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アルムフーサ・Ⅰ

ブックマークや誤字報告、ありがとうございます!

いつも助かってます。

またあれば教えてくださると助かります。



 

「ようこそ、アルムフーサへ!」


 国境の町で私たちを出迎えたのは、赤毛に浅黒い肌、屈強な肉体を持ったアルムフーサの騎士の方々だった。ここで一旦、現地で用意してもらっていた砂漠に慣れた馬に換える。そのためにここまで迎えに来てくれたのだ。


「みんな、この国に来るのは初めてか?」

「ええ、随分と風が強くて暑いですね!」


 にこやかに会話するオーウェンの隣で、ブリジットさんは随分と人気を集めている。なんと、複数の騎士に囲まれてナンパ紛いのことまでされていた。


「あんた、こりゃまた随分と綺麗な面してんな! あんたみたいな人は初めて見たぜ!」

「そ……そうか?」

「ああ、こりゃたまげたぜ。エスパルディアの騎士ってのは顔まで上等なんだな。こりゃ今晩の酒は随分と美味いものになりそうだ!」

「……。まぁ飲めるのなら、なんだっていいが」


 片手間であしらっているブリジットさんは、さすが場慣れしている。こういう大人な態度が取れるところは本当に羨ましい。それにしても、アルムフーサの国民性はこうも人懐こいものか。

 初対面とは思えないほど打ち解けている周りの様子に、ライルと二人若干乗り遅れていると、一人の赤毛の騎士がにかりと笑って話しかけてきた。


「嬢ちゃんたち、なかなかいい感じで構築文を組み立ててんな」


 この国はお国柄、赤毛の人が多いそうだ。彼も周りのアルムフーサの騎士たちと違わず、赤毛に浅黒い肌の筋骨隆々とした体躯をしていた。


「ええ、事前に砂漠を横断すると教えていただいていたので、おかげで助かりました」

「構築文例集をありがとうございました」

「いいってことよ! 活用してくれたみたいでよかったぜ」


 あれから少しずつ、ライルと協力して馬車の構築文を書き換えていた。今度は車内に籠る熱気をどう処理するか、二人であれこれと再び議論しながら構築文を練っていき、なんとか砂漠に入る前に間に合わせたのだ。

 二人で施した構築文を見ていたそのアルムフーサの騎士は、ヒュウと戯けたように口笛を吹いてくる。


「よくここまで仕上げたな! そんじゃ、あとは車輪を変えて仕上げといくかね」


 アルムフーサでは、砂漠を通るために馬車を使うのは本来なら一般的でない。わざわざ魔術でコーティングし、そして定期的にメンテナンスしなければ使えない馬車は高級な乗り物という認識だ。

 それでも今回のように敢えて使用する場合は、魔術構築文で改造した車輪を使う。魔術素材用の丈夫な分厚い革を使い、アルムフーサに生息しているある植物から採れる粘液を加工して車輪の中に充填し、拡張するのだそうだ。

 うん、優雅な装飾の車体に特大のタイヤがついているところを想像すると、かなり違和感が拭えない。が、きっとこの国ではこれが普通なのだろうと深くは考えないことにする。

 とはいえ車体に加えて車輪まで加工するとなると、今度は護衛業務が疎かになってしまうだろうということで、彼らはわざわざ加工済みの車輪を持参してきてくれたというわけだ。

 全員との挨拶を交わし終わると、その日は用意された宿に泊まる。

 翌日、すっかり砂漠仕様に仕上がった馬車に思わず感嘆の声を上げた。そんな私たちに昨日の赤毛の騎士――カイロスは得意げに笑っている。


「ま、万が一砂にとられても俺たちが押し出してやるから安心しな! それもまた旅の思い出、ってな!」


 あっけらかんと笑っている彼らをまじまじと見つめる。その柔軟な思考とポジティブな考え方は、私にはとても眩しかった。


「それじゃあさっそく向かうとしようかね、護衛長さん」

「ええ、ではよろしくお願いします」


 彼らの繋いだ体格の立派な馬が、勇むように前足を上げる。

 生前にも足を運んだことのない、砂漠への旅が始まった。








 馬車の中には聖女様と護衛二人だけ――これは言わずもがな、騎士が一人と魔術師が一人だ――が同乗することになった。そのほかの護衛は彼らが用意してくれた馬に騎乗して砂漠を進むことになる。ということで、馬に乗れない私は親切にも申し出てくれたカイロスの後ろに乗せてもらうことにした。

