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ルドフォーノン・Ⅲ

 

 エスパルディアに負けず劣らず、豪華絢爛な夜会の会場。

 ここでもやはり聖女様とオーウェンの美しさに感嘆のため息が次々と寄せられている。

 その姿を遠目に見ながら、前回と同じく聖女様の周りの護衛は三人に任せて、私はライルと一緒にルドフォーノン国の貴族たちと挨拶を交わしつつ、会場に問題がないか調べて回っていた。


「まあ、問題はなさそうだな」


 エスパルディア同様魔術師の乏しいこの国になにかしら魔術を仕掛ける力があるとも思えなかったが、念のためだ。その予想通りなにもなかったことに安堵して、ライルが表情を緩める。


「ああ、ダンスが始まった」


 ある程度挨拶を終えたのか、聖女様はルドフォーノンの国王陛下にエスコートされてフロアへと進み出ている。


「そっかぁ、とうとう始まっちゃったか……」


 聖女様やほかの護衛の皆に比べれば圧倒的に少ないが、それでも先ほど幾人かの貴公子からダンスの誘いを受けてしまっている。もちろん社交辞令だとはわかっているが、それでもきちんとお誘いをくれる辺り、この国の貴族はあの国に比べてはるかに先進的で、はるかに道徳的だ。


「大丈夫か? 嫌なら断ればいいのに」


 代わりに断りに行きそうな勢いのライルに、苦笑しながら首を振る。今後も別の国で同様のことがあるというのに、あの国のときのようにいつまでも逃げ回っているわけにはいかない。

 幸いにも出発前の講習では、ダンスの講師には誰よりも目をかけてもらっていた。私が平民だからこそ、エスパルディア代表として国の恥にならないように、そう言われないように彼女は厳しくも徹底的に教え込んでくれた。

 まあ、聖女様のように可憐にとか、ブリジットさんのように美しく、とまではいかないが、可もなく不可もなくくらいには踊れることだろう。


「……もしよければ、初めてのファーストダンスは私となんてどうだろう。見知った人とのほうが君も安心して踊れるだろうし。練習がわりにでも」


 ライルはそう言うと、いやに恭しく私の手をとってきて甲に気取った口づけを落としてこようとした。その仕草に呆気にとられる。

 いたずらっぽく微笑んだライルが顔を上げて、私の手を引こうとしたそのとき――。


「こちらにいらっしゃったのね、ライオネル様!」


 確か日中延々と聖女様にオーウェンのことを語っていた王女様が、キラキラした目に上気した頬でライルに飛びついてきた。


「私、一目見たときからライオネル様の美しさに目を奪われてしまいましたの!」

「……は?」


 一瞬にして、ライルの顔が強張った。

 ……ライル、その返事はさすがに駄目だよ。さすがに他国の王女にしていい返事じゃない。まるで逃げようとでも言いたげにチラリと視線を送られて合図されるが、そもそも他国との交流が目的の夜会で自国民と踊ってどうする。


「わたくし、初めてライオネル様のような、美しいお顔立ちの殿方にお会いいたしましたの! 本当に整っていらっしゃるのね……オーウェン様もきらきらしくてかっこいいんですけど、ライオネル様はなんというかまた、まるで薔薇のような……」


 目をキラキラ輝かせた王女様がいかにライルが美しいかを熱量を込めて長々と語り出した。

 その隙にお先に離脱しようとして、すごい形相のライルに睨まれる。

 ――だってこれ、私、完全にお邪魔虫じゃないか!


「……ですから、ぜひライオネル様とダンスをしたいんですの!」


 延々とライルがいかに美しいのか語っていた王女が、さらにライルに身を寄せる。ライルは未練がましく私に視線を送っていたが、いってらっしゃいと軽く手を振り返すと、やがて諦めたように長い長いため息を吐き出した。


「……一度だけ、であれば」


 ライルは不機嫌さを隠そうともせずにそう告げると、渋々王女様の手をとってフロアへと向かう。

 その後ろ姿を見送って、知らず知らずのうちに肩に入っていた力を抜く。


「妹が強引ですみません」


 と、その力が抜ける間もなく話しかけられた。その声に肩が跳ねる。

 振り向いた先の人物に慌てて礼をとると、「頭を上げてください」と身を起こすように促された。


「ルドフォーノン国王陛下」

「可愛らしい聖女様や美しい女性騎士さんとは踊らせてもらったんですけどね。やっと神秘的な魔術師さんを捕まえることができましたよ」


 まだ王にしては年若いルドフォーノン国王は、そう言いながら優雅に手を差し出してきた。


「では私も妹に倣って。よろしければ、この私と一曲共に」


 その手をまじまじと見つめる。

 この人は私が平民の出だということを分かっていてこんなことを言っているのか。

 ――いや、そんなものはとっくに承知済みなのだろう。そもそも今の私は聖女の護衛の魔術師であるわけだし、ランドルフの名を名乗っているので、あからさまに平民が、なんて態度に出すわけがない。かといって向こうからわざわざ近寄ってくるとも思ってなかったけど。

