05 好きな人できた、かも(side.侑)
俺が光稀と出会ったのは、小学校に入ってからだった。慣れないランドセルを背負い、上級生と一緒に列を成し学校へ登校する。
初めての教室。それはもう最初は結構緊張した。幼稚園とはまた違うメンバーで、みんな早速ワーワー騒いで友達を作っていく。その頃から人見知りだった俺は、なかなかその輪の中に積極的に入ることができずにいた。そんな時に俺に話しかけて来てくれたのが、隣の席に座っていた光稀だった。
『おれ、越前 光稀っていうんだ。よろしく。なまえ、教えてよ?』
『な、中城……侑……』
ちょこんと生えている八重歯が特徴的で、子犬みたいに懐いてくる光稀。どよんとしていた俺を照らしてくれた太陽のような存在。
光稀といるのがすごく居心地が良く感じて、それから一緒に過ごす時間が増えていった。
光稀はすごくいいやつだ。いじめとか絶対にしないし、そんなの見かけたら『やめろよ!』と止めに行くタイプ。誰かの悪口も言わないし、愚痴も言わない。いつもいつも『侑すごいな!』『侑かっこいいな!』と俺のことを褒めてくれる。まっすぐで素直な光稀。そんな性格もあってか、光稀は本当に人気者だった。
それは中学校に上がってからも変わらなかった。違うクラスのやつらも、みんな光稀の名前を呼び、光稀の元へ集まっていく。本当にすごいやつだ。俺にないものをたくさん持っている。
中学に入って割とすぐの頃、俺は放課後いつものように光稀と帰ろうと光稀のクラスへと向かう。
ドアを開けると、光稀は女の子と一緒に何とも楽しそうに喋っていた。
『あ、侑。ちょうどいいところに来た。紹介するよ、この子は――』
『透子。沢渡 透子。よろしく』
それが俺と透子の最初の出会い。当時の俺の透子に対する第一印象は、小さい女の子だった。
その日、俺たちは3人で下校した。偶然か、俺たちはほとんど帰る道が一緒。
コンビニに寄ってジュースを買う。3人とも違うジュースを買った。光稀はコーラ。透子はココア。そして俺はいちごサイダー。いちごは神だ。
光稀は『ひと口くれよ』と言いながら、俺や透子のジュースを奪い取る。俺だけならまだしも、女の子である透子のまで奪い取るとは。間接キスとか、お子ちゃまの光稀はまだその辺がよく分かっていないのだろうか。
そして話に盛り上がってきた頃、というかほとんど光稀が喋った後、『また明日な!』と言って光稀が抜ける。『ほい、また』『みっくんまたね!』と手を振る俺たち。
俺はいつもの帰り道を歩く。が、透子もついてくる。
『なんでついてきてるんだ?』と思わず訊いた。
『う、うるさいわね。あたしもこっちなのよ!』とキーッとしながら俺に吠える強気な透子。
2人で歩く無言の帰り道。まぁ今日出会ったばかりだから仕方のないことではあると思うが。
しかし透子は小さい。成長期に入った俺が順調に身長が伸びているせいもあるかもしれないが、制服でなければまるで兄と妹。いや、父と娘。見下ろさなきゃいけないから、首が凝りそうだ。
『ねぇ』
『ん、なんだ?』
透子の声が下から聞こえる。
『あ、あたし、中学からこっちに引っ越してきて……、その、と、友達とかいないのよ。だから……』
俯きながら必死に喋る透子。
そっか、こいつ引っ越してきたのか。友達がいないのってさみしいよな。俺も最初そうだったから気持ちはわかる。そして俺と同じくそんな中話しかけてきたのが、光稀だったってやつか。あいつ、本当に優しいからな。
俺は一生懸命喋る透子に視線を合わせるため、腰を曲げ顔を覗き込んだ。
カァーッと顔を赤らめる透子がいる。眉は釣り上がってるけど、目は垂れてぷるぷる震えるこの表情。透子はツンケンした強気な女の子と思っていただけに、その顔は俺にとってすごく衝撃的だった。
こいつ、こんな顔するんだ。
