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1.運命の出会いを果たしたからって、そこから幸せな未来が待っているとは限らない

1. 運命の出会いを果たしたからって、そこから幸せな未来が待っているとは限らない


共通の趣味を持っていると、それだけでその人との距離を詰めるスピードを段違いに早めてくれるし、その人の記憶にも残りやすい。性格や考え方が違えばその限りではないが、強い絆というのはその共通の趣味がある人たちの間で生まれやすいものだろうと俺は考えている。

 裏を返せば、共通の趣味がなければその人と仲良くなるのは途端に難しくなるし、友達のその先を目指すことはほぼ不可能と言っていいだろう。せいぜい「よっ友」くらいで止まるのがオチだ。広く浅い交友関係を望むならそれでもいいんだろうけど、よっ友はよっ友で扱いに困るから、増やしすぎるとかえって面倒くさい。

 つまり、共通の趣味、百歩譲ってもその趣味に興味があるくらいのレベルじゃないとその人と深い仲にまで進展することはできない。そういった仕組みが働いているから、自然と人間というのは自分と共通の趣味を持つ人間に惹かれ、グループを形成していくのだ。

 逆にこの理から外れ、無理やり全く趣味の合わない人間と付き合おうとすると痛い目を見る。そもそも会話自体が成り立たない可能性だってある。そんな人と仲良くなろうとするなんて、茨の道を行くが如しだ。

 ましてや、それが自分が気になっている異性なのだとすると、それは茨の道どころか毒沼と化すだろう。


 よって、そんなことは不毛。

 やる価値がない。

 無駄。

 時間の浪費だ。


 そうやって栗生海斗くりゅう かいとはこの15年間を生きてきた。


 生きてきたのだが。


 高校1年になっておよそ1ヶ月ほどたった5月初頭。その固いポリシーは今、崩壊の危機にあった。


            *     *     *


 制服を着た学生にスーツを着たサラリーマン。この世の経済を支えていくビッグファクターが揃い踏みしている、この地下鉄という乗り物での通学にようやく少し慣れてきた今日この頃。この通学生活が始まってからまだ一度も座席に座れた試しのない俺は、幼稚園からの腐れ縁である倉田弘正(くらた ひろまさ)と並んでつり革を必死で握りながら、学校の最寄駅に到着するのを待っている。

 「そもそも趣味が無いお前がそんなこと言ったら、一生友達なんかできねえじゃねえか。」

 「あれはあくまで一般論だ。俺の中での一般論が形成される前からお前は近くにいたんだから例外だ、例外。」

 「お前の理論って都合良すぎだろ・・・。」

 同じ制服を着た学生たちの流れに乗るように俺たちは電車から降り、改札を通り過ぎる。ここから歩いて10分もすれば、俺たちが通う見月原高校が見えてくるのだが、意外とその道のりが険しかったりする。

 「んで、家を出てから数十分くらい延々とお前の御託を聞いたわけだけど、いつになったら話の核にたどり着くんだ?」

 「いや核とかないけど。改めてこのスタンスを高校でも貫いていかないといけないと、身を奮い立たせていただけだ。」

 「嘘つけ!今日会った時からずっとなんかモジモジしてんじゃねえか!さっさと言えっての!」

 その険しい道を進むのは、あまり筋肉がない俺にとっては毎朝訪れる憂鬱なイベントだ。ただ、そんなイベントをどうでもいいと思えるくらいに、俺にはずっと考えていることがある。

心の中にずっとそれがモヤモヤと居座り続けていて、昨日の学校の帰り道から今に至るまで大暴れしているのだ。

 ずっと瞼に焼き付いていて離れない光景。それが、しきりに俺の頭を悩ませているのだ。

 「実はだな・・・。」


 「何を朝からそんなに大きな声を出してるの?」


 ようやくここでこの頭の中の景色をアウトプットしていこうという時に、耳馴染みがあるクールな声が後ろからかけられた。

 「おう、おはよう志織。こいつが煮え切らない態度をとってるから喝を入れてたとこだ。」

 「ふーん、栗生が悩み事なんて珍しいわね。お得意のルールとやらはどこいったのよ。」

 突如現れてサラッと会話に入ってきたのは、中学からの知り合いの榛名志織はるな しおり。女子でありながらそれなりに高身長で、170ちょいあるはずの俺とそこまで目線の高さが変わらない。春風になびく長髪とこの端麗な顔だけを見ていると普通の清楚系の美少女だが、あまり人当たりがよくなく、少し攻撃的に聞こえる言葉遣いをするのが玉に瑕だ。

 「その自分のルールにちょっと外れそうになっているからこうして悩んでんだよ。」

 「やけにそのルールとやらをやたらと熱く語ってくるなと思ってたらそういうことか。」


 そう、昨日の放課後に事件は起きていた。


            *     *     *


 「かいさーん!」


 帰りのホームルームが終わり、ざわめきに溢れる1-A。クラスの中心グループの男女が放課後に遊ぶ約束をしていたり、各々が所属する部活に向かったりしている中、とくに部活に所属しているわけでもなく、下校途中にどっか寄る約束をするような友達もいない俺は、適当に宿題をやってから帰ろうと思い図書室へと向かった。

 学校のあらゆる喧騒から解放された空間である図書室は、勝手に心を落ち着かせられる場所という認識があって、まだ通い始めて1ヶ月足らずの見月原高校の中でも屈指の名スポットに認定している。

 窓際の席を陣取って、そこから最初の30分くらいは集中して宿題をしていた。だが、ちょうどいい室温に保たれた部屋の中で、窓から差し込む程よい春の日差しを浴びていると、いつの間にか頭がふわふわした気持ちになってきて、気がついたら寝てしまっていた。

 図書室の窓から外を見ると、すでに外は夕暮れ時で、綺麗な夕焼けが差し込んできていた。

 「ふああああ。すっかり寝ちまってたか。」

 誰にも聞こえないような声でそう呟いてのろのろと、覚醒しきっていない状態の頭で俺は帰りの支度を始めた。こんな遅い時間だからもう誰もいないはず。そう思ってふっと隣を見たら・・・。