 それにしてもさすがに、この強烈な日差しには参った。山の向こう側とは違って本当に刺すような強い日差しだ。

 暑さに参っている私たち護衛一行を尻目に、パカパカと馬はゆっくりとした足取りで進んでいく。

 この道は、普段はアルムフーサと他国との交易の用途で使われているそうだ。そのため、巡回がてらこの交易路の整備を行うのもアルムフーサの騎士の仕事だそうで、この国では魔術を扱えない者は騎士にはなれない。

 ライフラインでもあるこの道が砂に埋もれ切ってしまわないように、道の両側には風が吹き出す強力な魔術構築文が何重にも埋め込まれていて、それはある種壮観な眺めだった。


「あー……あちぃ……」


 さすがのセヴランさんもこの暑さには参っているようだ。珍しく弱音を吐いている。

 でもたしかにもうとにかく暑い。どうにかこうにか涼しくできないかと、なにかいい構築文はないか片っ端からセヴランさんで試していると、カイロスが前方から話しかけてきた。


「お嬢ちゃんってあれだろ? エスパルディア初の魔術師ってやつだろ?」

「あ、えーっと、エスパルディアにも魔術師は昔からいるのはいるんです。ただ初めてブライドンに編入したのが私ってだけで……」

「へー! じゃあお嬢ちゃんってすげぇエリートじゃん! あのブライドンに入るのって並大抵の奴じゃ無理なんだろ?」

「あ、ありがとうございます……」


 屈託なく話しかけてくる大柄な赤毛の騎士に、ついしどろもどろになる。


「俺の彼女も王宮付の踊り子でさ、あ、アルムフーサの舞踊ってのは魔術や剣術なんかを組み合わせて踊るから踊り子でもあり、戦士でもあるんだけど。それがアイーシャっていう子なんだけどさ、これがまた惚れ惚れするようないい女でさ! 自慢じゃないが王宮一の踊り子で……」


 それからなぜか、彼の彼女自慢がところどころ織り交ざった話が続く。そんなカイロスに戸惑いながらも、終始朗らかな話になんだかんだでいつの間にか聞き入っていた。彼のその屈託のない様子は、炎天下の中どこまでも続く砂漠の行程のわずかな気晴らしと言ってもよかった。

 それでも、今までとは違った過酷な旅はなかなか遅々として進まなかったけれど。








 本日の野営地に着くと、日が暮れる前にとアルムフーサの騎士たちと協力し合って天幕を設置する。慣れない作業に四苦八苦している私たちに、陽気な彼らは笑いながらもコツを教えてくれた。