俺の心臓がドクンと高鳴った瞬間だった。
『仕方ねぇな。友達になってやるよ』
『ちょ、な、何よ、その上から目線は!』
この日から俺は、透子のことをもっと知りたいと思うようになった。
・・・
『ねぇねぇ、あっくん』
透子はすぐに俺のこともあだ名で呼んでくるようになった。
『あっくん、また女子に呼び出されてたでしょ』
『なんで知ってるんだよ』
『だって見たんだもん』
見た、その言葉は正直ちょっと嬉しかった。
でも俺は自分の気持ちを素直に表に出せるほど器用ではない。嬉しいくせに顔にも出ないし、言葉にすることも苦手だ。
俺はバスケ部に入っていたから毎日ではなかったけど、帰り道がほとんど一緒の俺たちは光稀と別れた後も2人でどこか寄り道することが増えた。
透子は女の子のくせに甘いものはちょっと苦手。雑誌を読み漁り、いろんな髪のセットやメイクに挑戦しては『可愛い』とか『似合ってるよ』という感想を求めてくる。バラエティ番組が好きで、昨晩のテレビでやっていた芸人のネタを真似したり、俺の性格上出来るわけないのに『一緒にやろう』と強要してくる。そして、ツンツンしているけど、実は寂しがりやの甘えん坊。
一緒に過ごす時間が増えるほど、透子のことを知ることができて、だんだん扱い方も分かってきた。俺の頭の中の透子ボックスには、溢れんばかりの透子に関する情報が積み込まれていく。
そのボックスがいっぱいになればなるほど、俺は透子に惹かれているんだなぁと、自覚していった。
『なぁ、光稀』
『どうした、侑』
『俺、好きな人できた、かも』
学校が休みの日、俺の家に遊びに来ていた光稀に、俺は自分の気持ちを打ち明けた。俺らは小学校からの幼馴染なので、暗黙の了解で隠し事ややましい事は一切していない。俺の大事な親友でもある光稀に、俺の気持ちを知ってほしいと思っていたから、勇気を出して言った。
『えっ、まじで⁉︎ 誰誰⁉︎』
『……と、透子』
真っ赤な顔を腕で隠しながら必死に名前を言う俺と、『ええええー⁉︎』と盛大なリアクションを見せてくれる光稀。
『まじかよ! トーコかよ! うわー、どうしよう俺! え、どーすればいい⁉︎』
『いやいや、何もしなくていいよ。仲が拗れるようなことは、したくない』
『そ、そうだな。悪い、めちゃくちゃビックリしちゃって。でも全然分かんなかったな~。好きって気持ち、よく隠せるな』
『隠せるっていうか、そういうの表に出すの下手っていうか』
『でも言ってくれて嬉しい。俺、応援するからさ!』
『ありがと、光稀』
光稀は本当にいいやつだ。打ち明けて良かった。特に何かしてほしいっていうわけじゃなくて、俺の気持ちを知っている光稀がいてくれるだけで、すごく心強い。
俺は、こいつと友達で良かったと心底思う瞬間だった。
『ねぇねぇ、あっくん』
『どーした?』
それはいつもの帰り道。
俺はいちごミルクを飲みながら返事をする。
『あたし、写真の勉強しようと思う』
『ん?』
顔を赤らめた透子が突然『写真の勉強をする』と言い出した。好きなことを学ぶのはとてもいいことだ。
しかし何でだろう。透子の顔は、赤く染まっている。見ている分には可愛らしい光景だが、写真の話をする時になぜ赤くなるのか。俺は頭の中の透子ボックスの中を探っても、その理由は俺にはさっぱり分からなかった。
その宣言をした数日後、透子は両親に強請ってカメラを買ってもらったらしい。中学生が持てる程度のそんなに高級ではないデジカメ。透子はそれもすごく喜んで、帰り道の景色をカメラに納めていく。
『トーコ、俺らも撮ってよ!』
『あ、ちょっと光稀っ』
3人で公園に立ち寄りベンチに座っていた時、光稀に腕を引っ張られる。光稀はカメラに向かって全力の笑顔でピースをする。俺は『まったく』と言いながらも、そんな嫌な気はしていなくて視線を透子のカメラに向けた。