            *     *     *


 「―――目を奪われるほどの美少女が寝ていた。」


 「・・・・・・・。」

 「・・・・・・・。」

 「いやなんか言えよ!?」

 その『うわー、なんか言ってるわこいつ』みたいな目をやめろ。

 「あんたって変わったやつだとは思ってたけど、こういうベクトルで変なやつだったっけ?」

 「確かによくも悪くも他人をそんな風に言ったことはなかったよな。」

 「お前らが言いたいことは俺にもよくわかる。柄でもないことを言っているという自覚はある。でもあれを見たら、きっとお前らだって同じことを言っていたはずだ。」

 こうして実際にその姿を見た者と見ていない者の間で温度差が生まれることは想定済みだ。 でも実際に見た者からすると、あの景色を共有できないことが心底残念に感じるほどの衝撃があった。

 人間の睫毛ってこれほどまで伸ばすことができるのかと思うくらいに長い睫毛。太陽光に当てられて輝く焦げ茶色の髪。ギリギリうなじを隠しきれていない程度に揃えられた髪。一切化粧をしていないだろうに妙に艶のある唇とほんのり赤みがかった頰。

 どのパーツをとっても欠点が見当たらない。まさに完成された可愛さだと思った。

 「んで、そのお前を唸らせるほどの美少女って誰だったんだよ?図書室で寝ているんだからこの学校の生徒なんだろ?」

 「それがわからない。」

 「わからないってことは、上級生ってことか?」

 「いや、上履きの色が同じだった。だから十中八九、同級生だ。」

 「なんで同級生なのにどこの誰なのかわからないのよ。」

 「入学してまだ1ヶ月程度の段階で、どうして同級生全員の顔を覚えられると思ってる。」

 40人ずついるクラスがAからFまであるってのに覚えられるかっつーの。俺たちを除いても残り237人いるんだぞ。

 「なるほどねえ・・・。それで余計にその美少女の寝顔が頭から離れてくれないと。」

 「言葉にされるとなんだか変態みたいな響きだな。まあ間違っちゃないが。」

 「じゃあ今日一日使って探そうぜ!そのお前の心を射抜いた可愛い同級生とやらを俺も見てみたいしよ!」

 「・・・いや、そこまではしなくていい。」

 「はあ?なんでだよ。お前だって気になるだろ?そんなにご執心なんだったらもう一回会いたいだろ?」

 「そりゃそうだが、もう一度会ったところで無意味なんだよ。」

 人間の本能のままに動こうと思うのなら、確かにヒロが言ってることが正しい行いだ。

 でもそれは俺、栗生海斗のルールに則って動くと言うのなら、それは間違った行いなのだ。

 それはなぜか。


 「俺と彼女の趣味は間違いなく合わない。よって、恋人になるのはおろか、友達になることすら難しいからだ。」


 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 「いや、だからなんか言えよ!?」

 「ヒロ、よくあんたのその価値観でこの男とずっと一緒にいられるわね?」

 「ああ、ここまでの重症患者だとは思っていなかったからな。でも今日からは一歩距離を置いてみようかと真面目に検討しているとこだ。」

 「そう結論を早まって出そうとするな。俺だってしっかり1日悩んで出した結論なんだ。」

 「早まった結論を出してるのはどこのどいつだ。」

 俺は昨日の帰り道から今朝ヒロに会うまでの時間の全てをこの命題に捧げている。晩御飯の途中も、風呂の中でも、暇つぶしの動画鑑賞の時も、ベッドに入ってから眠りにつくまでの時間も。ずーっと、あのスヤスヤと寝息を立てる天使のような寝顔を持つ女の子のことを考え続けていたのだ。

 放課後の図書室で一緒に寝るなんていう偶然を共にした女子だ。きっと俺と思考回路もさぞかし似ているに違いない。きっと仲良くなれるんじゃないかと最初は思った。

 それでもその期待はあっけなく裏切られてしまった。

そう、なぜなら、


 「彼女の周りに、大量のライトノベルが積まれていたんだ・・・。」

 「「・・・で?」」

 「無理だ、そんな女の子に話しかけたって仲良くなることはできん。」

 残念ながら俺はオタクではない。あいにくと俺はそう言った分野には全く興味がない。ゲームもほとんどやらないし、アニメだって子供の頃に見ていた程度だ。とてもじゃないがオタクと名乗れるほどではないし、あんな学校の図書室でおおっぴらに隣でラノベを大量に積んで読み耽ることができる人と会話など続くはずがない。

 つまり世界が違う。世界が違う人間に話しかけるという行為そのものが間違っている。

 と頭ではわかっているつもりだ。それがきっと正しいと信じてもいる。でも身体のどこかでそれを否定したがっている自分もいる。

 だから改めてさっき自分のルールを再確認したのだ。声に出し、他人に説明することで自分の行動原理はこうであると自分に釘をさすように。

 「・・・俺ら、先行ってるわ。」

 「そうね、こんな奴の相手なんてするだけ時間の無駄だわ。」

 「え、ちょ、おい!」

 だがやはり俺のルールはなかなか他人には理解してもらえない。

 それは10年以上の付き合いにもなる幼馴染ですら例外ではないようだ。

 なんとか右手を伸ばしてみるが、2人はスピードを上げて俺の先をさっさと歩いて行ってしまった。薄情者どもめ。困っている人間を見捨てるなんて鬼畜の所業は流石の俺でもしない。

 でもまあ、冷静に考えるとこれはこれで良かったのかもしれない。

 なにせあの2人は、すでに付き合い始めて2年以上にもなる熟練カップルなのだから。


            *     *     *


 下駄箱のロッカーを開けて、少しは自分の足に馴染んできた上履きと、4月におろしたばかりの年季がまだ入っていない靴を取り替える。上履きに緑色の線が入った模様は1年生の証だ。この色が自分のものと一致していたから、昨日の夕暮れの美少女が自分と同級生だとわかったというわけだ。

 朝礼開始の5分前ということもあり、校内はすでに学生で溢れている。そのたくさんの学生たちが予鈴と同時に、自分たちのクラスに戻り始めていた。

 その流れに乗るように俺もまた「1-A」の表札がある部屋に入る。

 クラス内はすでにこの1ヶ月でグループが出来上がっており、その中でもいわゆるトップカーストに君臨する女子グループが教室の入り口周辺でたむろしている。キャーキャーと昨日のドラマの話題で盛り上がっているようだが、もう少しボリュームを落とせないものだろうか。いきなり甲高い声を浴びせられる身にもなってほしい。

