第6話 意外な理解者
「ごめんくださーい」
待ち合わせ場所は町外れの小さなスタジオだった。シャッターは半分降りた状態で、「緊急改装中」だなんて紙が貼り出されている。
「おい。休みじゃねぇか」
「これで良いの。打ち合わせ通りだもん」
そう言ってサメ子は中へと潜り込み、すぐに手招きした。大丈夫かこれ。主に不法侵入とかその辺り。
「やぁやぁ丘上のお嬢さん、いらっしゃい!」
予想外にも受け入れ体制は万全だった。小太りな金髪の店員が愛想よく出迎えてくれた。中は照明が煌々と照らしており、貼り紙さえ見なければ営業中としか思えない。
「お世話になりまーす。もう使って良いですか?」
「モチロンっすよ。帰り際にどの部屋を使ったか教えてくれたら、後はコッチでやりますんで」
「はぁい。分かりましたー」
顔パスだ。信じられないものを見た気分だが、これは現実のようだ。店員は笑顔を崩さず、どうぞどうぞとオレ達まで招き入れてくれる。
「うわぁ、凄いね。これが音楽スタジオなんだぁ!」
部屋に入るなり、サメ子が好奇心を全開にした。壁の照明をいじり、アンプのつまみをクリクリ回したかと思えば、ドラムセットのシンバルを突ついたりと忙しない。
ちなみに他の連中はというと気ままな様子だ。ニーナは部屋の隅で筋トレを始め、リサはその対面の隅で本を開きだした。お前らはなんで着いてきたかと問い詰めたくなる。
「ねぇコータロくん。何やる何やる?」
「分かったよ、すぐ準備するからアッチ行っててくれ」
未だに信じられないが好きに弾けるようだ。とりあえずギターとアンプを繋ぎ、電源を入れる。ツマミは全て真ん中。間に挟んだエフェクターはお気に入りの音色。吐き出された音が一瞬だけハウリングを起こすが、それを抑え込むなりギターを高く掲げた。
とりあえず馴染みのフレーズから弾いてみる。噛み締めたピックが顔面に振動を伝え、頭蓋に響くリズムは高揚感を与えてくれた。快感が次の扉を開く。もっと、もっと高いところまで昇れそうだ。この場に邪魔をする奴なんか居ないのだから。
手のひらから、アゴの先から汗が滴り落ちる。だが気にならないし、気にすべきじゃない。生きてる、今この瞬間を生きている実感だけを受け入れれば良い。そうすれば、押し寄せる快感の波が血を燃やし、全身に力を与えてくれるんだ。
もっと早く、もっと強く。心が求めるままに、魂が暴れるままに委ねてしまえ。
(まだイケる。更に上が……!)
心で叫ぶ。吠える代わりに胸の中で喚く。感情が寸前で強張った。あと一歩、あと半歩。そして……。
(越えた!)
そして、噛み千切る動きで全ての弦を一気に鳴らした。絶頂が視界を白く染め上げ、感情に強烈な風をブチ当てていく。
あとは打点を失った音が、尾を引くように延々と鳴り続けるだけだ。一定の高さを保つ音符は、反響音とアンプの音でぶつかりあい、やがて波を歪ませながら遠ざかっていった。心の成り行きに合わせるかのように。
「すごい……すっごいすっごい! 今の何!?」
前のめりのサメ子が手を激しく打ち鳴らした。この時になってようやく、ツレが居たことを思い出す。
「いや、何って聞かれてもな。思いつきで弾いただけだよ」
「えぇーー即興なの!? 天才少年みたいじゃない!」
誰もがオレの世界観をあざ笑った。買い漁るCDにしろ、演奏する曲にしろ。
「それに弾き方も独特だよねぇ、どうして口を使おうと思ったの?」
「いや、何かの動画に影響されて。キッカケはもう覚えてない」
これまでに受け入れられた事は無い。鼻で笑われるか、距離を置かれるかの2択だった。
「そうなんだぁ……。ねぇねぇ、もう1回聴かせてよ!」
もう2度と弾くな、触んな、出ていけ。どんな場所に顔を出しても、似たりよったりの罵声を浴びせられてきた。
もちろん、リクエストなんて初めての経験だ。
「じゃあ、次はシットリめの曲でも……」
「うんうんうん! 楽しみだなぁ」
そう言ってはみたものの、丁度良い曲なんてレパートリーにない。記憶にひっかかるボンヤリとしたイメージを、指に、そして口に伝えてゆく。
曲調は悪くない。手探りに弾くメロディがリズムから外れ、それが逆に良い味を醸し出していた。なんというか、ハンモックに揺れて居眠りをするようなイメージに近い。
「わぁぁ。それもステキな曲だねぇ」
今度の拍手は小さい。それでも、最初の称賛より深いものが感じられた。
「コータロくん。やっぱり私の目に狂いは無かったよ」
サメ子は傍まで歩み寄ると、両手を差し出してきた。どこか、抱きしめようとする姿勢にも見える。
「おいでよ、自在部に!」
やっぱりそう来るか。
「数合わせの部員が欲しいんだよな。褒めてくれたのも、オレの気を良くして……」
「そんなんじゃないよ。コータロくんは見込み通り面白い人だもん」
「面白い? このオレが?」
「うん、とっても魅力的だよ。そんなアナタと一緒に楽しく過ごしたいの。良いでしょ?」
両手は今も差し伸べられている。こんな風に親しみを込められたのはいつ以来だろう。懐かしさを感じる程度には久しぶりだ。
「ありがとうコータロくん。これからも宜しくね!」
右手を包み込むのは別の体温。その感触はムズ痒くも、なぜか不快じゃなかった。