7.
キィーリスが見舞いに行ったまま戻らない。
ディルギは表情を動かすことなくエディーガの横でその報告を聞いていた。
…馬鹿なことを考えなければよいが…。
夕刻、西の塔へ立ち寄りまだキィーリスが出てこないことを聞くと眉根を寄せた。
夜も更けたころ。
聞き慣れた規則正しい足音がゆっくりと下りてくるのを拾うと、
一息ついて壁にもたれていた上体を起こした。
「キィーリス様、お待ち申し上げておりました。」
立ち止まったまま、言葉の出てこないキィーリスに、
ディルギはふっ、と苦笑した。
「……キィーリス」
敬称を抜いた、そして柔らかい呼び声にキィーリスがのろのろ顔を上げると
ディルギの労りを含んだ目とぶつかる。
「久々に、先輩として、友人として言っておいた方が良いかと思ったんだが。」
「……ディルギ。」
困ったように、億劫そうに 緩やかに首をふる。
その反応をどう捉えればよいのやら、首を僅かに傾けて間を置く。
「……。アイリエヌ様は…、気の毒だが。
エディーガの馬鹿は、あれが王太子である限りどうすることもできない。」
『だから、ことを荒立てるんじゃない』
ディルギの言葉にしない声が聞こえてくる気がした。
確かに、エディーガは王家の人間、キィーリスは一介の臣下。
だが、
「……、あなたなら、出来たのではないですか。ディルギ」
「許してやってくれないか。」
キィーリスの淡々とした声と。
ディルギの強い言葉が重なる。
二人の目が真っ直ぐにぶつかりあった。
キィーリスはひっそりと嗤った。
「ディルギ様、あなたのお立場であれば出来たのではありませんか?」
「……。
私は、……殿下のただの従兄にすぎない」
ディルギは反論を許さず強く、言い切る。
キィーリスは吐息をついて銀色の睫毛を伏せた。
「その、殿下は今どちらに?」
かすれた声が、既に敬意を失っている。
「さて……」
キィーリスも察しているだろうが。
ディルギは、苦い気持ちで月を見上げる。
エディーガ、あなたの知らない間に事態は動くようですよ。
頭の痛い思いで、思いおこす。
『……。殿下、今宵は?』
批難の響きに一切頓着せず、
『街におりる。ディルギ、お前もつきあえ』
笑顔で言い放ったあの従弟。
羽を広げる開放感にあふれている。
優秀な、とても優秀な王太子であるのに。
馬鹿な子を愛しく見守るような、そんな表情を一瞬浮かべた。
通らないことを承知で意見した。
『今宵は、おやめになった方が良いかと……』
『なんだ、キィーリスがいないのにお前まで』
自由な魂の王子は、既に部屋の外へ飛び出していた。
その先にどんな未来が待つかも知らずに。