 でもそれは性別というよりはカーストによるものだろう。現に今度は教室の後ろの方でたむろっている男子のトップカースト組がこれまた大声をあげてゲラゲラと笑い声をあげているのだから。いや、これはカースト云々というより知能指数の問題なのか?まあどうでもいい。 

 しっかし、部屋の隅には大人しそうに1人で朝から本を読んで過ごしているやつだっているというのに、どうしてここまで差が出るものなのか。別に群れるなというつもりはないが、自分たちの輪の中に入ってない人たちのことも少しは考えてみてはだろうだろうか。

 と直接伝えたところで、どうせ友達がいない人間のやっかみだと一蹴されるのがオチだ。人と話すこと自体はそこまで嫌いではないが、そんな内容で会話をしたいとは思わない。まあ人間誰だってそう思うだろうが。

 結局、何かアクションをとるわけでもなく、俺は真っ直ぐ自分の席に辿り着く。すると、一足早く自分の席についていたヒロが、真後ろの席に座った俺を見るなり、絡んできた。

 「よう、少しは頭が冷えたか?」

 「冷やす必要があるほどヒートアップなんてしていない。」

 「はあ・・・お前ってやつは本当に。」

 頬杖をつきながらつまらなさそうにため息を吐き捨てるヒロ。

 ちなみに俺たちは同じクラスになった場合、大抵出席番号は隣同士になる。新クラスになって間もないこの時期はだいたい出席番号順に座らされるから、俺たちはだいたい席順が前後になる。それが幼稚園から今まで続いているんだから、もはや当たり前のようになっている。

 「でもま、あれが誰だったかを知るくらいの努力はしてもいいとは思い始めてきた。」

 「お、やっぱりちょっと頭冷えてんじゃねえか。そうこなくっちゃな!」

 「なんでお前がテンション上がってんだ。」

 「そりゃあ、お前にあそこまで言わせた美少女とやらどんなやつなのか気になるからな。よし、そうと決まれば早速行動だ!」

 「あほ、もうすぐ朝礼だ。座れ。」

 「なんだ、半日くらいずっとご執心だった割には随分と冷静だな。」

 「正直、見つけたところで何も変わらないだろうってわかってるからな。」

 「まあ、本当にそうかどうか楽しみにしてるわ。」

 なんだ、また一段と深い溜め息が待っているかと思ったら、謎の含み笑いを浮かべてすっと前に向き直っていった。

このなんでも俺にはお見通しだぜ感が漂う背中を見ているとなんか無性にイライラしたから、背中にシャーペンの芯を突き刺してやった。

 

            *     *     *


 うーん、どうしてだ。

 そんな言葉を心の中で呟きながら、俺は教室のものより長めに作られている机に突っ伏せる。

 上履きの色を見間違えたという可能性は限りなくゼロに近いと思っていいはずだ。この目ではっきりと彼女の上履きに俺と同じ緑色の線が入っているのを見ている。寝ているのをいいことに、何回も自分と彼女の上履きを見比べもした。まちがいない。100%同級生のはずだ。

 ではどうしてどのクラスにもその子の姿はなかったのか。その説明だけがどうしてもつかない。たまたま欠席しているのかと思い、ヒロがこの1ヶ月で築いた人脈を使って、全てのクラスの出欠の状況を確認したが、今日は俺らの学年の女子生徒は1人も欠席していなかった。

 そして最終的にヒロが、俺が上履きの色を見間違えたか、あるいは寝起きで幻を見たかどちらかだという結論を出して、一日がかりで行った夕暮れの美少女捜索作戦は終わりを迎えたのだった。

 昨日から本格的に部活が始まったヒロは放課後が空いていないので、今日もこうして1人放課後の時間を使っていたのだが、残念ながら昨日のような結果は得られなかった。

 でも別に会ったところで会話をするつもりはなかった。ただもう一度会えば、このモヤモヤした気持ちに決着をつけられるんじゃないかと思っていた。でも今日1日どのような手を尽くしても会えなかったことで、かえってこの心のモヤモヤは激しさを増してしまった。

 かと言って、もはや為す術もない。ここでどんな気持ちになろうと、俺の欲求が満たされることはもうないのだ。

 「はあ・・・、帰るか。」

 はたして今日1日で何度溜め息をついたのだろうか。他人につかれた数も含めれば人生の溜め息回数ランキングは間違いなく更新しているだろう。


*     *     *


 青と橙の合わさった独特な空に照らされる閑散とした車内。そんな朝とはまるで違う空間を、俺は1人座席に座って過ごしている。

 学校内では見られなかったLINEを開くと、兄、妹から揃って今日は夕飯はいらないという連絡が入っていた。兄貴はどうせ同級生と、金曜日の放課後をカラオケかどこかで過ごしているのだろう。妹はできたばかりのオタク友達の家に上がり込んで、漫画の貸し借りでもしているのだろう。いやでもそれだと、夕飯がいらない理由がわからない。まあいい、何にせよ俺の仕事が減っただけラッキーだと思うことにしよう。

 とすると、自分も駅前のファミレスで済ませてしまう方が楽でいい。頭が疲れている分、今日は夕飯を外で済ませられるのは嬉しい誤算だ。

 最寄駅についた今の時刻は18時半前。夕飯にしてはいつもより少し早めの時間だが、俺は迷うことなくいつもとは違う方向から駅から出た。

 歩くことわずか数分で昔から行きつけにしているイタリアンファミレスにたどり着いた。

 安いし、味も悪くなく、おまけにドリンクバーまである、まさに学生のために存在しているかのような聖地だが、たまに大声で騒ぎ立てる奴らがいるのが、唯一の懸念点だ。

 だが、そんな入店前の些細な心配をあっさりとかき消すように、笑顔の女性店員が俺を店の奥の方にある2人席のスペースへと案内してくれた。案内された席の隣に女子高生らしき2人組が向かいあって座っていたが、会話をしている気配がまるでしないので安心。

