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やるせなき脱力神番外編 おねだり  作者: 伊達サクット
2/2

番外編「おねだり」2

 ヴィクトは、屋敷の分館の一つである戦闘員の事業所に戻った。

 三階建の石造りの事業所は、美麗なウィーナの屋敷とは対照的に煤けて無骨な印象を受ける。

 一階の平べったく広大な事務室には所狭しと様々な部隊・班の机が並べられている。

 戦闘員は任務で出ずっぱりで、ほとんど自分の机に来ない者も結構な数いる。今日も事務所は閑散としており、座って仕事をしている者はまばらだった。

 そもそも『戦闘員』ゆえ、あまりデスクワークなどは存在しないのである。

 しかし、どんな戦闘員にも、出勤する際に私物を置いておく空間は必要だし、報告書を書いたり、もっと言ってしまえば仕事がなく暇なときなど、四六時中戦っているわけではない。

 最低限の居場所、個人個人が落ち着く場所としての『机』『事務所』は、本館の詰所とは別に必要であったのだ。

 ヴィクトは一階事務室の奥の方に位置する自分の机に座った。途中ですれ違った何人かの戦闘員達に「お疲れ様でした」と声をかけられたので、彼も挨拶を返した。

 椅子に落ち着いたものの、これからろくに時も経ないうちにキモス平原の悪霊退治の任務に赴かなくてはならない。

 束の間の休息である。ヴィクトは、机に置いた資格書と法律書をまじまじと眺めていた。

 ウィーナから与えられた以上は、これを有効活用しなければならない。『戦闘法』、『悪霊法』に関しての条文をもう一度復習する必要もあるだろう。法律を司る執政官になる為に冥司法試験に合格したのはもう七年も前だ。忘れていることも多々ある。

 ブランクのある自分にこの法律書をどれだけ使いこなせるだろうか。彼の胸中に不安の影がよぎった。

 自分の資格書に目を通していると、突如彼の左側の床に魔方陣が出現し、そこから音もなくシュロンが姿を現した。

 気配を感じさせず、音も出さず、こうも滑らかに気軽な感じで転移魔法を使うことから、彼女の実力の高さが窺い知れる。

「ヴィクト、おめでとう」

 シュロンは微笑んでヴィクトを見下ろす。

「ああ、ありがとう」

 ヴィクトは資格書から目を離し、シュロンに視線を映した。

「頑張りなさいね。ウィーナ様はあなたにより一層の働きを期待してますわ」

 なぜ同じ幹部従者なのに、上から目線の物言いなのか分からないが、シュロンは彼に奮起を促してきた。

 それを聞いて、ヴィクトは頬をほころばして椅子に背中を深く預けた。

「分かってるって」

「それにしてもいいわねー。あなたの為に、ウィーナ様直々にこんなお計らいをして下さるなんて」

 顔は整った笑顔だが、如何せん目は笑っていなかった。どうやら彼女はヴィクトに嫉妬しているらしい。

「俺の為じゃない。ワルキュリア・カンパニーの為だってウィーナ様は言ってたぜ?」

 ヴィクトはシュロンの嫉妬をかわす為の一声を添えた。

「ウィーナ様は、あなたに気を遣っておいでね。あなたは自分が労せずして資格を回復できたことを良しとしない。同僚や部下達の手前、自分だけ贔屓されるのは居心地が悪いし、やるなら自分の手で資格を回復できればよかったと思ってるでしょ? だから、あなたの顔を立てる為に、あなたの為ではないと仰ったのね」

