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エルレッタ・Ⅲ

 

 両側を近衛騎士に囲まれながら、エルレッタ王と連れ立って歩くことしばらく。

 エルレッタ王は重厚な両開きの扉の前で立ち止まった。


「この部屋にはいくつかの半魔術具を保管、展示している」


 騎士に扉を開けさせた王は、中に入るように身振りで指示してきた。

 そこには美しく装飾されたぜんまい仕掛けの魔術具が透明なガラスケースに守られて、いくつか展示されていた。


「これはぜんまい仕掛けの魔術鳩」


 王はガラスケースを外すと、繊細な装飾を施された魔術鳩をわざわざ取り出して見せてくれた。


「我が国でもティリハのように強力な魔術を扱える魔術師はそうそう現れない。脆弱な構築文を補うために、こうしてぜんまいで動力を補強するのが半魔術具の特徴だ」


 そうやって王は次々と展示されている魔術具を説明しながら見せてくれた。

 重厚な壁掛け時計、色鮮やかな塗装の玩具、まるで宝石箱のようなオルゴール。ここにはそういった嗜好品しか置いていないが、城下町のなかにはもっと実用的な半魔術具もたくさんあるという。


「用途に限りはあるが、魔術との組み合わせによっては半永久的に動き続けてくれるものもある」


 王は説明を続けながらも、一つの大型の魔術具の前で立ち止まった。


「あなたに見てもらいたいのは、これだ」


 それは、一見するとオルゴールのようだった。

 だけどオルゴールというにはドラムの部分には金属板も突起もついておらずまっさらで、さらには振動弁すらもついていない。まるでオルゴールを作りかけたような、いうなれば中途半端な半魔術具だった。


「これは特に思い入れのあるものでね」


 その言葉とは裏腹に、エルレッタ王は懐かしさに微笑みを浮かべるような様子もない。むしろどこか辛そうな、まるで思い出したくもないような思い出を無理に思い出そうとするような、そんな苦しい顔をしている。


「本当はここに録音再生機能をつけたかった……だが、私は挫折してしまった。どうしてもうまくいかなかった。該当する構築文や魔術素材さえも検討をつけられず、とうとう完成させられないままあの日を迎えてしまって……この録音部分はいまだ空白のまま、なんの構築文も書き加えられていないままだ」


 エルレッタ王の色素の薄い鋭い目が、まっさらなドラムから私へと向けられる。


「魔術師ランドルフ、君はあのブライドン学院を卒院する際に音声を記録する魔術具を造ったそうだね。……これはごく個人的な頼みになる。国や浄化の旅とは一切関係のない、ただの一個人としての頼みだ。だから君の本来の役割からは逸脱するから、気兼ねなく断ってくれて構わない。……だがどうか、願わくば私に手を差し伸べてはくれないか」


 まっすぐに向けられたその目を見返す。


「私はこれを、完成させたい」


 きっと今の王は一魔術師として私に助力をの願い出ているのではないかと、生意気にもそんなことを思ってしまった。


「……お力になれるのなら、喜んで。ですが」


 エルレッタ王がわずかに眉を上げる。


「私が一年かけて作り上げたのは、わずかな時間しか録音できないような、そんな粗雑な魔術具です。きっと陛下が望まれているような立派なものではありません。必ずお力になれるとは約束しかねるかと」

「それでも、少しでも前に進めるのであれば構わない」


 王の声に迷いはなかった。


「どうか頼む、魔術師ランドルフ」


 見下ろしてくる静かな瞳を見つめる。


「では、よろしければ書庫へとご案内いただけますか」


 寄せられていたエルレッタ王の眉間から、力が抜けた。








 エルレッタ王に先導されて、城内にある書庫へとやってくる。


「えっと、まず私が参考にした魔術書はですね、パラケルススの第六章と、ヘルメスの第十二章。それからアルナルデゥスの第ニ章ですね。このあたりの魔術書にちらりと音に関しての文言なんかが触れられていますので。それとあまり有名なものではないんですけど、フラメルの書には意外と素材の記載が多いので、素材選びはそこからでも……」


 次々と魔術書の名を読み上げ、それをエルレッタの王は自ら本棚から探し出していく。だがそれでは効率が悪いと護衛の騎士たちも集まってきて、該当する魔術書が蔵書されているかどうか、みんな総出で探し始めた。

 一年かけてやっとこさ完成させたものをたった一日ですべて教えられるわけなどない。ましてや素材が違えば使う文言も違ってくるし、構築文の構成も違ってくる。

 私には自分がなんの魔術書のどこを参考にしたのか、どこにどういうふうに構築文を組み立ててどんな構成にしたらどういう効果が出たか、それを彼に説明することしかできない。

 それでもエルレッタ王は黙々と、ただ淡々と魔術書を取り出してきてはページ数をメモして、その作業を繰り返し続けた。

 夜も更けてきたころ。魔術書の捜索を一区切りつけて疲労困憊の騎士たちと一休みしていると、コンコンと控えめにノックを叩く音がした。

 続いてエルレッタ王によく似た若い貴公子が扉から顔を覗かせた。


「父上、いらっしゃいますか」


 ランプを手に顔を見せた貴公子は、慌てて立ち上がって礼をした私に目を丸くすると、「楽にしてください」と声をかけてくれた。


「護衛長のランドルフ殿から、ランドルフ嬢がまだ戻られていないと伺ったのですが、まさかまだこちらにいらっしゃったとは」

「ああ……少し、構築文の相談に乗ってもらっていた」

「少しって、今何時だとお思いなんですか」


 これはいけないと貴公子は眉を釣り上げてみせる。


「大変失礼いたしました、ランドルフ嬢。父は一度熱中すると周りが見えなくなる質でして、ご迷惑をおかけしました。母が存命のころには母の声にだけは耳を傾けてくれていたんですが、ああもう、またこんなに書庫を散らかして……」


 「送りましょう」と差し出された手に、エルレッタ王を見上げる。王は頷いて「助かった」と、ただ短くそう言った。


「礼を言う。魔術師ランドルフ」


 王はそれきり並べた魔術書を閲覧するのに没頭し始めてしまったようで、もうこっちを向かなかった。私の役目は終わったとほっと一息ついて、目の前の貴公子――エルレッタの王子の手をとる。彼は嫌がることもなく、スマートに私をエスコートしてくれた。


「本当にすみません。聖女様の護衛であるあなたを父のわがままなんかに巻き込んでしまって」

「いえ、陛下とこうして魔術についてのお話ができて、エルレッタ城の書庫まで見せてもらえて、とても有意義な時間を過ごせました」


 王子は少しだけ嬉しそうな顔をみせた。


「そう言っていただけると父も喜びます。……少し驚いたんです、あのように魔術に熱中する父の姿を見ることができて。もう随分とそんな姿を見ることもありませんでしたから。久しぶりに楽しそうな父を見ることができました」

「それは、よかったです」


 もしかしてあの物語においてのエルレッタ王は、決してライオネルを貶める意図はなかったんじゃなかろうか。ただ単に彼と真剣に魔術討論していただけで……でも、長年エスパルディアで魔術師であることを蔑まれてきたライオネルは、それを穿ったように捉えてしまったんじゃないか、なんて。

 書庫で真剣に魔術書を読み込むエルレッタ王の姿が、良くも悪くもまっすぐに見えたから。

 そんなふうに思ってしまった。








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