御許可を。
「許す。しかし、契約を破棄した場合は」
……、王とてキィーリスが裏切るなどと微塵も思っていない。
王とキィーリスの間にあるのは絶対の信頼だ。
「エディーガ殿下を傷つけることはございませんし。
姉上の命も父の命も領民も差し出す気はございません。」
互いの大切なものを守る確固たる信念、姿勢を理解している。
「勝算はあるのか?」
薄く笑って答える。
「はい、陛下。必ずや」
小さく頷いて、堂々とこちらを射抜く視線。
実力の伴う自信に溢れた目だ。
「しかし、多少物騒なことになってもお許しください」
「…何をする気だ?」
貫禄を持って見下ろしても、揺らぐことのない瞳。
「諫言を…。より、殿下の心に届くように」
「あれは資質はある。お前の言葉によって少し態度を改めるようになれば
なおよい君主となるだろう」
エディーガが、ラオギネル伯爵家の令嬢アイリエヌをも正妃に迎えると言った時から。
この日が来ることを予想していた。
辞めておけと、言っても聞く気のないエディーガと、
婚儀の中止を願い出た、ラオギネル伯爵の息子たるキィーリス。
ラオギネル家の恐ろしさをあの息子はいまだ知らないだろう。
後継ぎとして、能力も人格も自分の息子ながらほぼ認めている。
難点は、エディーガの艶聞と素行……。