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アルル・リリヤ Ⅳ

すみません、改稿しています。

 

 聖女様に与えられた客室に戻ると、その場にいなかったセヴランさん以外のみんなが聖女様を取り囲むようにソファへと座った。


「私のいた世界では――」


 おもむろに口を開いた聖女様は、口数少ない様子で黒の一族について知っていることを教えてくれた。








 ――私のいた世界では、黒の一族と白の一族が仲良く手を取り合って住んでいる。黒の一族が魔術を操り、白の一族がそれを浄化する。二つの一族が手を取り合って助け合うことで、世界はいつも豊かで美しく、そこにはなんの憂いも生まれることのない楽園が存在する。私はそんな楽園から、この世界を浄化する役目を果たすために来た。

 ……はるか昔、黒の一族と白の一族は一度だけ争い合ったことがあったんだ。ある日黒の一族の魔術と白の一族の浄化、どっちがより優れているか言い争いになって、そこから一族郎党すべてを巻き込んだ大規模な争いになっていた。

 当時の黒の一族の族長の息子と白の一族の族長の娘は、その状況を憂いていた。……二人は恋仲だったから。

 いつまでも争いは終わらず、住む土地は見る影もなく荒れ果て、協力しなくなった二つの一族のせいで世界は今にも滅びそうだった。

 そこで黒の族長の息子は争いを終わらせるため、白の族長の娘と手を取り合うことにした。

 二人の決死の呼びかけはたくさんの人の心を動かした。いつまでも決着のつかない戦い、生活は貧しくなり、ますます土地は荒れ果てるばかり。以前の緑豊かでなにも憂うことのなかった世界へと戻りたい。そう願う人が手と手を繋げて、そして二人の願うとおりに長く続いた争いは終わった。

 今も私たちの世界では二つの一族が一緒に手を取り合って、仲良く暮らしているよ。








 聖女様はそこまで話して言葉を切った。


「つまり……黒の一族ってルナと同じ世界の人ってこと?」


 オーウェンの疑問に「そうなるね」と聖女様は言葉少なに答える。


「じゃあ、ソフィは……」


 兄から向けられた視線を避けて聖女様を見つめると、彼女もまっすぐに私を見返していた。


「でも、それがルナの世界の話だというのなら、どうしてこっちの世界に黒の一族がいることになるんだ」


 ライルの質問に聖女様はまた視線を伏せる。


「争いを治めるのも、一筋縄じゃいかなかったの」


 聖女様の声が震え、彼女は耐えきれないといったように胸の前で手を組んだ。


「中には争いを続けたがる人たちもいた。特に黒の一族――その中でも自分たちの魔術が一番強いんだって誇示したい人たちが、なかなか黒の族長の息子の言うことを聞いてくれなかった。それで彼らは、最終的に――出ていったの」


 その言葉に嫌な予感がして、オズワルドを見上げる。オズワルドも眉を顰めていた。


「彼らはあくまで自分たちの主張が証明されるまで争いを止めるつもりはなかった。でも平和を求める大多数の民、そしてその群衆の希望になった黒の一族の族長の息子――エリアスは彼らの優位性を認めるわけにはいかなかった。だから彼らは私たちの世界を出ていった。あくまで力の有意差を認めないエリアスに愛想を尽かして、新天地に移り住んでいったの」


 ――まさか、自分たちの先祖が争いの発端となった人物たちだったとは。

 ショックを受けたのはオズワルドも同じだったらしく、彼も言葉を失ったまま呆然と聖女様を見つめていた。


「もちろん、これはもう随分と昔の話であって、今のソフィたちも好戦的だとか、そうだって言いたいわけじゃないの。ただ、この世界に黒の一族がいる歴史的背景がこうだったっていうだけの話で――」


