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アルル・リリヤ Ⅰ

 

 王宮に直通するという王室専用の昇降機は、随分と華美な装飾を施されていた。……その割には動きが遅く、最上層に着くまでにしばらくかかった。

 昇降機が王宮に着くまでの間、フォンテインさんは銀色のミステリアスな瞳でじっと私を見つめていた。この視線はどういうことだろう。彼女の視線の意味はわからない。ただ居心地はすごく悪い。別になにを言われることもない。ただ注目されたまま、私は無口なフォンテインさんに注視されている。

 間が持たないので私はトロッコの仕組みを観察することにした。

 今乗っているこのトロッコは装飾はかなり凝っていて優美で華やかだが、仕組みはエルレッタのように機械と組み合わせた半魔術具だ。滝を流れ落ちる水を利用したもので、トロッコを上昇させるには滝に備え付けられた連動した貯槽に徐々に水を貯め、下降させるためにはゆっくりと水を捨てる。……どおりで遅々として進まないわけだ、このトロッコは。

 言っては悪いが、華美なのは見た目だけだな。そんなことを思いながらトロッコを観察している私を、相変わらずフォンテインさんは感情のない目で静かに観察していた。








 そうこうしているうちに、トロッコがやっと最上層階まで着く。

 あくびを噛み殺すセヴランさんには目もくれず、フォンテインさんはただただ静かに謁見の間まで案内してくれた。

 幻想的な王宮の中はまさに深森の秘宮といった神秘さで、豊かに生い茂った森の植物が壁を這って彩る様はエルフの存在を連想させた。


「聖女様のご到着です」


 謁見の間、静々としたフォンテインの声が響き、何重にも垂れ下がった更紗の絹がするすると引き上がっていく。

 その奥から姿を現した人物に、私は目を瞠った。


「長旅、ご苦労であった」


 巨大な花を模したような、気が遠くなるほど幾重にも重ねられたシフォンの玉座。そこに座していたのは、長く波打つホワイトブロンドに深緑のきらめく瞳、まさにエルフの女王を体現したような美貌の女王だった。

 だが私が驚いたのは女王の姿ではなく――その後ろに控えているリンリールさんだった。


「ソフィ、しばらくぶり! やっとこの国に来てくれて嬉しいよ」


 リンリールさんに親しげに呼びかけられて、聖女様たちの視線が一斉に私に向く。


「そなた……知り合いなのか」

「ええ、古き知り合いの娘です」


 冷ややかに尋ねた女王に、リンリールさんは陽気に答えている。


「また黒の一族か……そなたの黒の一族好きの酔狂さよ」


 呆れてため息をつく女王の様子など気にもかけずに、リンリールさんは私にひらひらと手なんか振っている。


「ソフィ、ありゃ誰だ?」


 聞こえないような小声でセヴランさんが尋ねてきた。


「母の古い知り合いだそうです……ていうか、セヴランさんも見たことありますよね?」


 たしかエルレッタで母が亡くなったことをリンリールさんに告げたとき、話していた姿を見ていたはずだ。


「そうか? 一度見た顔は絶対に忘れないんだが……どうしても思い出せねぇな」


 セヴランさんが不審そうに目を細める。


「……世界を導く聖女よ、そなたを歓迎する」


 女王は口数少なくそう言うと、あとは黙ったまま冷たい目を私に固定してしまった。


「長旅で疲れてるでしょう。部屋に案内させるね」


 リンリールさんが女王に代わって退室の許可を出す。

 視線に晒されすぎて、すっかり疲れてしまった。








 部屋に案内された途端、私はみんなに囲まれた。


「この国に知り合いなんていたのか?」


 ライルの疑問に、曖昧に返す。


「母の古い知り合いだとは聞いていたけど、この国の方だとは。というか、知り合いっていうほど知ってる人でもないよ」

「その割に向こうはいやに親しげだったが」


 それに肩を竦め返す。それがリンリールさんのキャラだと言われたら、そう答えるしかない。


「それにやたらお前さんに注目してたよな、この国の人間は」


 セヴランさんにも尋ねられる。


「たしか、黒の一族がどうとか……」


 そのとき、部屋の扉がノックされた。


「長旅でお疲れのところすみません。魔術剣士団より聖女様に挨拶をしたく伺いました」


 扉を開けに行ったライルがその先に居た人物に瞠目する。その視線の先を追って、これまた驚いた。


「遅ればせながら聖女様、よくぞこのアルル・リリヤへとお越しいただきました」


 にこやかに挨拶をしてきたのは、長い金髪を後ろで括った屈強な男性。


「魔術剣士団の団長を務めさせていただいております、テオドロスと申します」


 テオドロス剣士団長の後ろに控えていた人物。

 彼は私と同じ漆黒の髪にまるで夜闇のような黒い瞳を持った、整ってはいるが陰気な雰囲気の男だった。


「黒の一族……?」

「おや、こちらは」


 思わず言葉を漏らすと、テオドロスさんが微笑みながらしゃがんで目線を合わせてくる。


「珍しいこともあるものだ。オズワルドと同じ一族の方がいらしているとは」


 テオドロスさんが振り返ると、後ろの黒い男が一歩踏み出してきた。


「……オズワルドだ」

「……ソフィアです」


 静かに手を差し出されて、混乱しながらもその手をとる。


「おいおい、聖女様はこっちだぞ」


 からかうような言葉を出しつつもセヴランの声は鋭かった。


「これは失礼」


 テオドロスさんは人のいい顔に笑みを浮かべて、両手を上げた。


「驚かせてすみません、ですがオズワルドも初めて同じ黒の一族の方に出会えて驚いているのです。同郷の者に出会えて懐かしくなる気持ち、少し多めに見ていただければと……話が逸れまして、この国で滞在している間は我が魔術剣士団も聖女様の護衛につかせていただきますので、お見知りおきをと思い挨拶に駆けつけた次第です。後ほど落ち着かれましたら、ぜひ我が国の鍛錬場にも足を運んでくださいね。オズワルドもあなたの来訪を首を長くして待っています」


 後ろのオズワルドはそれきりなにも言わなかったが、テオドロスさんはそうやって勝手にオズワルドの心境を代弁すると、打ち合わせをするべくオーウェンを促した。


「さて、俺たちはとりあえずはこっちの整理だな」


 みんなのどことなく戸惑うような空気の流れを変えたのはセヴランさんだった。


「そうだな、ルナは疲れている。休憩が必要だ。それにやらなければならないことはわんさか残っている」

「……そうだね。それじゃあいつも通りにブリジットとソフィで部屋の中のことを頼む。セヴランとライオネル君で日程の確認と護衛の枠組みを。僕はテオドロスさんと詳細について詰めてくる」


 戸惑っていたオーウェンだったが、セヴランさんとブリジットさんのリードもあっててきぱきと役割を割り振ると、テオドロスさんと連れ立って部屋を出ていった。


「ルナも色々と言われて疲れただろう。少し休むといい」

「うん、ありがとう……ごめんね」


 最後のごめんねはどうやら私に向けられて言ったものだったらしい。だけど正直なんに対しての謝罪かもわからなかった。

 聖女様はこの国の人たちと同じようによく読めない目で、じっと私を見つめていた。








 

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