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ルドフォーノン・Ⅱ

 

 翌日、朝から聖女様は入浴やらマッサージやら、おまけにどれだけ綺麗に飾り立てようかと沢山の侍女たちに囲まれて、なされるがままになっていた。

 それに加えて昨夜の晩餐の席で仲良くなったとかで、朝っぱらから天真爛漫なルドフォーノンの王女様が詰めかけてきて、オーウェンがいかに格好良かったのかをのぼせたようにずっと聖女様に語っている。それを聞く聖女様はにこにこと笑っているが、明らかに慣れない場のことに表情が疲れている。

 困ったな。どうにかこの人を追い返して聖女様を休ませてあげたいが、相手は隣国の王女。迂闊なことは言えないし、別に聖女様に敵意を剥き出しにしているわけでもない。むしろ無邪気に友だち感覚で接してきている。

 私のようなたかが一魔術師がどう出しゃばったところで、上手く場を切り抜けられるとも思えない。むしろそんなことを考えて実行しようとする私のほうが、余計なお世話というものなのだろう。

 そのうち私たちも交代で呼ばれて、支度を受けるよう迫られる。

 着飾る必要はないと断ろうとしたのだが、「そういうわけにも参りません」と向こうも一歩も引かずに困ったように告げてくる。結局、辟易しながらその支度を受け入れる羽目になった。

 ぐったりしながら戻ってきたときには、すでにもう夜会の時間が迫っていた。


「ソフィ! かわいいねぇ」


 同じくぐったりしていた聖女様が、私の姿を見て身を起こした。なんだか目を輝かせている。


「うん、似合っているじゃないか」


 その隣で、タイトなドレスに身を包んだブリジットさんも満足そうに頷いている。


「……ありがとう、ございます」


 輝くような美貌の二人に言われても、と、そんな卑屈な気持ちは押し隠してお礼だけを返す。

 ちょうどタイミングよく扉がノックされて、オーウェンが顔を覗かせた。


「ルナ、準備出来た?」


 入ってきたオーウェンは美しい聖女様の姿に顔を綻ばせた。


「ルナ……! とっても似合ってるよ」

「オーウェンも……」


 はにかみながらそれに返した聖女様。二人は束の間、お互いの姿に見惚れるみたいに見つめ合っていた。

 ……少しだけ、もしかしたらオーウェンも褒めてくれるんじゃないかなんて、期待してしまっていた。

 ランドルフ家にいたころからあまりこのような姿を見せたことがなかったから、なにか一言でも言葉をかけてくれるんじゃないかってどこか心のはしっこで思っていた。――本当に、本物のバカなんだな、自分は。

 ただでさえ聖女の護衛長という重い任務に、仲がいいとは決して言えない護衛団をまとめ上げなければならない、護衛長という立場のオーウェン。

 そんな重圧に耐えているオーウェンが私にまで気を回せる余裕などあるはずもない。

 バカな幻想はさっさと捨てろと頭を振る。それに私だってそんなことを気にしている余裕はない。いくらあの国よりも差別がないといったって、少数派である私が奇異の目で見られるのは確かだ。しっかりと構えていなければ。


「準備はいいか? そろそろ行こうか」

「もう入場していいそうだ」


 そう言いながら入ってきたセヴランさんとライルの姿に、思わずブリジットさんと一緒に感嘆の息を漏らす。

 悔しいがきちんと身なりを整えたセヴランさんは見違えるほどに大人の色気を纏った、どこか危険な香りのする紳士に変身していた。

 そうだった。この人は私と違って普段身なりに気を遣わないだけで、元は整った人だった。


「ん? どうした、ソフィ」


 セヴランさんは私がじっと見つめていることに気づくと、ニヒルな笑みを浮かべてみせた。


「俺の色男加減に見惚れたか? なーんてな」


 ……そう言ってニカリと笑う様は、いつものおじさんじみてるけど。


「そんなわけあるか。笑えない冗談もいい加減にしろ」


 隣でライルが白けた視線を送っている。

 ……仕立ての良い夜会服を身に纏ったライルは、聖女様やオーウェンに負けず劣らず美しかった。

 光沢のあるグレーの夜会服には、銀の刺繍がさり気なく施されている。硬質なアイスブルーの瞳が憂うような長い睫毛の奥から覗いていて、ビロードのリボンに緩く結われた亜麻色の髪は艷やかに輝いている。その姿は普段見慣れている私ですら、ドキリとしてしまうほどだ。


「ソフィ……」


 ライルは私の姿に少し目を瞠ると、難しい顔をして大股で近寄ってきた。


「この服で夜会に出るのか?」

「う、うん」


 なにかいけなかっただろうか。


「……少し肌の露出が多くないか?」


 その言葉に、自分の格好を見下ろす。

 なんの変哲もない、控えめな装飾のボールガウンドレス。確かに肩は開いているが、傷を隠すために二の腕までの手袋もつけているし、足も出ていない。

 それでも、見苦しかっただろうか。


「そうかな? そんなこと、ないと思うよ?」


 オーウェンに手を引かれた聖女様が、いたずらっぽい笑みを浮かべて私たちを覗き込んできた。


「ルナ……」


 ライルはそんな聖女様に渋い顔を向ける。


「こんなときくらい、そんなに目くじらを立てなくてもいいじゃない」

「だが、こんなにも露出して……」

「ライオネルくん、君の言いたいことは分かるんだけど、君にだけは言われたくないんだよね……人の妹をじろじろと眺めないでくれる?」

「……別にじろじろなんて眺めていませんが。私はただ、その……ちょっと見えているのが気になっただけで、それは純粋な心配からくる言葉であって……」

「へー……ねえ、ちょっと見えてるってなにが? なにを見たの、君は?」

「……」


 そう言い合う二人はなんだかまるでまだ学生だったときのころに戻ったかのようだった。今日は随分とまた気安く言い合いしている。珍しく小気味よく舌戦を繰り広げている二人に、笑いながら仲裁に入る聖女様。

 そうやって三人賑やかに過ごす様子は一見和やかで、ブリジットさんも微笑ましそうに眺めている。


「若いっていいねぇ、でも、そろそろ行く時間だぞー」


 セヴランさんに促され、緩んでいたオーウェンやライルの顔が引き締まる。

 私もひたすらに憂鬱な気持ちを、ため息と一緒に吐き出した。







 

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