 心の中でやれやれと呟きながら座り込むと、自然と一つ大きく息が出た。それが単なる疲れから出たものなのか、1日がかりの大プロジェクトが失敗に終わったことに対する失望のそれなのかはわからないが、とりあえず頭の中はこれで空っぽになった。いらぬ邪念は捨てて、今日は久々にドリアに骨つきチキンでも追加してやろう。

 テーブルに置いてあったピンポーンって鳴るやつを押して、注文を終える。これで店員が注文品を持ってきたら、しばらくは至福のひとときが待っている。調子に乗って1人なのにドリンクバーまでつけたのだから長居してやらねば。


 そう思っていた時だった。


 「礼華ちゃん、起きて。帰るよ。」

 何やら隣からコソコソと話す声が聞こえてきたのだ。

 「お願い礼華ちゃん、今のうちに帰らないと・・・!」

 なぜ周りに俺しかいないような状況でそんなコソコソと話さないといけないことがあるんだろうか。こういう状況だったら普通に会話する方がかえって目立たずに済むだろうに。

 そんなよくわからないやり取りをしているのは、さっき席に通されるときにちらっと見えていた女子高生の2人組だ。俺が来るまでは平和そうにしていたのに、なぜか俺が隣に来た瞬間にそんな会話が始まっていた。なんか、こんな些細な幸せすらも歓迎されていないように感じてしまい、少し悲しい気分になる。

 「うぅぅぅ。やだ、まだ寝足りない・・・。」

 「お願い礼華ちゃん。早くしないと!」

 必死に目の前で気持ち良さそうに寝ている友達らしき人を起こそうとしている女子高生。気を遣って気づかないふりをしようかとも思ったが、何をそんなに必死になっているのかと気になってしまい、ついつい声のする方向を見てしまった。

 すると、そこには俺の予想の斜め上の展開が待っていた。

 あれだけ必死になって起こそうとしていたくらいだから、その寝ている友達の方を見ているのだとばかり思っていた。

なのに、俺がそっちをほんの一瞬チラッと見ただけなのに、その女子高生とバッチリ目が合ってしまったのだ。まるで、ずっと俺の方を見ながら起こす作業を行っていたかのように。

 ただ、予想外だったのは目が合ったこと自体ではない。

 「あ・・・。」

 「・・・ん?あれ、あんたは。」

 その謎の挙動を繰り返していた女子高生が、珍しく俺も知っている人物だったのだ。

 「あっははは・・・。こ、こんばんはー、栗生君。」

 小中高と俺と同じ学校に通う数少ない人で、今も同じクラスの白瀬美桜しらせ みおは、どうしてかとても気まずそうに俺のことを見ている。その証拠に笑顔は引きつっているし、挨拶もぎこちない。

 確かに学校以外の場所で会うのは恥ずかしいというのもわからなくはない。

冷静になって考えると、いわゆる「よっ友」程度の距離感の相手が近くにいる状態でご飯を食べるのは、あまり美味しく食べられるシチュエーションではないかもしれない。

 ―――ああ、なるほど。それを嫌って向こうは俺に気づかれる前にさっさと店を出ようとしていたのか。それは申し訳ないことをした。俺が気づかない方がお互い平和に過ごせただろうに、俺が興味半分で様子を窺ってしまったせいで、こんな空気が流れてしまったというわけか。

 これは9割俺が悪い。向こうが気を遣って自分たちが犠牲になろうとしてくれたのにも関わらず、俺はその善意を踏みにじってしまったのだから。ただ、もう少しやり方を考えて欲しかったという意味で、白瀬に残りの1割をプレゼントする。

 次回からは自然に振舞ってくれ。そしたら今度こそお互い、「よっ!」程度のコミュニケーションで全てが済むと思うぞ。

 さて、こうなってしまった以上は俺からも何かアクションをとる必要があるかもしれない。少なくともこの謎の空気を改善するくらいの一手は打つべきだろう。

 「き、奇遇だな。そっちは2人で夕飯か?」

 「う、うん。そうなのー・・・。もう少ししたら出ようと思ってたんだけどー・・・あはははは・・・。」

 少しは気まずさを隠そうとして欲しいのだが。こうあからさまに態度に出されるとさすがの俺も少しは傷つく。

 「うー・・・、美桜の意地悪ー。もうしばらくここにいるから寝てていいって言ったのに―――。」

 すると、頑張ってたたき起こそうとしていた相方が、ようやく顔を上げた。


 その時だった。


 俺はただ、何気なく声がする方向に視線を向けただけだった。

 なのに、その視線を向けた先の光景を見た瞬間、全身の毛が逆立っていくような感覚に襲われたのだ。

 それと同時に心臓の鼓動が急激にピッチを上げ始めた。

 脳みそを動かす歯車が次々に止まっていくのを感じた。

 そして何より、さっきまで冷え切っていたはずの顔が、急激に熱を持ち始めていることに気がついた。


 「嘘・・・だろ・・・?」


 店内の光に当てられて輝く焦げ茶色の髪。一切化粧をしていないだろうに妙に艶のある唇とほんのり赤みがかった頰。起き上がった瞬間に後ろ髪が左右に分かれたことで露わになるうなじ。


