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やじるし  作者: 猫楊りこ
第1部 春
11/44

11 まつりの準備

 相模まつりが近付き、俺のスケジュールはなかなかハードになってきた。


 土日は役員の集会に呼ばれて参加しなくちゃいけない。そこにはもちろん侑や侑のお父さん、それにトーコも参加していた。俺もバイト先の店長に相談して、土日出られない代わりに平日のシフトを増やしてもらった。


 集会では開催までのプラン、必要な物品、屋台の手配、催し物の準備、その他看板や装飾を作ったりと大忙しだ。

 役員は俺たちを合わせてザッと30人ほどいるんだけど、正直全然手が回らない。これまでもっと早い段階から大人たちだけで話をいろいろ詰めて準備も進めて来たみたいだけど、実際直前となると現場では『時給が発生しないかな』と思うくらい1日がかりで働いている。

 

 高校生の俺たちに出来ることは限られているけど、それにしてもやることが多すぎる。さすがは相模原市内でも割と大きな行事のひとつ。みんなの気合の入り方が違う。

 せっかくいい機会をもらってるんだから、成功させたいし、いいイベントにしたい。


 今日は3人でステージの準備を進めた。

 俺は赤いティーシャツを肩まで捲り上げ、頭には白いタオルを巻いて、両手には軍手をして職人のような格好をして来た。

 侑は青いティーシャツに黒のチノパン、首にタオルを掛け、同じく軍手。

 トーコは黄色のティーシャツに……ってこいつショートパンツ履いて来てるし。怪我したら危ないじゃないか。

 それよりも、特に服装の打ち合わせをしてきたわけじゃなかったが、俺たちには面白い共通点があった。


「俺たち、信号機みたいだな」

「あ、言われてみれば」

「てなると、黄色のトーコは真ん中だな」


 俺はトーコの腕を引っ張り、俺と侑の真ん中に立たせた。


「ほら。これで信号機。()から黄色(トーコ)。ほんで黄色(トーコ)から()


 やばい俺、ティーシャツの色だけで信号機だなんて、うまいこと言ったかも。


「何言ってんのみっくん!」

「そうだそうだ。終わんねぇぞ」

「ちぇっ。はぁ〜い」


 俺はそれからも冗談も言わせてもらえず、とりあえずせっせと働いた。あのもやっとした1件もあったが、3人の関係は特に拗れることなく普段通り良い関係を築けている。


 元に戻った俺たちはいつものように3人で行動しているし、よく連絡を取り合っている。最近は相模まつりの役員関係のこともあるから余計に。とりあえず、今目の前のことを全力で取り組む。


 ちなみに響花さんとも、俺のあのかっこ悪い姿を見せて以来全然会っていない。正直想像以上に忙しいからだ。響花さんには忙しくなることは伝えているし、全てが落ち着いたらSoL(ソル)の予約を取って、ワタアメと一緒にお店に行くことを約束している。


 響花さんの電話番号は、貰った後すぐに登録をした。電話番号を登録したらLINEのアドレス帳にも表示される。アイコンはクリームのアップの写真だった。俺が登録した名前は『美里響花さん』とフルネーム。

 その名前を改めて見ると、すごく良い名前だと思った。美しい里に、響く花――なんだこれ、完璧すぎる名前だ。


 そんな響花さんの名前が自分のスマホに入っていると思うだけで幸せに感じた。本当はすぐにでも連絡を取りたい。でも、この忙しさだからすぐに返信できなかったら申し訳ないし、そもそもなんて送ればいいか分からない。

 実は家で何度も何度も打っては消し、打っては消しを繰り返していた。語尾は絵文字の方がいいのか、顔文字の方がいいのか、どちらも使わず『。』にするべきなのか。あまりにも頭を抱えすぎて『好きな人がもらって嬉しい! メール・LINE愛の例文十選』なんて記事を見てしまった。