 聖女様の言葉もどこか遠くに感じる。

 顔も知らないはるか昔の祖先のしたことだといえ、そのルーツが到底人に言えないようなことだったことに言葉もでなかった。


「教えてくれて、ありがとうございます……」


 オーウェンもライルもブリジットさんも、なんて声をかけていいかわからないような顔をしている。

 私はふと一人になりたいと、そう思ってしまった。幸い夕方の任務までまだ休憩の時間はある。


「ソフィ……」


 躊躇うライルに、なにかを告げようとするオーウェン。変に気遣われて、ろくに声もかけられない。


「……そうだ、あなたはまだ我が国の訓練場を見ていなかったな」


 そこに一石を投じたのはオズワルドだった。


「よかったら今から見に行かないか」


 あまりにも唐突な提案は、しかしそれが沈んだ瞳のオズワルドの精一杯の気遣いだと知って、喉まで出かかった言葉をひっこめる。


「そ……う、ですね。せっかくだから、少し見てきますね」

「貴重なお話をありがとう、聖女様」

「ルナ、また後で」


 オズワルドにそっと肩を支えられて退室を促される。

 私は追うようなライルの視線から目を背け、彼らに背を向けた。








 二人とも、しばらくは会話をすることもなくただ歩いていた。

 重苦しい沈黙をなんとかしようとする元気もなく、ただ前を歩くオズワルドに追随して足を動かしている。


「ありがとう、ございました」


 オズワルドはちらりと視線を寄越してきた。


「少し外の空気を吸いたいと、そう思ってました」

「奇遇だな、俺もだ」


 しばらく歩いて、オズワルドはぽつりとこぼした。


「聞かなければよかったな」


 顔を上げる。見上げた先の顔には苦笑が浮かんでいて、それにどこかホッとしている自分がいた。


「……なんて、随分と勝手な言い草を口にしてしまった」

「ですが正直、私も知るんじゃなかったって思ってます」


 二人して苦笑を見合わせて、それからまた無言で歩く。オズワルドに追随しながら、随分と長く続く狭く急な階段を降りていく。ぼんやりと考えごとをしていて、気づいたときには先ほど聖女様たちがいたであろう訓練場に着いていた。


「しばらく打ち込みに入るが、あなたは?」

「私はここにいます」


 端のベンチを指差す。オズワルドは頷くと離れていった。

 ……聖女様、私たちがショックを受けるってわかってたから本当は言いたくなかったんだろうな。

 一人ベンチに腰掛けながら、遠くに素振りに入った大柄な男の姿に目を遣る。

 ……だから昔の黒の一族は、白の一族の青年に追われてたってわけか。

 しばらくとりとめのない思考を頭に流しながら、一心不乱に剣を振るうオズワルドを見るともなしに見る。

 ……だとしたら、この世界にいた白の一族の青年って何者?

 界渡りでこの世界に来てくれる聖女様は、どの時代だって女性だった。聖女様が男性だったことなんてない。だから()()様なのだ。

 ……それにエルオーラ手記集に載ってた黒の一族は、皆が皆悪い描かれ方をしていたわけじゃなかった。エルオラみたいにこっちの人と結婚して家族になった人だっていた。アルムフーサの王族の祖先みたいに、子孫へ慈しみの祝福を遺した人だっていた。

 ……そもそも、たしか白の一族は浄化の文言しか扱えないのでは? だとしたらなぜ、この世界で白の一族の青年は黒の一族を脅かすことができたのだろう。

 ――まぁ、見も知らぬ祖先のことで今を生きる私たちが頭を悩ませたってしょうがない。すべてはもうはるか彼方の時の向こうの出来事で、それは今を生きる私たちには知りようのないことだ。

 それはオズワルドもそう思ったみたいで、大分経って、打ち込みの終わった彼が汗を拭きながらこっちへと歩いてくる。


「あなたの任務は?」

「もうじきそろそろ。オズワルドは?」

「俺もだ」


 彼は束の間視線を落とすと、「行けるか?」とそれだけ聞いてきた。


「そうですね。私の祖先がなにをしていたのだろうと、今の私は聖女様の護衛ですから」

「よかった」


 オズワルドはまた微笑んだ。


「俺もそう思ったんだ」








 オズワルドに送ってもらって、充てがわれた自室へと着く。短い挨拶を交わして部屋に入る。

 吊り下げていた純白のローブを羽織って、胸元にライルからもらったローブブローチを留める。

 時間よりも前に聖女様の部屋へと向かう。扉の外で警護をしているライルになにか言われる前に、首を振る。表情を消して頭から余計なことを追い出す。


「ごめんね」


 扉を開けてすぐ、聖女様はまるで自分を責めるように開口一番そんな言葉をかけてきたものだから、私は聖女様に微笑んでみせた。


「どうしてルナが謝るんですか。昼間は知っていることを教えてくれてありがとうございました。では引き継ぎを行いますので、少し失礼」


 いつの間にか後ろに立っていたセヴランさんと目が合う。ライルがずっと気遣わしげに見ている。オーウェンがなにか言いたそうにしている。

 たくさんの視線をすべて跳ねのけて、私は心配させないように笑うしかなかった。









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