 シュロンが言う。その通りだろう。

「そりゃそうだよ。まあ、頂いたからには有効活用するつもりさ」

「あなたも大変ですわね。ウィーナ様からこんなものを賜ったおかげで、わたくしみたいな面倒臭い人種が突っかかってくるんだから」

「そうかな?」

「そうよ」

「なんで?」

「だって、わたくしってすっごく嫉妬深い女なのよ。ウィーナ様によくして頂いて羨ましいですわー、もー」

 そう冗談めかしく言って、シュロンは白く細長い指で、ヴィクトの青い頬をくりくりと突っついてからかった。

「どうぞご自由に嫉妬して下さい」

 頬をぐりぐりされたまま、ヴィクトはシュロンから顔をそむけて正面を向き、あさっての方角に一礼した。

「ふふふ。半分冗談よ」

 シュロンはそっと指を離す。

「半分なんだ……」

「まあ、お互い切磋琢磨してウィーナ様をお助けしていきましょう。わたくしも負けてはいませんわよ」

「お前の方が全然優秀なのは間違いないよ。任務をこなす手際のよさとかな」

 ヴィクトは言った。お世辞ではなく、本当にそう思う。魔法の才能も尋常ならざるものと言わざるを得ない。そんな優秀な人物に嫉妬されても困るというものだ。

「俺、もう任務あるから」

 ヴィクトは席を立ち、同行させる部下達を呼びに詰め所まで行こうとした。

「ああ、言い忘れてたけど。今回の任務、わたくしが同行しますわ」

 シュロンは背を向けたヴィクトに向けて、おもむろに口を開いた。

「えっ?」

「詰め所で待ってた三名には、わたくしが代わりにやってあげるから、休みでいいわよって伝えておきましたの」

 シュロンがすました顔で言った。

「勝手に俺の部下に口出すなよ」

「彼らは喜んでましたけど。だって、思わぬ形で休暇が降って湧いたんですもの」

 シュロンが含みを持たせた笑顔で、顔を近づけてきた。とてもいい臭いがする。

「あいつら……」

 ヴィクトは機嫌悪そうな表情を作ってみせ、口をすぼめた。

「それじゃあ、さっさと行きましょうか」

 シュロンは胸の前で人差し指と中指を立てると、音もなく、先程の魔方陣が床に広がった。転移魔法でキモス平原に向かうらしい。

「何でまたついて行こうと思ったの?」

 彼女自身の予定は大丈夫なのか気になったが、シュロンに限って任務に支障をきたすような真似はしないであろう。

「資格回復のお祝いよ。私が手伝って楽させてあげますわ。感謝なさい」

「そりゃありがたい」

「じゃあ、行きますわよ」

 シュロンは手をすっと伸ばし、ヴィクトの肩に置いた。

 二人は音もなく姿を消した。まるで最初からそこにいなかったかのように。


 薄暗い冥界の空の下、周囲一面に広がる広大な平原。

 生温かい風が荒涼とした大地を撫で、ヴィクトの足元に広がる草達をなびかせる。

 ヴィクトは目を閉じて周囲の気配を探る。後方から強い殺気を感じる。近い。

「ドンピシャだな」

「わたくしってくじ運がいいのかしら?」

 シュロンと共に後ろを振り向くと、そこにいたのは一体の悪霊。それは巨大な骸骨の化物だった。

 薄く黄ばんだ骨だけの四肢。頭蓋骨の真っ暗な目の空洞から覗かせる白い眼光。

 不格好に長い両手には歪曲した二つの大剣が握られている。

 ヴィクトは剣を抜かず、シュロンの前に出た。そして、目の前の悪霊を見上げ言葉を切り出す。

「ワルキュリアカンパニーのヴィクトと申します。あなたはどうしてそのような悪霊になってしまったのですか?」

 問いに対する返答は攻撃だった。すぐさま巨大な剣が振り下ろされる。まるでヴィクト上空の空気ごと叩きつけるかのような圧力を感じる。

 彼は相手の先制攻撃を予見していた。すぐに横へと跳ねて攻撃を回避する。

「グガアアア!」

 地を這うような咆哮と共に、もう一つの剣が襲いかかった。ジャンプしたことで自由に動けないヴィクトは、腰の鞘を取り出して敵の剣と打ち合う。

 腕力では到底かなわないだろうと踏み、敵の振りの方向を見極め、打ち合う瞬間に鞘をずらして相手の力を別方向に逃がす。

 その反動でヴィクト自身も弾き飛ばされたが、彼は空中で一回転して軽やかに地面に軟着地した。

「通じないか」

 ヴィクトの胸中に少しばかりの悲しみが過ぎる。あまりに負の怨念が強いため、自我も知性も失われ、完全な化物になり果ててしまったのだろう。結構よくあるケースだ。

 悪霊はこうなってしまった以上、対話での解決はほぼ不可能。仮に対話の芽が残っていたとしても、ヴィクトにそこまで粘る義理はない。

 この悪霊が生前どういった人物だったのか。そんなことはどうでもいい。こうなった以上は戦わねば冥界の被害が増えるばかり。

 手に持つ鞘から静かに剣を抜き、鞘を地面に放る。後で拾えばいい。

 悪霊が先程と同じように唸り声を響かせ、剣を振り上げた。

 その瞬間、敵に異変が起きた。骨で構成された悪霊の体が急速に崩れ始めたのだ。

「ギャアアア!」

 悲鳴と共に骨々は魔力のような光に浸食されていった。骨はひびが入り、スカスカになり空洞化したようで、関節を支えきれず、各パーツごと分離、瓦礫のように崩れ落ちた。

 二つの剣が金属音を鳴らし骨の残骸と衝突し、地面へと静かに崩れ落ちる。平原に舞う骨粉は先程から場を包むじっとりとした風に舐められ、攫われていった。

「……風化の術」

 シュロンのつぶやくような声が耳に入った。

「シュロン?」

 横のシュロンを見ると、彼女は手を悪霊に向けてかざしているところだった。なるほど、そういうことか。

 結局自分の出る幕ではなかった。ヴィクトは顔をしかめ、溜息を吐く。

「骨にはこれが一番。ほら、早く捕獲して」

「ああ」

 シュロンに促され、彼はコートの内側から青く透き通る水晶のような石を取り出した。悪霊捕獲専用道具『鎮霊石(ちんれいせき)』である。

 悪霊退治を主な仕事とするワルキュリア・カンパニー戦闘員の標準装備だ。言わば悪霊の虫籠。巨大な悪霊でもこの石に収容することで、屋敷にいるウィーナの元まで持ち帰ることができるのだ。

