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2.最悪な別れ方をしたからと言って、もう2度と会わないということはない

カーテンの隙間から差し込む暖かい日差しに焼かれて、重い瞼を開く。通常の8割ほどまでに広げた視界の中に映り込んでいた目覚まし時計を見ると、しっかりとデジタルでAM8:04と表記されていた。

 充分以上の睡眠を取れたことに満足した俺は、人間誰もが起きた直後にする行動ランキング上位入賞を果たすであろう「欠伸」と「伸び」をして、ベッドから立ち上がった。

 寝巻きから部屋着に着替え、1階に下りてすぐの場所にある洗面所で顔を洗い歯を磨く。よくヒロから鋭いと指摘される目つきで、寝起きの自分の顔を眺めながら寝癖がついている箇所を直す。目つきが鋭いのは単純に少し目が細いだけだから放っておいてほしい、と内心で愚痴をこぼしながら1週間分のたまった洗濯物を洗濯機にかける。


 さて、いつもならここで台所に向かって朝食を作り始めるところだが、今日は再び2階に上がった。目指す場所は、俺の部屋を通り過ぎた先にある、もう一つの個室。


 ―――夜中になってもずっとバカやってた馬鹿2人がいる部屋だ。


 「起きろ馬鹿ども!!!!!」

 入り口のドアノブを下げたと同時に蹴り開けて、俺は大声で叫ぶ。

 真っ先に視界に飛び込んできたのは、大の字で気持ち良さそうに寝転がっていたチャラ男。グゴーッグゴーッと気持ち良さそうに惰眠をむさぼってやがる。

 その一方で、体を震わせ警戒心マックスでこちらを見てきたのは、大の字で寝ている男の隣で黙々と胡坐をかきながら横スクロールアクションRPGをやっていた凌太先輩だ。不意打ちの一撃を受けてコントローラーを床に落とした凌太先輩は、口をパクパクさせながら真っ赤に充血した目でこちらに振り返っている。

 「いや、1人徹夜でゲームとか何してんすか。」

 「あ、ああ・・・、弟君か。」

 すでに半分くらい意識を失ってそうな掠れた声が返ってきた。

 「ゲーム好きもほどほどにしてください。そんなゾンビ状態の人には朝食も作りませんよ?」

 「りゅ、流渡に勝負で負けちまったからその罰ゲームなんだ。こいつが起きるまでにこのゲームをクリアしないと、焼肉全額奢りって言われてんだよ、ふあぁぁぁ・・・。」

 頭をぽりぽり掻く余裕を取り戻した先輩は、そのまま眠気を隠さずにそう答える。

 この2人は相変わらずまた馬鹿やっていたらしい。人の家にまで来て何してんだこの人は。

 というより、その悪の元凶である兄からいまだに反応一つないのだが。

 「こいつ、まだスヤスヤ寝息たててやがる。」

 「そうじゃないと困る。まだあと2面も残ってるんだから早くクリアしねえと・・・。」

 寝息を立てる兄を見て我に返った先輩は、さっき落としたコントローラーを握りなおすと再びテレビに向き直ってしまった。

 「ったく、とんだ青春があったもんだ。」

 年明けに受験を控えているとは到底思えないなこいつら。流石にこの2人と言えどやるときはやるとは思うが、この様子を見ているとどうも気が気でない。

 正直な話、凌太先輩が浪人したってどうでもいいが、兄貴が万が一浪人してしまったら、家にずっと居座られるばかりか、学校で俺が笑い者にされる。ただでさえ兄は教師陣には有名なんだから、これ以上悪名が轟かれると俺の学生生活がいよいよ危うい。

 とりあえず全くスッキリはしなかったが、イライラの感情はいくらか薄まったので兄の部屋を後にすることにした。どうせ今日1日は家にずっといるんだ、罰ゲームの結果は望まなくても耳に入ってくるだろ。


 「・・・海斗君、今何時だと思っているの?」


 ただでさえ悪い目つきをさらに悪くさせていると、いきなり目の前に桃色のフサフサしたものが・・・、正確にはその桃色のフサフサしたものを着て、普段の俺くらいの悪い目つきをした妹が立っていた。

 「何時って・・・、もう8時半過ぎだよな?」

 「『まだ』8時半過ぎ!そんな時間にいきなり大声を浴びせられて起こされる私の気持ちにもなってくれるかな?」

 まだ出会って数秒だと言うのに、早々に妹からの怒号を浴びせられる俺。

 でもどうして8時半過ぎに起こされたからと言って、中1の妹に朝からこんな不機嫌そうな顔で怒られないといかんのだ?そんなこと言われたら俺はどうなる、俺は。

 「良い子の皆さんはもうとっくにお目覚めの時間だろ。」

 「私が良い子の皆さんの一員じゃないことは海斗君が一番よーく知ってるはずだよね?」

 なおもムスッとした顔で不服の申し立てをしてくる3個下の妹、藍波あいは

 中学に入ってからはそれなりにしっかりと手入れしているミディアムロングの黒髪は、寝起きのせいでところどころはねている。目つきも本来ならぱっちりとしていて鼻立ちもいい。まだ幼さは残るが、それなりに愛嬌もある・・・のだが。

 「知ってるからといってどうして配慮してやらなきゃならん。なんなら俺は夜中からずっとその配慮を受けられなくてさっきまで不機嫌だったんだが。」

 「知らないよ。どうせまた流渡君が馬鹿やってたんでしょ?」

 なぜか藍波の方が迷惑そうにしながらそう言い返してくる。

 「少しは俺の苦痛を味わってみろ。次、凌太先輩が来たときは部屋交代な。」

 「嫌に決まってるでしょ。」

 「大声で騒ぎながらゲームやってるだけだぞ?俺はともかくお前なら平気だろ。」

 「う、うーん・・・。」

 「なんなら次から一緒にやればいいじゃねえか。俺はせっせとお前の部屋で寝るからよ。」

 「うっ・・・。いくら海斗君でも、私の部屋で寝るのは流石に無理。」

 「チッ、反抗期かよ。」

 「どこの家の妹も同じこと言いますー。」

 「夜中もゲームできる権利と兄を自分の部屋で寝かせる権利を天秤にかけて、悩む妹なんかいねえよ。」

 普通は「絶対嫌!」って即答するところを、断腸の思いで拒否する時点でどうかと思う。

 だが藍波の思考回路なら、これが普通なのだ。むしろ昔までの藍波なら、本当に俺の提案に食いついていた可能性すらある。


 ―――なぜなら藍波は重度のゲーム好きだからだ。ついでに言うと、無類の漫画・アニメ好きでもある。

 「そりゃずっとゲームをしていられるって言われたら、それくらい悩むでしょ!」

 「いや、悩まん。俺なら寝る。」

 「はいはい、さすが海斗君だねー。」

 「生意気言うと、朝飯抜きにするぞ。」

 「うわ、職権濫用だよそれ。」

 「持てる権利を行使して何が悪い。」

 文句を言うなら、一人前に家事を一通りこなせるようになってから言うんだな。

 なんて会話をしていくうちにいつの間にか藍波の表情は、いつもの黙っていればそれなりに可愛らしい妹のものに戻っていた。

 「ふん、海斗君と話してたら目が覚めちゃった。着替えて顔洗ってくるから、朝食作って。」

 「言われなくても作るっつーの。」

 「ちゃんと私の好きなスクランブルエッグもだよ?」

 「へいへい、さっさと着替えてそのぼさぼさの髪を直してこい。」

 最後に一瞬だけ笑顔を見せた妹は、俺の部屋から階段とトイレを挟んでさらに向こうにある部屋の中へと戻っていった。

 普段よりも2時間以上早い妹の起床をほんの少しだけ喜びながら、俺は妹のリクエストに応えるべく階段を下りていくのだった。


            *     *     *


 「朝ご飯食べたらまた眠たくなってきちゃったかも・・・。」

 「食べてすぐ寝たら太るぞー。」

 バターを塗った食パンとスクランブルエッグをペロリと平らげて、藍波はソファーの上で横になっている。最初は、普段は寝ている時間帯にやっているテレビ番組を見ると言って意気揚々とリモコンを手にしていたが、どうやらお気に召すものはなかったようだ。

