中等部三年・Ⅱ
ライオネルの留学は、瞬く間に噂になった。
その反響は物凄く、類稀な美貌に数少ない女子生徒はおろか、男子生徒ですらどよめいている。
完璧な美貌と伯爵家という身分、それにブライドンに編入できるほどの魔術の才と知識。
誰もが彼に注目していた。
特待生仲間の間でも、彼に憧れの眼差しを向ける者は多く、特にケイティなんかは目にするたびにうっとりと見惚れている。
ルイとライオネルは思っていたとおり馬が合うようで、すぐに仲良くなっていった。
元々世話好きで人懐っこく、誰とでも話せる上に、魔術が大好きで一度話し出すと止まらないルイと、物静かだが天性の才があり、知識も豊富なライオネル。
二人は会えば魔術に対する持論を交わしているようで、貴賤の垣根を超えて、友情を育んでいるようだ。
ルイがもし女の子だったのなら、うまく話がまとまったのにな。
二人が熱く語り合っている様子を見ると、失礼だと分かっていても、そう思わずにはいられなかった。
アディンソン伯爵子息である彼には、初等部からいる貴族たちもこぞって話しかけに来る。
講義中のグループ編成から昼食の誘い、放課後のデートまで、あちらこちらから誘いの声がひっきりなしにやまない。
そんな華やかな交友関係を持ちながらも、ライオネルはなぜか、いまだに私のそばから離れる気配がなかった。
たしかに、留学にあたっての案内役ではあったし、それにかこつけて彼のことを探ろうとは思っていた。
だが、それはあくまでも今後の対策に活かそうと考えていただけであって、ライオネル・アディンソンと必要以上に馴れ合うつもりなんてはなからない。
それに、私の役割はライオネルにとって、この学院に馴染む取っ掛かりというだけであって、今は誰もがライオネルと仲良くなりたがっている。
なのに、ライオネルはそんなまわりのことなどお構いなしに、今日も私に近寄ってくる。
「ソフィ、今いいか」
顔を上げると眩しいほどの美貌。真面目くさった無表情で、ライオネルが立っている。
「なんでしょう。アディンソン様」
「いい加減、ライルと呼んでくれ」
……いや、正直もう彼の愛称を呼ぶ勇気はない。
一度うっかり呼んでしまってから、周りのやっかみが酷くなった。
今も視線で人が傷つけられるなら跡形も残っていないだろうというくらい、貴族子女たちからの強い視線を感じる。
もともと、ただの一特待生っていうだけの影の薄い存在だったのに、ライオネルの影響ですっかり目をつけられてしまった。
「……それで、ご用件は?」
「一緒にカフェテリアに行かないか。今日の講義の内容だったが、魔術構築時の特殊変更例について、ソフィの意見を聞きたいんだ」
断りたいけど、ライオネルからもじっと見つめられていて、言外の圧を感じる。
それに断ったら断ったで、今度はアディンソン伯爵子息の誘いを断るなんてと、結局あとで怒られる。こんな理不尽なこともない。――こんなときは、困ったときのルイ頼みだ。
「あ、ルイ!」
「ん? ソフィ、どうしたの?」
目が合ったルイを呼ぶと、彼は厄介事に巻き込まれるとも知らずに、ニコニコとやってくる。
といってもルイがライオネルのそばにいたって、悪く言う人はそれほどいないけども。
二人並ぶと、なおさら目の保養になるからなぁ。
こんなに毒気のないルイを悪く言える人がいたら、見てみたい。
ともかく、せめてもの足掻きとして、カフェテリアへの同行をルイに頼む。ルイはいつもの優しい笑みを浮かべて、快諾してくれた。
目の前にはもうすっかり馴染みとなった、魔術議論を繰り広げるルイとライオネル。
そんな二人を眺めながら、聞こえないように小さくため息をつく。
カフェテリアに座ってさえいても感じる、人の視線。
私はこの場に必要なのだろうか?
ライオネルがケーキを奢るって言うから、渋々ここにいるけれど。
もしあのとき運良くルイを捕まえられなかったら二人きりだったと思うと、考えただけでゾッとする。
ルイの存在には、本当に助けられている。
「ところで君は、さっきから他人事のような顔をしているけれど、今回の内容についてどう思ってるんだ?」
「あっそれ、僕もソフィの意見が聞きたいと思ってた!」
ケーキを口にしながらあさっての方向に思考を巡らせていると、二人から矛先を向けられた。期待に目を輝かせて見つめられている。
「……えっとですね、あくまでも一意見として聞いてもらっていいですか。あの、特殊変更というと単語の選択と考えがちなんですけど……」
でもなんだかんだで、二人と魔術学について語り合うのは身になるし、実を言うと楽しんでさえいる。
ルイと話すときもそうだけど、王立魔術学院で学んでいたライオネルは知識も豊富だし、解釈の視点が私たちと違って、色々と気付かされることも多い。
認めたくないけれど、心の中ではこうやって意見を交換している時間を、どこか楽しんでさえいる。
もしも未来なんか知らないままだったら、私はライオネルと良い学友関係を作ることができたのだろうか。
それともこう思ってしまうことが既に、将来ライオネルにいいように唆される予兆となってしまっているのだろうか。