 はぁ、俺ってこんなに小心者だったなんてとショックで項垂(うなだ)れる。

 侑とかトーコには何も考えずにぽんぽんと送れるのに、どうしてそれが好きな人に変わるだけでこんなに悩んでしまうんだろう。


 ・・・


 学校に言って、バイトもしながら週末は相模まつりの準備。空いた時間でワタアメの散歩、家事手伝いなどなど、なかなかハードな毎日を過ごしたおかげで、俺は見事に体調を崩してしまった。


「光稀、大丈夫か?」

「みっくん顔やばいよ。真っ赤だよ」

「……うう」


 ここは俺の部屋。侑やトーコの部屋にも遊びに行ったことあるけど、俺の部屋が一番狭い。ベッドと小さなソファ、そして折りたたみ式のテーブルとテレビが置いてあるくらい。床にはR&Bの雑誌が数冊転がっていて、机の上にはいつもの白いヘッドホンと音楽プレーヤーを置いていた。

 まさか2人が来てくれるとは思ってなかったから、いろいろと出しっぱなしになっている。言っとくけど、特にやましいものはないからな。


 俺はかれこれ、2日ほど学校を休んでいる。1週間前から悪寒はしてたんだけど、それから咳や鼻水が止まらなくて、フラフラしながらバイトしてたら店長に早退させられ、熱を測ったら39度の高熱があった。


 熱が出るなんて何年振りだろ。

 そういえば、小学校高学年の時にもインフルエンザでめちゃくちゃ辛かったことあったな。その時はお父さんが俺をおぶって、診てくれる病院を探し回ってくれたんだよな。そしたら見事にお父さんにもうつっちゃったけど。なんだか懐かしい。


「あっくん。みっくん笑ってるよ。大丈夫かな?」

「いや、だいじょばないかも」


 すると、部屋のドアの隙間からワタアメが入ってくるのが見えた。


「あ、ワタアメ〜。今日もかわいいね〜」


 トーコはワタアメを見ると、すぐ抱っこする。ワタアメは抱っこされるのが好きなので、すごく嬉しそう。侑も撫でてあげている。


「あっ、そうだみっくん、のど飴的なの買って来たんだけど、舐める?」

「けほ……、いる」


 トーコは白い買い物袋の中から飴の袋を取り出した。バリッとあけて、中から小包装された飴玉をひと摘んでいる。いちご味か。これ絶対侑チョイスだな。


 俺は飴玉を受け取ろうと体を起こそうとするけど、だるすぎて動かない。手を伸ばそうとするけど、そんな元気はなかった。


「……ん〜、やっぱり後で食べる。そこらへん置いといて」

「ええっ。せっかく食べたいんだったら今食べなよ。まったく、しょうがないなぁ」


 そう言うとトーコは小包装の袋を破り、中の飴を親指と人差し指で持つ。


「ほぉら。お口あけて、あーん」

 何だこれ。ものすごく恥ずかしい。

「……あ……ーん」


 そして言うことを聞いてしまう俺。力が入らず少ししか開かないお口に、飴玉が近付いてくる。予想以上に口は開いていなかったようで、上下の唇にぷにっと飴玉が押し付けられた。トーコの指が俺の唇に僅かにふれて顔が熱くなる。

 俺はもう少し口をあけて、飴玉が入るように努力する。するとトーコは飴玉からいったん指を離し、人差し指だけで飴玉をゆっくり押し込んだ。ころっと音を立てて俺の口内を転がる飴玉。


 甘くておいしい、なんて思えたのはほんのレイコンマの世界。俺はいつまでも残っている唇への感触の正体が分かり、驚きのあまり思わず体をビクッとさせた。

 トーコの小さな指が、俺の唇に押し当てられている。ぷにっと唇に食い込むトーコの指がさすがにこれは恥ずかしくて、俺は「ん〜!」っとくぐもる声を上げた。いつも俺等に対して物理的距離の近いトーコだが、ちょっとこれは一線超えているというかなんというか。


