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中等部二年・Ⅳ


 ネイサンは普段は王城の団長室に詰めており、週末にこの郊外の邸宅に帰ってくる。今日は私の帰省に合わせて、わざわざ戻ってきてくれたようだった。

 緊張しながらオフィーリアと玄関に向かう。ネイサンの反対を押し切って学院に入った手前、ちょっと顔を合わせづらい。

 玄関でコートを預けているネイサンは、私を見つけるとなにを言うでもなく、穏やかに微笑みかけてくれた。


「ソフィ、おかえり」


 力強い腕が私を軽々と抱え、そのまま抱え上げられる。……ちっちゃいころ、物言わぬ私をこうしてよく抱っこしてくれた。


「無事に帰ってきてくれてよかったよ。学院での生活はどうだ? あとでたくさん聞かせてくれ」


 ネイサンは私の頭を撫でようとして、ふと表情を曇らせた。そっと私を下ろすと、懐から一通の封筒を取り出す。


「あなた、これは?」

「先日アディンソン卿よりいただいたんだ。娘をつれて参加してほしいと」

「ソフィを?」

「ああ。今はいないと言っても、いいから受け取ってほしいの一点張りでね。仕方がないから貰うだけ貰ってきたのだが……」


 みんな訝しげな表情で執事が封を開けるのを見守る。執事が恭しく差し出した手紙をネイサンは受け取ると、さっと紙面に目を通した。それから目を丸くする。


「おや、どうやらご子息の誕生日会への招待状らしい」

「それでソフィもと?」

「おそらくそうだろう。どうするソフィ? 嫌なら行かなくてもいいぞ」

「……いえ。行きます」


 実を言えば行きたくなかったが、断った場合のネイサンへの影響を考えるとおいそれとそうとは言えない。

 それにしても珍しい。サイラスとオーウェンの二人に招待状がくることはあっても、私を名指しで招待するような貴族なんて今まで誰一人いなかった。

 私も行きたいとも思わなかったのでそれで全然構わなかったのに。誰だか知らないがいい迷惑だ。


「急いでソフィのドレスを仕立て直さなきゃね」


 楽しそうなオフィーリアには悪いが、貴族の集まりなんて憂鬱でしかない。さっそく仕立て屋の手配を始めたオフィーリアに気づかれないよう、そっとため息を零した。








 今回の誕生日会は伯爵の親族や親しい間柄の人だけを招いた小規模なものだという。

 そんな会にどうして会ったこともない私まで呼ばれたのか分からなくて、戸惑いながら向かう。

 誕生日会のことを聞いた途端、「僕も行く」とゴネて手のつけられなくなったオーウェンも仕方なくエスコート役として連れ、ネイサン・オフィーリアと四人、アディンソン家の邸宅へと出立した。

 到着したのは、王都でも上位に入る、広大なレンガ造りの邸宅。

 ネイサンの所有する丘の上の邸宅も十分立派だが、アディンソン伯爵の邸宅は随所に趣向が凝らされている豪奢なもので、自分の場違いさに今すぐ帰りたい気持ちになった。


「わざわざソフィをこんなところに呼びつけるなんて、一体どういうつもりだろう」

「文句ばっかり言ってないで、ほら。挨拶に行こう」


 ネイサンはオーウェンを窘めると、にこやかに客と談笑している親子の元へと向かう。


「アディンソン伯爵」

「これはランドルフ騎士団長ではありませんか! 今日はわざわざすみませんな」

「いえ、こちらこそ」


 挨拶を交わす親同士。そのそばに佇んでいた少年が、こっちを向く。

 目が眩むような、美少年だった。

 つややかな亜麻色の髪は肩まで伸ばされており、上質なビロードのリボンで緩く結われている。アイスブルーの瞳は一度目を合わせると囚われそうほどに煌めいていて、長い睫毛は豊かで伏せられると頬に影を落とすほど。伸びやかな手足はスラリと伸びて、子供なのにどこか大人びた気品溢れる佇まいをしている。