 「なんでここに・・・!?」


 そう、気怠そうに目の前に座る友達を見つめる寝起きの彼女こそ、昨日俺が見た夕暮れの彼女だったのだ。


*    *     *


どう考えたって、この状況はできすぎているとしか言いようがない。

 どれだけ学校で探しても見つからなかった俺の中で現在人気沸騰中の美少女が、行きつけのファミレスで俺の席の隣に座っている。・・・やけに眠そうな顔で。

 「ふあぁぁぁ。そういうわけでもう一眠りいぃぃぃ・・・。」

 そしてそのまままた机に倒れこんだ。その可憐な見た目に違わぬ、小動物のような声をしていたな。声に全く力がこもっていなかったが。

 「え、嘘でしょ礼華ちゃん?この状況でまだ寝るつもり!?」

 力を抜いてぐったりとのびている美少女の肩を必死に揺らす白瀬だったが、5回ほど揺らしたところで諦めたのか、深く椅子に腰かけた。

 「まさかとは思うが、また寝たのかこいt、この子?」

 「う、うん。こうなっちゃったら梃子でも動かないよ。」

 困り顔でそう返事をした白瀬は、本当に困り果てた様子で額に手を当てていた。

 「お騒がせしちゃってごめんね、栗生君。でもまさか君がここに来るなんて思ってなかったからさ!」

 「そこに関しては俺も同感だ。まさか、たまたまふらっと立ち寄ったファミレスでクラスメイトに会うとは思ってなかった。」

 そしてそのクラスメイトが、俺が今日一日探していた美少女を連れていたなんてな

 「ね!それも小中高ってずっと同じ学校に通ってる君と会うなんて!」

 「ま、この駅で会う同級生なんて、だいたい小か中が一緒だったやつくらいしかいねえだろ。」

 「それもそっか!あはははは!」

 急にやたらと明るく振る舞う白瀬。この場からはもう逃げられないと悟って、素直に俺と当たり障りの無い会話をして時間を潰すことを選んだか。ま、この空気の中でそうするのが最善の一手だろうな。


 これが、俺がずっと「よっ友」が嫌いな理由だ。大して仲がいいわけでもないのに、かと言ってそいつの存在を無視しようとすると気まずい空気が流れる。本当にすれ違い様に「よっ!」と一言かけるだけで済めばいいのだが、今回のようなことになるとお互いがお互いの扱いに困ってしまうのだ。

 こうやって気遣い合わないと成立しない間柄なんて面倒この上ない。

だから最初から、友達になれそうにないか、なるのにそれなりの時間を要しそうなやつとは関わらないことにしているのだ。

 では今回の敗因は何か。

 それが実は俺にはいまいちピンと来ていない。

 確かに白瀬とは小中高と同じだから、それだけで一つの共通の話題があると言える。そういった意味では、よっ友になり得るポテンシャルを秘めた存在だった。でもこの状況ばかりは偶然が重なった結果だと言えるので、どうしようもない。ファミレスで隣同士になる可能性まで考慮して立ち回れるか。

 でもかと言って、そうなる可能性のある相手だと認識していたら、俺の方で多少のマークはしていたし、今回のように2人きりになった時に備えてある程度の準備もできた。でも結果、こうして俺がもっとも起きてほしくない展開になってしまっている。

 これは別に俺が彼女の危険度を軽視していたわけではない。

 「それにしてもほんと偶然だよね!まさか高校まで一緒で、しかも同じクラスになるなんてさ!最初にクラス名簿見たときに、栗生君と倉田君の名前があって少しだけ安心したんだよ私!あ、知らない環境の中に知ってる名前の人がいる!って!」

 こうして今、スイッチを切り替えて俺と会話することを選んだ白瀬美桜という女子生徒。


 ―――実は、彼女とは今までほとんど喋ったことがないのだ。


 「見知った顔や名前があると、多少は気が楽になるってもんだよな。俺だって、ヒロがいなかったらどうなっていたかわかんねえしさ。」

 「あはは、君たちが友達同士だったなんて最近まで知らなかった!」

と、このように小中高と一緒のはずなのに、高校に入るまで俺の交友関係もまともに知らなかったことがその何よりの証拠だろう。

あまり自分でこんなことは言いたくないが、学校では必ず1度はあいつと会話をしているはずだし、中学時代はお互いの用事がない時は、クラスが違ってもいつも昼飯を一緒に食べていた。

 それを知らないというのは、これまでいかに俺と白瀬に接点がなかったかを物語っている。

 「まあな。一方の白瀬は、随分とキャラが変わったじゃねえか。」

 「え、そ、そうかな?単純に私たちってあんまり会話してこなかったし、栗生君が私のことをあまり知らなかっただけかもしれないよ?」

 栗生君が私のことをあまり知らなかっただけ、と白瀬はあたかも自然な会話の流れのように言った。

 でもそれは俺をバカにしすぎだ。いくら今まで会話をしてこなかったとはいえ、流石にここまでキャラが変わっていれば俺だって気づく。


 ―――だってこいつ、中学まで大人しい女子筆頭だったのに、高校に入ってからうちのクラスのトップカーストグループのリーダーになってんだから。


 「その返しは流石に苦しすぎるだろ。仮にも約9年間同じ学校に通ってるんだぞ?お前がどんなやつだったかくらい知ってる。」

 「あはは、そりゃそっか・・・。」

 それに、百歩譲って内面の変化だけだったら、俺が今まで知らない一面があったの一言で済ませられたかもしれない。

 でも内面以上に、白瀬は外見が大きく変わっていた。

 昔は真っ黒い髪が腰まで伸びていて、いかにも地味女がかけてそうな黒色のメガネをかけていた。制服も、女子の大半はスカートを折って膝上丈にしていたのに白瀬は膝下丈だったし、とにかくガードが固いオーラがプンプン出ていた。そこまで表情も豊かな方じゃなかったし、さっきみたいに明るく笑うイメージはあまりない人だった。

 そんな様子が一部の層の気に召さなかったのか、いじめられていたこともあった。

 そんな彼女のことを俺は勝手に陰キャ認定していた。だから9年同じ学校に通っていて、何回か同じクラスになったと言っても、話す機会はほとんどなかった。日常会話をしたことなんて恐らく今が初めてなくらいだ。

 だから高校生活初日の初ホームルームの時にやった自己紹介で、俺は度肝を抜かれた。

 隣に座っていた、編み込みやカールが施された茶色い綺麗な長髪を揺らす、スタイルが並以上の華やかで可愛らしい女子が、白瀬美桜と名乗ったのだから。表情だけでなく口調まで明るくなっていたし、スカートもかなりミニになっていたのだから完全に別人と言っていいほどだった。

 「それはまたどういった心境の変化だったんだ?正直俺はまだ、あんたが俺の知ってる白瀬美桜だとは信じていないくらいだぞ?」

 「同姓同名の別人だとでも思ってる?」

 「それか、春休みの間にめちゃくちゃチャラい彼氏でもできたのかってな。」

 「あっははは!それはないよ!」

 この会話の返し方。本当に俺はあの白瀬と会話をしているのかと疑問に思えてくるくらいだ。

 この屈託のない笑顔。まるで雑誌に出てるモデルとでも会話をしているのか勘違いしてしまうくらいには魅力的だ。

 高校生デビューという単語は聞いたことがあるが、まさかここまで仰天チェンジをしてくる人間がいるとは思っていなかった。何度も言うが、今までの彼女とは全くの別人なのだ。

 「・・・強いて理由を挙げるとしたら、自分を変えたくなったから、かな。」

 「変わり方が急すぎだろ。外見も中身もそこまでガラッと変えたら、今までの知り合いとか困惑するレベルだぞ。」

 「うん。だからそこにいる礼華ちゃんも、最初は目が点になってたよ?」

 くすくすと笑いながら、目の前に座る礼華ちゃんとやらの寝顔を見つめる白瀬。

 そうだよ、イメチェンした白瀬についてもそれなりに気になることが多いけど、それよりもその子だよ!