 そんな無防備な姿の妹とは対照的に、俺はせっせと台所で食器洗いだ。ちゃんと台所からリビングの様子が一望できるようになっているのだが、基本的にここから見える景色はテレビ番組か、携帯ゲーム機を握りしめている妹の姿か、ギャーギャー騒いでいる兄の姿だけだ。

 「海斗君って本当デリカシーないよねー。」

 「何急に女ぶってんだ。女子アピールしたいんだったらその格好をまずなんとかしろ。」

 「えー、なんで家でまでしっかりしてないといけないの。」

 「じゃあ俺も、なんで妹にまでそんな気遣いしないといけないんだって言うぞ?」

 そう言うと、こっちをいつもより鋭い視線で見ながら藍波は渋々起き上がって乱れていた服を整え始めた。

 「だいたい、なんの部活もやっていない中学1年生が8時半に起きることを苦痛っていうことが少し疑問だけどな。」

 「しょ、しょうがないじゃん。金曜の深夜アニメは熱いんだから!」

 さっきまでぐでっとしていたはずの妹がほんの一瞬でスイッチが入ったようにシャキッと姿勢良く座って、俺にその言葉通り熱く語ろうとしてくる。

 「別に録画してあとで見ればいいじゃねえか。どうせ休みの日は暇なんだろ?」

 「そんなことしたら他の日に撮ったやつを見れないし、何よりゲームをやる時間が削れるじゃん!それに、あのアニメはリアタイで見るのが熱いんだよ!!!」

 はあ、いかん。努めてローテンションで会話をしようとしても、次々と地雷を踏み抜いていってしまっているせいで、一向に藍波のハイテンションが止まらん。

 「海斗君も見るべきだよ、『ブレイド・アーツ・ネットワーク』!あれは誰が見たって面白いって言うに決まってるし!今ちょうどいいところなんだから!!!」

 「あーはいはい。てか、それなら1話だけ一緒に見たじゃねえか。」

 「あれ、そうだっけ?逆にあの1話を見て、よく続きが気にならないね!?」

 なかなか眠りにつけなくて飲み物を求めてリビングまで下りていったら、ちょうど藍波がそれを見ている現場に遭遇したから、一緒に見ていたのだ。

 「だって結局、ああいうのって紆余曲折を経ながらも主人公が成長していくって感じだろ?現実味がなくて感情移入ができん。」

 「アニメに現実味を求めたらダメだよ海斗君・・・。」

 「生々しい日常を切り取ったアニメとかあったら、見てみようと思うかもしれんけどな。」

 「海斗君にしか需要ないよそんなアニメ・・・。」

 「それにああいうのって必ず最後はハッピーエンドだろ?都合が良すぎるじゃねえか。」

 「アニメがバッドエンドで終わったら後味が悪いじゃん・・・。」

 とまあこの通り、俺にアニメやラノベが合わない理由はこの会話一つで全てわかるだろう。この妹の顔を見ろ。さっきまであんなにハイテンションだったのに、すっかり干物のように乾ききった目になってしまっている。

 残念ながらこういうジャンルの人と話すと、常に相手の顔がこうなってしまう。それを俺は何度も経験してきたというのに、あの女は話してみないとわからないなどと世迷言を吐いて、俺が間違っていると決めつけてきたのだ。

 目の前に地雷が埋められているのがわかっているのに、その奥には宝物があるから取りに行ってこいと言われているようなものだ。これは勇気を振り絞るとか失敗を恐れないとかいう問題ではない。逃げるのが最善であり、諦めるしか手段がそもそも存在しないのだ。

 「どうして急に海斗君がイライラし始めるのさ。」

 「いや、藍波に怒ったわけじゃない。ちょっとした思い出しイライラだ。」

 「朝からずっとご機嫌斜めだね?そんなにうるさかったの、流渡君たち?」

 「まあそれもあるけど、別件だ別件。身の程も知らずに俺のポリシーにケチをつけてきた愚か者がいたのを思い出しちまっただけだ。」

 「うわー、ちょっとイタいねその発言。」

 「お前にイタいとか言われたくないわ。」

 ちょいちょいオタク用語とか使ってくるお前の方がよっぽどイタいわ、とは流石に言わない。言えない。

 よし、なんとかイライラしながらも、一通り片付けと水回りの掃除は終わったな。次は掃除機だ。


 「あ、海斗君の携帯が鳴ってるよ?」

 「ん?なんだ、珍しいな。」

 LINEならともかく、俺の携帯に電話をよこす人なんか、ヒロと兄妹以外に思い浮かばない。

 テーブルの上に置いてあった俺の携帯をとって渡してくれた藍波に軽い感謝の言葉を添えて受け取り、こんな朝っぱらから誰だという気持ちを込めながら、光っている画面を覗き込んでみる。

 「ってなんだよ、やっぱヒロじゃねえか。」

 画面上に表示されているヒロの2文字を確認し、受話器のボタンを触って耳を当てた。


            *     *     *


 「はあ!?吉川礼華ってあの同じクラスの特徴的な眼鏡の!?」

 「声がでけえよばか。誰に聞かれてるかもわかんねえんだから。」

 「お、おう、悪い。」

 駅近くにある喫茶店でコーヒーを飲みながら、俺は休日にも関わらず制服を着ているヒロに、昨日の放課後の出来事の一部始終を語っていた。顔見知りに聞かれていたら面倒だと思い周りを見渡してみたが、時間的にあまり店内は混んでいなかった。隣の席にお互いをニックネームで呼びあってニヤニヤしているバカップルがいるくらいだ。

 それにしても、やはりヒロにとっても俺が騒いでいた例の図書室の女子があの吉川礼華だったというのはなかなかに衝撃的だったようだ。

 「でも確かにあの子が眼鏡を取った姿って俺見たことないかもしれん。」

 「一応寝起きの顔なら見たが、とてもいつもクラスの隅っこで本を読んでるやつと同一人物だとは思えんかった。」

 「まさかあのよくわからん眼鏡の裏には、海斗を唸らすほどの美貌が眠っていたとはな・・・。人は見かけによらんもんだ。」

 「その言い方はやめろ。体がムズムズする。」

 とはいえ、ムズムズするということは遠回しにそれが事実だと肯定しているということなのだろう。昨日の朝や一昨日の夜ほどじゃないにしろ、今でもあの寝顔を思い出すと少し心臓が高鳴ってしまうし。

 「でも、その偶然に感謝だな!おかげで吉川さんとお近づきになれたんだろ?」

 「お前は昨日の朝の会話を忘れたのか?お近づきになんかなるわけねえだろ。」

 「お、おう、悪い・・・ってそれはおかしいだろ!?」

 一瞬流されそうになりながらも、すぐに異変に気付いたようだ。俺からすると何も変ではないのだが。

 「でも白瀬さんとは話したんだろ?いくらお前でも、その場にいる人間を無視することはしないと思ったんだけどな。」

 「俺だって別に話しかけられたら返すくらいはする。それをしなかったってことは、そういうことだ。」

 「あーもう、相変わらずめんどくさい話し方するなお前は。つまり、吉川さんからお前に話しかけられることがなかったから、お前からも話すことはなかったってか?」

 さすがはヒロ。長年のコミュニケーションを経て、ついに主語がなくても俺の意図していることを理解できるようになってやがる。

 「前もって言っておくが、吉川は寝ていたんだ。断じて俺に問題があったというわけじゃない。」

 「よくわからんけど、結局お前は吉川さんが寝ている中、ずっと白瀬さんと話していただけってことか?」

 「よくわかってるじゃないか。そう、俺はただひたすらあの高校デビュー女と会話していただけだ。」

 悪意たっぷりに俺は白瀬のことをそう呼んでやった。だがなぜかヒロはそれを好意的にとったようで、明るい笑顔を向けてきた。

 「いやー、吉川さんのこともびっくりだが、高校初日に白瀬さんを見たときもびっくりしたよな!こう言っちゃなんだが、あんまり華のある感じの子じゃなかったのに、まさかあそこまで化けるとはな!」

