1.
懐かしい夢を見た。
銀色の睫毛が小さく痙攣して、うっすらと瞳がのぞく。
死人か蝋人形のようにぴくりとも動かず眠っていた男は、仰臥したまま夢を思い返した。
「?」
そばの机で書類にペンを走らせていたエディーガは僅かな空気の動きに敏感に反応した。
「起きたか?キィーリス。珍しいな、お前が仕事中に寝るなんて。」
寝ざめが悪い。
届いた声に、キィーリスは瞬時に眉根を寄せた。
カウチに転がったままの視界に映るのは、眠る前に仰いだ城の天井ほかならない。
ゆっくりと、声のした机の方向へ顔をずらすと見慣れた顔があった。
夢見が悪かったかと思えば、目覚めた瞬間彼の声。
なおかつ、とどめといわんばかりに、面白そうにこちらを伺う顔。
最悪だ。
『目覚めてエディーガ様の顔を見れるなんて、なんてうらやましい。』
どこかの令嬢が、正気を疑う台詞を吐いていたが
やはり、気分が悪い以外に言葉が見つからない。
なまじ顔の造作がいいと、こんな性質の悪そうな笑みですら、愛を夢見る対象になるとは。
なんて、嘆かわしい。
「…不愉快だ」
思わず口を出た言葉に、相手はひょいと眉をあげる
「夢見が悪かったか?」
「…いえ、」
目を覆った手をおろし、エディーガにに向き直る。
交差する視線を厭うように、キィーリスが視線を落とすとエディーガの手元にぴたりととまる。
彼の手にある書類が、仮眠をとる前机に放り出したものであることに気づきくと重い溜息をついた。
本当は嫌いになりたいのに、嫌いになりきれないのは、彼のこういうところだ。
「失礼いたしました。…殿下」
殊勝な言葉を選んでみせたものの、カウチの背もたれに体を預けたままで「しかし」と不遜な態度で続ける。
眠気のかけらも見られない鋭い眼光で相手を見据え
「しかし、一言言わせていただけるなら私の睡眠不足はあなたのせいです。殿下」
夜な夜な遊び呆ける第一王位後継者の護衛としりぬぐいを。
言葉にならない皮肉に。エディーガはにやりと笑って返す
「部下の居眠りを黙って許してやろうというのに」
くつくつ笑って。小さい声で続ける。
「それとキィーリス、そんな台詞を吐いたら侍女達にお前との関係まで邪推されるからよせ」
ついでとばかりに、わざわざ近くに寄ってきて、耳元に口をよせると。
城は噂が速いんだと。ひらりと部屋の隅に控える侍女を指さす。
心底嫌そうにキィーリスの頬がゆがめられる。
女好きのエディーガを誤解するような城の人間がどこにいるだろうか。
はん、とばかりに鼻で笑い立ち上がる。
「いい加減、夜遊びをおやめになってはいかがです。」
エディーガは本気で受け取るそぶりは一切なく。小首を傾げた。
「本当に今日は機嫌が悪いな。寝ていてもいいぞ」
ふっと笑うと。言うことを聞かないやんちゃな弟を宥めるように頭をなでた。
「いいえ、不愉快な夢をましたので。今眠ると悪夢を見そうですから」
身だしなみを整えるためにカウチから離れたキィースの代わりに、
クッションに沈みこみ背もたれにに頬杖をすると、きらりと目を輝かせた。
「へぇ、どんな夢だ?」
キィーリスは振り返り。
とろけるような微笑みを浮かべた。
「幼い頃のあなたとの思い出です。」
一瞬真顔で固まった。
「おまえねぇ」
エディーカは変わってしまった年下の友人の背に呟いた。
「昔も今も、いじめた覚えはないんだが?」