 すべての準備が終わるころにはもう、空に夜の帳が降り始めていた。

 手早く起こした焚き火を囲んで、皆で簡単な夕食をとる。お喋りな彼らは終始喋っていて、特に聖女様やブリジットさんが笑うと彼らは嬉しそうに、誇らしげに胸を張った。

 食器の片付けのためにカイロスと席を外すと、焚き火を囲う彼らのほうからは陽気な歌声が聞こえてくる。即興の太鼓を叩きながら、彼らは声を揃えて歌っている。


「ああ? もう始めてらぁ」


 カイロスの食器の洗い方は随分と大雑把だった。こっちにまで飛んでくる水飛沫をさり気なく風の魔術で弾いてると、隣でカイロスも合わせるように歌い出し始めた。

 低音を響かせたカイロスの歌は、意外にもどこか寂しげで、束の間隣で聞き入る。


「今日は綺麗な嬢ちゃんが揃ってるから、あいつらもいつもより気合いが入ってんな」


 そう言ってからから笑っているカイロスに笑い返すと、ふとカイロスが笑顔を引っ込めた。


「ところでなぁソフィ、ちょっと聞いてほしい話があるんだが」


 藪から棒に真剣な顔をして、いったいなんだろう。


「アルムフーサに昔から伝わる伝承、なんだが。陛下がよぉ、もしかしたらソフィに嫌な思いをさせるかもしれないから、ってさ。年寄り連中にはたまに頭の固い奴らもいるからなぁ」


 カイロスは珍しく声のトーンを落として、呟くように言った。


「黒い旅人っていう話なんだけど。……その昔、黒い旅人がアルムフーサに訪れた。見たこともない風貌、まるで奇術のように自然の理を操る姿、饒舌に動く口は見知らぬ土地の様子を生き生きと描いてみせ、王はすぐにその旅人に夢中になり、この地を去ろうとした旅人を無理やりに留め、決して離そうとしなかった。するとある日、旅人を追っているという者がアルムフーサを訪れた。彼の姿はあまりにも純白に輝いていて美しく、まるでこの世の者ではないようだった。その者は旅人を返すように王に迫ったが、王は旅人を匿ったまま決して頷かず、それに白い者は大層怒り、緑豊かだったこの地を砂漠へと変えてしまった。恐れ慄き絶望した王の姿を見て、黒い旅人はせめてオアシスだけは失わせまいと王に別れを告げ、白い者の元へと向かってしまった。それからアルムフーサは黒い旅人のせいで砂漠の地となってしまったが、オアシスが残ったのもまた黒い旅人のおかげだったという。その後も王は旅人の安否を案じたが、ついぞ行方が知れることはなかった――っていう話だ。まぁただのアルムフーサの昔からある、なんかの教訓の話なんだろうが……」


 カイロスの話を口を挟む余裕もなく聞いていた。

 黒い旅人、白い者――もしかしたら、黒の一族や白の一族についての話?


「伝承はただの伝承だし、アルムフーサが砂漠の地になったのはそれが原因だって本気で信じている奴なんかいねぇけどよ。だが、年寄りの中には王を誘惑した黒い旅人ってのはなにかよくないものだったんじゃないかって、そう解釈しているような奴もいるからさ」

「……そうなんですね」

「ま、さすがに聖女サマの護衛であるソフィに対して、なにかよくないものだーなんて騒ぎ立てるようなバカな奴はいないと思うけどな! だが万が一アルムフーサでそういう目に遭ったんならすぐに言ってくれな。俺がガツンと言ってやるから!」


 胸のうちに渦巻いた不安を抑えつけながら、胸を張ったカイロスに笑みを返す。本当に偶然か、それともかつての歴史の中で実際に起こった出来事だとしたら。リンリールさんからもらったあの手記が頭をちらつく。

 でも、わからない。彼らが白の一族に故郷を追い出されたのはなにか理由があったのか、それとも単なる領地争いに負けただけ? だったらそれなら、黒の一族を追い続けたという白の一族の青年の目的は? かつての彼はなぜそんなにも執拗に、黒の一族を追いかけたのだろう。


「お気遣いありがとうございます。なにかあったら頼らせてもらいますね」

「おうよ! どんと頼りな!」


 カイロスはにかりと笑うと、洗い終わったお皿を持って「先に戻っとくな」と背を向け去っていく。

 お礼を言おうとして振り向いた先、すっかり暗くなった中でライルが腕組みしながら立っていて、その姿に思わず肩を跳ねさせた。


「ライル?」

「遅いと思えば、随分と二人で話し込んでいたみたいじゃないか」

「あー……」

「こんな場所でわざわざ二人きりで、人前では言えない話でもしていたのか」

「いや、そういうわけじゃないよ」


 いつもよりも心なしかむくれているようなライルに、思わず苦笑を浮かべた。








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