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ミュルクウィス・Ⅹ

またまたすみません、改稿しております。

 

 ミュルクウィスから次の国まではかなり離れており、今までと比べてもけっこうに長い距離を移動しなければならない。

 ミュルクウィスから続く深い深い森を越えると、一段と高く聳え立つ山脈へと突き当たる。その山脈をぐるりと迂回して山を越えた向こう側。

 今度は今までの環境とがらりと変わって、乾いた土地が私たちを出迎える。

 荒れた荒野を進むほど植物が少なくなり、水場が段々と途絶え、その先に入ると――ついには砂漠が私たちを出迎えるのだ。








 ミュルクウィスの神殿での休憩中、ぼんやりと考えながらある部屋へと向かっていた。あの日以来、久しぶりにリンリールさんにもらった古びたメモの内容を思い出していた。

 ここの神殿の地下の水脈でも流されていた、あの解読不能なニ種類の構築文。聖女様は以前、自分たち白の一族には浄化の使命が課せられていて、そのためだけに生を受けたのだと言っていた。

 でもだったら、なぜ黒の一族は白の一族から迫害され、その白の一族の青年に対してひどく怯えていたのか。

 ――いや、そもそもこのメモの内容が本当に正しいのかもわからない。まずはきちんとした文献から抜粋されたものかどうかを確認するのが先だ。

 そう思って、ミュルクウィスの神殿の書庫にもしかしたらエルオーラ手記集が置いてないかと探しに来たのだが、あいにく深夜の休憩では書庫室が空いているわけもなく、今回はわからず仕舞いだった。

 そもそもあれは先祖の話で、あの純真な聖女様が黒の一族を迫害だなんて……エスパルディアでは私を庇ってさえくれたのに?

 仕方なく食堂へと逆戻りすると、先ほどまではいなかったライルが来ていた。彼はテーブルについて書類の束に目を通している。


「ソフィ」


 私に気づいたライルが目を上げ、かすかに微笑みかけてくる。それにぎこちない笑みを返しながら、なんだかくすぐったい気持ちに少しだけ頬に熱が籠もる。


「アルムフーサから馬車の拡張についての構築文例集が届いていたんだ」


 次の国、アルムフーサは広大な砂漠の中にある国だという。このままではとてもじゃないが砂漠を横断などできないので、馬車に大幅に改造を加える必要があった。


「へぇ……」


 ライルの隣に座り込みながら、手元の例文集を覗き込む。

 そこにはアルムフーサの気候の特徴から実際にアルムフーサで使われている構築文例、さらに馬車の車輪についてはアルムフーサが専用のものを用意する旨が記載されていた。


「次の国って、また随分と親切なんだね」

「そういうお国柄みたいだ。それに今までとはがらりと気候が変わるからな」


 文例集から視線を上げ、目を通しているライルへと移す。

 長いまつ毛がはらりはらりと行き来して、視線は忙しなく動き、彼は熱心に読み込んでいるようだった。

 手元には温くなったレモネード。

 そういえば、いまだにライルはレモネードを淹れる練習をしているのだろうか? ふとブライドン学院時代の、ランドルフ家の別荘でのあの夜の出来事が頭を掠めた。

 私の視線に気づいたライルが待つようにと身振りで示すと、立ち上がって食堂の奥のほうへと入っていく。しばらくガサゴソと作業していたが、やがて片手に湯気の立つコップを持って戻ってきた。


「さすがにいやになるほど練習したからな。もう酸っぱさで目が覚めるとは言わせない」


 そのむきになったような言い様に思わず笑った。あの夜の出来事をライルもまだ覚えているみたいだ。

 こうなる運命だとも知らずに、まだがむしゃらに前を向こうとしていたあのころの自分が懐かしい。

 レモネードに口をつけて「美味しい」と顔を綻ばせた私に、ライルは満足そうに微笑んだ。


「今までルナが体を冷やさないようにと馬車に保温の構築文を施してきたが、これは一旦取り消したほうが無難かもしれないな。熟知していない構築文と中途半端に混ぜて、予想外の反応が起こったらいけない」

「そうだね。それなら早いとこ試してみないと、まずは車体の素材にこれが合うかも分からないしね」

「しかし通気性は保ちたいが飛んでくる砂塵は防がなければならないとは、また難題だ」

「今まで行ったことのない土地のことだから、なんの構築文を揃えればぴったり適合するのか、ちょっと想像もしづらいね」

「そうだな」


 ライルがぺらりと文例集を捲る。それきり黙り込んで真剣に読み出したライルを見習って、私も再び文例集に視線を落とす。

 しばらく、無言の空気が流れた。

 アルムフーサで実際に使われている構築文例を見ながら頭の中であれこれ組み立てていると、ページの下まで読み込んでもライルがいっこうに捲ろうとしないことに気づく。

 不思議に思って視線を上げて、ドキリとした。

 いつの間にか、ライルのきらめく透明なアイスブルーの目が私を見つめていた。

 深夜の食堂に二人きり、しんと静まった空気。気恥ずかしくていたたまれないはずなのに、目を逸らせない。

 物音一つない空間に、わずかに吐息を漏らす音が響く。それが合図だったかのように、ライルが私の顔を覗き込んできた。


「ソフィ」


 しんと静まった空気の中では、どんなに小さな囁き声でもよく聞こえる。


「ソフィ……」


 そっと肩に添えられた手は、冷え切っている。

 見慣れているとはいえライルの顔面は無駄に整っているから、そうやって真剣に見つめられるとつい見とれてしまう。いつも気難しそうなのに、今はちょっとだけ気を許したような、そんな無防備な姿。今日のライルはいつもの綺麗さに加えて、なんだか少しだけ可愛げもあった。

 吸い込まれそうなその目を見上げると、彼は一瞬、ぐっと口を閉じる。それから意を決したようにわずかに口を開いて。

 ――そんな中、唐突になにかが床に落ちて音を立てた。

 ごとり。

 思った以上に大きな音を立てて落ちたそれに、びくりと体を跳ねさせる。まるで夢から醒めたように、現実の世界に戻ってくる。気まずさから逃げ出すようにライルから視線を剥がし、その手をするりとすり抜けて床にしゃがんだ。

 ポケットに入れていたライルからもらったローブブローチが、滑り落ちたようだった。


「それ……持ち歩いているのか」


 ライルの指摘にポッと頬が赤くなる。ローブも身に付けてない、必要もない場面で肌見離さず持ち歩いていることがバレて、心底恥ずかしかった。


「いや……嬉しいよ」


 真っ赤な顔をした私を見て、ライルもほんのり頬を染めて視線を逸らす。


「……もう寝ようか」


 ライルはいたたまれない様子の私に気を遣って、微笑みながらそう手を伸ばしてくれた。


「馬車の改造のことはまた明日にでも話そう」

「うん」


 立ち上がったあとも繋いだ手はそのままに、ライルが部屋に戻ろうと促してくる。

 それに頷きを返しながら、少しでも熱い頬を冷ますべくパタパタと手を動かした。








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