 「見た目はともかく、中身までしっかり変わっちまってるしな。」

 「そうそう!学級委員にまで立候補してたし、クラスの誰とでも話せるような物腰の柔らかさもあるしな!すっかりクラスの中心人物になっちまってる。」

 「自分の主張を押し付けてくる面倒な女だけどな。」

 「高校入ってすぐで、みんなもそんなに積極的じゃないだけだろ。最初はああいう意見をはっきり言ってくれるリーダーみたいな人がいてくれる方が、クラスも円滑に回っていいじゃねえか。」

 「自分が正しいって信じてて、他人の意見なんてまるで聞こうとしないけどな。」

 「・・・昨日なんかあったん?」

 まるで信者の如く褒めまくっていたヒロが、ついに何かがおかしいことに気がついたようで、呆れ顔で俺に事情の説明を要求してきた。

 ということで、第2の本題に移るとしようか。


            *     *     *


 「いや、お前が100%悪いだろ。」

 「どうしてそうなる!?」

 「そりゃだって、白瀬さんが言っていることの方が的を射ているからな。」

 俺の口から当時のあの白瀬とのやりとりを説明したというのに、それでもヒロは10割俺に非があると言いやがった。普通に聞いていたら白瀬が悪者に聞こえるように少し話を盛ったし、何よりヒロは俺の頭の中を全て理解しているだろうという自信があったから、絶対に俺と同じ意見になると思っていたのだが。

 「俺の考えのどこが間違ってるってんだよ?」

 「いやだから全部だよ。」

 「はあ!?全否定かよ!?」

 「じゃあ1個1個説明してやろうか?まず、吉川さんと一言も話したことがないくせに、いかにも「俺はあいつのこと全部知っています」的な考えでいること。」

 「あいつはラノベ好きで、どんなときもラノベを読むしか能がない人間だろ?そんな人間と話せることなんてない。」

 それは今朝の藍波との会話でより強く思い知った。やっぱり俺は2次元というものに適応できる頭の持ち主じゃない。あいつらとは根本的に考えが合わないのだ。

 「別にお前が共通の趣味を持っている必要はないだろ。それこそ藍波ちゃんの話でもしてやればいいじゃねえか。同じ趣味の妹がいるって言ったら、少しは会話も弾むだろうよ。」

 「それのどこが楽しい会話なんだ?そんな上っ面の会話のどこに面白みを感じるってんだ?」

 仮に俺が見ず知らずの誰かから、「私の弟もあなたと同じ趣味を持っているんですー」と言われたところで、「へーそうなんですかー。」で終わる。その誰かに興味がなかったら、その誰かの弟に興味が湧くことなんてありえないからな。

 「・・・お前、この数年で会話のイロハすら忘れたのか?共通の話題から入るってのはテッパンだろ。それが仮にお前の妹の話だったとしても、そこからお前自身に興味が湧くかもしれないじゃねえか。」

 「それで最終的に価値観が合わなくなって終わりだ。時間の無駄だろ。」

 「そんなもんやってみねえとわからねえだろうが。趣味がラノベだけじゃねえかもしれねえ。性格だって話してみたら全然違うかもしれねえ。」

 「期待するだけ無駄だろ。また期待して裏切られる方が・・・」

 「―――お前はまだ何もあの子のこと知らねえだろ!?」

 机に身を乗り出し、威圧的に俺の方を見てくるヒロ。机の上に置いてある2人分のフラペチーノが、その衝撃で少し揺れている。

 ・・・これでは、位置関係が少し違うだけで昨日の夜の白瀬とのやり取りの再現だな。

 「お前までそういうこと言うんだなヒロ。お前も俺に地雷原の中に生身で突撃しろって言うんだな。」

 「何バカなこと言ってんだ海斗。お前が勝手に地雷があるって思い込んでるだけだろ。」

 「・・・そうか、もういいよ。」

 もうこれ以上、俺からは何も言うことはない。

 これはもう完全な価値観のズレなのだ。一生話し合っても分かり合えることはない。

 そんな俺の様子と、周りの他の客からの視線を集めている事実にようやく気付いたからか、ヒロは静かに椅子に座りなおし、ヒートアップした頭を冷やすように、自分のフラペチーノをストローで吸い上げていった。


            *     *     *


 その後は、互いが互いのスマートフォンに釘付けになる時間が訪れた。その間会話を交わすこと一度もなく、隣に座る色ボケカップルのキャッキャッした会話が一言一句漏れることなく聞こえてくるくらいの静寂が支配していた。

 唯一、正面から聞こえてくるのは、LINEを受信したときに聞こえてくるピコンという音だけ。それも多少鬱陶しく思うくらい、結構頻繁に聞こえてくる。

 どうせ、榛名に愚痴のLINEをしているか、サッカー部のLINEグループが機能しているかのどっちかだろ。いや、この着信音が鳴る頻度の高さ的にグループLINEの線が高いか。ま、両方という可能性もあるが。

 俺はと言うと、スマホを眺めているふりをして晩飯の献立を考えていたり、兄貴と凌太先輩はあれからどうしたのかを考えたりと、生産性がないようなことばかり考えていた。

 正確には、生産性がないようなことを意識して考えるようにしていた。・・・そうでもしないと、ヒロにも白瀬と全く同じことを言われたというダメージがじわじわと効いてきそうだったから。 


 正直に言うと、ヒロにまであんなことを言われるとは思っていなかった。俺のことをほとんどなんでも知っているヒロなら、俺のこの考えに賛成するとまでは言わないが、否定することまではしないと勝手に思っていたから。かつて俺に何があったのかを全て知っているヒロなら、この考えを口にしても納得してくれると思い込んでいたからだ。

 でも俺は間違っていないはずだ。だってこの道を進めば、誰も傷つけないし俺も傷つかないのだから。

 もしかしたら。本当に僅かだとは思うが、吉川と仲良くなれる可能性を秘めているかもしれない。100%ないとは俺も言い切るつもりはない。だが、そうならない可能性のほうが圧倒的に高い。そしてそうならなかった場合、高確率で俺は傷つき、吉川もいい気分にはならないだろう。

 そんなリスクを背負いながらも、その僅かな可能性にかけて一歩進もうという気持ちには俺はなれない。・・・少しでも気になってしまっている人から、こいつと話していてもつまらないと思われたくない。上っ面だけ仲良くなって、後に拒絶されるくらいなら、最初から関わりたくない。

 そう思う俺の気持ちは決して間違っていないはずだろ?百歩譲って、白瀬のように俺が間違っていると言う人がいたとしても、ヒロだけは。・・・ヒロだけには理解してもらえると、そう思っていたのだが。


 そんなことを考えていると、さっきまでピコピコ鳴っていたスマホと睨めっこをしていたヒロが、いつの間にか空になっていたカップを持って、突然立ち上がっていた。気づかれないように視線だけでその動向を追っていると、青色の男の人と赤色の女の人のシルエットがついた場所へと向かっていた。一言くらいかけていけとは思ったが、今の冷戦状態を考えるとそれもおかしな話か。

 いつの間にかあの隣に居たバカップルも消えていたし、ヒロがいなくなったことであの煩わしいピコンピコンも聞こえなくなったことで、本当の意味で静寂と心の安寧が訪れた。

 すると無意識に、昨日と合わせて通算何度目になるのかわからない溜め息が漏れた。溜め息をつく度に幸せが逃げていくという迷信を信じていたとしたら、俺は今頃不幸の塊と成り果てているだろう。