 ヴィクトは石をかざすと、崩れた骨は光に包まれ、一瞬にして石の中へと吸い込まれた。 

「はい、さっさと帰りましょ」

 シュロンは微笑んで、ヴィクトの意思も確認せず再び転移魔法を使った。

「うわっ」

 ヴィクト達の周囲に魔方陣が広がり、周囲の空間が揺らぐ。

 次に目の前に広がった光景は、冥界の城下町の中であった。ウィーナの屋敷からそう遠くない場所だ。

 往来を行き交う人々が、突然の人の出現に面食らった表情を作った。だが、彼らが転移魔法で移動してきたのだと知ると、すぐに興味を失って元の歩調を取り戻していった。

「あれ、屋敷へ行くんじゃないの?」

 ヴィクトが言う。

「お昼食べてないでしょう? どっかで済ませましょうよ」

 シュロンが周囲を見渡しながら言った。

「まあ、いっか」

 ヴィクトがすぐ近くにあった古びたソヴァ屋に迷わず足を運んだ。

「待ちなさいよ。もっとちゃんとしたお店にしましょうよ」

 シュロンが足早に彼の後を追う。

「ちゃんとしたって……。お前失礼なこと言うなあ」

 ヴィクトが腕を組んで足を止め、『ソヴァ・ウドゥン処』と書かれた看板と、シュロンの顔を交互に見比べた。

「女の子と一緒に入るんだから、あなたはもっと気を使うべきですわ」

 シュロンがむっとして抗議する。

「二の刻限過ぎにはウィーナ様が一斉浄化をする。それまでに屋敷に入っておきたい」

「わたくしの魔法を使えば移動時間なんてありませんわ!」

「面倒。ここでいい。デートじゃあるまいし」

 ヴィクトはうんざりしてさっさとソヴァ屋の暖簾(のれん)をくぐってしまった。シュロンも仕方なく中へ入る。

「へいらっしゃい!」

 頭にハチマキをしたオヤジが威勢のいい掛け声を上げ、二人の客を出迎えた。他にも数人の客がいたが、誰もこちらに視線を合わせたりはしない。

 適当なテーブルに向かい合って座ると、シュロンがわずかに身を乗り出して小声で話す。

「何でここにワープしたか分かってないわね。すぐ裏手に新しくできたいいお店があるのだけれど……」

「知ってるよ。いい店っていうのは分かるけど、少なくとも仕事の合間を縫って飯食うような店じゃない」

「わたくしのような女にこんな場末の店は合いませんのよ」

 彼女は一段と小声で言った。

「そんな野暮ったいローブ姿で何言ってんだ。そんな格好であの店に行ったらそれこそ笑い物じゃないの?」

「うっ……」

 シュロンが顔を赤らめて自分の着ている白地の地味なローブに目を向けた。

 そのとき、オヤジが茶を持ってきて、テーブルに置いた。

「もりソヴァ。大盛りで」

 ヴィクトが言うと、オヤジは「はい!」と返し、まだ注文を言っていないシュロンの方を見た。

「あ、わ、わたくしは……」

 愚痴ばかりで何を頼むか決めていなかったのだ。彼女は慌ててメニューを見て何を頼むか考え始めた。

「同じの二つで」

「ヘイ!」

 ヴィクトは勝手にシュロンの分も注文した。

「ちょっと! わたくしは大盛りじゃなくってよ!」

「じゃあ一つは普通で」

 ヴィクトは笑顔を浮かべて訂正した。

「それじゃあもりソヴァの大盛りを一つ、普通を一つで!」

 オヤジは厨房へと帰っていった。

「いつも思うけど、やっぱ地味だよね。化粧もかなり薄いし」

「……仕事中は、あえてそうしているのよ」

「やっぱ真面目だな」

「あなたがお望みなら、プライベートでのわたくしの姿、見せて差し上げますわよ?」

