4.
後宮に住む女人のために宴はたびたび催される。
正妃や側室が華やかに場を飾る中、キィーリスはアイリエヌだけを見つめる。
端正なその面差しに媚びた目がちらりちらりと向うが全く見向きもせず。
キィーリスはアイリエヌの傍に近づいた。
「姉上?」
「……キィーリス?まぁ、……元気にしていて?」
どこかぼんやりとした、姉の言葉に心配そうに首をかしげた
「アイリエヌ姉上?御加減が?」
傍らの侍女を見ると、小さく頷いた。
アイリエヌに視線を戻すと首を振って訴える。
「いいえ、キィーリスに会えたんですもの。…会いたかったわ。」
キィーリスの瞳が揺れた。ゆっくりと椅子まで誘いアイリエヌを座らせる。
「お父様はお元気?」
「相変わらずです、あなたのことばかり気にしています」
気持ちを隠すように柔らかく微笑して最近の父のことや領地のことをさりげなく話す。
「まぁ」
ひっそりと、小さな笑みを作るだけの姉に不安を大きくする。
柔らかく笑う人ではあったが、覇気のないこんな弱弱しい笑みをつくる人ではなかった。
心の伴わない、いや、心がついていかない微笑を浮かべる姉上ではなかったのに。
「昔も今も父はあなたが可愛くて仕方がないのだから。
何かありましたら申しつけてくださいね。」
アイリエヌは少し考えるように、瞳を伏せ言葉を探した。
「…お父様はあなたに厳しかったけれど、あなたのことが大好きでしてよ。」
キィーリスも苦笑した。
「ええ。存じてます。姉上が私に優しくしてくださるから、
安心して父上は私を厳しく育てることができたのだと、ハスティから聞きました」
「まぁ、懐かしい名前」
緩やかに瞳を伏せたアイリエヌに不安そうにキィーリスは言葉を重ねる。
「姉上、不自由はございませんか?」
「ええ、大丈夫よ。キィーリスもお父様も贈り物が多すぎるわ」
小さな微笑に、きゅっと姉の手を思わず握る
「姉上が我がままをおっしゃらないので、父上も私も不満なのです。」
「……。ええ、大好きよキィーリス」
キィーリスも何も言えずにいると。ふとアイリエヌが視線を煌びやかな宴に戻す。
視線を追うと、一段と大きな輪乱れ、その中心からエディーガが真っ直ぐにこちらへやってくるところであった。
「キィーリス、人の妃に手を出すんじゃない」
笑いを含んだエディーガの声、追随する周りの声にアイリエヌの表情が翳る。
キィーリスも、無表情になる。
「アイリエヌか」
つかつかと、前に立つとアイリエヌの顎をついとつかむと。
エディーガはその腕にアイリエヌを抱き込む
「殿下!」
キィーリスの切羽詰まった声に、エディーガは片眉をあげる
「戻るぞ」
アイリエヌの色を失った顔と、宴の変化した空気にキィーリスの顔が変わる。
「殿下…!」
「うるさい」
引きずるように、アイリエヌを伴って広間を出ていくのをキィーリスはこぶしを握りしめ
蒼白に見送る
「姉上…」
そのキィーリスに声をかけたものがいる。
「あなた…、今日の殿下のお相手はわたくしでしたのよ?」
高飛車なその言葉に、見向きもしない。
エディーガが後宮にいれた、高級娼婦など興味もない。