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第2話 サメが睨むもの

 オレの隣に座る特Aクラスにヤバい不審者は、名字が丘上おかがみで、名前は佐江子さえこというらしい。


 まぁ、クソどうでもいいな。見た目のインパクトが何よりも目立ってるんだから。


「では授業を始めます。教科書の45ページを開いてください」


 担任と入れ替わった数学教師は、これまた平然とした様子で言った。黒板に書かれる文字にも乱れはない。なんでだよ、サメが居るんだぞ。


「ねぇコータロくん。教科書が無いなら見せてあげようか?」


 いきなりのファーストネーム。距離の詰め方が異様に早い。


「……ありがと」


 するとサメ子から机を寄せ、真ん中に置いてくれた。意外と親切だ。


 それにしてもだ。こうして近寄ってみると分かるんだが、被り物は本物ではなくレプリカだった。硬めの素材は塩化ビニルだろうか。その格好は暑くないのか、いやそもそも何故それを被ろうと思ったのか。疑問は尽きない。


「では問4、丘上さんが解いてください」


「はい」


 サメ子は滑らかに席を立つと、迷いを見せずに答えを書き連ねていく。やがて最後まで書き終えると、教師は満足そうに頷いた。


「正解です。途中式もすべて完璧ですね」


 難易度高めの発展問題をアッサリ解いてみせた。意外にも成績優秀か。


 その後の国語や英語に日本史と授業を受けたんだが、サメ子は全く隙を見せなかった。そして教室の誰も驚いた様子ではないので、きっと普段通りなんだろう。


 やがて4限の終わりにベルが鳴る。昼休みを迎えた途端に慌ただしくなり、大半の生徒がどこかへと出ていった。今となっては数名の生徒を残すのみで、彼らは黙って昼飯を食べ始めた。


「……変な学校に来ちまったな」


 窓から見える中庭は大勢の生徒が行き交っているが、そこも異様だった。誰もが派手に染毛していて学生らしくない。金だの茶色だのはマシな方で、緑やら紫とか、とにかく多様な色で溢れていた。色鉛筆のバリエーションを彷彿させる程に。


 自由な校風と聞いていたが、まさかここまでとは。コイツらの共通点なんて、せいぜい制服くらいで、学生の身分を保証する唯一の物だった。それすらも激しく着崩しているのだから、もう何が何やら。


「強烈すぎんだろ、マジで」


 ともかく衝撃的だ。ついさっき食い終わった弁当の献立を忘れてしまうくらい、新環境のインパクトは凄まじかった。


 ボンヤリするうち、昼休みは残り半分に。散歩がてらの探検には気が向かず、自席でイヤホンを耳に押し込んだ。今は自分の中の概念が酷く揺らいでいる。こんな時はやっぱり、音楽に心を委ねるのが一番だろう。


「コータロくん。もうお昼は食べ終わったの?」


 サメ子が来た。それから彼女も座ったんだが、おしゃべりする気にはなれない。とりあえず聞こえないフリをしよう。


「ねぇ、何を聴いてるの?」


 サメの追撃。割としつこい性格なのか。


「音楽だよ」


 我ながら雑だと感じるほどの返答は、むしろ火に油だった。


「どんな音楽聴いてるの?」


「変なヤツだよ。たぶん誰も知らない」


「へぇ。私にも聴かせてよ」


「やめとけっての。絶対ハマんないから」


「そんなの試してみなきゃ分からないじゃない」


「あっ……」


 サメ子はイヤホンの片方をひったくると、それを鮫肌の中に突っ込んだ。その穴はエラなのか。それとも被り物用として作った、実物には存在しない穴なのか、ちょっとだけ尋ねてみたくなる。


 だがオレが問いかける前に、サメ子が口を開いた。


「ふぅん。変わった音楽ね」


 その反応は想定内。今までに何度も繰り返し見たものだ。


「だから言ったろ。面白いもんじゃないって」


 イヤホンを取り返すなり、脳裏には苦々しい記憶が駆け抜けていった。オレの音楽趣味は世間のそれとは大きくズレていて、隔絶してるといっていい。友達がドラマ主題歌やらヒット作に親しむ中で、オレは全く別ジャンルのマニアックな洋楽を漁りまくったのだから。


 英語は分からない。ましてやドイツ語フランス語なんて1単語も知らない。それでも好きだから聴いている。そんなオレを嘲笑う声は小さくなかった。


――またアイツ聴いてるよ、バカじゃねぇの?

――そんなに自分の音楽センスを自慢したいんかね。クソだせぇ。


 どこへ行っても大体こんな感じだ。音楽趣味のヤツに睨まれて、他の生徒も近寄り難くなり、結局はなんとなく居場所を失くす。


 このサメ女もきっとそうだ。オレを異物扱いして、今後は寄り付きもしなくなるだろう。


 ……などと思ったんだが。


「うわっ。何だよ!?」


 突然サメ子が迫ってきた。目の前は純白の素材で一色に染まる。近い。この腹を隔てた向こう側に本当の顔があるのか。


 逃げたい。だが真後ろはガラス窓で、背後には余分なスペースはなかった。そうして逃げ場を探していると、ようやくサメ子は見えない口を開いた。


「アナタとは仲良くやれそうね」


 それを耳にした瞬間、強烈な悪寒に襲われた。だから逃げた。身体を全力で縮めてサメ子の脇を通り抜け、最寄りの個室トイレに逃避行。


 内鍵を閉めることでようやく安堵の息が漏れた。何だったんだ今のは。怖いなんてもんじゃない。鼓動が耳に痛いくらい大きく、そして早く体内を打ち鳴らした。


「蛇に睨まれた蛙ってやつか。いや、アイツはサメだしな」


 サメは何を睨むものなのか。そんな下らない事を考えられる程度には、落ち着きを取り戻す事ができた。個室トイレは偉大だと思う。


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