17 隠れた名所
「それじゃあ、いってきます」
「いってきます」
俺と未来は母さんと婆ちゃん、そしてワタアメに向かって元気よく挨拶をして家を出た。
ワタアメ、めちゃくちゃソワソワして吠えている。本当は一緒に行きたいんだろうけど、ごめん。今回はお留守番だ。
俺は動きやすいスウェット生地の7分丈パンツにティーシャツを合わせ、足元が塗れてもいいようにクロックスを履いた。
未来は少し大きめの麦わら帽子に白いワンピースにサンダル。この麦わら帽子は先週母さんに頼んで買ってもらったらしい。それを聞いて、何だか嬉しくなった。
他の着替えや消耗品、暑さや日焼け、虫よけ対策グッズはそれぞれの鞄に詰め込んだ。
未来は「はい、これ」と俺に日焼け止めと虫よけスプレーを貸してくれた。しれっとこんなものまで俺のために用意してくれていたなんて。お兄ちゃんは嬉しい。
しかし、外は相変わらずの暑さだ。父さんの墓参りをした日よりも一段と日差しが強くなっている。
今回の待ち合わせは、響花さん以外は俺の家の前に集まり、みんなで響花さんの家に向かうことになっている。なんと車まで出してくれるらしい。何だか至れり尽くせりで本当にありがたい。
「おおーい」
声のする方を振り向くと、侑とトーコ、それに泉ちゃんが3人でこちらに向かっているのが見えた。
「あっ、未来ちゃん元気? いえーい!」
「いえーい」
トーコは未来に向かって走ってくると、思い切りハイタッチを要求する。それに対して未来も無表情でハイタッチをする。
トーコは露出の多い服にショートパンツ。あいかわらずショートパンツばかり履く。肌が結構見えているじゃないか。日に焼けて虫に刺されまくっても知らないからな。
「俺、一応ライトになるもの持ってきたんだけど」
「あ、絶対いるだろ。さすが侑。気が利くな」
侑は大きなトートバッグの中からランプや懐中電灯を取り出す。
侑は薄手のパンツにITSUと書かれたティーシャツとラフで動きやすい格好。侑ってたまに変なティーシャツ着て来るんだよなぁ。この前はZUTSUだったしな。
「皆さん今日は誘ってくださって、ありがとうございます。未来さんも、今日はよろしくお願いします」
「はい」
白い麦わら帽子を被ってジーパンを履いている泉ちゃん。制服姿に見慣れていることもあって、やっぱり私服姿はとても新鮮に思える。
そして未来に対して、丁寧に挨拶をしてくれた。未来は初対面の泉ちゃんに釣られて、遅れて頭を下げる。にこっと微笑む泉ちゃんに未来は見惚れているように見えた。
揃った俺たちはみんなで響花さんの家に向かった。未来はトーコと泉ちゃんに囲まれて女子トークに華を咲かせているように見える。無表情だけど。
俺と侑はそんな女の子3人の後ろを歩きながら「そこ右」と道案内をする。
さっきから俺たちは「あちい」「あっちー」としか言っていない。本当に暑いのだ。暑さでどんどん体力が奪われる。
それに比べてキャッキャッと笑顔で腕とか組んでる女子3人。女の子ってすごいな。
本来であれば歩いてそんなにかからない響花さんの家もすごく遠く感じた。暑さで感覚が麻痺しているんだろうな。
「へぇ〜ここが響花さんのお家なんですね」
みんな一斉に感動の声を漏らす。
ふふん。そうだろう。本当に響花さんの家の雰囲気は最高だ。今時の家って感じだし、緑と建物のバランスが最高。となぜか俺がドヤ顔をしてしまう。
「きゃんきゃん!」
「あっ、クリーム」
すると庭の方でクリームの鳴き声が聞こえた。トーコと泉ちゃんは「可愛い〜!」と言いながらクリームに近寄る。
未来はその場を動かず、視線だけクリームに向けていた。視線を向けるだけ、マシなのか。
「おまたせ!」
そして、響花さんの声が聞こえた。もう何度か聞いているその声。でも俺にとってはいつ聞いてもとても新鮮で気持ちが高鳴るその癒し声。
俺は声のする方へ体ごと向けた。長い髪をトップでお団子に束ね、袖がひらひらとしているシャツにジーパン姿。もう本当に可愛い。シンプルな格好なのに、どうして響花さんが着るとこんなにも映えるんだろうか。
俺はいつもの如く火照る顔を片手で隠す。
「響花さん、初めまして。瀧本 泉といいます。今日はよろしくお願いします」
泉ちゃんはまたもや丁寧に頭を下げて挨拶をする。本当に礼儀正しい子だなぁ。
「今日はよろしくお願いします」
「よ、よろしく」
侑とトーコも挨拶をする。響花さんよりも頭ひとつ分出ている頭を軽く下げて会釈をする侑と、何だか他の子と比べて響花さんに対しては態度が違うトーコ。
そして、未来は何も言わずにぺこりとする。
「こら未来、ちゃんと挨拶しろよ。明日までお世話になるんだからな」
「よろしくお願いします」
俺がそう促すと、ちゃんと声に出した。顔を上げると、響花さんと目が合う。俺はこの前の逆壁ドン事件を思い出しドキッとした。響花さんの頬も染まっているように見える。気のせいだろうか。
「う、うん。みんな今日はよろしくね。さぁ行こっか。乗った乗った」
響花さんの誘導の元、響花さん家のファミリーカーに乗り込む俺たち。
未来を前に乗せて、他の4人は後ろに2人ずつ座る。最後部座席には侑と泉ちゃん。真ん中には俺とトーコが乗った。
そして響花さんはエンジンを付け、会場に向けて車を発進させた。いよいよ俺らの楽しいバーベキューライフが幕を開けようとしていた。