 きっと、これも一種のパフォーマンスだ……この国では、表立った差別はないっていう。

 ルドフォーノン王に笑顔で促されて、ぎくしゃくと手を重ねる。緊張に顔を強張らせた私にクスリと微笑んで、陛下は軽やかに私をエスコートする。

 先にフロアへと進み出ていたライルがこっちの様子にぎょっとしたように目を見開いている。

 遠くに目をキラキラさせた聖女様と、心配そうな顔を隠しもしないオーウェンの姿が見えた。


「そう緊張しなくとも」

「すみません……なにしろ、こういった場でダンスをするのは初めてで」

「おや、それではまさか、私が初めての相手と?」

「ええ……」

「それはなんとも光栄なことだ」


 国王は微笑を浮かべたまま私を引き寄せた。それを受けて、私も真剣な顔で体を密着させる。

 万一の粗相もあってはならない。恥ずかしがるほうが負けだと講師も言っていた。それでもぎくしゃくして強張っている私に、陛下の笑みにわずかに苦笑が混じる。

 そうこうしていると、とうとう曲が始まってしまった。陛下はごく自然にステップを踏み出してくれた。


「しかし、あのエスパルディアにあなたのような強い力を持つ魔術師が誕生するなんて、めでたいこともあったものだ」


 ……その言葉だけで、国王の意図が分かってしまった。

 この国は魔術に対して際立って優秀な人材がいない。それはエスパルディアでも同じだったはずだが、そこに私とライルという、エスパルディア初のブライドン魔術学院卒の魔術師が出てきてしまった。

 だから妹にライルを、自身は私を誘って、浄化の旅を終えた後の身の振り方を決めさせたいのだ。

 ……まあ彼自身、成功するとは思っていないのだろう、ダメ元だろうなというのは伝わってくる。要は社交辞令だ。あわよくばうちの国に来てくれないかな、と。

 もし自国の貴族なんかと恋に落ちれば、国王からすればラッキー、といったところなんだろう。例えば――王女様とライルの結婚、とか。

 そう思ってふとライルのほうを伺うと、楽しそうな王女様と比例するように、彼の目は死んでいる。

 ライルは自分の見た目云々よりも、魔術師や自国の偏見に対して理解がある人でないときっと受け入れないだろうから。あれだけ長々と見た目を褒められたところで、内心はうんざりしてるんだろうな。

 そう考えて胸がズキリと痛んだことに知らずに苦笑を浮かべる。……そんなの、聖女様以上の人なんて現れるはずがないのに。


「ですがなんともやるせないことに、せっかくの逸材を見出したというのに、本当にあの国は理解がないようですね」


 国王の目線がチラリと袖から覗いた傷痕へと向けられる。


「……この国ではそういったことは起こり得ない。誰もがあなたの存在を歓迎しています。きっと心穏やかに暮らせると思いますよ。どうでしょう、一度一考してみてくださいね」


 柔らかく微笑んだ国王になんとか笑みを返して、フロアの外までエスコートしてもらう。

 やっと解散出来た安堵にほっと肩を降ろして、飲み物を取りに端のテーブルへとそそくさと逃げ出した。


 ――知らない場所で、一からやり直して暮らす。

 そんな生活もいいなと、ちょっと思ってしまった。でもそんなこと、自分が出来るはずがないことも分かりきっている。

 私には、私を待ってくれている人がいる。

 ネイサン、オフィーリアやオスカーにランドルフ家のみんな。ルイにノア先輩にクロエ先輩。

 なにもかもを自暴自棄に捨て去るには、私には大切なものがたくさん出来てしまっている。


「大丈夫か」


 冷たいアルコールを飲んで熱を冷ましていると、ライルが後ろから追いかけてきた。


「王女様は?」

「散々踊った。さすがにもういいだろう」


 当の本人はまだキラキラした目で遠くからじーっとライルを伺っているが、そんな視線は完全に無視して、ライルは王女様に背を向ける。


「災難だったな。まさかルドフォーノン王自らが声をかけてくるとは」

「私、ちゃんと踊れてたかなぁ……」


 ライルはあからさまに目を逸らす。


「まぁ足を踏まなかっただけ良かったんじゃないか」

「そっか」

「ちょっと表情が固かったが、まぁ、初々しいと……言えなくもない、か?」


 ……それは言えていないということか。ルドフォーノン国王が鷹揚な方で心底良かったと、思わず項垂れて顔を覆う。


「やっぱり最初にライルと踊っとけばよかった」

「……そう言ってもらえるのは光栄だな」


 笑いを堪えたライルに手を振り、その場を立ち去ろうとする。


「どこへ行く?」

「こうなったらもうヤケだよ。ほかの貴族とも交流してくる」


 ライルはなにかを言いかけた。おそらく無理はするなと心配してくれようとしたんだろう。けど。


「アディンソン様?」


 一人になった途端、ライルにはすぐにほかのご令嬢から声がかけられた。振り向くライル。逸らされる視線。

 なんだかこの光景、既視感がある。……そうだ、あのとき。ライルと初めて会ったあの誕生会のとき、連れ去られる私から逸らされたオーウェンの視線。

 ――なんだ、そっか。


「ランドルフ嬢」


 かけられた声に振り向き、向かいにいたルドフォーノンの貴公子に微笑みかける。


「先ほどの約束をぜひ叶えていただきたくて。よろしければ私とも踊っていただけませんか」

「ええ、もちろんです。喜んで」


 カーテシーを披露して、そっと添えられた手に引かれて再びホールへと戻っていく。

 そう。私はあのときも今も、私を見てと、おいていかないでと、そう我儘にも願ってしまっていたんだなと、唐突にわかってしまった。







 

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