中等部三年・Ⅰ
三年生になって前期も半ば過ぎたころ、久しぶりにダレル先生に呼び出された。
特待関係の手続きで不備でもあったのだろうか。心当たりはないが、とりあえず職員室に向かう。
そこで待っていたダリル先生は、爽やかな笑顔で衝撃の事実を告げてきた。
「ライオネル・アディンソンが……?」
「おや、彼を知ってるのかな?」
ダレル先生は話が早いとばかりに微笑む。
「まぁ、自国の貴族だもんね、知っていてもおかしくはないか」
「あ、いえ……」
たしかに、彼のことはある意味誰よりも知っている。
私を破滅に導く張本人。
オーウェンを慕うこの気持ちに付け込み、自らの手を汚すことなく聖女を手に入れようと画策する裏切り者。
そのライオネルが、なぜかこの学院に留学してくるという。
「元々我が国の魔術に興味があったみたいでね。同じ国の出身で唯一の特待の例があると聞いて、君にぜひとも案内をお願いしたいということだったけど、頼んでもいいかな?」
ライオネルがブライドンに編入してくる? そんなこと、ありえるのか?
物語は聖女が呼び出されるところから始まるのでなんとも言えないが、彼がここに編入したなんて描写はどこにもなかったはずだ。それとも書かれていなかっただけで、私とライオネルはここで出会っていた?
珍しく狼狽えてしまった私に、ダレル先生は目をパチクリさせる。
「大丈夫? 強制じゃないから、不都合があるならほかの人に頼んでもいいよ」
私は断ろうと口を開いて、ふと閃いた。
ライオネル・アディンソンがここにやって来る。聖女様も、オーウェンもいないこの国に。
これはチャンスじゃないだろうか。ここでライオネルに接触して、彼のことをよく知ることができれば、こっちの対抗手段もぐんと増えるに違いない。
それにもしも運よくこの国に引き留めることができれば……未来を大幅に変えられるかもしれない。
「……お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。ライオネル様と言えば伯爵家の御子息様。そのようなお方が留学などと驚いてしまって」
「ランドルフ君がそう言ってくれて助かるよ。彼は一週間後に到着する。それまでに案内の準備を頼むね」
ダレル先生は、少しホッとしたように微笑んだ。
ダレル先生の言うとおり、ライオネル・アディンソンはそれから一週間後、ブライドン魔術学院に到着した。
学院の門前で待っていると、アディンソン家の紋章が描かれた馬車が目の前でゆっくり止まる。
御者が扉を開けるのと同時に、私は深く頭を下げた。
「ソフィア・プリムローズ」
ひどく冴え冴えとした声が響いて、ゆっくりと頭を上げる。
「お初にお目にかかります、今はランドルフの姓を名乗っております、ソフィア・ランドルフです」
身を起こしてライオネルの姿を見た瞬間、驚きのあまり瞠目した。
「私の顔を忘れたのか」
つややかな亜麻色の髪、煌めくアイスブルーの瞳。
「あなたは……」
「久しぶりだな、ソフィ」
アディンソン家で出会ったあの美しい少年が、目の前に立っていた。
「あのときの……」
「色々と教えてもらってがんばったんだ。おかげで今日、こうしてここに立つことができた」
この少年がオーウェンと私の未来に立ちはだかる、あのライオネル・アディンソンだっただなんて。
どうしてあのとき、アディンソンという名前にピンとこなかったのだろう。
「アディンソン様。その折は不躾な作法で失礼いたしました。どうかご容赦を」
「堅苦しいことはなしにしよう。ともに学ぶというのに、四六時中そのような態度をとられると私も息が詰まる。身分関係なく、一生徒として接してくれ。私のことはライルと」
尊大な言い方は変わらないが、見下されているような印象はない。少なくとも不敬に問われたりしないと分かって、ホッと肩の力が抜けた。
「ありがとうございます。では、早速案内を始めますね」
特に異論はなかったのか、ライルは首を傾げて先を促した。
学院併設のカフェテリアで一通り説明を済ませてから、主要な講義室を巡りつつ案内する。その後は寄宿舎まで説明がてら一緒に戻った。
宿舎は全室個室だが、特待組は学院が負担しているのもあって水廻りが共同で作られているので、貴族組とは棟が別れている造りだ。
「では私はこれで。御用の際は院内専用魔術鳩をご使用ください」
寄宿舎の門のところでペコリとお辞儀し、その場を去ろうとしたときだった。
「ソフィ! 良かった、戻ってきてたんだね」
特待組の玄関から出てきたのは、課題を手にしたルイ。
「ルイ、どうしたの?」
「ちょうど君に聞きたいことがあって。ここの部分なんだけど……」
ルイは優しくて面倒見も良く、いつも世話になっている大好きな友人だ。……だけれども、本当に魔術のことになると話が長い。
一度スイッチが入ると所構わず魔術の話をしだすのが玉に瑕で、今も目の前にいるライルのことなんかそっちのけで熱く語り出してしまっている。
「ル、ルイ、ちょっと待って。その話はあとでゆっくりしよう」
ちらりとライルを伺うと、彼は立ち去るでもなくじっとこちらを見つめている。
私の視線に気付いたのか、ルイはライルを見てパッと笑顔になった。
「そういえば今日、君の国から留学生が来るんだったね。はじめまして、僕はルイ。分からないことがあれば遠慮なく聞いてね。これからよろしく」
ライルは差し出された手をまじまじと見つめたあと、おそるおそるといったように手を伸ばした。ルイは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐにニコニコと握り返す。
「私はライオネル・アディンソン。世話になる」
ルイが無礼者だと怒られやしないかヒヤヒヤしていたが、ライルがなにも言わないのを見てホッと息を吐いた。学び舎では身分は関係ないという彼のスタンスは、どうやら本物のようだ。
「それじゃあライオネル、僕はソフィと話があるからこれで」
談話室へと先に行くルイの背中を追いかけながら、ちらりとライルを振り返る。彼は相変わらず無表情でじっとこっちを見据えていた。
もう一度ペコリと頭だけで小さくお辞儀して、今度こそルイのあとを追った。