 「そ、そういやそこで気持ち良さそうに寝ている子は白瀬の知り合いか?随分と親しげだったけど。」

 「あ、ああうん。礼華ちゃんは小学校時代からの親友なの。よく昔は学校でも一緒にいたんだけど、栗生君はもう覚えてないよね。」

 ・・・え?俺たち、同じ小学校に通ってたのか?でも俺、こんな可愛い子がいたなんて覚えてないぞ?

 「中学は地域の関係でバラバラになっちゃったんだけど、またこうして同じ学校で同じクラスに居られるなんてまだちょっと信じられないんだ。とは言っても、私がこんな感じになっちゃったからクラスではなかなか話す機会がないんだけどね。」

 昔からの知り合いってことは、白瀬が陰キャだった時代の友達ってわけだな。

 というか、昨日の図書室で大量のラノベを読んでいる姿を目撃していたじゃないか。ということは、学校での白瀬とこの子はキャラが全く違うってことか。



 ・・・ん?ちょっと待て。今こいつ、とんでもないことを言わなかったか?



 「おい、今同じクラスって言ったか!?」

 「え、うん。私たちと同じ、見月原高校1-Aだよ。ほら、出席番号の一番最後に吉川礼華って子いるでしょ?」


 吉川礼華・・・。

 よしかわ・・・らいか・・・。


 あ!


 あああああ!!!!!!!!


 「あのいつも教室で本を読んでるあの子!?」

 「そうそう、いつも静かにずっと本読んでるあの子だよ!あ、そっか!今はメガネを外してるからわからなかったんだね。」


 クラスの自己紹介の大トリを飾ったのは、一際大人しそうな小柄の女子だった。格好自体は今時の女子高生だし、後ろ姿だけを切り取ったらどう見たって美少女のそれだと思う、という印象を抱いた。

 ただ、顔を見ると『どうしてこうなった』という感想しか出てこない。

 まず、つけている眼鏡が無駄にでかい。おまけに四角い黒縁っていう、思わずなんだそのセンスはと言いたくなるくらいに容姿とあっていないものをつけている。

 あと、やる気が全く感じられない。あの時の自己紹介もすごく眠そうにしていたし、声に覇気が全くなかった。そのせいで、何を言っているのかイマイチよくわからなかったし、目もあまり開いていなかったからどんな顔をしているかもよくわからなかった。そのせいで、最終的に彼女は眼鏡の印象しか残らなかったのだ。

 あれ以来、授業で当てられた時以外は声を聞くことはないし、休み時間とかも基本自分の席で本を読んでいる。よく考えたら、今日の朝も本を読んでいる姿を見た。その姿を見て、少しはトップカースト軍団もこの人を見習えとか心の中で呟いたわ。

 今覚えば、ブックカバーしていたからてっきり難しい純文学の本でも読んでいたのかとばかり考えてたけど、あれってラノベだったのか。納得。

 「この子があの吉川礼華・・・。にわかには信じられん。」

 「あっははは!そういう反応になるのも仕方ないよね。でもこれが礼華ちゃんの素顔だよ。ほら、天使みたいな寝顔だと思わない?」

 「・・・あ、ああ。」

 やばい。改めてまじまじと見つめると、バクバク言ってる音で周りの音が聞こえづらく感じるくらいに心臓がうるさくなってくる。

 「・・う君。」

 本当なんなんだこれ。頰がどんどん熱くなってきやがる。

 「・・ーい、・・・くーん?」

 なんだこの顔は。顔に麻薬成分でも含まれてんのかって思うくらいに思考能力が奪われていく。

 「栗生君?」

 「う、うわ!」

 思わずその寝顔に釘付けになっていたら、突然視界が白瀬の顔でいっぱいになった。それも妙にニヤニヤとした顔が。

 「どしたのー?そんなあからさまに顔真っ赤にして鼻の下伸ばしちゃってー。」

 「ばっ!?んなことねえよ!」

 ま、まずい。自分の顔もまた他人に見られているという自覚すらも吹っ飛んじまってた。そんなひどい顔をしていたのか俺は。

 「あはははは!栗生君って実は結構面白い人!?」

 「う、うるせえ。元々こういう顔だ。」

 「その返しこそ苦しすぎるよー!私だって9年間同じ学校に通ってきてたんだからね?」

 こ、これは想像以上に恥ずかしい・・・。こうも笑われながらいじられると、もうどこか遠くに逃げたくなる・・・。

 「か、勘弁してくれ・・・。」

 「あっははは!!!ああ、ごめんごめん!でも流石にわかりやすすぎるよ栗生君!」

 「ああもう、忘れてくれ、今見たもの全部。」

 「それは無理だよー!」

 またそう言って笑い出す白瀬。高校生になってからは割とよく見られるようになったこの明るい笑顔も、この9年間ずっと見られなかったことを思うと、未だに新鮮だと思う気持ちが抜けない。本当に白瀬は性格が180度変わったと言っても過言じゃないと思う。

 それでもこの状況では、昔の白瀬の方がまだよかったと思ってしまうが。

 「そ、それより、そんな革新的なイメチェンを果たしたってのに、ちゃんとまだ・・・よ、吉川とは付き合いがあるんだな。」

 「そりゃそうだよ!・・・礼華ちゃんとの関係はずっと変えないままでいたいもの。昔からこの子にはたくさんお世話になってるしね。」

 俺があの子のことをどう呼ぼうかと考えて、気持ち悪くどもっている間にも、白瀬はまた一つ俺が今まで見たことない表情を見せていた。

 その慈しみに満ちた目であの子を優しく見つめる白瀬の表情からは、俺にも測ることができない深い絆が感じ取れた。

 「そんなことよりも、せっかく礼華ちゃんのことが気になってるんだったら、少しお話ししてみる?」

 「は、はあ!?」

 な、なんでそうなる!?俺が今この子に話しかけて、一体俺に何のメリットがあるっていうんだ?

