2.
夕刻走ってきた侍従の報告に、キィーリスは舌打ちして書類を部下に押しつけた。
まだ、明るい空を見上げて何事か悪態をつくと、城の中を駆けて上司の部屋と向かう。
入室の許可を得て、中に入るとエディーガはすでに出かける装いだ。
「今宵はどちらの姫君のもとへ?殿下」
自然低くなる声に、盛装したエディーガは肩をそびやかす
「求められれば応えるのが性分でね」
「それでしたら、私の願いも聞いていただけませんか。」
「男の願なんぞ聞いてどうする。なぁ、ディルギ」
「キィーリス様は、殿下のお体を心配なさっておりますので。ぜひ、私からも申し上げたく存じます」
静かに、そう一言だけ口を開くと。キィーリスに同情的なまなざしを向けた
「心配には及ばん。私は元気だ」
「エディーガ…人の話を…」
職務に忠実なディルギが臣下としての態度を一瞬崩し、幼い頃のように諌めかけたが。
諦め、深いため息で、キィーリスに首を振って見せた。
「・・・・。どこに行かれるのか存じませんが。おでかけになられるときは一言お願いします。」
「また、ついてくるのか。お前」
呆れたように呟いた。
その言葉に、若干疲れたようにキィーリスも頷いた
「それが、私の仕事ですから。
お願いですから、外に行かれるよりたまには娶った妃方のもとへ通っていただけませんか?
後宮であれば私も安心して、屋敷に帰れますし。殿下のお忍びの見張りなんてしたくないんですよ。」
お互いのために、お前がついてくるのをやめればいいんだよ。
堂々めぐりの言い合いに、額を押さえてキィーリスはため息をついた。
「殿下。たまには後宮へお渡りにならないとお妃様方がさびしくお過ごしですよ」
キィーリスの病んだような暗い眼差しに、ディルギも口添えする。
「まぁ、最近は確かにいっていなかったな」
行き先を後宮へと考えなおしたエディーガに、キィーリスはディルギに目で感謝を告げると。
歩きだしたエディーガについて部屋を後にした。
いつものように、言い合いをしながら後宮の門へ向かい。
入口に近づくと、キィーリスは足を止める。
何かを思うようにその奥を見つめると、歩む足を止めないエディーガに尋ねた
「それはそうと、殿下。アイリエヌ妃殿下はお元気ですか?」
一瞬首を傾げて、エディーガは頷いた。
「アイリエヌ?あぁ、ここ暫く顔も見てないな。あれは、性質がたおやか過ぎる。」
「だから、向いてないと申し上げましたのに」
溜息をついた。
「お目通り叶いませんでしょうか」
「ならん。」
当然のように、エディーガは即答する。
一度妃として上がったのだから当然のことではあるが。
「お忘れかもしれませんが、わたしは……」
アイリエヌと……。
キィーリスが越えられない、向こう側へ行ってしまったエディーガの耳にその言葉は届かなかった。