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エルレッタ・Ⅰ

ブックマーク、評価、感想、いつもありがとうございます。とても励みになります!

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 あの日、浄化のときに異常なほど熱を持ったイヤーカフは、あれからなにもなく、絶対に火傷していると思った箇所もそんなこともなく。

 次の国に向かう途中でずっと考えていた。

 リンリールさんにもらったイヤーカフに刻まれていた、あの不可解な構築文。

 何度も取り出して見ては解読してみようと試みたり、聖女様を見かけるたびによっぽど聞いてしまおうかとも思ったり。

 でもみんなの前でリンリールさんや亡き母の個人的な話をするには憚られたし、聖女様と敢えて二人きりになるのも躊躇われて、結局そのままなにも聞けずじまいだった。

 そうこうしているうちにいつの間にか次の国も、もう迫っている。

 ルドフォーノンの次はエルレッタという国だ。

 この国に入っていけばまた少し気候が変わってくる。今までの比較的温暖だった空気が少しずつ冷たくなっていき、平坦だった道も段々と起伏が激しくなってくる。なだらかに山を登っていくように、馬車は細くなっていく道を辿っていく。

 さらに険しくなっていくこの先に、聖女様の体調を考慮して道程はゆっくりになっていた。









「ライル、ここなんだけど」


 頻繁にとるようになった休憩の合間に、私たち魔術師組は聖女様が快適に過ごせるように、馬車に少しずつ魔術を施すようにしていた。そうしていれば少なくともライルは休憩中は聖女様に関われないし、ゆっくりと景色を眺めながら過ごすオーウェンと聖女様の邪魔もできない。聖女様のためにもなる。私的には一石二鳥。

 今は寒くなっていく気候に合わせて、保温の魔術を車内に施していた。ただ、構築文を書き加えていくにあたって、持ってきていた魔術書だけではどうしても対応できないところも出てきていたから、そういうときはあの伝言の魔術具でルイに助言をもらったりなんかもして、少しずつ文言を書き加える作業を進めていた。


「ここ、保冷の反対だからと思ってこの文言でどうかなと思っていたんだけど、そしたら逆に空気が逃げていくみたいなんだよね」

「またルイに尋ねてみるしかないか。あの魔術具は帰ってきたか?」

「ううん、ピヨはまだ。ライルは?」

「私もまだだ、が……」


 首を振ると、ライルがピクリと眉を動かす。


「ピヨ?」

「うん、ピヨ。あの魔術具の名前。わかりやすいように名前をつけたんだけど変かな」


 ライルは一瞬、真顔になった。


「ピヨって……でもひよこは飛ばないだろう」

「そうだけど、伝言の魔術具としてはまだまだ駆け出しだからっていう点ではまだひよこでしょ?」


 ライルは納得し難いというように唸る。


「どうせ名前をつけるなら、私にも一言相談してほしかったな。もっとたとえば……ヴェズルフェルニルとか、カラドリウスとか、ほかにも色々とあっただろう」


 それを聞いて、私は心底相談しなくてよかったと思ってしまった。――長い。長過ぎる。覚えられないし、伝説の怪獣の名前を冠するなんてちょっと不相応で恥ずかしい。


「あっ! あれ、ピヨじゃないかな?」


 そう言い合っていると、なんともタイミングよく一羽の魔術具の鳥が帰ってきた。ピヨは一目散に私を目指してくると肩に留まる。そしてその嘴をピヨピヨと囀らせはじめた。


『ソフィ』


 ピヨの嘴から懐かしいルイの声が聞こえてきた。


『ルドフォーノンはどうだった? ノア先輩に聞いたんだけど……色々と“お誘い”されることもあるかもしれないって、ねぇ本当? なんか心配。ソフィ、旅が終わったらちゃんと帰ってこないとおすすめのケーキ屋さん巡り、連れて行ってあげないからね』


 その言われように思わず苦笑を浮かべる。

 大丈夫だよ、ルイ。ルイが待っていてくれる限り、心配しなくても必ずブライドンに帰ってくるよ。


『次のエルレッタは少し寒いみたいだから、ちゃんと暖かくしてね。ソフィが今日も元気でいますように……ソフィの声が届くのを、いつも楽しみに待ってるよ』

『ソフィちゃん! やっほー!』


 次いで聞こえてきた可愛らしい声に、思わず笑みがこぼれる。


『ルイくんじゃないけど、私も心配してる……ソフィちゃん、絶対に帰ってきてね? 約束だよ? 今とびっきり可愛いおそろいの服の図案を考えているんだ。ソフィちゃんにも絶対に喜んでもらえると思う! 楽しみにしててねー!』


 ……それは本当に大丈夫なのだろうか。とびっきり可愛いというところに不安しか感じない。


『あっちょっと! 二人とも喋りすぎなんだけど! 俺の言う時間がっ……』


 途中で時間切れになってしまったノア先輩にライルと二人、思わず声に出して笑ってしまった。


「やっぱりさすが、ノア先輩だなぁ」

「なんというか、あの人は……ルイも相変わらず容赦のない」


 久しぶりに声に出して笑った気がする。

 もっと時間があったらな。ブライドンにいれば今ごろ色々と拡張機能をつけて、保存容量を確保したりなんかもできたのに。参考にできるような魔導書を探しに久しぶりに古書堂にも行きたかった。あの古書堂、新しい魔導書入荷したかなぁ。


「ノア先輩のためにももうちょっと録音時間を延長したかったけど……」


 生憎今の私にはピヨを改造するだけの余裕がない。


「今は仕方ないな。そこはブライドンにいるルイに任せよう」


 それに頷いて、ルイとの繋がりを感じさせてくれるピヨをそっと抱きしめた。








 ブリジットさんに呼ばれて作業を中断する。焚き火の周りに集まると、ほかの四人はすでにカップを手にしている。淹れてもらったお茶は熱く、ライルに注意されて苦笑しながらフーフーと息を吹きかける。

