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エルレッタ・Ⅱ

 

 まるで湖に浮かぶ白鳥のように美しいエルレッタ城は、険しい山の山間部にある湖のほとりに建てられている。そのエルレッタ城に入るために、今重々しい跳ね橋がゆっくりと降ろされているところだ。

 待っている間、段々と集まってきた城下町の人たちに聖女様たちは手を振っている。しばらくそうやってエルレッタの国民と交流していると、やがて跳ね橋が完全に降りて、やっと入城できるようになった。

 このエルレッタでは、魔術とぜんまい仕掛けの技術を組み合わせた半魔術具が有名だ。エスパルディアのように高名な魔術師が誕生しにくい土地柄だが、それをエルレッタの場合はぜんまい仕掛けの機械技術が補って、ここでの人々の生活を助けていた。

 それにこの国では現エルレッタ王その人が、この国随一の魔術師であると聞く。彼自身もぜんまい仕掛けの機械と魔術を組み合わせた半魔術具をいくつか設計し、作っているらしい。

 個人的にはその半魔術具を一度目にできたらなとも思っていたが、今はそれよりも気にしなければならないことがあった。








 謁見の間で目にしたエルレッタ王は、グレーの髪を後ろに撫でつけた、眼光鋭い王だった。清貧なエルレッタ国の特徴よろしく、ささやかだが気品ある歓迎の式典を受け、彼は言葉少なに私たちを労って、すぐにその場は解散となった。

 通常通り部屋に辿り着いたあとは点検などを済ませ、護衛の打ち合わせを行う。

 ここで私は前から口にしようと思っていたことを思い切って切り出した。


「今夜の晩餐は、私、出ます」


 その言葉に、みんなの視線が一斉にこっちを向く。


「ソフィ? それは構わないが……」


 ブリジットさんが遠慮がちに口を開く。私がこういう場を苦手にしていることを知っている彼女は、無理はするなと言いたいのだろう。


「以前よりこちらの半魔術具について興味があったので、機会があればエルレッタ王にお話を伺ってみたいと思ってたんです」


 予め用意していた言葉を出すと、ブリジットさんはああと納得したように頷いた。

 ――実はこのエルレッタでの晩餐で、また一つ大きなイベントが起きる。

 物語上ではこのエルレッタの晩餐は、魔術師代表としてライオネルが付き添いとして参加する。そしてその席でひょんなことからお互いの魔術に対する持論を繰り広げることになり、半魔術具に否定的なライオネルはエルレッタ王とあわや一触即発の雰囲気になる。結局魔術師としては年季の長いエルレッタ王に逆転の軍配が上がり、ライオネル・アディンソンはひどく矜持を傷つけられてしまう。そんな落ち込むライオネルを見た聖女は、その日の夜に月夜の散歩に彼を誘い、ライオネルは聖女と二人きりで過ごすその時間に慰められるのだ。

 ……ということは、晩餐に出席しなければライルの矜持も傷つけられないし、つまり二人で月夜の散歩に繰り出す必要もなくなる、ということだ。

 要は、私が我慢すればいいだけの話だ。エルレッタ王がいかに厳しい魔術論を振りかざしてこようと、相槌だけ返していればいい。それくらいならさすがの私でもできるだろう。右から左に聞き流すだけ。そう決意して戸惑うみんなを説得して、晩餐に臨んだはいいものの。







 エルレッタ王は意外にも、晩餐の席でエスパルディアの魔術師の程度の低さを指摘してくることはなかった。

 むしろ敢えてそのことには触れないようにしているのか、魔術の話題は避け、ひたすら聖女の浄化の旅とエスパルディアの武術についての無難な会話に留めていた。

 これはなんだと、拍子抜けもいいところだった。

 終始相槌を打ちながらどうにかこうにかテーブルマナーも遵守し、なんてことのない晩餐を乗り切ってホッと一息つく。さてそれではとオーウェンと聖女様と一緒に部屋に戻ろうとしたところ。


「魔術師ランドルフ」


 今まで私の存在を無視していたかのように魔術について触れてこなかったエルレッタ王に、唐突に呼び止められた。


「このあと少し時間をもらえないだろうか」


 困惑して、ちらりとオーウェンに視線を送る。聖女様に用があるというのならまだしも、私個人にいったいなんの用があるというのだろう。


「私は、その……聖女様の護衛ですので……」

「それを承知で、無理を頼みたい。……この城内では決して聖女の安全は脅かされないと保障しよう」


 エルレッタ王の眼光が鋭くなった。


「私としても、もしもこの城内で聖女になにかあったとあればエルレッタの名に泥を塗ることになる。そのような事態は絶対に避けたいのでな。今夜はあなたの分も、ここにいるエルレッタの栄誉ある騎士たちが聖女をお守りする」


 そこまで言われるのなら、とオーウェンは思ったのだろう。とりあえず護衛の編成を変えておくからと、少しの間ならと王に釘を刺し、聖女様と立ち去っていく。その後ろを控えていた幾人かのエルレッタの近衛騎士が護衛するように着いていく。二人の後ろ姿が消え去るまで見守って、それから待っていたエルレッタ王とドギマギしながら対峙することになった。

 まさか今さらこんな一人きりになってから、けちょんけちょんに打ち負かされるってことはないよね?


「魔術師ランドルフ、あなたに見てもらいたいものがある」


 エルレッタ王は言葉少なにそれだけ言うと、ついてくるようにと踵を返した。








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