 その少年の視線が、私を捉えた。


「君がソフィアか」


 ひどく冴え冴えとした声で呼ばれて、我に返り慌ててお辞儀する。


「本日はお招きいただき……」

「そういうのはいい」


 少年はおもむろに私の腕を掴むと、歩き出した。


「えっ? あのっ……」

「聞きたいことがある。少し付き合え」

「おい君、ソフィになにを……」


 制止しようとしたオーウェンを無視して、少年はずんずん歩いていく。


「あの、これは……」


 どこへ連れて行くつもりだろう。少年は広間を突っ切って、そのまま廊下へと出ようとする。

 助けを求めるように振り返るけど、肝心のオーウェンはアディンソン伯爵に話しかけられていてもうこっちを見ていなかった。

 どんどん遠ざかるオーウェンの後ろ姿が、いやに目についた。








 綺麗に整えられた庭園の隅。少年は洒落た四阿に私を連れてくると、自分の隣に座るよう指示をする。


「でも……」


 躊躇っていると「余計なことで煩わせないでくれ」と叱咤が飛んできた。渋々腰掛けると、少年は間髪を容れずに矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。


「君はブライトン魔術学院に編入したそうだな。手続きはどのように?」

「手続き、ですか? なんだってそんなこと……」

「いいから、答えて」

「……学院から遠距離専用魔術鳩が送られてくるので、それに見合う魔術筒を自作して申請書類を添付しました」

「そこからして素養が問われるのか……申請書類はどうやって手に入れる?」

「私は特待窓口に問い合わせました。オリヴァー・ダレル先生が担当です」

「なるほど。試験はどうだ?」

「どうって……」

「どういう問題が出る?」


 なんでこの人、こんなことをいちいち細かく聞いてくるんだろう。意図が読めなかったが、あとで不敬だと募られるのも怖い。必死に思い返しながらなんとか説明してゆく。

 その甲斐あってか、試験の内容から学園生活まであらかた説明尽くしたときには、少年の険を含んだ目つきも大分柔らかくなっていた。


「君の説明は分かりやすいな。助かった」

「そうですか。それはよかったです。それで、あの、そろそろ飲み物でも取りに行きたいんですけど……」


 ずっと喋り尽くして喉がカラカラだ。これくらいねだってもバチは当たらないだろう。ついでに立ち去ろうと腰を上げかける。


「気が利かなかったな。すまない」


 いつの間にか後ろに控えていた使用人に彼が合図すると、すぐに飲み物やらお菓子やらがてんこ盛りに運ばれてきた。


「今日は私の誕生日会なんだ。せっかくだから、もう少し付き合ってほしい」


 少年がグラスを持ち上げて、悪戯っぽく微笑みかけてくる。

 凍りついたような無表情から一転して、年相応の好奇心に満ちた無邪気な笑みになった。








 少年はどうやら魔術に興味があるみたいだった。王立魔術学院に所属しているが、この国の少数派であることには変わりなく、授業のレベルが物足りないという。

 ルイと話が合いそうだなんて思いながら、しばらく彼の魔術談議に付き合うことにした。

 こっちではどうしても魔術の素養よりも武術の才能に重きを置かれているから、彼のその知識の高さをちゃんと評価してくれる人が周りにはいないのかもしれない。


「ソフィア。今日は話せてよかった」


 少年は立ち上がると、手を差し出してくる。


「広間まで送ろう。手を」

「そんな……いいですよ、私は。貴族じゃありませんから」

「同じ魔術師を目指す者として、その道を自力で切り拓いている君に敬意を払っているんだ」


 強引に促されて、仕方なくエスコートを受ける。

 広間に戻ってきた私たちに、オーウェンが足早に駆け寄ってきた。


「ソフィ、大丈夫だった!? なにか変なことされなかった? 無茶な要求は……」

「心配せずとも、話を伺っていただけだ」


 まくし立てるオーウェンに少年は冷たい目を向けると、大仰に握った手を持ち上げる。


「今日は有益な話が聞けて楽しかった。ではまた、ソフィ」


 微かに上がった口角に目を奪われる。視界はすぐにオーウェンに遮られた。


「なんだ、あの気障ったらしい奴。馴れ馴れしくソフィなんて呼んで」

「こら、オーウェン」


 あとから追いついてきたネイサンの言葉も聞かずに、オーウェンはずっとブツブツ言い続けている。


 握られていた手を眺める。

 ちょっと想像してしまった。もしオーウェンが、彼みたいに恭しく接してくれたなら。

 こんな家族に対するような気安い態度じゃなく、聖女に接するように、繊細な手付きで壊れ物を扱うように、大事に大事にエスコートしてくれたら。

 自分の想像に笑ってしまう。そんな未来なんて来るわけがないのに。








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