 カップを片手に、目の前でみんなが和やかに話しているのをぼんやりと聞き入っていた。

 ライルも私もこんなふうに何気ない会話を交わすことは、あの物語上ではなかったことだった。

 無能な詐欺師扱いしてきたエスパルディアをとにかく憎んでいたライオネル。オーウェンと聖女の距離にいちいち目くじらを立てていたソフィア。

 騎士と魔術師の間にある溝を埋めたいと努力するオーウェンに、ライオネルは取り付く島もなかった。ソフィアはとにかくオーウェンを独り占めしたくて、オーウェンを振り回していた。

 みんなの話に耳を傾けながらも、手の中のピヨを無意識に撫でる。

 私たちが今ここでこうして穏やかに過ごしていられるのも、学院でルイという物語には登場しないイレギュラーな存在と出会えたおかげなのかもしれない。ほかでもないそのルイと一緒に私たち三人がブライドンで歩んできた時間。あの時間が私はソフィアじゃないと、まだまだ抗えるということを思い出させてくれる。

 ルイは私にとって唯一の、私が私だと自覚できる最後の砦だった。


「さーて、ルナ、体はあったまったか? そろそろ行きますかね」


 セヴランさんの声を皮切りにみんなが腰を上げ、それぞれが動き出し、後片付けと出発の準備に取り掛かる。

 片付けた荷物を馬車の後ろの荷置き場に置いていると、聖女様が通ったそのとき――妙なタイミングで、その荷物が突然荷崩れを起こした。崩れてきた荷物が私たちに降りかかってくる。


「聖女様……!」


 あっという間の一瞬のことで、とっさに聖女様をオーウェンのほうへと突き飛ばす。すぐに雪崩れてくる荷物に飲み込まれ、バランスを失って地面に倒れた。落ちてきたトランクに頭をぶつけ、眼前に星が散る。頭を抱えて蹲りながらも、ああまたかと諦めにも似た感傷が頭を過ぎる。

 この旅に出てから、ずっとこんな感じだ。私と聖女様が一緒にいると、なぜか聖女様にこんな不幸が降りかかる。まるで意地悪しようとしない私の代わりに聖女様を傷つけようとでもするかのように。

 ……心当たりはあった。

 旅の序盤、ソフィア・ランドルフと仲良くしたいと話しかけてくる聖女様に対し、ソフィアは応じるふりをして、誰も見ていない、人目のつかないところで聖女様をこっそり後ろから突き飛ばしてしまう。躓いて転けてしまった聖女様は足を挫いてしまい、そのことにソフィアはほくそ笑むが、結局駆けつけてきたオーウェンに聖女様は横抱きで運ばれてしまって、ソフィアは逆に悔しい思いをするという――そういえばそんな意地悪する場面もあったなと、思い出したのはいつだったか。

 最初はとんでもないことをしでかしてしまう前にといつも気を張って気をつけていたが、今はなんだかんだでこの状況にも慣れてきた。どれだけ不運が続こうとも、私には聖女様を傷つける意思なんて微塵もない。

 ただ抗い続けるだけだ。


「ソフィ!」


 横たわったままつらつらと自分の運のなさを嘆いていると、ふりかかってきた荷物を乱雑に掻き分けながらライルがやってきた。


「大丈夫か!」

「聖女様は?」


 兎にも角にもそこが心配だった。

 荷物の下敷きにはならなかったが、とっさのことで随分と乱暴に突き飛ばしてしまった。

 差し出されたライルの手をとってなんとか体を起こすと――オーウェンに抱きしめられた聖女様が、心配そうにこっちを見ていた。

 その姿にホッと息を吐く。


「ソフィ!」


 みんなが慌てたように駆け寄ってくる。


「あっれー? おかしいなぁ。きちんと積みあげたんだが……」

「本当にちゃんと積んだのか?」


 ブリジットさんがセヴランさんを責めている。ああ、セヴランさんは悪くないのにな。

 聖女様が無事だったことにホッとして、半ば放心しながら座り込んでいると、その聖女様が歩み寄ってきた。


「ソフィ、」


 聖女様はキュッと唇を噛みしめると、私の手を握って、素早くあの浄化のときの特殊な構築文を書き込んできた。聖女様の構築文は、私の手のひらから体の中に沈み込んでいく。

 なんとも言いようのない、不思議な感触だった。聖女様を見上げる。彼女は目が合うと、大きな目をにこりと笑ませる。


「いつも助けてくれてありがとう、ソフィ」


 向けられた淡い紫の瞳は、いったいどれだけのことを知っているのか。

 それに頷きを返すと、聖女様もホッとしたように体から力を抜く。その体をオーウェンが支えながら退くように促すと、ブリジットさんとセヴランさんが手早く荷物を片付けてくれた。


「ソフィ、痛むところはないか」


 かけられた声にライルを見上げる。


「このところ、こんな目に遭うことが多くないか。いったいどうなっているんだ」


 訝しげなライルになんとも返しようがなくて、押し黙る。

 聖女様にはなにが見えているのだろう。

 彼女はなにも言わない。ただそっと私にあの解読不能な特殊構築文を施してきて、そしたらしばらくはなにも悪いことは起きないけれど……もしかしてそれは、私が“ソフィア・ランドルフ”であったことと、なにか関係があるのだろうか。

 ライルが眉を寄せている。抱えるように肩に置かれた手に力が入る。

 ルイやクロエ先輩、ノア先輩の声を聞いて浮上していたこの心を、まるであざ笑うかのようだった。








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