 目の前にあった威圧感から解放されてようやく堂々と頭を上げることができるようになったので、ここで辺りをぐるりと眺めてみると、随分と長い間沈黙の時間を過ごしていたことに気づかされた。入店時にはガランとしていた店内も土曜日の昼時になったことで見事な賑わいを見せており、空いている席はさっきまでいたバカップルの席のみになっていた。確かに今の期間限定のフラペチーノは前評判が良かったし、この繁盛ぶりもわからなくはない。

 イートインなのかテイクアウトなのかまではわからないが、レジにもそれなりの列ができている。これでは、隣が埋まるのも時間の問題だろう。俺の飲み物も残りわずかだし、ヒロが帰ってきたタイミングでここを離れるべきか。『心落ち着かせられるひと時を』を店のコンセプトに掲げている以上、長居したところでそこまで白い目で見られることもないだろうが、話もせずにひたすら男子高校生がスマホをいじる絵面を続けたって誰も得しないしな。


 「・・・隣、空いてる?」


 そんなことを考えながらぼーっとしていると、突然声をかけられた。

 慌ててその声の方向を振り向くと、そこには眼鏡をかけた女子高生と思わしき小柄な女の子が、さっきまで俺たちが飲んでいたのと同じものを持って立っていた。

 「え、あ、はい。空いてると思いますよ。」

 「・・・そうですか、どうもです。」

 自分で聞いておいてなぜかあまり興味なさげな態度を示したそのJKは、こちらに軽く会釈して俺の対角線上にある椅子にさっさと1人で座った。

 隣の席には何か物が置いてあったわけでもないのに、どうしてわざわざ確認をとってきたのだろうか。パッと見、そこまで社交性なんて感じられないし。ただ、顔立ち自体はかなり整っている印象だった。いくら対角線上にいるとは言え、あまりジロジロ見ていると変態扱いされそうだからやめておくが。

 普通のロゴ付きの白い長袖Tシャツに、7部丈くらいの黒いハイウエストのパンツを身につけた、茶色っぽい黒色の髪のその女子は、そのままポケットからスマホを出して、さっきまでの俺みたいな状態になった。

 するとしばらくもしないうちに、またあの音が聞こえてきた。―――例のピコンピコンだ。

 なんで最近の若者はマナーモードにしないんだ?そんなに自分が今LINEをしているということを世の中にアピールしたいのか?これ以上その音を聞いたら、ノイローゼになりそうだぞ。

 まあここから去るつもりでいたわけだし、さっさと残りを飲み干して帰る準備をしよう。

 「ねえ。」

 そう思い、ストローに口をつけたとき、なぜかまたこちらに向かって声がかけられた。気づかなかったフリをして一度やり過ごそうかとも思ったが、横目にちらりと映るそのJKは間違いなくこちらを向いている気がする。

 いや、なんで?

 「な、なんですか?」

 戸惑いを前面に出しながらとりあえず返事だけはしてみる。ここでようやくまともに視線を交わしたわけだが、これが意外と可愛い感じの女子だ。小動物のような愛くるしさを感じさせながらも、メガネをかけていることでどこか大人びた雰囲気も醸し出す不思議な雰囲気の少女、といった感じ。

 「せっかく隣に来たのに、何か言うことはないの?」

 だが不思議なのは、その発言内容もだった。それなりに高いのにどこか落ち着いた印象を与える声。俺の好きな部類の声で一瞬テンションが上がりそうにはなったが、それ以上に別の感情が湧き上がってくる。

 そんな今の俺の感情を一言で表すならやはりこれだ。


 だからなんで???


 「えーっと、もしかしてあんた、この喫茶店に出会いを求めに来ている感じの人っすか?」

 なのでとりあえず真っ先に思いついた可能性を口にしてみる。

 すると今度は、先ほどまでとはわかりやすく不機嫌になった表情を見せた。

 そしてしばらくの沈黙の後、

 「・・・はあ?」

 と少し殺気が混じった言葉が返ってきた。その間にも彼女のスマホはピコンピコン鳴っていたが、視線を一瞬向けるだけで返信しようとする気配がない。

 え、俺が悪いのこれ?なんかいけないことでも言ったか?

 とりあえず謝ったほうがいい流れか、これ。

 「あ、いや。違ったなら申し訳ない。ただ今時、見知らぬ男子に平気で話しかけてくる女子学生なんているんだなと思っただけでだな・・・。」

 って何言い訳がましいような発言してるんだ俺。なんかこれだとただの惨めなやつじゃねえか。

 「・・・ああ、なるほど。なんか聞いていた話と全然違うと思ったからどういうことかと思えば。―――あなた、すごいわね。」

 その必死に見える弁解の甲斐があったのか、そのJKは若干呆れ気味に俺の方を見て、半笑いでそう答えた。

 全く褒める意図を感じないその賞賛の言葉に何と言い返そうかと頭を回していると、彼女はさらに言葉を続けてきた。


 「わざわざ土曜の朝っぱらに叩き起こされたと思ったら、いきなりここに来てあなたの相手をしろって言われたのよ?そしたらまさかその相手に、私のことが誰かわからないって言われるなんて心外だわ。・・・でもたしかにちょっと面白そうな人ね、イガグリ君。」


 そう言いながら、スマホで何やら打ち込み始めた。と言うか、俺の相手をするためにここに呼ばれたってどういう意味だ?そもそもイガグリ君ってなんだ。


 「あっははは!いやー、流石にこの流れは予想外だよ、栗生君!」

 「ああ、せっかくどんな反応が見られるか楽しみにしてたってのによ!誰かわからないってオチがあるかよ普通!?」

 そのJKの謎の言葉に頭を混乱させていると、急に背後から2つの声がした。

 今朝の凌太先輩にも負けないくらいのスピードで、その声がした方向に振り返る。

 するとそこには、トイレに行っていたはずのヒロと、


 「・・・おい、あんたがなんでここにいる、白瀬。」


 白いシルクのワンピースにジージャンを着た白瀬美桜が並んで立っていた。

 「倉田君の手引きよ。無理言ってあなたたちの居場所を教えてもらったの。」

 「急に白瀬さんが俺たちに会いたいって言ってきたから教えただけだ。そんで、お前と吉川さんを2人きりにしてみたいって提案を受けたから、急いでトイレに避難したってのに、お前ときたら・・・。」

 白瀬は気まずそうに、ヒロは額に手を当ててやれやれと言わんばかりにしている。

 ん・・・、吉川さんを2人きり・・・?



 吉川さんと2人きり!?



 頬杖をついて俺の様子を見ていたそのJKは、つまらなさそうにかけていた眼鏡をとって、俺にこう告げる。

 

 「初めまして、吉川礼華です。とでも言ったほうがしっくりくるシチュエーションかしらね?」


*    *     *


 目の前にヒロ、隣のテーブルに白瀬と吉川が座り、何が起きるか全く想像できないシチュエーションが突如完成してしまった。

 すごく楽観的にこの状況を説明するとしたら、小学校時代から付き合いのある人たちとのプチ同窓会兼合同コンパ。現状の厳しさを包み隠さずに説明するとしたら、ついさっき口論になって仲が険悪になっている親友が目の前に座り、隣のテーブルにはつい昨日口論になって仲が険悪になっている同級生と、おそらくその同級生に「あんたのことが気になっている男子がいるから会ってあげなよ!」的なノリで無理やり家から連れ出されたと思ったら、その男子から「あんた誰?」的なことを言われてご機嫌斜めな同級生との、ピリピリしたコーヒータイム。

 「えーっと、帰っていいか?」

 「こんな場を設けられておいて、帰れると思うか?」

 「・・・はあ。」

 最善策だと思われた敵前逃亡は、目の前にいる敵の一言であっさりと潰された。俺でも知ってるゲーム風に言うと、これは逃げることができない強制イベントってやつなんだろう。そしてこういうのは、事前に弱点を調べたりレベルを上げたりしないとクリアするのは難しいって妹が言っていた。

 えーっと、どっちもしてないんだけど。この場合はあれか、ゲームオーバーってやつか?

