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アルムフーサ・Ⅸ

 

 ――出立の日。

 次の国に向かう私たちを、アルムフーサの騎士たちは親切にも再び国境付近まで送ってくれた。


「ソフィ、また気が向いたら気軽に遊びに来てくれよな。アイーシャも楽しみにしてるからよ」


 カイロスの優しい言葉に、満面の笑みを返す。


「アイーシャにもよろしくと伝えておいてください。彼女には随分と世話になったのに、最後にきちんとお別れも言えませんでした」

「気にすんなよ! アイーシャも祈願の舞のあとでちょっとバタバタしてたからな。それじゃ、この先も気をつけろよ」


 カイロスはお別れの抱擁を交わそうとして、思い出したように言葉を続けた。


「あ、そうそう、やっぱソフィたちって優秀なんだな。なんたってラーニャのあの嫌がらせのような花火の集中放火を涼しい顔して全部弾き返してたもんな。陛下も自分が出る幕もなかったって感心してたぜ」


 ……やっぱりあれは嫌がらせも兼ねてたんだ。


「ラーニャって自分の魔術や踊りの才能に自信満々なんだけど、俺からするとちょっとくどいんだよな。ソフィはあのノリ、平気だったか? 俺はもうちょっと静かなほうが好みだな。そう、たとえばアイーシャみたいなさ!」

「そ、そうですね……」


 苦笑とともに今度こそ別れの抱擁を交わす。後ろからライルもやってきた。


「騎士カイロス、滞在中は大変お世話になりました。特にソフィにはよくしていただいたみたいで」

「お、おう……」


 いやに作りものめいた笑顔を浮かべながら手を差し出しているライルに、カイロスはどこか引き攣った笑顔を返している。


「カイロス、それでは」


 なんとなく逃げといたほうがいいような気がして、私はカイロスと目配せし合いながら、軽く片手を上げて背を向けた。ほかの騎士たちともそれぞれ挨拶を交わし終えると、アルムフーサの次の国へと旅を続けるべく、馬車へと向かう。


「ソフィ」


 後ろから追いかけてきたライルが、隣に並ぶ。


「どうしたの?」


 ライルは自分から話しを振ってきたくせに、淡いアイスブルーの瞳に躊躇うような色を浮かべて、なかなか話し出そうとはしなかった。


「もしかして馬車の構築文のことかな? 次の国はアルル・リリヤ、だっけ? また環境も変わってくるし、構築文も大幅に変更しないといけないね。次の休憩時間からさっそく取り掛かろうか」

「あ、ああ……そうだな」

「ソフィー! 準備はいいか? もう行くぞ!」


 御者台からセヴランさんにせっつかれて、ライルはそれ以上の話はまたあとでと背を向けた。








 御者台に乗り込んで、しばらく。

 それにしても今日は随分と静かなものだ。だいたい護衛の担当はセヴランさんと組むのがもう定番となっていて、彼とは一緒にいることが一番多いから、たしかに今さら話すことなんてもうない。おまけに彼も私も口数は多いほうじゃない。二人きりでいるときは大抵沈黙であることが多い。それにしても今日のセヴランさんはやけにむっつりというか……。


「……なぁ、ソフィ」


 やがて、セヴランさんは重い口を開いた。


「一つ、確認しときたいんだが……おまえさん、もしかして、忘れていた昔の記憶を思い出したんじゃないのか?」


 セヴランさんはその切れ長のアンバーの目で私の様子をくまなく観察していた。セヴランさんは相手と話をするとき、それこそ視線の動きから呼吸の様子、声音から仕草まですべてをくまなく観察するきらいがある。


「昔の記憶、ですか」

「もともとランドルフ隊長からはおまえさんがそう望むなら、詳しい状況を話してもいいとは言われてはいるんだが、」


 彼はちらりと視線を寄越した。


「俺は知ってる。ソフィがどういう状態であの家に取り残されていたのか。俺は隊長と一緒に、あのときあの場にいたから」


 セヴランさんは刺激しないようにかそろそろと手を伸ばしてきて、そしてそっと私の手から手綱を引き抜いた。そうされて初めて、自分の手が震えていることに気づいた。


「……まぁいいや」


 セヴランさんはため息をつくと、ふいと視線を逸らした。


「どっちでもいいけど、護衛の任務に支障が出るようなことだけはやめてくれよ」

「……わかっています、充分気をつけます」


 それ以上、セヴランさんとは言葉を交わさなかった。








 あの日以来、セヴランさんからなにを言われることもなかった。私からもセヴランさんになにを訊くこともなかった。

 聖女様を護衛する旅は続いている。私はただ、粛々とその任務に臨むだけだった。







 長く重苦しい沈黙を体現したかのような荒野。見渡す限りの枯れた大地の遥か向こう、行き止まりかのように突如現れた高く聳える果てしない崖。

 そこが今回の目的の地だ。

 アルル・リリヤは、荒野の中に突如聳え立つ断崖絶壁に沿って建てられた都市だ。

 はるか上まで見上げるほどに屹立する崖をくり抜いた中には、たくさんの民が生活する住居があり、その最上階にこの国を統べる女王が君臨しているという。

 崖の上にはどこまでも深く鬱蒼と茂った森と、並行して流れる河川がある。昔からこの国はその生活をこの森と河川の豊かさに依存してきた。それはこの国の住処が上のほうにあればあるほどこの森を利用しやすいということであり、そしてそのままこの国の民の序列を現していた。


「ようこそいらっしゃいました、聖女様」


 荒野の先、崖から吹き出す滝の滝壺の麓で出迎えてくれたのは、まるで物語に出てくるエルフのように美しい女性魔術師だ。


「王宮専属魔術師のフォンテインと申します。今回の聖女様の訪問にて、皆様をご案内する役目を仰せつかっております」


 フォンテインさんはにこりとも笑いはしなかったが、深々と丁寧に頭を下げた。その様子にオーウェンも改まった様子で颯爽と騎士の礼をとる。


「さっそくですが、ここは下層ですので……皆様を女王陛下の元へとご案内したく」


 フォンテインさんは優雅な装飾で飾られたトロッコのようなものを指し示した。


「こちらは王宮直属の昇降機でごさいます。さあ、こちらへ」


 皆が順番に乗り込んで、最後に私も乗り込もうとしたとき。


「……」


 フォンテインさんはちらりと私を見た。

 なにを言われたわけでもない。でもたしかにその視線は心地のいいものではなかった。








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