「女神の顔も三度までと言います」
「こ、これはーー」
「どうしました女神様」
「いえ何でもありません」
「表情が硬いですよ、うちの体重計に何かありました?」
「何でもありません」
「夏祭り後から体重計に乗っては同じ表情をしていましたが」
「そんなことありません」
「そうですか? 最近間食が増えて体重が3kgーー」
「ふんっ」
「体重計が爆発した」
「どうやら壊れていたようですね」
「既にこの一週間で十台ほど大破していますが」
「なんて脆いのでしょうかーー人の夢と書いて儚い」
「よく聞くやつですが今は関係ないですね」
「重要なのはサイズではなくスタイルです」
「でも女神様はストン体型でーー」
「ふんっ」
「家にあったダイエット器具が爆発した」
「やはり不良品でしたか、これは訴えなくては」
「一度も使ってないから関係ないですけど」
「辛くてもあと一歩で幸せ、と」
「一歩も踏み出してない人のセリフじゃないですね」
「女神ですから」
「はっはっはー、なんてセンスだ素晴らしい」
「では最後にあなたを爆破しましょう。それから食後のデザートです」
「それが一番の原因では?」
「何を言っているのか分かりません」
「見た目もそんなに変わらないと思いますが」
「ゆったりした服を着ていると分かりずらいものです」
「なるほどスタイルの話と同じですね」
「女神の顔も三度までと言います」
「最初から我慢なんてしてなかったじゃないですか」
「それでーーやはりスポーツなどが良いのでしょうか」
「ダイエットですか? 定番はランニングですかね」
「でも運動全般は場所が必要ですからねーーやはりダイエットは難しい」
「挫折が早い、やる気無さすぎ問題ですね」
「もっと楽にできて、一時間くらいで効果がある方法は無いですか?」
「全人類共通課題ですね」
「こうーーお菓子を食べながら出来るダイエットとかが良いです」
「痩せる気のカケラも無いですね」
「あっ、一昔前に流行ったあれなんてどうでしょう」
「あー、DVDを再生してテレビの前で同じポーズを取るやつですね」
「名前は確かーー」
「“コロギーのシェイプアップ“」
「思ってたやつと違った」
「内容はご存知の通り、コロギーにダイエットを促しつつ自身もシェイプアップしようという育成ゲームです」
「一切存じ上げませんし、最終的に育成ゲームになってますね」
「まずコロギーを部屋から出すところから始めます」
「ふむ、ダイエットの一歩を踏み出させつつ、自身も一緒に運動してしまおうというーー」
「将来に希望が持てず日々の不安に押し潰されかけているコロギーに寄り添って、部屋の外へと一歩を踏み出させる所からです」
「思った以上に重たいですよ、完全にベテランカウンセラーの仕事じゃないですか」
「最初の一時間はひたすら無言のコロギーに話しかけます」
「話しかけるってなんでしょう、コマンドでもあるのですか?」
「特定の番号にかけるとコロギーが出ますね」
「まさかの電話対応」
「そして一時間の問いかけ内容で分岐先が決まります」
「ダイエットで分岐先って必要でしょうか」
「ここを含めいくつかの分岐によって最終的なエンディングが決まりますからね」
「思ったより本格的だった」
「なお分岐はコロギーの気分次第で変わります」
「ただのクソゲーですねーーいえダイエットでしたか」
「翌日は、何を言っても”俺なんて・・・“としか返さないコロギーを励まし続けます」
「初日は無言でしたか」
「良い所を三十個以上出さないと次のステージに進めません」
「もう適当に良い人とか言っとけば良いのでは?」
「あまり適当な褒め方をすると“それからそれから”と聞き返されますね」
「もの凄く面倒臭い」
「三十個以上出せないと舌打ちをして“出直してこい、半端者が”と言われます」
「もうコロギーに明日は要りませんね」
「目が据わっていらっしゃる」
「部屋をこじ開けて連れ出すとかできないのでしょうか」
「ダメですよ、あくまで自主的に連れ出さないと」
「いつになったら出てくるのやら」
「大体三ヶ月ほど経った頃ですかね」
「よく続けられるものです」
「トイレに出てきたコロギーを背後から強襲」
「自主的とは一体」
「自主的にトイレに行ったじゃないですか」
「屁理屈モンスターですか」
「ですがコロギーもさる者、それを変わり身の術で躱します」
「変わり身の術って」
「さすがは三ヶ月も我々の追手を逃れていたソルジャーです」
「これダイエットでしたよね? というか電話対応だったはずでは」
「はい、電話で居場所を探りつつ、他のレンジャー達と協力して標的を捕獲する任務でしたね」
「はい初耳ですね」
「実はこのダイエットプログラム、ただのダイエットプログラムではなかったのです」
「これでただのダイエットとか言われても耳を疑うしかありません」
「実はコロギー、過去に警官だった時期があり、その時にある組織に潜入していました」
「急展開すぎませんか」
「組織の名はココガホンブ、動物の臓器や炙ると美味い草を資金源としている噂があり、政府も危険視していたのです」
「名前で弱点丸出しですね、あとそれ焼肉屋では」