 確かに、噂で聞いたことはあった。仕事中は地味で固いけど、私生活では別人のようにお洒落するらしい。そのギャップに悩殺される部下もいるとかいないとか。

 ともあれ、彼女の発言をヴィクトは軽く笑い飛ばし、茶を口に運んだ。

「お前彼氏いるじゃないか」

 ヴィクトは語調を冗談めかしく調節した上で、牽制の言葉を言った。

 シュロンも可笑しそうに笑った。長い前髪が柔らかく揺れる。

「あなたさえよければ、フッちゃってもいいかなって。今の彼」

「凄いこと言うね」

「そうかしら?」

「やめとくよ。お前はとても手に負えそうじゃないから。それに、今の彼の恨みを買う気もないしな」

 ヴィクトは軽妙に、しかしはっきりと意思表示してみせた。それに、職場で恋愛なんて正直やっていられないというのが彼の本心だ。

「わたくしの彼はそんなことで人を恨むような男ではありませんわ」

「じゃあ大事にしとけ」

 ヴィクトがそう言ったとき、オヤジがソヴァを持ってきた。そこでこの話題は終わった。両者、箸を持ってソヴァを口へ運ぶ。

「……つまりは、さっきのは呪術を攻撃に転用したものの一つってこと。呪文で相手を覆い、敵の体に直に『時の呪い』をかけるの」

「相手の体の時間の経過だけを速く進めるんだ?」

「そう。体が骨のみで構成されたアンデッド系の敵ならあっと言う間に風化してボロボロのスカスカってわけですわ」

 シュロンが笑って、ソヴァをすすった。

「それ、生身に使うとどうなる?」

「さあ? 生憎、人に向けて使ったことはないから」

「試せないの?」

「わたくしを犯罪者にする気? 一度呪ったが最後、風化まで一直線ですのよ?」

 ヴィクトは笑ってやり過ごしたが、内心背筋が凍る思いだった。つまりは、その強力さゆえ、使用者のシュロン自身ですら人に向けてはそうそう使えないのだ。

 しばらくすると、突然店に一人の男が入ってきた。同僚のロシーボである。

「ロシーボ?」

 ヴィクトが声をかける。

「こらこらこらこらーっ! 何ソヴァなんて食ってやがる! 今はウドゥンの時代じゃーい!」

「はあ?」

 シュロンが嫌そな顔をして、冷たい視線をロシーボに向けた。

「ウドゥンビーム!」

 ロシーボは腰に提げている銃を抜き、有無を言わさずテーブル目がけて引き金を引いた。

 銃から謎のビームが発射され、ヴィクトのソヴァに命中した。灰色の細い麺は、煙を上げて一瞬にして太く厚みのあるウドゥンのそれに変身した。

「ハーッハッハッハ! どうだーっ!」

「いや、どうだって言われても……」

 ヴィクトはどう反応していいか分からず、答えに窮した。

「ウドゥンビーム!」

 またビームが放たれた。こんどはシュロンのソヴァに向かって。

「何なのよあなた!」

 シュロンが掌を魔力で多い、ビームを打ち払った。するとビームは反射されてロシーボの顔面に命中した。

「ぎゃああああ!」

 ロシーボがバイザーヘルメットを脱ぐと、哀れ、彼の髪の毛が見事にウドゥンになってしまっていた。

「うわあああ! だから俺は本当はソヴァの方がよかったんだー! ウィーナ様ああああっ!」

 ロシーボは泣き叫んで店から逃亡した。そして店内に静寂が戻る。

 呆気にとられて逃げるロシーボを見送るシュロンとオヤジ。

 ヴィクトは構わず、淡々と、ウドゥンを箸でつまんでつるつるとすすった。


<終>



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