 「まあまあ、そんな気まずそうな顔しないでよ!倉田君に無理言って君達と合流させてもらったのも、こんな空気を壊したかったからなんだしさ!」

 「こんな空気になったのは、どこの誰のせいだと思ってんだよ。」

 あくまで明るく振舞って、昨日のことをなかったことにしようなんて腹積もりなんだとしたら、今日こそ雷が落ちることになる。すでに1度ヒロとここで戦闘を繰り広げているせいで、頭に血が上るスピードは昨日よりも早えぞ?

 「お前のせいでもあるだろ、海斗。」

 「お前のせいでもあんだよ、ヒロ。」

 そうか、今日は昨日と違って2対1なんだった。こりゃ、激しい戦いになりそうだな。

 「ちょっと待ってって2人とも!別に私は言い合いをしにきたわけじゃないの!」

 「こんな面倒な状況を作っておいてよく言うな。こんな完全アウェーな状態を作られておいて、警戒するなって方が無理だっての。」

 目の前の男からは敵対心を感じるし、対角線上に座っている女子からは・・・、ってめっちゃ退屈そうやん。

 「ねえ、美桜。私帰っていい?」

 「ダメだよ礼華ちゃん!今日はこの2人と仲良くなるために来たんだから!」


 ・・・おい、今この女なんて言った?


 「別に私は友達なんて増やすつもりないんだけど。」

 「それでも同じクラスなんだから、親睦を深めるくらいはしようよ、ね?」

 「俺は賛成だぞ!せっかく同じクラスになったんだし、家も近いんだ。仲良くしようぜ!」

 「おい、なに勝手に話進めてんだ。俺は聞いてないぞそんな話。」

 なにを勝手に陽キャの集う華やかスペースにしようとしてんだ。俺は認めんぞ。

 「おいおい、いいのか?こんな美少女2人とお近づきになれる機会なんて、この先の人生で二度とねえかもしれんぞ?」

 「お前と一緒にするな。そもそもお前には彼女がいるだろうが。」

 「そりゃもちろん、女友達としてお近づきになるに決まってんだろ。」

 「けっ、調子乗って榛名にフられても俺は責任取らねえぞ。」

 ってなに普通に話してんだ俺。いや、いつまでも喧嘩していたいわけではないんだけどさ。

 「そ、それでね。私としては栗生君とも本当は仲良くしたいと思っているんだけど。」

 ヒロから注目が外れたと思ったら、今度はまた気まずそうな顔で俺に話しかけてきた。

 「どういう風の吹き回しだ。言ったよな、俺はお前たちと違ってオタクでもなんでもないんだから、仲良くなんてなれるわけないって。」

 「そんなのやってみないとわからないじゃない。いくら私たちの趣味と君の趣味が違ったって、それがわかりあえない理由にはならないよ。」

 ・・・ああもう。また始めるつもりなのかこの女は。仲良くなりたいとか言っておいて、初っ端から俺の意見を否定するとかやる気あんのか。

 「昨日あんな会話を交わしておいて、よくもまだそんなこと考えてられるな。いいか?俺とあんたの価値観は正反対なんだよ。あんたが正しいと思っていることは、基本的に俺にとっては間違ってんだ。そんな人間とどうやってわかり合うって言うんだ。」

 そもそもあんな別れ方をしておきながら、仲良くなりたいとか言ってくる意味がまずわからん。

 あれか、せっかく派手に高校デビューしたんだから、クラスメイト全員と仲良くなりたいとかそういうこと言い出すつもりか?夢を見るのも大概にしてもらいたい。

 「全てにおける価値観が正反対だってどうして決めつけられるの?どこか1つくらいは、同じ感性を持っているかもしれないじゃない。」

 「だったらなんだって言うんだ。たった1つ同じだったところで、肝心なところがすれ違ってるようじゃ、お前の言う『仲良くなること』はできないだろうが。」

 「それでもお互いを知るきっかけにはなれるでしょ?そしたらきっと私たちだって理解し合えるようになるわ。」

 「理解しあったら友達になれるってか?・・・世迷言だな。そんな人間同士が一緒にいて何が面白い。いつかきっと離れていくさ。」

 「そんなのやってみないとわからないじゃない。」

 「・・・またそれか。」

 マジでこいつは一体何をしにきたんだ。昨日と同じやりとりを繰り返して俺を不機嫌にさせにきたのか?だとしたら相当タチが悪い。

 「そうよ、私はその一歩を踏み出して変わったもの。君が昨日私に『変わった』と言ってくれたように、私は勇気を出したことで変われたのよ。」

 「もういいから帰ってくれ。俺はそういう、『自分はこうだったんだからあなたもこうしろ』みたいなのは一番嫌いなタイプなんだよ。」

 何をそんな自信満々に俺に説教をしてきているのかと思えば、やっぱりそんなことか。そんな言葉、世界で一番当てにならない。

 すでに議論が平行線の様相を呈してきていることを察したのか、ここまで黙って聞いていたヒロが動いた。

 「白瀬さん、あんたの気持ちを否定する気は無いし、その意見自体は俺も賛成だ。けど、その理屈で海斗を納得させようとするのだけはやめた方がいい。」

 「・・・もしかして、言ったらいけない台詞だったりしたのかな?」

 「こいつが一番嫌う考え方だな。」

 急に俺の肩を持つような発言をしているが、お前だってさっき俺と意見が対立して言い合いになってただろうが。

 「お前が言うなって顔してんな。」

 「よくわかってんじゃねえか。その台詞を声に出して言ってやろうかと思ってたとこだ。」

 「俺の考えは白瀬さんとは少し違うさ。ま、今のお前に何を言ったって響かねえと思うからこれ以上は言わねえけどよ。」

 そう言うとまたヒロはまた俺から視線を逸らす。そしてそのヒロの視線を追っていると、すっかり今の会話で蚊帳の外に出されていたもう1人の人間へと注意が向いた。

 「話はもう終わったの?」

 「礼華ちゃん、今日のところは引き上げた方がいいかもしれない。」

 「賢明な判断だと思う。それに、私個人の意見としてはイガグリ君の言っていることの方がずっと理解できるし。」

 そう言って、ちらっと俺の方を見る吉川。退屈そうに頬杖をついている姿勢は変わらないが、口元だけはわずかに緩んでいるようにも見える。

 「礼華ちゃんまでそう言うの?」

 「だって実際そうじゃない。誰にだって合う人間と合わない人間がいる。それなのに無理に距離を詰めようとしたって、お互い苦しいだけよ?」

 「それでも私は、自分の価値観を変えて今こうしてクラスに馴染むことができている。今までの私には絶対できなかったことを今の私はできるようになったのよ?」

 「その代わりに、昔はなかったような問題にも数多く直面している。」

 「それもまた楽しいって感じるから私は気にしてない。」

 「それは美桜の価値観。私やイガグリ君には、その楽しいと思えることが楽しいと思えないのよ。私たちの頭はそういう風にできていないの。それがイガグリ君のいう価値観の違い。」

 「でもそれは・・・、」

 「それぞれの価値観を認め、その世界を許容することが一番大事なの。そうやって、自分の考えが正しいと思って人に押し付けようとするのは、悪いオタクのすることだから、今すぐにやめた方がいい。」

 淡々とした口調で、目の前に座る親友の主張をズタズタに切り裂いていく吉川。流石に口論中は頬杖をついていなかったが、それでも全身からは謎のやる気のなさオーラみたいなものは出ている。

 だがそんな様子の相手に、白瀬はこれ以上の反論は用意できないようで、すっかり黙り込んでしまった。

 しっかし、今のはなかなかに聞いていて納得のいく意見だった。オタクの思考回路がどうとかまではわからなかったが、言いたいことの大筋は俺の意見と似通っている部分が多かった。