 「ほら、だって気になるんでしょ、礼華ちゃんのこと?」

 「んなわけ!・・・たしかに可愛いとは思ったけどよ。」

 って何を言わされてるんだ俺は。

 「うーん、だって気になる子がいたらお近づきになりたいとか思わない普通?」

 「そりゃ話が合えばそれもいいかと思うこともあるだろうな。」

 「そんなの話してみないとわからないじゃない?」

 「いや、そこに積んである大量のラノベを見たら、とてもそんな気はしない。」

 あれは昨日図書館でも見かけた本の山だ。見た感じ10冊くらいはあるだろうか。そんなものを平気で机の上に並べて睡眠を取れる女子相手に、ラノベのラの字も知らない俺が話しかけて話が盛り上がると思うか?無理無理。俺、そういうコンテンツ全くわかんねえし。

 「まあもしかしたら趣味は合わないかもしれないけど。でもでも、もしかしたら性格は合うかもしれないじゃん?」

 「共通の趣味をもたない人間同士が仲良くなるなんて、そんなこと不可能に近いだろ。それに俺は全くそういうオタクコンテンツには興味がない。吉川だって、そんな人間と話したって楽しくないだろ。」

 そう、俺が今まで信じてきたルールに則って考えると、万に一つも俺がこの美少女と肩を並べて歩く未来なんてありえないのだ。

 改めて謎の美少女が吉川礼華だとわかったことでそれがはっきりとしたと言える。まだたった1ヶ月未満という短い期間ではあるが、俺は自分のクラス内の人間がどういう人間達なのかということをそれなりに分析してきた。

 それで、その分析結果が正しいとするならば、吉川礼華は俺と同じ側にいる人間ではあるが、それ故に俺ともまた分かり合えない人間だ。

 自分から進んで人に話しかけないし、そもそもあんな変な眼鏡をかけていることからセンスも俺や他人ともズレていることがわかる。彼女には自分の世界があって、その世界に合わない人は必要ないと考えている。そんな人間だ。

 「・・・何それ。」


 そしてこの白瀬美桜という人間もまた、


 「まだ一歩も踏み出してないのに、なんで全部わかった気でいるの?」

 「俺にはなんとなくわかるんだよ。それに、何より俺が辛い。」


 俺のこの1ヶ月の分析結果が正しいとするならば、


 「そんなの、ただ自分勝手に想像して逃げてるだけでしょ?」


 俺とは決してわかり合えない人間だ。


            *     *     *


 あれほど楽しみにしていたドリアと贅沢をして頼んだ骨つきチキンは、どれも俺の満足感を満たすことなく俺の胃袋へと送られていった。長居してやろうと思って頼んだドリンクバーには結局一度しか足を運べず、俺は不快感を溜め込んで店を出た。

 普通、先に食事を終えていた向こうが先に帰るのが道理だろうに、例の美少女こと吉川があれだけ俺達がベラベラと話してたのに、一向に起きる気配を見せなかったせいで、結局先に俺の方がこのいたたまれない空気に耐えきれなくなって、さっさと店を飛び出してしまった。

 これだから親しくもない人間とコミュニケーションを取るのは好きじゃないんだ。いつも決まって俺が一番被害を受けるようにできているのだから、理不尽でしかない。実に腹立たしい。せめてドリンクバーの代金だけでも請求してやればよかった。

 まったく、どうして俺がほとんど顔だけは知っている程度の認識でしかなかった同級生にいきなりキレられないといけなかったんだ。むしろ、散々俺をからかってきたあっちが俺に頭を下げるのが道理だろうが。今まで大人しいキャラでやってきていたくせに、派手に高校デビューを飾ったからっていい気になってんじゃねえぞ。昔は陰キャだったんですよーって、今一緒にキャーキャー馬鹿騒ぎしてる馬鹿どもにばらしてやろうか。

 そもそもキャラを変えたいなんて願うこと自体が愚かだろ。どうして生まれ持ってきた自分の個性を認めてやれないんだ。どうして、周りが自分を煙たがったり、合わないって判断したからって自分が変わらないといけないんだ。そうやって無理に自分を変えたところで、上手くいくわけなんてないだろ。

 それを白瀬は分かっていない。どれだけ元の引っ込み思案で大人しい性格を隠そうとしたって、いつかは必ずボロが出る。辛くなる時がくる。上手くいくのは最初だけだ。いやむしろ、最初だけでも上手くいってるのは素直に称賛に値すると言える。


 「そんなの、ただ自分勝手に想像して逃げてるだけでしょ?」


 何も知らないくせに偉そうなことを言ってくれやがって。逃げて何が悪い。逃げないともっと傷つく可能性だってあるってことをお前は知らないだけだ。今までろくに人と関わろうとしてこなかった人間が、少しキャラ変して上手くいっているからって、調子に乗って人に説教してんじゃねえぞ。

 「あー、くっそ。腹立たしい。」

 独り言を声に出すなんて柄じゃないが、今ばかりはそうでもしないとやってられない。そんな気分だった。

 

 「あ、やっぱり海斗じゃねえか!!!」


 店から出てわずか数歩の間に怒りを爆発させていたら、急になぜか背後から耳馴染みのある声がかけられた。

 「俺の席から、海斗らしき高校生が会計してる姿が見えたからよ、慌てて俺らも会計して後を追いかけてきちまった。おかげでドリンクバーの元が取れなかったじゃねえか!あー今思えばだいぶ損した気分だ!なあ、凌太。」

 「ったく。いつも考えなしに行動するなって口すっぱくして言ってんだろうが、流渡。」

 するとそこには、黒髪に一部赤色を混じらせたツンツンヘアーで、制服を着崩した俺よりほんの少しだけ背の高い男と、身長が俺より少し高めでガッシリとした体格の茶短髪の男が立っていた。