道中、トーコはえらく俺の近くに擦り寄ってくる。普通こういう場合ってシートに2人だし、スペースに余裕あるし、ちょっと距離置くよな。
「うわぁ~きれい!」と言いながら、わざわざ俺の窓の方まで身を乗り出してトーコは景色を楽しむ。そのためトーコの手は、俺の肩、頭に置かれることが多く、どさくさに紛れて手を握ってくることもあった。
でもさすがにそれはまずい。後ろには、トーコのことを好きな侑が座っている。自分の好きな女の子が、他の男にぺたぺた触るだなんてもう絶対嫌に決まってる。
俺はトーコの手をすり抜け、こそっと後ろの2人をチェックする。
泉ちゃん顔真っ赤だ。侑は口数少ないから、泉ちゃんが頑張って話しかけているけど、もはや噛みまくりで何言ってるか全然分からない。
そんな侑はというと、窓の淵に肘を置き、頬杖をつきながら景色を見たり、泉ちゃんの話に反応したりしている。あいかわらずクールだ。
未来は……、良かった。ちゃんと響花さんの話に反応してる。普段通り「うん」って言ったり頷いたりしているだけだけど。
そんな未来に対しても、響花さんは素敵な笑顔を向けている。何だか、とてもありがたく感じた。
車を走らせること30分。もはや電波も怪しくなるようなド田舎の山道に入った。
民家はほとんどなく、動物飛び出し注意の看板がチラホラ目立つようになる。ガードレールを挟んで見え隠れする川。
響花さんの話によると、この道沿いに親戚の家があり、その向かい側のガードレールを越えて川に向かって降りていくと最高のバーベキューポイントが広がっているという。
もう楽しみすぎて仕方がない。とても大事な友達と、妹の未来と、そして、俺の好きな人と一緒に楽しむバーベキュー。最高の夏休みの思い出になるといいな、と俺は心から思った。
「はい到着。おつかれさま」
「ありがとうございました!」
親戚宅の駐車場にバックで駐車を終える響花さん。運転している姿も最高でした。
俺たちは一斉に車から降りると各々の荷物と、車に積んであったクーラーボックスやテントを運び出す。
「未来ちゃん大丈夫? 重たくない?」
「うん」
「ああっ、透子さんちょっと待って」
「泉ちゃん早く早くっ」
「う……、ちょっと酔った」
「ああ、だから途中から静かになってたんだな」
男2人で重たいクーラーボックスを持つ。
侑は車酔いしたみたいで顔色が悪い。侑は三半規管が弱いみたいだから、車の中でスマホもいじれないし、テレビも見ることができない。なんとかわいそうなやつだ。
しかしクーラーボックス本当に重たい。食材や飲み物が入ってるみたいだから、下まで運ぶのは責任重大である。でも、肝心なグリルとコンロとかがない気がするけど、親戚の人から借りるんだろうか。
そして、向かいにあるガードレールから下を覗いた俺たちは思わず目を輝かせ「うわぁっ」と声を漏らした。
そこは木々に覆われた砂利の海岸。ちょうど俺たちが降りていく一角だけ丸いドーム型にぽっかり空いており、知る人ぞ知るといった隠れた名所のような雰囲気。
高くそびえ立つ木に囲まれているため、全体的に日陰が多く、また木の隙間から射し込む太陽の光がとても美しい。
対岸はたくさんの木で壁ができており、その根元をとても透明度の高い川が流れている。鳥が鳴き、蝉の声が響き渡る自然豊かでとても空気がおいしい場所。
響花さんが教えてくれることは、本当に俺を感動させてくれて、俺の心にずっと残るようなとても綺麗なことばかりだ。
俺だけじゃない。トーコも何度も角度を変えて写真を撮っている。泉ちゃんも写メを撮り、侑も身を乗り出して感動している。あの未来だって、思わず声を漏らすほどだ。
やっぱり響花さんはすごい。俺の知らないことをたくさん知っている。できれば、もっと教えて欲しい。この先も、ずっと一緒にいられたらいいのにって思ってしまう。
俺たちはみんなで順番にガードレールを越えて、名所に向かって降りていく。下に到着すると、トーコも泉ちゃんも荷物を置いて川へ走っていき、サンダルのまま川へ入って「冷たい」「気持ちいいっ」とはしゃいでいる。
俺と侑も重たいクーラーボックスを運び終えた後、一緒に川へ向かう。俺のクロックスからじわぁと冷たい水が侵入してくる。冷たくてめちゃくちゃ気持ちがいい。
しかもとても綺麗な水なので、魚が泳いでいるのも普通に見えてしまう。釣りは初心者だが、釣り道具とか持ってくればよかったと後悔した。
そんな俺らがはしゃぐ姿を響花さんと未来が見ている。未来は響花さんの服の裾をぎゅっと握っていた。たぶん、相当響花さんのことを気に入ったのだろう。普段はそんなことするような子じゃないからな。
「お〜い!」
と、その時――俺たちが越えてきたガードレールから、この大自然にぴったりマッチするような爽やかな声が聞こえた。
俺はこの声を何だか聞いたことのある、心が痛む声だということを思い出す。恐らく、顔を上げると俺の心はまた傷んでしまうだろう。
そう思った俺は、先に響花さんの方を見た。
響花さんはその声のする方へ、とても眩しい笑顔で手を振っている。ああ、この表情をするということは、やっぱりあの人か。
俺は余計に心が痛み、響花さんを先に見たことを後悔する。
そして顔を上げると、そこには響花さんの彼氏、朝比奈 蒼真さんが手を振っていた。