10.
「王族に、刃を向けたものの末路は解っているな。キィーリス」
躊躇なくエディーガの手が帯刀した腰に伸びる。
「無駄です。貴方が抜刀するより、私が速い。」
一言で切り捨て、余裕を見せる。
実力は、数年来の付き合い、互いに解らないはずがない。
ままならない状況に、ちらりとディルギに向かったエディーガの瞳を見て
キィーリスは静かに告げる
「ディルギは手出しはいたしません。
殿下こそ、お解りでしょう?城のこの状況。
私だけでは貴方を弑する機会を作るなど不可能。陛下のご意思無くしてあり得ない」
「……っ! 陛下の…、と言ったか?」
エディーガが目を見開く
「ええ。」
幼子を見るかのように、優しく。あるいは憐れむかのように、柔らかく。
甚振るかのように、ゆっくり。キィーリスは応える。
「ディルギ。
今日の触れを殿下はご存知でない。お伝えいただけますか。」
「……」
無言ながら、ディルギのまっすぐな視線がキィーリスを貫く。
視線に揺らぐことなく、キィーリスは口角をあげ応え。エディーガは眉根を寄せた
「ディルギ、言えっ」
「“今宵の出来事に、全ての者手出し無用”と」
ディルギは瞑目した。
エディーガの瞳が一瞬力を、失い、次の瞬間烈々と怒りで満たされた
「どういうことだ。それは。」
決して大きくはないその声に、深い怒りを見出しキィーリスは暗く笑んだ。
常に王位継承者として余裕のあるエディーガが崩れた。
王命で、第一位王位継承者のエディーガの安全を脅かす事態が起こりうるはずが無い。
しかし、それを 事実無根の出鱈目だとエディーガが信じきれないということは…。
「御存じなのではありませんか」
キィーリスは笑う
「正統なる王位継承者」
その言葉に、エディーガの肩がぴくりっと動き、ディルギを瞬間見やる。
エディーガの前では誰もはっきりと口にしない、いや触れられることのない話。
それでも、エディーガはその話をやはり知っている。
緊迫した空気の中、キィーリスだけが異質に嗤う。
エディーガは低い声でキィーリスに問う
「私が正統な王位継承者ではないと、主に剣を向けるのか、キィーリス」
いえ、とキィーリスは首を振る。
「殿下。重要なことを、お忘れです。」
ゆっくりと、闇が侵食する。
さらに、もっとその侵食を進めるべく、キィーリスは視線を合わせたまま、エディーガを執拗に傷つける
「私は殿下の筆頭騎士を拝命しておりますが。
貴方に、剣の誓いを捧げたわけではありません」
息をのむディルギと、顔色を失ったエディーガが無言でキィーリスを眺める
「私が剣を捧げ、私が剣を揮うのは陛下ただお一人のため。
私は『王の騎士』の称号を持つ、ディゲール陛下の騎士。
御前試合で陛下に剣を捧げたのをお二人ともご自分の目でご覧になったのでは。」
長年の信頼が、崩れ落ちる音をキィーリスは耳にした気がする
エディーガの真っ直ぐな瞳がキィーリスに切り込む。
感情を律するためか、深く息を吸い込んだエディーガは静かに問いだたした
「お前が信じる正統な血統のために私を殺すか。
それとも、姉のために、私を殺すか。そして陛下もそれを是とするか。
私を殺し、そして私の後にだれを据える気だ?」
ひやりとした刃先がエディーガの首から顎までなぞる
「私が殺すのは、私の心を…人の心を、殿下にお解りいただくため。
……殿下、私はアイリエヌ姉上を大切にしていただきたかった。
私が肉親を大切に思う気持ちを、人を大切に思う気持ちを理解できない貴方に、解ってほしいのです」
エディーガの取りあう気のない顔が、キィーリスから放たれる冷やかさとぶつかる。
「お解りになりますまい。血の濃い、従兄を。
実の兄であるディルギを、従者としてしか見れない貴方には」
エディーガの激しい感情を移す瞳が瞬間ディルギを刺す
「殿下、」
ディルギの焦った声をキィーリスは容赦なく遮る
「ディルギ。殿下はご存じのはずだ。」
暗い夜の白い月の下
「愛情を信じず、疑い。そして貴方は過ちを繰り返す。
殿下、私は貴方に知って頂きたい、貴方の母上の事、ディルギの母上の事。
貴方の後宮の妃の事……。貴方のせいで不幸になる女性の事」
エディーガの強張った顔を見てキィーリスが微笑む。
「出過ぎたことを申し上げておりますが…、これが私の願いです。」
「さて」
キィーリスが一息ついて微笑む
「キィーリスっ」
ディルギが押し殺した声で名を呼ぶ
エディーガに添えらていた刃が煌めく
「姉上っ!いつまで逃避していられるのですっ」
キィーリスが、自身に突き立てた。
エディーガの頬に、アイリエヌの膝に、ディルギの前に、
紅い鮮血が飛び散る