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第7話 ご一緒しない理由

 放課後を迎えれば部活動。普段はサメ子が引っ付いて来るんだが、今日は諸事情から1人で部室に向かった。


 喧騒の遠い廊下。窓から漏れ伝わる野球部の怒号を聞き流しつつ、3階の端まで辿り着く。部室の中を覗けば、先客の横顔が見えて、少しだけ身構えてしまった。


「お疲れっす」


 オレの挨拶に、カクリと首だけ曲げるリサ。これは気まずい。過去で指折りのレベルに。


 だから不本意にもサメ子の登場を心待ちにした。だがアイツは、放課後にニーナから呼び出されて以来、今もどこに居るかは分からなかった。


「あ、あのさぁ」


 意を決して話しかけてみる。


「あと20秒待って」


 渇いた返答がきた。この時点で既に帰りたくなる。


「お待たせ。用事は?」


 まつげの長い、整った両目からは興味薄な視線が飛んできた。道端の雑草でも見るようなものが。


「あのさ、自己紹介まだだったよな。オレは……」


「あなたは1年C組の大葉航太郎くん。私は1年B組の早河はやかわリサ。紹介終了」


「お、おう。部員はみんな1年なのか」


「夏前に出来た部活動だから。上級生も気味悪がって寄り付かない。蛇足の説明」


「まぁ確かに。変わりモンしか居ないもんな」


「他に用事は?」


「……別に」


 それからリサはまた本の世界へ飛び立ってしまった。もうこっちを見ようともしない。すっかり堪えかねたオレは、愛用のエレキギターにすがる事を選んだ。


「ここで弾いてても良いか?」


「お好きに」


 その言葉には甘えよう。部室にアンプはないので、弾いても金属弦が鳴るだけだ。薄い、そして軽い。退屈とまでは言わないが、没入するには程遠いサウンドだった。


(それでも、針のむしろみたいな居心地よりはマシだわな)


 弦の振動を少し和らげるミュート奏法に切り替えてみた。ポッコポコとした響きが愉快だ。まるで小さな子がスキップしてるような愛らしさ。アンプ無しに楽しむなら、こんな曲調かもしれない。


(おもしれぇな。子供が2人居たらどうだろう)


 打点を増やしてみると、これまた情景が変わった。お友達が来た感じになり、ホンワカ気分が倍増する。もう1人呼んでみようかとも思うが、それは中々難しく、現状維持ですら手一杯だ。


 どうしたら良いだろう。そう思い悩んでいた時だ。突然机をバンと叩く音が鳴り響き、スキップする子供達は脳裏の向こうに消えてしまった。


「えっ。何!?」


 そちらを見れば、立ち上がったリサが机に両手をついていた。向けられる視線も刺すように鋭い。


「あなた、今のは!?」


「今のはって聞かれても……」


 リサはオレの返事なんか聞いちゃいない。ついには辺りのパイプ椅子を蹴散らしながら、猛然とオレの傍までやってきた。


 殴られる。一瞬覚悟したが、拳が飛んできたりはせず、彼女はオレの両手を握りしめて叫んだ。


「最高よ大葉君!」


「……へ?」


「素晴らしい事が起きたの。読み進めてた文章と音曲がシンクロしたのよ! なんてマリアージュかしら、ドーパミンが溢れて溢れて止まらないわ!」


「はぁ、そっすか」


 どうやら称賛されたらしい。カタカナばかりで実感は薄いが。


「ねぇお願い。もう一度弾いてちょうだい。この本と相性抜群なのよ」


「分かった。分かったから座れって」


 それからリサはスキップしながら座席に戻り、本を大げさな仕草で開いた。


 ふと気になって背表紙を覗いてみる。そこには「ほほえみの非加算無限」と書かれていた。分からん。どこにどう曲がフィットしたのか、オレにはさっぱり理解できない。


 そしてリクエスト曲だが、そもそもどんな感じだっけか。リサの異様な豹変ぶりのせいで、イメージはどこかへと消えていた。ボンヤリとした手触りだけを頼りに、なんとなく弾いてみる。


「アハ、アハハハ! 良いわとても素晴らしい最高の最高よ!」


 リサが端切れ良く叫ぶ。割と怖い。


「何かしらこの感覚は。甘美甘美甘美。神々が愛してやまない甘露よりも更に上をいくわ。脳の奥の奥までとろかしてくれるじゃないのぉ!」


 そう叫んだ時にはもう、リサは本を手放していた。立ち上がり、両手を天井に向かって伸ばすと、その場でクルクル回りだした。時々覗かせる笑顔は瞳孔が開きまくっていて、見てるだけでも寒気に襲われてしまう。


 コイツもやべぇ奴だ。素直にそう感じた。


「ねぇ大葉君。踊りましょう!」


 何でそうなるんだよ。


「ホラホラご一緒に。ひかさん、むげん。ひっかさんむげーん!」


 知らねぇよそんな歌、ご一緒できっか。つうかオレはピックを咥えたままなんだよ。


 それからも賑やかな地獄は終わらない。楽器を間に挟んでリサが抱きついて来たので、オレまで回転するハメになる。誰か助けて、割とマジで。


「あっ……!」


 はしゃぎすぎた代償だ、リサはギターに顔面をぶつけてしまう。その勢いで落下した眼鏡が地面を滑り、遠くの本棚で止まった。


「大変! メガネメガネ……」


 懐かしのコントかよ。古典派なギャグを背に受けつつ、ギターやらは机に置いて、眼鏡を拾い上げた。


 だがその時、驚愕の事実に眼を見開いてしまった。


「おい。この眼鏡、度が入ってないじゃん!」


 カンペキな伊達眼鏡だ。じゃあ今のフリも演技だってのか。


「おらよ。受け取れ」


「ありがとう。これが無いとダメなのよ」


「嘘付くな。視力いくつあんだよ」


「どっちも2.0よ」


「裸眼のオレよりずっと良いじゃん。どうして眼が悪いフリしてんだ」


「そんなの決まってるじゃない」


 リサは眼鏡を装着すると、満面の笑みを浮かべた。彼女の自然な笑顔は、今この瞬間初めて見るものだ。


「だってその方が、文学少女っぽいじゃない」


 そこまでやるか。徹底するもんか。オレはただ唖然と見守る事しか出来なかった。


 サメ子、ニーナ、リサ。この中で唯一まともそうに見えた女は、実は一番ヤバイかもしれない。気分のムラにしろ、こだわりの熱意にしろ。



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