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中等部二年・Ⅲ

 

 後期に入っても、日常は変わりなく過ぎていった。

 ルイやほかの特待生たちと一緒に講義を受けて、分からないところは互いに教え合う日々。

 あーでもないこーでもないと言い合っていると、ときにはケンカになったりもするけれど、みんなといるときだけはこの鬱屈した気持ちを追いやることができて、穏やかでいられる。

 ――そうやって、いつの間にか後期も終了間近になっていた。

 そんな後期休暇に入るころ、突然教職魔術鳩から呼び出しの連絡を受けた。心当たりがなくて、おそるおそる職員室へと向かう。


「ランドルフさん、ご家族の方がお見えよ」


 女性教師に案内された面会室には、サイラスが待っていた。


「サ、サイラス……」

「随分な挨拶じゃないか」


 久しぶりに会ったサイラスは私の態度に大げさに肩を落としてみせると、怒った顔になった。


「ソフィ、こないだの休暇、帰って来なかっただろ?」


 責めるような眼差しを向けられて、うっと詰まる。


「父さんも母さんも随分と心配している。なんで帰省しなかった」


 サイラスはおどけた表情を引っ込めると、真剣な顔になった。


「それにオーウェンもずっと塞ぎ込んでる。あんな別れ方したの、まだ気にしてるみたいだ。お願いだから一度顔を見せてくれないか」


 そっか……オーウェン、まだ気にかけてくれてたんだ。

 実の妹のように可愛がってもらっていたのにあんな言い方で傷つけてしまって、もう突き放されても仕方がないと思っていた。

 いっそごめんねって、本当は大好きなんだって伝えられたらいいのに。

 でもそんな自分勝手なことをしてしまったら、なにもかもが台無しになってしまう。……オーウェンの笑顔が守れなくなってしまう。


「サイラス、あの。もし戻りたくないって言ったら……」

「それは困ったなぁ」


 サイラスは眉を下げて頭を掻いた。


「今回は兄の顔を立てると思って頼む、な? みんなソフィのこと待ってるんだ。このまま一人で帰ったりなんてしたら、父さんに地獄の鍛錬メニューを組まされちまうよ」


 情けない顔をするサイラス。サイラスは昔から、こうやって私を説得するのがとても上手だ。


「……なぁソフィ、俺たちのことが嫌いか? だから戻りたくないのか?」

「ううん、そんなわけない。大好きです。サイラスも、ネイサンやオフィーリアも……オーウェンのことだって」

「だったらなにがあったのか、お兄ちゃんに教えてくれないか」

「……ごめん、サイラス」

「そっかぁ。ソフィがなにを悩んでいるのか、お兄ちゃんにも分かればいいんだけどなぁ」


 困ったように笑う顔に、胸が締め付けられる。


「このとおり、お願いだ。今回は一緒に帰ろう?」


 今回だけ……ほんの少し、顔を見に帰るだけ。長居はせずに、すぐに帰ろう。

 この気持ちを我慢しさえすれば、済む話だ。


「……分かりました。今回だけは……じゃあ帰ります」

「よかった」


 ホッとしたように笑うサイラス。その明るい笑顔が、オーウェンを思い起こさせる。


「俺はソフィのこと応援してるけど、だからといってこんな風に疎遠になるのは寂しいよ。離れていたって、一緒に暮らしていなくたって、ソフィは俺の妹だ。父さんや母さん、オーウェンだってそうだ。みんな家族の帰りを心待ちにしてるんだから、遠慮なく帰ってきていいんだよ」