 ただ一つ、文句を言いたい点がある。

 「勘違いしないでよ、イガグリ君。別に私はあなたの味方をするつもりじゃ・・・」

 「やっぱそれ俺のことだよな!?さっきからイガグリ君イガグリ君って何を言ってるのかと思っていたけどさ!」

 「なんか今日会った時からずっと不機嫌そうだったから。心が尖ってそうな栗生君、ということでイガグリ君。」

 そう言って、少しニヤッとしながらこちらを見る吉川。なんだろう、言われてることはまあまあ失礼なんだが、あのいたずらっぽい笑みが俺の心をざわつかせる。

 「な、なんだそりゃ・・・。」

 おかげで、少しドモリ気味にそう答えるのが精一杯になってしまった。

 「美桜と私からは以上よ。急に押しかけておいてこんなことになって申し訳なかったわね、2人とも。」

 「別に俺は構わないぜ。これからはクラス内でも気軽に話しかけてほしいしな!」

 「私としてはそのつもりはないわ。期待するなら美桜にして。」

 あくまで好青年風を気取るヒロに対し、やはりバッサリと一線を引いていく吉川。可愛い系のビジュアルにそぐわない、この清々しいほどに媚びない姿勢は・・・。うん、ぶっちゃけかなり好印象だ。

 そんなことを思っていると、今度は急に少し申し訳なさそうにこんなことを言ってきた。

 「それでね、こっちから押しかけておいてこんなことを言うのもなんだけど、まだ美桜の頼んだ飲み物が全然減ってないからさ・・・。」

 「お、おお、そうだな。じゃあ海斗、先に俺らがお暇するとしようか。」

 「ん、まあそうなるわな。んじゃ。」

 と言って腰を上げようとしたところで、ふと隣の席を改めて見渡してみた。

 申し訳なさそうにしながらも、「ありがと、助かる。」と軽く会釈する吉川。そしてその正面で気まずそうにしながら、すっかり論破されて一言も発しなくなってしまった白瀬の姿が見える。確かに吉川のカップはもうほとんど中が空っぽなのに対し、白瀬のカップはまだ半分以上もしっかりと残っていた。

 そんなことをしていると、最後に白瀬と視線が合った。ここで自分から逸らすのもどうかと思ったので向こうから逸らしてくれるのを待ってみるが、向こうもまたさっきまでの自信こそ全く感じないが、何か意図を感じる意味深な視線を向けたまま、まったく逸らそうとする素振りを見せない。

 お互い謎の意地の張り合いをして見つめ合うこと約3秒。別にこちらを糾弾しようとしている感じはしなかったのに、なぜかこっちが悪いことをしているような気分になってきた。

 なので仕方なく、瞬きと同時にほんの少しだけ視線を下に落とす。だがそれではどこか心が落ち着かなかったので、ずっと気になっていたことを最後に聞いてみることにした。

 「一つ聞かせてくれ、白瀬。」

 「・・・なにかな?」

 「急に俺に接近しようとしてきた理由はなんだ?」

 昨日の時点で、俺と白瀬の考え方に大きな違いがあることはわかっていたはず。それなのにわざわざヒロを使ってまで、俺に再接近してきた理由がどうしてもわからないのだ。

 ・・・それをそのまま口にしてみただけなのに、なぜか場は静まり返ってしまった。どうして誰も話そうとしないのかと思い周りを見渡してみると、

 「んー?どうしてそんなことが気になるのかなー、海斗君?」

 なぜかヒロはニヤニヤとしている。

 「私の口からこんなことを言うのは違うかもしれないけど、決してイガグリ君のことが好きだからではないから」

 そして吉川は俺の想像していた答えとは斜め上の回答を返してきた。

 「な、ち、違う!別にそんなことを気にしていたわけじゃ・・・、」

 「あららー、残念だな、海斗。ほんの少しだけロマンスが始まるかと思って期待したのに。」

 「黙れ、そのニヤニヤを今すぐやめろ!」

 なんでふと気になって聞いただけの素朴な疑問一つで、ここまで壮大な勘違いができる。

 と言うより、さっさと白瀬が答えればこんなことにはなってないんだが?どうしてそこであんたがダンマリ決め込んでるんだよ。

 「う、うーん、弱ったなあ。こんなノリの中で言うつもりじゃなかったんだけどなあ。」

 え、ちょ、ちょっと待て。よくみたら少しだけ顔が赤くなってないか?おい、そういう場に合わせたノリみたいなのいらねえから。

 「そんなモジモジしてないでさっさと答えてほしいんだが?」

 「わ、私だって恥ずかしいんだよ!そんな急にそんなこと聞かれたって困るというか・・・。」

 おいおい、なんでそんな恋する乙女みたいな顔してんだよ。・・・ちょっとグッとくるからその表情をやめろ。そんな顔でこっちを見るな。

 「い、言いづらいことならいい。」

 「ううん、いつかは言うつもりだったんだし今言うよ。・・・あのね、」

 ・・・あれ、なんかおかしいぞ?なんか知らんが、少しだけ心臓がバクバク言っている気がする。

 な、なんなんだよこの顔。ほどよく赤みがかって、少し色っぽさが増してて、なんと言うか・・・、か、可愛い。

 

 「―――私、好きな人がいるの。」


 「お、おう、そうか。で、でもな・・・。」


 「―――だから栗生君には、私の恋を手伝ってほしいの!」


 「俺とお前じゃ・・・、ん・・・?」


 て、手伝い?


            *     *     *


 「そういうことにならないように前もって忠告したよね、私。ねえ、聞いてる、甘栗君?」

 「・・・うるさい、なにも聞かなかったことにしろ。あとこっちを見るな。昨日みたいに寝てろ。」

 結局店を4人同時に出ることになった俺たちは、仲良く前に2人、後ろに2人に整列してそれぞれの目的地に向けて歩き出していた。

 「あっはっはっはっは!!!!!いやあ、あれは最っ高だったな海斗!!!!!」

 店の迷惑になりそうなくらいバカ笑いしていたヒロは、店を出た今もまだその勢いを衰えさせることなくいる。こういう時のヒロは面倒なんていうレベルじゃねえ。俺をからかうことに関してはこの世で2番目に長けているのだから。

 しかし今はもう店の外。俺とヒロを隔てていた机も、冷たい視線を向けてくる他の客の心配をする必要もないのだ。

 「いって!?」

 「少し黙ってろバカ。」

 ということで、サッカー部の命である足の脛の部分に強烈な一撃を見舞ってやった。さっきまで満面の笑みだったヒロは顔を苦痛に歪めて、蹴られた箇所を必死に手で押さえて悶えている。いい気味だ。

 「暴れるなら後ろの方でやってくれない?私たちの前でそんなことされたら歩きづらい。」

 「文句ならこいつに言ってくれ。こんな奴が隣に歩いている時点で俺も相当歩きづらいんだ。だからここはお互い様ということで。」

 後ろに歩いていた吉川が、片足を押さえてピョンピョン飛び跳ねているヒロに進路を妨害されて冷たい視線を向けている。結局は冷たい視線を向けられるんだな。

 ただその吉川の隣を歩く白瀬の顔色はあまり明るくない。

 その原因を作ったのは間違いなく俺だから、あまり気にするような姿勢を見せても逆効果だろうと思い、あえて触れてはいないが。

 本当は別々に帰りたいくらいだったんだが、あいにく俺たちの家は全員同じ方向だったのだ。まあ、小学校が全員一緒だったくらいだし、ある程度は近いだろうとは思っていたが。

 昨日の朝までの自分だったら、あの運命の美少女が実は俺の生活圏内で暮らしていると聞いて少しはテンションが上がったんだろうが、今の俺の気持ちだとどうもそんな浮かれた気分にはなれない。


 『そうか、お前にとって友達っていうのは、ただ利用するだけの存在なんだな。』


 正直、自分らしくなかったとは思っている。間違ったことはなにも言ってないと言い切る自信もあるし、言ったこと自体はそこまで後悔していない。

 ただ、波風を立てないという俺のポリシーには反してしまった。これからも同じクラスでやっていく人間に対し、傷つけるような発言をしてしまったことは、後々に大きく響いていくと言わざるを得ないだろう。それこそ、よっ友以上に気まずい空気がこれからは流れることになってしまうのだ。それは面倒くさい。