『せっかくだからさ、3人で撮ろうよ』
『いいねぇ!』
透子は丁度いい高さの遊具の上にカメラを置き、タイマーをセットしてこちらに走ってくる。
小さい体はうまく俺たちの間に滑り込み、光稀と同じようにブイサインをカメラに向ける。ピーッという音とともにフラッシュの閃光が広がる。
『見て見て』と写真を再生してくれる透子。一応頑張って笑ったはずなのに、目は瞑ってるし、引きつった顔してるし、これはやばい。お世辞でもいい写りとは言えない。
『侑やっぱ写真映りいいよなぁ』
……本当に光稀の見る目は大丈夫かと、時々過保護なまでに心配になる。
『あたし思うんだけどね。写真ってさ、思い出の瞬間をこうやって残してくれるじゃない? 時間って魔法でも使えない限り止まることなく流れていくものだけど、こうやってその時の素敵な瞬間を目に見える形で残せるってすごいと思うんだよね』
3人の写真をうっとりとした顔で見ながら、透子は話し始める。
まるでそこだけ春の花が咲いているかのようにピンク色に染まった頬。そして垣間見える女の子の色気。
俺は思った。
透子の言う、形に残したいほど素敵な瞬間とは、まさにこの瞬間ときのことをいうのだと――
・・・
そして俺たちは、高校生になった。
中学2年生の頃に光稀のお父さんが事故で亡くなって、光稀は俺たちに心配を掛けさせないようにかなり無理をしていた時期もあったけど、何とか受験も成功して3人とも同じ高校へ通うことになった。
高校1年生の時は同学年8クラスもあるため、さすがに3人はバラバラになった。
この高校のバスケ部は割と大会でいいところまで進む強豪チームなので、俺はバスケ部に入ることは決めていた。透子は写真同好会を立ち上げたらしい。消極的な俺とは違い、あいつの行動力は本当に見習うことが多い。光稀は『俺は何の取り柄もないしな』と言って何の部活に入らないようだが、あいつん家のお父さんが亡くなってから、光稀がお父さんの代わりになろうと影ながらアルバイトを頑張っていることを俺は知っている。部活していたら、そんな時間なくなるもんな。俺らに気を遣わせないように、こそこそ求人雑誌をカバンに詰めているところも何度も見ている。あいつは必死に隠しているようだけど、何年一緒にいると思っているんだ。そういうところは、本当に鈍い。
俺はバスケ部。透子は写真同好会。光稀はバイトと、3人の時間は中学生の頃と比べてだいぶ減ってしまった。ただ俺は部活の終了時間が透子と一緒のため、一緒に帰れることが多かった。
高校生になった透子の身長は1ミリも伸びていないが、少し垢抜けたように見える。髪を染め、スカートを短くし、制服は少し着崩して着ている。メイクも少し大人っぽくなったし、更に伸びた髪でセットの幅も広がっている。そんな中でも昔と変わらないのは、常に持ち歩いているあの頃のデジカメ。
ある日正門で透子を待っていると、名前も分からない女の子たちが近付いてくる。
『あ、あの……中城、侑くん、だよね?』
『そうだけど、君たちは?』
『私隣のクラスなんだけど、中城くんとお友達になりたくて』
『良かったらLINE交換しない?』
ああ、またか。どうしよう。断りたいけど、断るのは本当に苦手だ。俺はマメじゃないからたくさん連絡したりSNSに呟いたりするのはどうしてもうまくできない。
どうやって断ろう。でも何て言えばいいんだろう。
『え、と――』
『あんたたち、やめといた方がいいよ』
俺の言葉に覆い被さってきたのは、透子の声だった。
『え、ちょ、なんなのアンタ』
『あっくんはね、既読スルー極めちゃって全然反応なんかしないんだから』
『はぁ? いきなり何よ』
『行こ、あっくん』
『え、おい、透子』