 そんな俺の反応が面白かったのか、透子は指の腹で唇をぷにぷにと触り始めた。具合が悪くて力が入らない俺は、小さなトーコにされるがまま。


 同じ空間に侑がいることを思い出してそっちに顔を向けて見ると、俺たちに背を向けてワタアメを抱っこしている侑。

 俺が逆の立場だったら好きな人のこんな行動、見たくない。


「こら、トーコ。いい加減にっ」

「へへっ。いじわるしちゃった」

「いじわるしちゃった、じゃないだろ……けほけほっ」


 ようやく解放された俺の唇は、まだトーコの指の余韻が残っている。これは熱のせいだろうか。体温が上がっているような気がする。


「あ、あたしが添い寝したら熱下がるかもよ」

「んなわけないだろ……ああっ、やめっ! 布団剥ぐなぁ!」


 なんかトーコの奴、先日の1件からやたら俺にくっついてくるというか、必要以上に構ってくるようになったような気がする。自意識過剰かな。気のせいかもしれないけど。


 今だってそうだ。唇ぷにぷに事件から、今は布団剥がして添い寝事件に発展しようとしている。こんなときに俺は熱のせいで体力を奪われているので、ほぼ無力。おかげさまでトーコに好き放題やられている。


「こらトーコ。光稀具合が悪いんだから、その辺で勘弁してやれよ」

「あ。あっくんが怒った」

「怒ってねぇよ」

「はーい。じゃあ添い寝はまた今度だね」

「しなくていいっ」


 侑のひと言で何とか事なき終えた。

 そもそもトーコは、侑の好きな女の子だ。俺にじゃなくて侑に構ってあげるように仕向けたいところだけど。でもだめ。俺絶対余計なことしちゃいそうだ。とりあえずこの先もこんなのを侑に見られるのだけは、何とか避けたい。

 俺は乱れた布団を伸ばし、体を包み込ませた。


「なぁ光稀。お前の好きな人、相模まつりに来るのか?」


 突然の侑の質問に俺はビクッとした。俺が勝手に思い込みすぎていただけかもしれないけど、前回その話題の後、俺等3人が若干ギクシャクした空気になってしまったから、その話題について話すのはちょっと気が引けていた。それが直接的な原因でなかったかもしれないけど、もうあの空気になって仲が拗れるのは嫌だと思っていた。


「そうそう。それ聞きたかったのよ。チラシ渡したんでしょ?」


 だけど2人は至って普通に話を進める。トーコもノリノリだ。


「見てみたいよね、みっくんの好きな人。ねぇあっくん」

「うん。見たい」

「この話、してもいいのか?」

「当たり前じゃん。何言ってんのよ」

「どんな人だよ。聞かせろよ」


 よかった。

 やっと2人に、響花さんの話ができる。


 俺は2人に話をした。年上でトリマーやってて、すっごく綺麗な人だということを。自分のお店を持っていて、また来てもいいと言われていること。そして、俺がひとめぼれをしてしまったこと。


 2人はさすがに6歳年上というところには、かなり驚いていた。トーコだけじゃなくて、侑も「えっ⁉︎」て大きな声出してたな。これはかなりめずらしい、超レアだ。


 相模まつりに来てくれたときは、これが俺の大切な友達だと、響花さんに紹介したい。そのためにも、こんなところで倒れてちゃいけないよな。まつりは絶対成功させたい。まつりに来てくれるみんなのためにも、響花さんのためにも。


 こうして、すっかり体調の良くなった俺は、引き続き2人と一緒に毎日夜遅くまで相模まつりの準備をした。眠気と体力との戦いだったけど、当日喜んでくれるであろうみんなのことを考えれば弱音を吐かずに頑張れた。


 そして後日、朝から打ち上げられる盛大な花火とともに、相模まつりが開幕した。

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