「コロギーは悪事の証拠を手に入れるため下っ端として潜り込み、そこでコオロギになる改造手術を受けます」
「悪事の証拠に改造されてる」
「最初はジャンプ力が上がったうえに食費も浮いて喜んでいたコロギー」
「喜ぶポイントがサイコパス」
「ですが時が経つにつれ不満も出てきます」
「普通は改造された時点で出てくるはずですが」
「何度セットしても寝癖が直らなかったのです」
「コオロギに髪ってあるのでしょうか」
「どんなに頑張っても二本だけ立ってしまうみたいで」
「それ触角では?」
「匂いなどに反応して勝手に動くのも鬱陶しいらしく」
「触角ですね」
「寝癖のせいで当時付き合っていた彼女にも振られてしまいます」
「間違いではないけど違うでしょう」
「人として最低限の身だしなみくらい守ってよ、と」
「既に人ではないですけどね」
「それから精神的に不安定になったコロギーは仕事でミスを連発し、とうとう左遷されてしまいます」
「落ちぶれかたが尋常じゃない」
「そして塞ぎ込んでしまうコロギー」
「なるほど、それで引き篭もっていたのですね」
「いえあれは元カノが同僚と付き合い始めたからでした」
「ドロドロしてますね、それでトドメを刺されたと」
「コロギーは問い詰めます、そんな奴のどこが良いんだ、と」
「コオロギよりはマシでしょう」
「元カノは答えます、あなたと違って寝癖なんて無いし、彼ーー肉食系なの、と」
「触角なんですがね。まぁ求めるより求められたいタイプだったと」
「同僚の名前はボント、コロギーとは出世を争うライバルでした」
「それはコロギーも辛いでしょう」
「ちなみにボントはトンボに改造されています」
「何で改造されてるんですか」
「コロギーの後に潜入任務を引き継いだのがボントだったのです」
「彼らの上司はコロギーの惨劇を忘れたのでしょうか」
「上司は昆虫と人間の見分けがつかなかったそうです」
「それ上司にしちゃ駄目な人材でしょう」
「ようやく諸悪の根源に気づいたコロギーは復讐を誓います」
「できればコオロギに改造された時点で気づいて欲しかった」
「あの野郎許せねぇ、と元上司に復讐することを誓ったのです」
「気持ちは分かりますがそっちではないでしょう、巨悪は別にいると思います」
「復讐のため敵対組織ココガホンブと手を組むコロギー」
「そこが巨悪だと言っているのです」
「ですが元上司もさる者、いち早く勘付き刺客を送り込みます」
「それが冒頭のダイエットプログラムに見せかけた強襲だったと」
「次々と現れる刺客を倒し、とうとう元上司と対面したコロギー」
「サクサク進みましたね」
「今までの怠慢、経費でキャバクラに通った罪、その他もろもろ裁かれる時が来たーーと言うコロギー」
「今までも色々していましたか元上司」
「ここで私を倒そうとも、いずれ第二第三の私がーーと返す元上司」
「悪役の最期のセリフですね」
「お前の敗因は俺たちに喧嘩を売ったことだーーと続ける俺」
「何でお前がいる」
「まぁ雇われたからには最後まで付き合おうと思いまして」
「寝返っておいて何を言う、というか刺客は全て倒されたのでは?」
「返り討ちにした後に説得されまして」
「まぁ一応あなた元勇者ですからね」
「全男性コオロギ化計画には驚かされました」
「コロギーの思考が大変なことに」
「というわけで一緒に元上司に立ち向かいます」
「いつの間にか悪vs悪の構図になってませんか?」
「事前に昼食に盛っていた下剤で膝をつく元上司」
「卑怯」
「その隙を逃さず出入り口を押さえる俺」
「駆け引きっぽいけど絵面が地味すぎる」
「元上司と一緒に膝をつくコロギー」
「何があった」
「流石に俺までコオロギにされては堪らないので先手を打ちました」
「妥当な判断なのですが卑怯」
「それから説得して仲を取り持ったわけです」
「説得でもしたのですか?」
「はいーートイレに行きたければ契約書にサインをしろ、と」
「それを人は脅迫と言います」
「そのとき撮った写真がこれですね」
「内股のおっさんとデカいコオロギがお尻を押さえながら握手してる」
「タイトルは“和平”」
「共通の敵が現れましたからね」
「ボントの奴もあれで頑張っているので許してやってくださいよ」
「ボントではありません」
「まぁなんにせよ無事解決、めでたしめでたし、と」
「ーーいえ待ってください、結局ダイエットは?」
「ヘルシー料理なら食べながらダイエットできます」
「なぜそれを最初に言わなかった」
「ランニングウェアの女神様が見たかったーーなんて事はありませんよ?」
「最期の言葉はそれでよろしいと」
「待って待って手が光ってますよ女神様」
「選ばせてあげましょう、どの昆虫になりたいですか?」
「選択肢が有るようで無い」
「コオロギとかオススメですよ?」
「助けてコロギー」
◇◆◇
「ふぅ、これにて元通り」
「やっぱり違いが分からない」
「今日からは通常メニューでお願いしますーーあっ、このケーキ美味しそう」
「こりゃヘルシーメニューに戻る日は近いな」
「そんなことはーーこれは幻堂のシュークリームでは」
「まぁいつも通りで微笑ましいですけどねーーそれでは朝食にしましょうか」