 「・・・なんだよ、同じ店にいたのかよ兄貴。」

 「おいおい、そんな露骨に嫌そうな顔すんなよ海斗。血を分けた兄弟じゃねえかよ!なあ?」

 「いやなんでそこで俺の方を見るんだよ。」

 屈託のない笑顔でなぜかそのガッシリ系男子の肩をバシバシ叩いているのは、俺の2個上の兄、栗生流渡くりゅう りゅうと。どこからどう見てもパリピにしか見えないが、中身も筋金入りのパリピである。

 そして眉間に皺を寄せながら肩をバシバシ叩かれているのが、兄貴が高校時代からよく家に連れてくるようになった来島凌太くるしま りょうた先輩だ。いつも兄貴に振り回されている印象が強く、苦労が絶えなさそうな顔をしているが、なんやかんやで俺が中2になった頃から少なくとも週1でその姿を見かけている。本人曰く、『知らない世界にいつも連れて行ってくれるからこいつといると飽きない』のだそうだ。

 俺のルールで言うならば、凌太先輩が兄貴に興味があって、どんどん兄貴色に染まっていったことで成立している友情関係ってとこだ。俺には絶対無理だ。

 「いつ見ても相変わらずっすね、凌太先輩。」

 「こいつが相変わらずなんだから仕方ないだろ。」

 「おうよ!俺はいつだって馬鹿やるぜ!」

 「その馬鹿をやって、今日職員室に呼び出された馬鹿はどこのどいつだ。」

 「あれはお前も同罪だっただろ!なんで呼び出し俺だけだったんだよ!マジ意味わかんねえ!」

 「いきなり俺の腕を掴んで、無理やり隣の席の女子のスカートをめくり上げさせるお前の方が100倍意味がわからん!今時女子のスカートめくって呼び出し食らう高校生なんかお前だけだっつーの。」

 いやマジで何してんのうちの兄貴?

 「いいや、今も昔も俺だけだ!!!」

 「現場からは以上だ。」

 「・・・毎回報告ありがとうございます。いつ聞いても惚れ惚れする馬鹿っぷりですね。」

 棒読みで答えてやったというのに、兄貴は「だろだろ!?」と得意げな顔で勝ち誇っている。やはり馬鹿だ。

 「ところで今日は凌太を家に泊めていくからな!」

 「それは別にいいけど、頼むから夜は静かにしてくれよ?この前みたいに夜中に大声あげるのだけは勘弁だからな。」

 「善処する。」

 「人の家に上がりこむ立場なら、約束くらいしてくださいよ・・・。」

 「こいつと一緒にいると、約束しても守れない時の方が多いんだよ。」

 「ああ、確かに守れない約束ならしないほうがマシですね。それでも兄貴の提案に対する拒否権は俺にはないと。」

 どうせ断ったって、兄貴は独断で無理やり実行する。ならもう、潔く受け入れる準備をする方がこちらにとってもダメージが少ないのだ。

 「こいつの弟に生まれたことを悔やんでくれ。」

 「あんたも少しは悪びれろ。」

 「こういう図太さはあいつの受け売りでな。」

 「出会った頃よりダメ人間になってるぞこの人。」

 「はは、自覚はある。」

 出会った頃の凌太先輩は、もっと引っ込み思案で大人しそうな人だったし、ここまで会話が続くほどたくさん話すタイプではなかった。ここまで社交的になったのは間違いなく兄貴の影響なのだろう。

 これがいい変化なのか悪い変化なのかはわからないが、少なくともこの人はこの変化によって、より人と上手く関われるようになった。本人にとってどうなのかはともかく、ダメ人間にはなったが、社会に適合しやすい人間にもなったと言えるだろう。

 こういった例を見ると、さっきみたいに自分を変えることを安易に批判するのはよくないのかもしれないと思うことがある。凌太先輩もそうだし、怒りのあまりボロクソに言ってやったが、白瀬だって最初はあの変化自体は決して悪いものではないと思っている。

変わった結果、あれだけ自分を魅力的に見せることができるようになり、クラスの中心人物になるまで自分の価値を底上げしたのだから。・・・俺にとってはトップカーストに入って大声で騒ぐことがいいこととも思えんがな。

 だがやはり、だからと言って今更俺のルールを変える気にもならん。これは自分が傷つかないために作った、俺にとっての勝利の方程式なのだから。これが間違っているとは俺には思えない。

 だからやはり、何も知らない人間にこの方程式を馬鹿にされたことだけはやはり許せない。そういうことをする人間はいつか足元をすくわれる。今に見てろ。

 「おいおい、なんだそんな険しい顔して!もっと人生、笑って生きろって言ってんだろ?」

 「兄貴みたいにヘラヘラ笑ってばっかりだといつか痛い目見るぞ。」

 「えー、なんでだよ!楽しいぞ、俺の人生?」

 「じゃあこれからは全部お前が家事をやれよ?」

 「嫌なことからは逃げる!それが俺流だ!」

 「何が俺流だ!俺に押し付けてるだけじゃねえか!」

 さらっと俺に背を向けて、何も聞いていなかったと言わんばかりに前を歩き始めやがった。

 「はっはっは!!!ほら、ぐちぐち言ってねえで帰るぞ!俺たちの家に!」

 「おう。」

 「いや、あんたの家ではねえからな?」

 ギャーギャーと騒ぐ2つ上の男たちに巻き込まれながら、すでに日が沈みきった真っ暗な道を歩く。


 未だに脳裏にはあの運命の美少女の顔がちらつく。

 未だに鼓膜にはあの生意気な美少女の言葉が反響している。


 白瀬の提案通り何か声をかけていれば、もしかしたら何かが変わっていたのだろうか。


 俺のこのささくれ立った心に光が差していたのだろうか。


 「何ぼーっとしてんだよ海斗!お前には夜食を作ってもらわないといけねえんだからしっかりしろよ!」


 ・・・でもま、変化なんて俺には必要ない。


 「兄貴は俺をなんだと思ってんだ。」

 「オカン!」

 「はっ倒すぞ。」

 「あと、自慢の弟!」


 別に、今の生活がそこまで嫌いなわけでもねえし。


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