 サイラスがその無骨な手を伸ばしてくる。よしよしと乱暴に頭を撫でられて、ふと昔のことを思い出した。

 サイラスはひょうきんで活発で、年も離れているせいかいつだって私には優しかったけど、そんなサイラスと珍しくケンカをした日。

 わんわん泣きじゃくる私の頭をこうやって撫でてきて、それが仲直りのきっかけだった。








 サイラスと二人連れ立って寄宿舎の中を歩いていると、向かいから私を探していたらしいルイが駆け寄ってきた。


「あれ、ソフィ?」


 後ろにケイティとトールもいる。


「お友だちか?」

「うん、ルイとケイティにトール。こっちは……お世話になってる家の人で、サイラス」


 私の紹介にサイラスは怒ったように眉を吊り上げると、ルイたちに向き合った。


「いつも妹が世話になってるね。ソフィの兄でサイラスだ。これからも妹をよろしく頼むよ」

「サイラスさんって、もしかしてあのランドルフ騎士団長のご子息様ですか!」


 どうやら騎士好きらしいトールが、目を輝かせてサイラスに話しかけている。


「帰るの?」


 それに苦笑しながら応えているサイラスを見ていると、心配そうなルイに話しかけられた。


「うん……まぁ、そうだね。迎えが来たから」

「大丈夫?」

「後期は課題が沢山出たからね、余計なこと考える暇もないよ、きっと。またお世話になるのも悪いし」

「そんなこと気にしなくていいのに。母さんもまた来るの、楽しみにしてたよ」

「そっか……ありがとう」

「辛くなったら、我慢せずに来なよ」

「……うん。本当に、ありがとう」

「そろそろいいか? 行くぞ」


 サイラスに声をかけられ、別れを告げる。


「いつでもおいでよ、ソフィ!」


 見送るルイたちに、大きく手を振る。

 サイラスはちらりと振り返ったが、なにも言わなかった。







 ランドルフ邸までの道のりは、そう日が経ったわけでもないのに随分と懐かしく感じた。

 あの日、オーウェンを振り切ってまでこの道を進んで、固めた決意。

 ――私は絶対にオーウェンの幸せを守りきる。

 そのためには感情の一つくらい、押し殺そう。それさえできれば、あとは学院に戻ればきっと、忙しい日々が忘れさせてくれる。

 見覚えのある道を馬車で辿って行くと、やがて堅牢な石造りの邸宅が姿を表した。

 屋敷から近づいてくる馬車の姿が見えたのか、オーウェンが玄関に出てきている。その姿に痛いほど鼓動が跳ねて苦しい。

 サイラスは手綱を操ると馬車を玄関前につけた。扉が開かれると、心配そうなオフィーリアと固い表情をしたオーウェンが私を待ってくれていた。


「おかえりなさい、ソフィ」

「……ただいまです、オフィーリア」


 サイラスは私を下ろすと、馬車を片付けに去っていく。その後ろ姿を見送っていると、オフィーリアがそっと抱き締めてきた。


「元気にしてた? ちゃんとご飯、食べてる? ちょっと背が伸びたかしらね」


 細い手がそっと頬を撫でてくる。優しい感触がくすぐったい。


「ソフィ……」


 横からオーウェンもおずおずと声をかけてきた。


「おかえり、ソフィ。その……」


 少し震えていた声に、否応なく気持ちが引きずられてゆく。


「会いたかった。帰ってきてくれて、嬉しい」


 オーウェンは顔を歪めると、こらえきれないようにぎゅっと抱きしめてきた。


 こんなの、ダメだ。やっぱり帰ってくるんじゃなかった。

 ――私だって、すごく会いたかった。

 考えないようにしようとしても、気持ちが今にも溢れそうに湧き上がってくる。震える唇を噛み締めて、無理やり口角を上げて笑うしかない。

 目を合わせたら、衝動のまま感情をぶつけてしまいそうで、そうならないよう視線を伏せた。








 オーウェンを見ると感情が伝わってしまいそうで、怖くてまともに顔なんか見られなかった。

 だけどオーウェンのほうは離れていた時を取り戻そうとでもするかのように、いつも以上に甲斐甲斐しく世話を焼こうと構ってくる。

 隙あらば視界に入り込んでくるその姿に、いちいち鼓動が跳ねては聞こえてるんじゃないかと怖くなる。

 そんな私たちを見るに見かねて、サイラスが声をかけてきた。


「オーウェン、もう小さい子どもじゃないんだから。いちいち構わなくたって大丈夫だって」

「僕がしたいだけだからほっといてよ」


 元々オーウェンは、弟か妹が欲しかったらしい。

 サイラスとよくケンカして負かされてばかりだったからつまらなかったのかもしれないが、そうだとしてもオーウェンは今までよく私の面倒を見てくれていた。


「それにしたってやりすぎだろ。ソフィも困ってる」


 ほかのことを考えていないと耐えられない。

 どこに行くにもオーウェンがあとをついて回ってきて、なんでもかんでも手出ししようと待ち構えている。


「オーウェン、私、そろそろ課題をしに部屋に戻るから……」


 やんわりと離れるよう促しても、「しなくていいよ、そんなの」と一蹴にされる。


「そもそも僕はソフィが勝手にブライドンに行ってしまったの、まだ許してないからね。どうして黙ってたの」

「……それは、反対されると思ってたから」

「当たり前でしょ? 家族なんだから。一人であんな遠いところに行ってしまってどれだけ心配してると思ってるの」


 もうこの話はやめたい。

 こうでもしなきゃこの先の運命を変えることなんてできないのに。オーウェンのためでもあるのに、分かってもらえないことにやるせなさを感じてしまう。


「ブライドンなんてもう戻らなくていい。勉強ならこっちでだってできる。なんなら僕が教えるよ」

「オーウェン、いい加減にしろ」


 とうとう見兼ねたサイラスが、オーウェンを強引に引き剥がした。


「ソフィのことは応援しようって、みんなで話し合って決めただろ。だいたいお前が教えるって……魔術のなんたるかも知らないくせに」

「僕だってやればできる」

「やってもないくせに言うなよ。あんまり過保護過ぎるのも嫌われるぞ? まさかソフィが帰ってきたくなかったのって、この度を越した過保護が原因か?」


 冗談めかしたサイラスの言葉に、ピシリと固まる。オーウェンの顔色がサッと悪くなった。


「えっ……嘘でしょ……」

「冗談のつもりだったが……」

「ち、違います! そんな、嫌とかじゃないけど」


 むしろ幸せで、ここから離れたくなくて、苦しいくらいだけど。


「少しほっといて、ほしいです……」


 私の言葉に肩を落とすと、オーウェンは落ち込んだ様子でとぼとぼと自室に戻っていった。


「ほっとけ。また少ししたらソフィのことが気になってすぐに出てくるから」


 オーウェンの去っていったほうをぼんやりと見つめていると、ちょうど従僕がネイサンの帰宅を告げにきた。







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