透子は俺の腕を引っ張り歩き出す。『なんなのあいつ!』と言う女子生徒の声が後ろから聞こえる中、俺は透子に掴まれている腕に意識が集中してしまい、女の子みたいにドキドキしながら透子に引っ張られて歩いた。
『その、悪い。助かったよ、ありがとう。でも大丈夫か? あんなこと言って』
『いいのよ。後で何か言われても別に怖くないし。それに、あっくんすごく困っていたからね。でも今度からは自分で断れるようになりなさいよ』
あんまり感情を出したり、思っていることを言葉にすることが苦手な俺。透子はいつの間に俺のことをここまで分かってくれるようになっていたんだろうか。
ちなみにLINEの返事、返してる。透子限定だけど。あと光稀にも。
『あ、あの場ではあぁ言ったけど、ちゃんと分かってるよ。すぐに返してくれてるもんね』
にかっと笑う透子は、本当にひまわりのように大きくて、素敵で、可愛い笑顔。
やっぱり俺は、透子には敵わない。
俺は透子のこと、すごく好きだ。
・・・
『あれ、ここカフェできるんだね』
『本当だな』
『へー、来週オープンだって! 今度みっくんも呼んで3人で来ようよ!』
『そうだな。光稀も呼んで、3人で来るか』
俺は透子に惹かれてしばらく経つけれど、未だに一度も思いを告げたことはない。
それは自分に自信がなく振られてしまうのではないかという怖さもあるけど、今の関係が壊れてしまうんじゃないかということが一番怖い。でも透子のことだから、俺が『好きだ』と伝えて振られたところで、今まで通り接してくれるとは思う。だけど俺は実際、それを言い訳に告白もできずにいるただの小心者でずるい男だ。
でもその時が来たら、ちゃんと伝えたい。
タイミングと勢い。これがバッチリ合う時が来れば、俺は正直にこの気持ちを透子に伝えようと思う。光稀だって応援してくれているんだしな。
だけど万が一その時振られたとしても……って、俺振られたときのことばかり考えてどうするんだ。自分の自信の無さと不安の大きさに笑えてくる。
『ねぇねぇ、あっくん』
『何、透子?』
透子が俺の名前を呼ぶと、つい反射的に心臓が跳ねるようになった。透子だけが呼ぶ俺のあだ名が、もうかれこれ俺の中で特別な呼び名のようになっている。
『見て見て。写真、結構溜まったよ』
『すげぇじゃん。見せて』
透子はデジカメの写真を再生して見せてくれる。透子の肩が俺の腕にぶつかり、心拍が上がった。小さな画面を見るので、それなりに密着した物理的距離となる。透子の髪、すごくいい匂いだから顔が緩まないように手で覆い隠す。
透子の写真は風景写真が多い。花、木、空や雲、そして犬や猫。その中でちょこちょこ飛び出してくる俺らの写真。うわあ、この光稀めちゃくちゃ変顔。思わず『ブッ』と吹き出して笑う。この透子めちゃくちゃ可愛い。もっと見ていたい。
あ、また光稀だ。こいつ元はいいくせに、カメラ目線となるとほんっと写真映り悪いんだよな。
あれ、また光稀か。しかもこれカメラ目線じゃなくて自然な笑顔。本当いい顔で笑うな。
そして次が隠し撮りが光稀にバレて『こらー!』と言っている光稀の写真。
手を止めることなくページを捲っていく透子。内蔵された写真のデータの素敵な風景写真の間に、入り込んでいる光稀の写真。俺はふと気になって、透子の方を見る。
透子は、耳まで真っ赤にしていた。
そしてこの恥ずかしそうにしている表情の意味に、俺は気付くこととなる。
『ねぇねぇ……、あっくん』
『……何、透子?』
『相談が、あるの……』
『……相談って?』
『あのね……、あたしね』
『……うん』
『す、好きな人が……いるの』
『…………』
透子の握られているデジカメの再生画面には、最高の笑顔を見せる俺の親友、光稀の写真が表示されている。
『あたし――みっくんのこと好きなの』
あぁ光稀は本当に、俺にないものをたくさん持っている。