 ただ、それを差し引いてもやはりあの考え方だけは気に入らない。


 『君と仲良くなれたら、あの人と会えるチャンスが生まれるんじゃないかなって思ったの!』

 『だからまずは礼華ちゃんと仲良くなってもらおうと思ったのに、まさか気づかないなんて思わなかったよ!』


 俺に近づいたのは、白瀬の想い人に近づきたいだけっていう、ただの打算的行動だったということ。

 そのために、親友だと言っていた人間を半ば強制的に連れ出して、仲良くなりたいと言っているわけでもないのに無理やり仲良くさせようとしていたこと。

 とてもじゃないが俺はそれを認めることはできなかった。自分の利益のためだけに他人を利用しようとするような行為だけは許せなかった。


 そんなのまるで、あいつらと同じじゃないか。



 「そんな本気で蹴ることないだろ!?」

 「今日一日の自分の行いを省みろ。これでもまだ緩い方だ。」


 とはいえ、流石に踵で思いっきり蹴りつけるのはやりすぎたかもしれん。喧嘩をしたことや白瀬と結託していたことなどを思い返していたら、ついつい力が入りすぎてしまった。謝罪する気は毛頭ないが、心の中で少しだけこちらも反省はしよう。だからこれでチャラだ。

 「容赦ないのね。」

 「こうなることはあいつも覚悟の上だろ。あいつはああいうことができる奴だからな。」

 いくら俺をいじるのが好きとはいえ、この場でここまで馬鹿騒ぎするのは普段のこいつらしくない。ということは、どうせこのピリピリした空気を少しでも変えようとか考えた上での行動だろう。

・・・損な役回りを受け持ちやがって、同情なんか俺はしてやらねえぞ。

 「それをわかっているなら、少しくらいは手加減してあげてもいいと思うけど。」

 「ストレスが溜まってたんだ。まああいつなら許してくれるだろ。」

 いまだにピョンピョン跳ねているヒロを見かねたのか、それとも単純に心配になったのか、白瀬が近寄っていった。これで隊列は、俺と吉川が前列、白瀬とヒロが後列という布陣に変更された。

 若干イライラも治ってしまったせいで、隣に吉川がいる状況が少し気恥ずかしく感じてしまう。

 「私たちにとってもそんなものなのよ。」

 「そ、そんなもの、とは?」

 あまり意識しないようにしようとは思っているのだが、少し返答がぎこちなくなってしまった。

 「ある程度のことなら、お互い許しあえる仲ってことよ。だから甘栗君がそんな目くじら立てて怒らなくても私は気にしていないわ。」

 「いきなり呼び出されて俺みたいなやつと2人きりで会話してこいって言われてもか?」

 「後々恨むほどそれが嫌だったのならそもそも家から出てない。ま、一個貸しってとこね。」

 俺からすると、普段は誰とも会話をしないあの吉川礼華が、一つの貸し程度のレベルで今回の出来事を清算するというのはなかなか考え難いが。

 「あなた、何考えているのかわからなさそうで、意外と考えていることが顔に出るタイプなのね。」

 「え、そ、そうか?」

 「あの誰とも話さない鉄の女が、その程度で許しちゃうんだって顔してたけど?」

 「え、ま、マジか。」

 「やっぱり図星みたいね。」

 軽くクスッと笑う吉川。基本脱力していて、表情もあまり豊かではない彼女が時折見せるこの顔の緩みは、俺の心臓を思いっきり蹴り飛ばすくらいの破壊力がある。思わず視線が迷子になって、すっと顔を背けてしまった。

 だがそんな俺の様子を気にも留めず、後ろの方でヒロと軽快なトークを繰り広げている白瀬を見て、吉川はまた表情を戻して呟く。

 「美桜がこの恋にどれだけ本気なのか、私はずっと見てきたからね。私にはこういう色恋沙汰はさっぱり理解できないけど、ここまであの子が必死に頑張っているんだから、報われてあげてほしいとは思うのよ。」

 「必死に、ねえ。」

 確かに、恋の手伝いをしてほしいと恥ずかしそうに頼んできた後の白瀬は、それはもう恋する乙女の典型例のようだった。

 顔は終始赤みがかっていたし、その相手のことを聞くと途端に歯切れが悪くなったり俯いたりと、見ているとこっちまで恥ずかしくなるくらいだった。 


 ただ俺からすると、その後に明らかにされたその白瀬の恋の相手の方が衝撃だったが。


 「どうしてあの人相手にあそこまで必死になれるのか、俺にはわからんけどな。」

 「それは直接美桜に聞いてみたらいいんじゃない?」

 「聞けるわけないだろ。あんなこと言っといて今更こんなこと聞けるかっつの。」

 「聞いた方がいいと私は思うけどね。そしたら、イガグリ君のさっきの発言にも変化が生まれるだろうし。」

 「それはない、・・・多分。」 

 吉川が許すと言った以上、俺が吉川を利用したことに対して怒る理由は確かになくなったが、俺に協力を依頼したいがために、俺に取り入ろうとするその姿勢は容認できない。

 「はあ、あなたも頑固な人ね。私並みに変わってる。」

 「それは褒め言葉として受け取っておく。」

 「実際褒めてるつもりだったんだけど。美桜から聞いてた通りなかなか面白いわ、あなた。」

 は、はあ。何がそんなこの人のお気に召したのかよくわからんが、また彼女はあの魅惑的な笑みを向けてくれた。そんな仕草一つで、やはり俺の心臓のBPMは加速の一途を辿っていってしまう。

 向こうはそれを無意識にやっているのだろうから、なんか俺が1人ドキドキしていてバカみたいな気分になる。

 ・・・そもそも少し微笑まれただけでこうして心が躍ってしまっている時点で、いつもの俺らしくない。平静を装おうとすればするほど耳が熱を持ち始めてくるし、見ないようにしようと思えば思うほど、もっと見たいと思ってしまう自分が出てきてしまう。


 俺はこういう感情のことを世間一般的には何というかを知っている。

 知ってはいる。

 わかってはいる。

 でも信じられない。

 そうであるはずがないと頭が主張してやまない。

 俺は今まで頭の中でルールを立ててきて、それに当てはまるか当てはまらないかの2択で他人への感情を決めてきたんだぞ。


 それが、ただ一度無防備な寝顔を見ただけで。

 時々いつもの怠そうな表情を崩して笑うだけで。

 たったそれだけで今までの俺のルールを全てぶち壊していくなんてことなんて、そんな横暴なこと許せるわけがない。

 そんなの、今までの俺はなんだったんだってなってしまうだろ。


 「あー、こんなとこにいやがった!!!!!」


 そんなことを考えているうちに、地面を睨みつけるようにして歩くようになっていたら、突然目の前に見覚えのある靴が目に映った。

 いや、靴で判別する以前に、この声を聞いた時点で誰が現れたのか直感的にわかっていたのだが。

 「海斗!お前、俺たちの朝飯も作らずにどこをほっつき歩いていたんだよ!!!」

 「あれだけ散々夜中に騒ぎ立てるなっつったのに、その約束を破ったお前が悪・・・。」

 昨日の恨みを今ここでまくし立ててやろうと思って顔を上げたところで、一瞬俺の頭の回転が止まった。


 そこには昨日の夕食後の帰り道に見た、黒髪に一部赤色を混じらせた髪を自然に流したラフな私服に身を包んだ俺よりほんの少しだけ背の高い男と、身長が俺より少し高めでガッシリとした体格の茶短髪の男が立っていた。


 まるで昨日のデジャブのような一枚絵だった。違うのは、兄貴が私服姿だということと、昨日は背後から声をかけられたってことくらいか。凌太先輩は着替えの服なんて用意してなかったようで、昨日同様制服に着替えていた。


 あともう一つ違うことがあるとすれば、


 「りょ、凌太・・・君・・・?」


 俺側が1人じゃないということ。あとは昨日と今日では俺の心持ちが違うということ。

 この2つの決定的な違いがあるせいで、俺の頭は今ちょっとしたパニック状態に陥ってしまっているのだ。

 「お、なんだなんだ!?海斗、お前こんな可愛い子どこで見つけてきたんだよ!?あれか、ヒロがナンパでもしてきたか!?」

 「・・・ま、まさか、美桜ちゃん・・・なのか・・・?」

 ニヤニヤと好奇心満載で、耳打ちとは思えないほどの大声で俺の鼓膜に暴力を振るってくる兄の後ろで、まるで幽霊でも見たかのような顔で俺の背後に立っているはずの女子を見る凌太先輩。


 「そうだよ凌太君。昔、よく一緒に遊んだあの白瀬美桜だよ・・・?」


 凌太先輩の問いかけに、声を震わせて答える白瀬。その声を聞いてまさかとは思ったが、両目からはわずかにだが涙が出ているようだった。

 その様子をすぐ隣で見ているヒロも突然のその涙に驚いている。

 「お、おい海斗!?なんであの子、凌太を見て急に泣きだしてんだ!?」

 「それは俺にもよくわからん。けど少なくとも一つだけ言えることがあるとしたら、俺たちは邪魔をしないほうがいいってことだろう。」

 「邪魔?邪魔ってどういうことだよ?」

 兄貴にそう確認されたところで、俺もまた確認するように隣に立っている吉川にちらりと視線をやる。

 すると吉川も俺の視線の意図を理解したようで、一度コクリと頷くと無言で歩き始めた。

 「兄貴、面倒に巻き込まれたくなかったら、おとなしく凌太先輩と後ろの子を残して俺たちについてこい。」

 「お、おう・・・。よくわからんが、よくわかったような気もする。」

 俺が正しい方法で兄貴に耳打ちすると、空気を察したのか、兄も静かに俺と一緒に今来た道を引き返し始めた。

 

 これであの場に残されたのは、白瀬と凌太先輩とヒロの3人だけ。

 そのヒロもまた、ゆっくりと歩き出した俺たちを見て察したのか、白瀬に何か言ってから小走りで俺たちの元に合流してきた。

 「イガグリ君。あなた、ついさっきまで協力しないって言ってなかった?」

 「邪魔をすると言ったつもりもない。俺が精力的にあの2人を引き合わせたりはしないって言っただけだ。・・・それにあの2人の空気を見て、無神経にあの場に居座れるほど肝が据わっていない。」

 それにさっきまでは心のどこかで、俺は白瀬のあの発言の真偽を疑っている気持ちもあったのだろう。

 それでも、さっきの白瀬の表情や声を聞いたら、流石に認めざるを得なかった。


 ―――白瀬美桜は本当に、凌太先輩のことが好きなのだ。


 「もう一度・・・、もう一度凌太君に会うために、私、変わったんだよ?」

 後ろから白瀬の何年分かの想いを吐き出しているのが聞こえる。まだ少し声は震えているが、今度はしっかりと芯のある声が届いてくる。

 「最後に君に言われたことをしっかり受け止めて、私、ここまで明るくなった!おかげで、今まで知らない世界に出会うことができた!これも全部凌太君のおかげなの!」

 ただ、なぜだろうか。

 白瀬の声に明るさは戻ったものの、さっきまで聞いていたような、底抜けの明るさのようなものは感じない。

 いや、無理もないか。あれだけ思い焦がれていたんだから。その本人をようやく目の前にしているのだから少しくらい調子が狂うのも当たり前だろう。

 彼女は今、長年の夢を果たそうとしているのだ。他人を利用しようとしてまで手に入れようとしていた幸せ。

 ついさっき聞いたばかりの彼女の苦労の数々が、早々に結ばれる現場に立ち合っているのがなんだか不思議な気分ではあるが。

 「ああ、すっかり別人だ。一瞬、本当に誰だかわからなかった。」

 「あはは・・・。凌太君は今の私、どう思う?」

 「・・・そうだな、こう言っちゃなんだが、昔よりもずっと魅力的になった・・・と思う。」

 「ほ、本当!?」

 後ろから甘酸っぱいやり取りが聞こえてくる。隣にいる吉川もどこか足取りがさっきまで軽いように感じる。

 「なんでさっきから私の方ばかり見てくるの?せっかく出会えたのだから、あなたのお兄さんの相手をしてあげたら?」

 「え、い、いや、そんなつもりは!」

 「そうだそうだ!とにかくどういうことか説明しろよ海斗!急にあんなことになってて、何が何だかさっぱりだぞ俺!」

 おい、騒ぎ出すにはまだ早えっつーの。後ろに聞こえたら色々と面倒だろうが!

 と叫んでやろうかと思ったが、その言葉が後ろに聞こえてもまずいだろうから、ここは敢えて冷静でいるのが正解だろう。

 「あの2人の様子を見ていればなんとなくわかるだろ。」

 「そ、そりゃわかるけどよ。そこを詳しく聞こうとしてるんじゃねえか。」

 「じゃあ後ろの会話にもう少し耳を傾けていろ。それでわかる。」

 俺の言葉を受けるなり、兄は徐に足を止めた。1人が足を止めると集団心理が働くのか、俺を含む残りの3人もつられて足を止める。


 「今の私なら、君の隣にいさせてくれる?」


 五感のうち、聴覚でしか今のセリフを受け止められなかったが、俺の心を惑わすにはそれだけで十分だった。

 それを全身で受け止めることになっている凌太先輩は果たして今どのような表情をしているのだろうか。あの人は兄貴と関わっているとはいえ、あまりこういったことに慣れていないような印象があるから、ガッチガチになっているんじゃないだろうか。

 「ねえ、なんとか言ってよ。」

 白瀬は追い討ちをかけるように急かすが、心を落ち着かせる時間くらい与えてやった方がいいと思う。

 あれだけボロクソ言っておいて今更賛辞の言葉を述べるのもなんだが、今のあいつはこの学校のミスコンの優勝者だと言われても疑わないくらいに容姿が整っているのだから。

 

 ・・・とは言ったものの、幾ら何でも少し沈黙が長すぎるのではないだろうか?

 気を遣って、誰も後ろの様子を目視していないので今どんな状態になっているのかは俺たち4人には誰もわからない。


 「・・・凌太君?」


 ついに白瀬から心配するような声色が聞こえてきた。緊張のあまり、気でも失いそうなのだろうか?

 なんてことを考えていたその時。


 「―――もう俺には関わらないでくれって言ったよな?」


 ようやく凌太先輩の声がしたのだが、その内容が少し予想外のものだった。

 「普通あんなこと言われたら、もう俺には関わらないでおこうって思わないのか!?」

 「え・・・。」

 「なのにどうして君はそこまでして俺に会いに来るんだ!?俺が君を迷惑に思っているのがまだわからないのか!?」

 これはどうやら様子がおかしい。

 異変に気付いてふと周りを見ると、すでに俺以外の3人は驚きのあまり後ろを振り返っているようだった。

 「そ、そんな・・・。私は・・・、」

 「もう俺のことは忘れてくれ。―――会いに来ようとも思わないでくれ。」

 

 最後にそう言い残すと、凌太先輩は俯きがちに白瀬の隣を早足で通り抜けていく。

 「お、おい、凌太!」

 兄貴もまたその様子を見て、急いでその後ろ姿を追いかけていった。


 呆然と立ち尽くす白瀬。持っていた手提げカバンを床に落としたことにも気付いていない様子で、さっきまで凌太先輩が立っていた場所をただじっと見つめている。

 「・・・美桜?」

 ゆっくりと歩み寄りながら吉川は優しく声をかけるが、その相手からの返事はない。

 やがて吉川が白瀬の目の前まで辿り着いたが、それでも白瀬は目の前に親友に焦点を合わせることはなかった。


 そんな白瀬をそっと抱き寄せる吉川。

 その美少女たちの美しい友情の一枚絵を見せられれば、いつもの俺なら多少は思うところもあったのだろう。


 だが今だけは、その芸術すらも俺の心をざわつかせる一因としか成り得なかった。


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